ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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◎簡単なあらすじ
 銀河連邦加盟国内で次々と行方不明者が出ている。いずれも政界の大物、財閥の上位層等、社会的立場が高い人物達である。ヒットマン暗躍の可能性が示唆される中、一方で日本の前外務大臣である岩永が回復は絶望的と言われた宇宙放射線病から奇跡の復活を遂げたニュースが流れる。
 外事特課の捜査員柳沼翔は、連日の張り込みで疲れた躰を癒やすべくサウナへ向かい、そこで出会ったザフィと奇妙な友情を結ぶ。


捜査報告書 No.8 【血の報酬】- 柳沼翔メイン
#1『空の涙』


 新宿淀上署の取調室から出たのは十五時を少し過ぎた頃だった。

 ブラインドの隙間から見える窓ガラスが、雨に打たれている。無数の水滴が流れては、また現れて流れる。それがもう一週間途切れることなく続いている。

 七月上旬。梅雨という蒸し暑さと雨の季節を、この星の外からやってきた彼らはどのように感じているのだろうか。

 いつもよりかび臭い廊下を歩いていると、一人の女性警察官が横についてきた。

 

「ご苦労様です、柳沼さん。今回も大活躍だったそうで」

 

 小動物を思わせるパチリとした眼を向けている。ショートボブの髪の毛の先が赤茶けていた。染めているのではなく、帽子に守られていない毛先は外のパトロールなどで日に焼けてしまうのだ。

 ご苦労様というのは一般社会では目上の人間が下の者に使うのがマナーとされているが、警察等の役所では上下関係なく使われる。

 

「一分一秒でも早く事件を解決するのが仕事だからね」

「異星人の不法入国事業でしたっけ。全員逮捕できたんですか?」

「いや、組織の中心人物を一人取り逃がした。しかし、今日中には逮捕できるだろう」

「柳沼さんは中・小規模の組織犯罪の壊滅の手腕にかけては、我が国最強ですものね」

「仕入れている情報がそのテのやつってだけさ」

「しかし、張り込みと情報統制で連日徹夜。ご苦労様です」

「君も寝てないんじゃないか? 目元が赤いぞ」

「あたしは夜勤です。これから帰りますけどね」

「この署の第二当番の終わりが昼過ぎとは知らなかったな」

「柳沼さんと一緒に帰りたかったって言ったら、少しはドキッとしてもらえます?」

「あいにくと、疲れているとそういう気も起きないんだ」

「我が家には、中国に出張していた兄がいます! 奴の按摩なら多少の疲れなら一発でぶっ飛びますよ! ちょっと不味いけど、薬膳料理も効き目大ですッ」

「中々芸達者なお兄さんだな」

 

 女性更衣室の前で分かれた。

 

「兄に按摩と料理習っておきますねー!」

「楽しみにしているよ」

 

 適当に相づちをうつ。

 ロビーで振り返る。彼女の名前は何と言っただろう。何回か会っているような気もするが、あまり気にしたことがなかった。

 しばらくしたら思い出すだろうと思いつつ、道場へ向かった。

 時間がある日の日課のようなものだ。

 剣道着へ着替え、竹刀を手に取る。道場に足を踏み入れた瞬間、十数人の警官達が最敬礼してきた。非番の時間を利用した稽古中のようだ。

 

「柳沼さん、ご苦労様ですッ」

 

 坊主頭の若い警官が再度頭を下げた。警察学校を卒業して間もないくらいの歳だ。

 

「ああ、ご苦労様」

 

 返事をすると、更に一歩前へ出てきた。

 

「よろしければ、自分に稽古をつけて頂けないでしょうか?」

 

 若い警官の申し出に、他の警官達が色めきだった。

 

「おい、抜け駆けはよせよ。諸先輩方から順番だ」

「そういうことだ。お前相手じゃ、柳沼刑事の練習にならんだろう」

 

 フッと笑って見せた。

 

「構わない。だが、今日は挑みたい者全員まとめてかかって来てくれないか?」

 

 淀上署の警官達が眼を丸くした。

 ベテランの警官が一歩前へ出る。

 

「我々とて、子供のチャンバラの様に遊んでいるわけではありませんよ」

 

 気分を悪くさせてしまったか…

 

「言い方が悪かったな。俺は職務上、一人で複数の異星人を相手取ることがよくあるから、その訓練をしたいんだ。それに、君たちも凶悪な異星人と対峙する機会があるかもしれないだろう?」

