「二人目ですか…」
解剖室には、根米課長とアスワード警部の姿があった。
「砂川医師の右手なのだな」
「間違いありません。指紋もDNAも一致しました」
医者が手袋をはめた手で砂川の右手を持った。
「すさまじく鋭利な刃物。それもかなりの腕前で両断されていますね。切られた細胞組織に雑な部分が無い。スパーンとイカれてますわ」
根米課長が頷いた。
「柳沼さん。簡単に現場の状況を教えてくれる?」
「プールへの廊下は、ホテルの一階ロビーから続いているもののみです。外部メンテナンス用の扉が開かれた場合、制御室で検知できるため、この線はなし」
「つまり、砂川医師本体を連れ出す場合、不特定多数の人間の眼をかいくぐる必要があるということだな」
「はい」柳沼は続けた。「聞き込みでは一切の情報はなく、監視カメラにも特に怪しい人物は映っていませんでした。ホテルの利用者も全て身元がわかっています」
アスワード警部が静かに眼を閉じた。
「警部。光学迷彩を使用した暗殺でしょうか?」
殺人と断定した言い方で尋ねる。姿を隠して行動しているのは明らかだが、日中のホテル内という状況で誘拐は線が薄い。手首を切断して連れ去る理由もわからない。
無論、殺人も簡単な状況では無いが、殺してから一緒に姿を隠して逃げたと言う方が現実的だ。
アスワード警部が頭を振った。
「いや…加害者が消えているのではない。被害者が消えているのだ」
間抜けな顔で見返したと思う。
「それは、そうでしょう。おそらく殺されて移動を…」
「そういう意味ではない」
「警部ッ」
鑑識が入ってきた。「現場からこれが…」
持ってきたのは、銀色の金属片だった。妙にひしゃげている。
「これは何ですか?」
「はい。これは…」
「砂川医師の歯にあった銀の詰め物だろう」
鑑識が頷いた。「おっしゃる通りです。歯医者にあったカルテのものと形状が一致しました」
意味がわからない。歯そのものが落ちているならともかく、何故詰め物だけが発見されるのか。
「出ましょう」
根米課長に促されるまま退室し、車へ戻った。
アスワード警部が懐からビニールの袋を取り出した。赤い液体が入っている。
「それは?」
「現場にあった血痕の一部だ。被害者のものとは異なる方のな」
液体を水が入っている霧吹きの中に入れ、今度は小さい植木鉢を取り出した。花は枯れ、葉も茎も萎んで瀕死の草だった。
「見ていろ」
アスワード警部が霧吹きで液体を瀕死の草に吹きかけた。
すると、みるみると生気が戻り、艶のある葉と綺麗な花が咲き始めた。背筋が寒くなるような光景だった。
「……これは…」
「ナーゴ族の血だ」
「ナーゴ族…」
全身が鱗に覆われた龍人のような姿をした異星人だ。日本では天河組の四分儀組の構成員として知られている。高い知能と身体能力を持っているが、あまり表に出てこない異星人達だ。
「その血をわずかにつけるだけで致命傷が癒え、飲めば不治の病すら完治すると言われている。銀河の隠された秘宝だ」
「そんなものが…」
しかし、それと今回の事件に何の関係があるのだろう。
「この血は、そのまま使えば銀河に並ぶ物がない薬として使われる。しかし、薬は使い方次第で毒にも成り得る」
外の雨が一段と強くなった。
「ナーゴ族に伝わる機構を使い、この血の力を増幅・加速して放ち、命中した有機物を一瞬で土へと返す武器の存在が銀河連邦の一部で伝わっている。その名を、『ヴィジャーヤ』と言うらしい」
「そんな…兵器が存在するのですか?」
「ナーゴ族の一部にしか伝わっていない、彼らの最終兵器と言われている」
眉間を小突いた。「確か、四分儀組が製造・販売している武器の中に、化学繊維等を分解する因子を発射するものがありました。あれと組み合わせて使えば…」
「そうだ。金属以外は全てその場で土に返す最強の暗殺兵器が誕生する」
二つの現場を思い出す。死体が残らない殺人現場に残されていたもの。
「…あの、どこからか流れてきたと思っていたアスファルトの土は…」
「被害者の成れの果てだろう」
拳を握りしめる。
一通りのカラクリを聞いても、中々飲み込むことができないでいた。いや、理解したくなかったと言う方が正しいかもしれない。できることなら、嘘か夢であってほしいと思う。
この、あまりにも荒唐無稽な殺害手口が。
こんなものが殺害方法として広まったら、今の日本警察の捜査手法はほとんど意味を成さなくなる。そもそも殺人が発生したかどうかすら定かではなく、一日でも人が居なくなっただけで最悪のケースを想定して捜査し始めるなど、警察官がいくらいても足りない。おまけに、残される物が金属だけ。拾われたらお終い。鑑識から得られる情報はゼロに等しく、悲鳴すらあげるまもなく消し飛ばされるせいで聞き込みも無駄。完全にお手上げだ。
「ナーゴ族というのは、何故こんなことを?」
「それは、これから調べに行く」
アスワード警部の左腕に取り付けられた端末から電子音が鳴った。
「音無か?」
「お待たせっ。タイチョー! 砂川宅の家宅捜索、お札が降りたよ!」
端末から、外事特課の電子捜査担当音無の声が聞こえる。実態の無い、霊魂がノートPCに憑依している捜査官だ。
お札というのは、警察官が裁判所に請求する捜査令状のことだ。家宅捜索と言っていたので、捜索令状と差し押さえ令状がセットになっている捜索差押許可状が降りたということだろう。
