それは、常軌を逸した戦いだった。
変幻自在に攻撃を繰り出すジェスターだったが、アスワードはその全てを弾いていた。自身の躰と比べれば小型ナイフ程度のサイズしかない警棒だが、襲いかかるチェーンソーを打ち払い、腕部・脚部の間接を破壊し、マニピュレータを打ち貫いていく。警棒の扱いだけではない。同じ二足歩行動物だが、繰り出すパンチ一つを取っても、地球人のやり方と何かが違う。おまけに、全方向に眼がついてでもいるかのように、攻撃を躱している。まるで何度も戦った敵を相手取るかのようだ。予測と反射神経、力、技、駆け引き。その全てを駆使して戦いの主導権を握っている。
その間、矢原達に飛来する攻撃は全てザーマックが防いでいた。
「KISHAAAーーーッ」
繰り出されるアームを跳んで躱し、かかとではたき落とす。ジェスターがそのアームを振り上げようとする。が、それまでのスムーズな挙動が鈍る。アームの人工筋肉が縮まないのだ。
「なんだぁ?」
それは、警棒が人工筋肉に突き刺さっている為だと遅れて気づいた。
「いつの間に・・・?」
「跳んだと同時に投げて差し込んだんだよ」
ザーマックが言った。「技の連携が無数にあるから、オッサンと稽古してると頭がおかしくなるんだよなぁ」
アスワードはその警棒の両端を掴み、自身の体重をかけるようにしてねじ切った。
「よしっ」進藤が拳を握りしめる。
次の攻撃に移ろうとしたアスワードに新たなマニピュレータが伸びる。
「なにッ?」
それは、先ほどのブレードで切り裂いた筈のドリルだった。アスワードはとっさに反応して防御したが、前腕の一部をえぐられ、鮮血が飛んだ。
「馬鹿なっ」進藤が言った。「ドリルの先端が復活している・・・?」
「見ろ」
ザーマックが指さす先で、これまた先ほどねじ切った筈のマニピュレータに小さなマニピュレータが伸び、信じがたい速度で溶接加工を行っている。数秒でアームのマニピュレータが復活してしまった。
「やるじゃねぇか、サイード人。だがぁ、オイラは壊された側から再生するぜぇ? てめぇの体力がいつまで持つかなぁ?」
「どうしましょう? 先輩・・・」
進藤がまた泡を食ったような表情をしだした。
「いくらサイード人が体力に優れているといっても、無限に再生されちゃあ、いつかやられちゃいますよ」
「アホ言えっ。無限なんてことがあるか」
「矢原巡査部長の言うとおりだ」
アスワードは、警棒を逆手に持ち替えた。「無限と言うことは考えにくい」
そのアスワードに、ジェスターは四つのマニュピレータをグルングルンと動かしながら口元を歪めて笑いかけた。
「それはどうかなぁ?」
「動きがだんだんと鈍くなってきているぞ」
「・・・あ?」
「武器が付いているマニュピレータは再生させるが、試しに破壊してみた腕部関節は修復しないのだな。単なる気まぐれかもしれんが」
「・・・・・・・・・」
「絶対に後ろを取らせない。私がそういう動きを取ろうとすると、必要以上に距離を取る」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
場を静寂が支配し、しばらく誰も動かなかった。
「・・・ひひひっ」
沈黙を破ったのはジェスターだ。
「ひひひゃひゃひゃっ。なるほど、てめぇにとっちゃ、コンピュータはそこまで必要じゃねぇようだなぁ。これまでに何人かサイード人とヤッてきたが、なるほど、今度の奴はとびきりの大物みてぇだ。なんでこんなド田舎惑星にいるのか、そこんとこがわかんねぇが」
アスワードが飛び出し、素早いステップで相手の背後に回り込んだ。
「はっ。くらえぇッ」
予測していたように、ジェスターがドリルとアームを突き立てる。しかし、アスワードは急に小さくバックステップして躱した。背面への回り込みはフェイントだったのだ。空振りしたマニピュレータの関節が警棒に貫かれる。反撃に構えられたチェーンソーとウォータージェットの二つは、振り向きざまに根元を掴み、握りつぶした。
「ちくしょうっ」
再びジェスターが小さいマニピュレータを伸ばし、躰の修復にかかる。アスワードは、その様子をじっと見ていた。
ドリル、アーム、チェーンソーが復活する。しかし、ウォータージェットは修復の途中でマニピュレータがヘタってしまった。
「それが限界か?」
「Oh……やばいなぁ。腕が再生しなくなっちまったZE~。これじゃあよぉ……」
さも困ったようにマニピュレータが頭を抱える仕草をして――
「――お前らにオイラの見分けがつかなくなっちまうじゃねぇか」
「――――ッ」
アスワードが何かを察したように跳び上がる。しかし、床から大量のマニピュレータが蔓のように伸びてその足に絡みつき、その一部が腹部を貫いた。
「ぐっ……」
「おいっ。大丈夫か?」
「…問題ない」
細いマニピュレータを引きちぎり、アスワードはジェスターと距離を取った。
「さぁて……第二ラウンドだ」
激しい地鳴りのような無数の足音が近づき、床や壁が突然弾けるように砕け散った。
「なんだッ?」
機械の腕を伸ばしている本体が姿を現す。それは先ほど保管庫にあった残りのエグゾスケルトンだった。
「よーしッ。整列だぁ」