「柳沼刑事を、その異星人と想定してかかれということですか?」

「お互い、良い稽古になると思わないか?」

 警官は頷いた。「承知しました」

 

 挑戦者が募られ、十人の警官が手を上げた。

 柳沼を取り囲むように、青眼に構えた警官達が闘士を燃え上がらせる。

 他の者達は、離れた場所から正座して様子を見ている。道場に入った時よりも女性警官の数が倍近くになっていた。

 

「行きますッ」

 

 右側からの打ち込み。しかし、甘すぎる。

 軌道ギリギリで躱し、竹刀をはたき落とす。更に、柄の先を喉元に突きつけた。

 

「剣道の試合と思うな。お前達の目の前にいるのは、数十人を惨殺して銀河中から手配されている凶悪犯だと考えろ」

 

 対峙する十人の表情が変わった。場の空気が張り詰める。纏う闘気の質が変わっていく。

 一人が雄叫びをあげながら突進するのに呼応し、弾かれたように、他の者も次々に踏み込んだ。

 面打ち・胴・背中・足。逃げ場を封じる囲いの剣戟。

 相手を叩きのめすことを目的とした攻めだ。

 幾度か打ち込みを捌いていると、徐々に動きに慣れてきたのか、差し裁きが洗練され、隙が無くなってきた。

 だが、そこまでいくと気がつく筈だ。

 剣の斬り合いでは勝てないということに。

 突如、一人雄叫びをあげながら突進してきた。なぎ払おうとしたこちらの一撃を体ごと竹刀で受け、完全な間合いに入って腰に組み付いた。最初に稽古を申し出たあの若い警官だった。

 悪くないやり方だ。本人はそのまま押し倒したいのだろうが、そう簡単に倒れてやるわけにはいかない。だが、体勢としてはそれで充分だろう。

 

「今ですッ」

 

 剣道の試合では絶対にありえない、なりふりかまわない若者の行動に戸惑いながらも、ベテラン警官達はこのチャンスを逃すまいと斬りかかってきた。

 悪くないが、こちらも一人組み付かれたくらいで腰の回転が止まるような訓練を積んでいるわけではない。

 

「覇ァッ」

 

 一瞬の脱力。そして、組み付い警官を振り切るように腰を切り、四方八方に竹刀を繰り出す。端から見ると、無茶苦茶に振り回しているだけに見えるかもしれないが、その全てが無駄を極限までそぎ落とし、躰に刻まれた型に則った必殺の一撃だ。

 勝負は一瞬。

 瞬きの間に終わった攻防の後に残されたのは、粉々に破壊された十本の竹刀の残骸だ。

 

「勝負ありッ」

 

 審判の警官が終了を告げる。息を呑んでいた周囲が緊張から解き放たれ、歓声があがった。

 女性警察官達が黄色い声をあげながら集まってきた。

 

「流石です。柳沼先輩ッ」

「柳沼先輩! タオルをどうぞ!」

「お水はどうですか? 先輩!」

 

 真っ直ぐに向けられる好意や羨望の眼差しに笑って受け流す。

 こういったものを受けると、揉め事になる。

 

「柳沼刑事、自分達の完敗です。よろしければ、何かアドバイスを頂けないでしょうか?」

 

 問いかけてきたベテラン警官に、女性警察官達が非難の眼を向けた。邪魔するなという意思表示なのだろうが、こっちは答えることにした。

 

「技術面・戦術面に問題は無い。もう二人ほど組み付いていたら危なかったがね」

 

 ベテラン警官はため息をつくように笑った。

 

「次は柳沼刑事に冷や汗くらいはかけるようになりたいですな」

「少しはかいたさ」

「しかし、手心を加えられました」

「何のことだ?」

「我々には本気でかかれと仰っておりましたが、柳沼刑事の剣は、一度も本官達の急所を狙ってはいませんでした」

 

「警察の本分は、一般市民を守ったり、凶悪な犯罪者を検挙するだけじゃないだろう」

 

 言っている意味がわからないようだ。

 しかし、言葉にして教えては意味が無い。剣の道は心の道と教えられた。気付き、悟ることで初めて自分の剣と成り得るものだ。

 着替え終わり、道場を出た所でポケットの中のギャラフォンが鳴った。根米課長だった。

 

「はい。柳沼です」

 