根米課長が車から外へ出た。
「私は戻って捜査本部の立ち上げを行います。天河組二次団体との直接対決ですから、人選も重要になりますので」
「我々も、砂川宅を調査した後、合流します」
「ええ…お願い」
車を発進させる。既に、砂川宅の位置はナビにインプットされていた。音無の仕事だろう。
「何か見つかるでしょうか?」
「砂川宅は、個人病院と自宅が一体になっている。そこで、お前には例の力を使って犯人の手がかりを見つけてもらいたい」
ハンドルを握る右手に力がこもる。
「…シグが見せてくれるかどうかは、わかりません。それに、ご存じの通り法的根拠が無い手段ですよ」
「今回に限っては、時間が無い」
詳しく聞く間もなく、砂川邸に着いた。アスワード警部に続く形で病院施設に足を運び、残されていた物を片っ端から調べて回った。
「これだ」
アスワード警部が手に取ったのは、一着の衣類だった。麻のような素材でできたシンプルなワンピースだ。デザインから察するに、女性ものだろう。
促されるまま、右手に取る。
「頼む…シグ」
ドクンッと右手が震える。
瞬間、様々なイメージがフラッシュバックのように頭に飛び込んでくる。
――この病室。メスを持つ砂川
――悲鳴。誰かの名前を叫んでいる
――走馬灯…様々な光景が浮かんで消える
――豊かな自然と機械化学が融合した街
――龍人のような姿。ナーゴ族か
――麻のようなワンピース
――屈強なナーゴ族に、何かを渡している
山吹色の太陽が描かれたアロハ
「――ザフィッ」
「柳沼ッ。何が見えた?」
滝のように流れていた額の汗を拭う。
「この娘は、ここで殺されています。砂川に」
「血肉を取られたか」
「ええ…おそらく。しかし、この娘はナーゴ族です。犯人は、この娘が殺されたと知って、復讐に動いたのでしょうか」
「そんなところだろう」
息を整え、情報を整理する。
「砂川は、ナーゴ族の血の薬効を求めて殺害に及んだ。親族か、恋人か…とにかく身内の恨みを買い、復讐を受けて殺された。しかし、石塚が狙われたのは…」
「砂川とそのクライアントにナーゴ族を捉える手引きをしたのが石塚なのだろう。外務官僚時代のコネかもしれん」
「…クライアント?」
アスワード警部が冷蔵室と思しき扉を開く。中には沢山の輸血用パックに納められた紅い血がいっぱいに吊されていた。
「こんなものでも使わない限り、死んでしまいそうなメに遭っていた人物がいただろう」
「…岩永ですか」
「そうだ。このワンピースの持ち主は、岩永の病を癒やすために殺された。その手引きをした石塚は共犯者として、砂川は嘱託殺人の犯人として復讐されたと見える」
アスワード警部が真っ直ぐにこちらを見る。
「柳沼。犯人を見たな」
「いえ…知っているシャツが見えて…」
「顔は見えたのか?」
「はい。しかし、種族が違います。俺が知っているのは、タムリア人で…」
「変装しているのかもしれない。潜入任務を行う時は、バレやすい現地の種族ではなく、別の異星人に成りすますというのは、よくある手口だ。相手は誰だ?」
外の雨が一層強くなった。対して、柳沼の喉はカラカラに渇いていた。目の前が暗くなるのを感じた。声を絞り出す。窓の外が光り、稲妻が轟いた。
「…ザフィ……という名前の…男です…」
☆ ☆ ☆
柳沼は車のアクセルをいっぱいに踏んだ。
岩永の事務所職員を締め上げて吐かせた郊外の廃工場へと急ぐ。
連日の雨で中央道のあちこちで排水が追いつかない程の水が溜まっている。しかし、スピードを緩めるつもりはない。
岩永は自ら警察に保護を頼むことができない。砂川が死に、自らの悪事が明るみになる可能性が濃厚である今それを行うことは、自分自身で罪の告白を行うのと同義だ。
ならば、答えは一つ。殺られる前に殺る。自分の雇った兵隊で復讐者を返り討ちにするしか道は無い。そのための舞台が、自分の息がかかった企業が昔使っていた倉庫だった。近づく者は皆無で、多少の音はこの豪雨がかき消してくれる。
ザフィは罠と知っても行くだろう。これは予想というよりも、確信と言える。
過ごした時間は少なく、交わした言葉は多くない。ただ、あの金色の双眸の奥には、自ら決めたことをやり遂げるだけの覚悟があるように感じた。
外事特課を始めとする対策本部は、四分儀組の監視と追及を主眼としている。移植した異星人の右腕が見せる幻。それを根拠に人員を動かすわけにはいかない。現場に向かっているのは柳沼一人だ。
アスワード警部は言った。ナーゴ族は、何万年もの間命を狙われ続け、そしてそれに対抗してきたのだと。
おとぎ話になりそうなくらい過去の事だが、ナーゴ族の血の効果を知ったある種族が、彼らの乱獲に乗り出した。その時立ったのが、ナーゴ族の中で最も力のある一人の戦士だった。
彼は自らが編み出した不思議な力を用いて、自分たちに仇成す者達を倒していった。 その戦士の名前はザフィ。
以降、ナーゴ族の中でその名前は特別な意味を持ち、各時代で最強の戦士がその名前を名乗っていったと言われている。
稲光が輝き、雨はフロントガラスを打ち付ける。流れゆくも、次々と雨は降り注ぎ、また流れる。途切れること無く、ひたすらに。この雨はいったいいつから降り続いているだろう。思い出せなかった。
――もう晴れることはないんじゃないか。
そんな想いが頭を過る。
終わることがない哀しみ故の、溢れ続ける涙のように思えた。