銀河の辺境に地球というまだ未成熟な星が有ると知った二人は、遥遠くのその星を目指す。地球人に、音楽という芸術を広める為に。
『ビッグスター』
一
「「…君を愛してるぅ♪」」
二人の息ピッタリにハーモニーが野外ホールに響き渡った。
ビリィーン…
最後にはじかれた弦が、切ない音を出して余韻を残す。
「今日は有難う」
「また聞きに来てくれよなぁ」
ステージの上の二人が手を振ってオーディエンスに応えた。
「チックショー。今日のオーディエンス。何だアレは」
「全くだね。音楽という芸術を理解できないバカどもだよ…」
舞台裏に下がったとたんに、怒りと鬱憤を晴らすべく二人が叫ぶ。
野外ホールには彼等の歌を聴きに聞きた客はごくわずか。
そのほとんどが、偶々通りかかったら演奏をしていたから足を止めた。
その程度の客だ。
聞いている間に欠伸をしたり、小首を傾げている者もいて、熱唱したにもかかわらず、拍手の一つもない。
「最近の連中は音楽という芸術を理解できないほど感性が乏しいよ」
「オレ達が偉大すぎて、彼等の理解の範囲を超えているわけだな」
そう息巻くが、二人の歌が下手なので反応が悪いのであって、お客は悪くはない。
「そうか、ボク達が偉大すぎるのがいけないのか」
「そうとも」
「危うくオーディエンスのセイにしてしまうところだったよ」
良くも悪くもポジティブなところが二人の持ち味だ。
鼻歌交じりに、楽屋に入る。
備え付けのディスプレイに新たに銀河連邦に加盟した【地球】の特集が流れていた。
「みてよ、地球だってさ」
「新しく連邦に加盟した田舎惑星か、建物も景色も古臭いな」
暫く片づけをしながら映像に見入る。
「おい、あれをみろ」
「まじか…」
「なぁ、オレこれ見て、気付いてしまった」
「ああ、ボクも思いついたことがあるよ」
「きっと、オレ達はこの星で音楽という芸術を教える為に生まれてきたんだって」
「ボクも今それを思っていたところさ」
「そうだろう、この辺境の田舎モノに芸術を、いや、心を豊かにする精神を」
「示唆して、成長してもらう為に」
「「いこう地球へ」」
がっちりと手を組む二人。
そして、二人の無謀な旅が始まった………。
「当機はまもなくゲートアウトし、地球への慣性航行に入ります。到着予定は…」
地球の日本を含む一部地域が銀河連邦に加盟してまだ十数年、他の銀河連邦加盟惑星と地球には定期巡航している旅客艇は多くない。
政府関係、商取引関係、物品輸送が主で、観光における利用は未だ二割を切る。
地球人の技術では造ることの難しい恒宙艦はものすごく高価で維持費なども合わせると、地球の企業が恒宙艦の就航ビジネスに手を出すのはハードルが高い。
地球から宇宙への観光客もいないわけではないのだが、庶民に手が届く価格には落ち着くのはまだまだ先の予定だ。
例え銀河の中心領域にいる先進国であっても、就航本数の少ない現状では、地球へ行くのは少々難しい。
売れないミュージシャンが、そんなプラチナチケットを買える訳はなく…
「腹減ったね」
「言うなよ、余計に腹減る」
「その辺の荷物勝手に開けたらダメかな」
「魅力的な提案だが、どうやってコンテナや木枠に穴を開ける」
「はぁ、せっかく暗いし、寝れば空腹もまぎれるのに、もう、寝すぎて寝れない」
貨物スペースの隅っこで、二人は見つからないように身体を丸めている。
所謂密航である。
「もう少しの辛抱だ。地球につけば美女と暖かいベットが待っているさ」
「それに、食べきれないほどの食事がほしいね」
「そうともさ、オレ達をほっとくわけない」
彼等の脳内ではバラ色の人生が約束されていた。
ゴン・・・
小さな衝撃音の後に、小さく船体が振動を始める。
大気圏降下したことを肌で感じられる貴重な瞬間だ。
通常の旅客エリアや、一等貨物エリアには振動軽減等の装置が施されているので、それほど不快に感じることはない。
しかし、三等貨物エリアにそんな装備はなく。
「のぉおおおお」
「しぬ、しぬ、しぬ」
固定されていない体は壁やコンテナに打ち付けられ、暫くして急激なGがかかり、体が悲鳴を上げる。
宇宙に出るまでは転送ゲートをなけなしの金をはたいて利用し、軌道ステーションまで行ったので苦労はなかった。
出航前にこの痛みを感じていたら、きっと地球へ行こうという野望は消えていただろう。
「ボクはもう、ダメだ…」
「あ、諦めるな、きっと…」
そして、二人共あっさりと気を失った。
二
ピロロン、ピロロン…
作業開始を知らせる警鐘音が鳴り響く。
ガゴン!