『根米です。チームの壊滅に成功したそうですね。ご苦労様です』

「恐れ入ります。まだ一人捜索中ですが」

『後は所轄に任せて大丈夫でしょう。あなたはもう直帰して明日は非番。明後日から出勤して下さい』

「明日から出ますよ。事件は毎日起こり、未解決は溜まっていく一方ですから」

『…我が課の負担が大きいのは承知しています。わたしも、上もね。しんどいでしょうけど、少し我慢してちょうだい』

 

 そんなつもりはなかったが、批判と受け取られたようだ。

 

『ところで』

「はい」

 

 本題のようだ。

 

『あなたが今回捕まえた相手や関係者に、暗殺や拉致を行っている人物はいませんでしたか?』

「いえ、そういった者はいませんね。何かあったのですか?」

『最近、銀河連邦加盟国内部で次々と行方不明者が出ているようなの。いずれも、政界の大物や財閥の上位層といった、社会的立場の高い人物。地球時間で一ヶ月内に二十人』

「身代金の要求などは?」

『無し。なので…』

「暗殺の可能性が高い…と。何か痕跡は残っているのですか? 若しくは、周囲の闇組織の不穏な動向などは」

『実は、それも無いのよね』

「全く?」

『ええ。何の前触れもなく、綺麗さっぱり。まるで、最初からいなかったかのように』

 

 柳沼はこめかみをつついた。考えるときの癖なのだ。

 道端で刺すなり撃つなりして殺害すれば、血痕が残るのは避けられない。拉致するにしても、言い争いの声は周囲に聞こえるし、その場合はターゲットの行動パターンを読むことに時間を割くから、一ヶ月に二十人は多すぎる。ましてや、星々を跨いでの犯行。

 大規模な組織の人海戦術による暗殺…しかし、そんなことをして大量の人間が地下に潜れば、組織の資金の流れに何らかの痕跡が必ず残る。

 

「二十人からの異星人が連れだってハイキングですか」

『無事に家に帰ってきてくれれば良いんですけどね。とにかく、日本も人ごととは言い切れないから、気にはとめておいて』

「了解です」

 

 ギャラフォンを切る。

 

「謎のヒットマンね…」

 

 ロビーに設置してあるテレビが民放のニュースを流していた。

 

『入院していた岩永岳氏元外務大臣が、本日退院しました。岩永元大臣は、昨年銀河連邦加盟国訪問の際、事故で宇宙放射線病にかかっており、回復は絶望的と言われていましたが、奇跡の回復を果たし…』

 

「ピンピンしてたのにいきなり居なくなる奴がいるかと思えば、死ぬと言われていた奴が生き残る…か。上の世界はよくわからないな」

 

 淀上署から出た先の大久保通りをしばらく歩いて南に向かい、歌舞伎町にあるビルの地下へと向かった。

 風は無い。天からひたすら落ちてくる雨が傘を打ちつける。革靴とスラックスの裾が濡れていく。湿った空気の中をひたすら歩いた。しばらく行くと、何年も通っている銭湯が見えてきた。

 番台の店主に五百円を払う。

 

「まいどあり」

 

 躰を洗ってから、サウナへ向かった。むわっとした熱気につつまれる。よく座る場所のタオルに腰を落とした。

 この銭湯には、日本人だけでなく、異星人もよくいる。日本に出稼ぎに来ている者達の中には、あまり裕福でない者も大勢いる。一ヶ月の家賃が三万円以下の風呂なし物件に文句をたれること無く住み着く彼らの共有浴場がここなのだ。

 インフェリシタス人など、風呂好きの異星人の人数は、日本人の客数よりも多いかもしれない。

 左に眼をやると、大柄な体格に深い緑色の髪の男がいた。ほぼヒューマノイドタイプだが、黄金色の虹彩に細長い黒の瞳孔が特徴的だ。たしか、タムリア人という名前の異星人だ。柳沼が通い出してしばらくしてから顔を見るようになった、この店の常連だ。もちろん、話したことも無ければ、名前も知らない。

 連日の徹夜による眠気が一気に襲ってきた。

 まずいな…

 疲れが蒸気となって吹き出し、躰には安らぎとまどろみだけが残りつつある。

 瞼も次第に重くなってきた。




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○柳沼翔(35)
 公安部 外事特課 強行犯捜査第一係所属。階級は巡査部長。
  切れ長の眼、高い鼻、ウェーブがかった長髪を後ろで結んだイケメンで、
  浮遊警視庁内にファンクラブも存在するが、本人自身は女性への興味は薄い。

 ○ザフィ(33)※
  柳沼が出会った異星人

 ○岩永岳氏(64)
  元外務大臣。
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