カッとかかとを揃えて敬礼する外骨格軍団。その内数体が、操縦席部分にプレートを装着していく。
「いえーいッ」
ジェスターが他のエグゾスケルトン軍団に混ざり、激しいダンスを始めて目まぐるしく立ち位置を入れ替えていく。
十秒ほど踊ったかと思うと、突然ピタッと止まって全機体のレンズがこちらに焦点を合わせた。
「さぁ、クイズですッ。ジェスターはどれでしょう?」
「全て本物だ。どのように操作しているのかはわからんが、全機体にお前という因子が入り込んでいるはずだ」
アスワードの答えに、全てのジェスターがうんうんと頷いた。
「ぴんぽーん。大正解だーっ。こいつらには、オイラの一部を分け与えている~。この子達のことは~そうだなぁ……1%ジェスターとでも呼んでくれっ。1%ジェスター50体と、本体である30%ジェスターだ~~。覚えたかな? ここ、テストに出まーす。当てずっぽうに攻撃してみな? 中の子供が生きているか死んでいるかは、開けてみないとわからな~い」
「この野郎っ。遊びでやってるつもりかッ」
「なんだ、連れねぇなぁ。せっかくお前らお得意のゲームにしてやったのによぉ。いつもやってんだろ? この中に犯人がいるーーッってやつさぁ」
「それは探偵で、俺たちは警察官だッ。だいいち、この場合だとオリエント急行殺人事件のオチだろうッ」
ケラケラと嗤いながらにじり寄るジェスター軍団と一定の距離を取りながら後退していく。先頭のアスワードは、もう縮めることはできないほど複雑に曲がった警棒を逆手に構えた。
「シレーム。分析が終わったら教えろ」
「承知」
「うっしゃぁッ。やるか、おっさんッ」
『みんな。外のイグニース巡査が「出番はまだですの?」って言ってるよ 』
「今は危険。特定が終わるまで手出し無用と伝達」
『いえっさーだよ』
☆ ☆ ☆
「どうしたぁ? サイード人にゴンジーマ人。さっきから攻め手が見えねぇZEっ」
「くそっ。今すぐ全員ぶっ壊してぇ…」
赤い躰をさらに真っ赤っかにしながらザーマックが呟いた。
「焦るな。廊下の中で行動が制限されているのは向こうの方だ」
「………34から42は除外。2から17の解析は82%。27、33、48、50……除外……」
『シレーム。機械分析が終了したよ』
「――解析完了ッ。No.13」
「手前ぇかッ」
ザーマックが一体のエグゾスケルトンの頭部を殴りつけた。
「ぐをぉぉぉッ」
凄まじい威力で廊下の壁を突き破って隣にある何かの格納庫らしき部屋にぶっ飛んだ。
「っしゃぁッ」
「ザーマック。子供のことを忘れるな」
拳を突き出すザーマックの背中からシレームが釘を刺した。
「わーってるさ」
「どうやって見分けたんだ?」
矢原の問いかけると、シレームが頭をこちらに向けた。
「駆動部の関節に負荷がかかる動きに対する反応及び音無の端末を破壊しようとするマニピュレータの動作パターンの解析。前半はオレが、後半は音無が担当」
矢原は頭をかいた。
「え…と…つまり、奴がやって欲しくない行動に対する嫌がり方と、反対にやりたいと思っている動きを見たってことか?」
シレームが頷いた。
「ジェスターは自分自身の本体が30%だと言った。戦力アップにその中から分け与えても良さそうだが、それをしない。何故か? それは因子の割合を高くしなければできない能力があると考えるのが自然だ。例えば、奴が見せた複雑な機械の操作・破壊・再生」
「もう一つわかったことがある」アスワードが言った。
「奴のエネルギー源、それは電力だ。腰部に取り付けられたバッテリーを交換しているのが見えた」
「付け加える」ザーマックの背中からシレームが顔を出した。
「機械を操る力と同じようには生物を操作する力はない。自分とは違う」
「何故そう言い切れるんです?」進藤が訊ねた。
「機械部分は修復するが、少年の腕の傷は治療していない。外骨格を操作するのに支障をきたす。これは不自然」
言われてはじめて気づいた。たしかに、助けを求めてきた少年三人が言うには、滅茶苦茶に暴れていた皐月は、腕を負傷していたと言っていた。操作対象の傷を自由に治せるなら、その部分を放置しているのはおかしい。
「しかし、現に声を発することや、エグゾスケルトンの腕部・脚部の操作はやっている。どういうことだ?」
矢原が訊ねると、シレームは眉間に皺を寄せた。
「不明。しかし、何かが引っかかる」
「おやおやおや~~。なんだか色々とバレちまったみたいだなぁ~~」
ジェスターがゆっくりと姿を現した。「しかーしぃ。この数の暴力を克服できるかぁ?」
「それは問題ない」
「……あぁ?」
「音無。イグニース巡査にポイントを伝えろ」
『ラジャーっ』
「――もう来てますわッ」
空気が震える。
「何だ?」
突如天井が崩れた。背中から翼のようなものを広げた女が見えた。三日月を背にして紅の瞳が光っていた。
「イグニース巡査」アスワードが言った。「正面の頭部が歪んでいる個体以外を破壊しろ」
「了解しましたわッ」
凜とした声が響き、夜空の星々に混じって瞳と同じ紅く揺らめく細長いものが無数に生まれた。
「燃える…剣……か?」
それは雹のように降り注ぎ、外骨格達に突き刺さったかと思うと、周囲を炎の海へと変え、爆風で通路を吹き飛ばした。