エアロックが解除され、外の空気が強めの風となって舞い込んだ。
「うッ…」
「なに、え」
警鐘音に振動、打ち付ける風によって、二人は意識を取り戻す。
「そうか、オレ達」
「地球についたんだ」
感動のあまりお互いに抱き合って、喜びを分かち合う。
「おい、そこ、何かいるぞ」
貨物用扉が眼前に開き、外で待機していた作業員が誰何をあげる。
「やべぇ、逃げるぞ」
「あいさ」
二人は慌ててバックと楽器を担ぐと、開いた扉から一気に外に出る。
地球人の作業員の足元を、小さな影が一気に駆け抜けていった。
「おい、まて」
「おい、何か逃げ出した。密航者かもしれん」
空港職員が声を上げ、飛び出した二人を捕まえようとするが、小さく俊敏すぎて、追いきれない。
職員はすぐさま無線を取り出し、管制塔に連絡を入れる。
「勤勉な空港職員。ご苦労」
「だが、ボク達は」
「「一陣の風」」
持ち前の俊敏さで広大な駐機場中央から、入出国ロビーのほうに走り出す。
センターエリアの職員用通路から警備職員が駆け出してくる。
警備員がロケット砲のような筒を構えると、引き金を引いた。
パーンと小気味の良い音共に、捕獲用ネットが広がり、二人の頭上に降り注ぐ。
「「ボク(オレ)達は一陣の風」」
息もピッタリに最大級の跳躍を見せると、ギリギリで捕獲網をかわす。
その後、警備員が追いかけ、捕獲しようとするが、ことごとくかわして扉の開いていたメンテナンスエリアに入り込む。
「密航者はどこだ」
二メートルを超える長身。威圧感を覚えるダークグレーの肌に制服越しに盛り上がりが見える筋肉質な肉体、地球人とは程遠い容姿の男性が現れる。
「アスワード警部。あちらです」
警備員が、駆けつけたアスワード警部をメンテナンスエリアへ案内する。
「やばい、アレはサイード人だ」
「野蛮で凶暴で無慈悲な、アレだね」
「しかも、今アスワードって聞こえたぞ」
「マジかッ、鬼のアスワードってこと。何で地球に」
「やばい、捕まったら殺されるぞ」
「大丈夫、ボク達は一陣の風だ」
「そうだな。いくら鬼のアスワードでも、オレ達を捕まえるなんて不可能だな」
「そうだよ、いくよ」
コンテナを足場にジャンプを繰り返す。高い位置へと進むと、上部側面にある換気口に向かって走り出す。
「よし、ここから逃げるぞ」
換気口の虫除け網をけり破る。
いくら虐殺鬼のアスワードでも、換気口なら小さすぎて入ってこれないはずだ。
勢い良く飛び込む。コン…
背中の荷物と楽器が大きすぎて入らない。
「くそッ」
無理やり押し込もうとするが、入る様子はない。
「やばい、悪魔がやってくる。もう、楽器と荷物を諦めよう」
「なにを言う、命の次に大切なオレの魂だぞ。こんな所に置いて行けるか」
「ボク達の使命は何だ」
「そ、それは…」
「この地球の生きとし生けるものに、音楽という芸術を等しく教えることだろう」
「そうだ、危うく本分を忘れるところだった」
「それにボク達には神業のリズムと、女神のような歌声がある。そうだろう」
「ああ、そうともさ」
「なら」
二人は担いでいた楽器と荷物を捨てる。
換気口に飛び込んだ。
ホコリと油と湿気が入り混じり、悪臭に鼻を曲げる。
「我慢だ、この先に出口があるはず」
明かりが見え、換気口の中継地が姿を現す。
「現在この頭上を通過中。そろそろ見えるはずです」
「催涙用意」
「まさか」
ここから脱出する予定だったが、真下から声がして換気口から大量の煙が入ってくる。
「のぁおおお」
「めが、めがっぁぁあ」
仕方がなく、次の換気口を目指して走るが、次の場所でも、また次の場所でも、待ち伏せは続く。
運良く見つけた、天井裏に抜ける換気口から出る。
充満していた煙は霧散し、息苦しさからは若干解放される。
少し休んだ後に、天井裏をさまようが、降りれる場所には待ち伏せがいた。
「なぜだ、足音を殺しているのに」
「一体、ボク達がなにをしたって言うんだ」…密航です。
二人は息も上がり、催涙煙攻撃に、生も根も尽きてその場に座り込む。
未だにあふれ出す涙を手でぬぐう。でも、ジワリとまた涙があふれてくる。
夢と使命を抱いて、苦難を乗り越えようやく地球にたどり着いたというのに、悪魔のサイード人、鬼のアスワードに追い込ま身動きも取れない。
きっとこの涙は催涙ガスではなく、悔し涙だ。
二人は言葉に出さないまでもお互いの涙の意味を悟る。
「くそ、ここまで来て」
「何でこんな目に」
天井床の下では、職員がこっちだという声が聞こえてきた。
咽の渇きも、空腹も限界に近い。
もう、つかまるのは時間の問題だった。
三
「あッ。そうか。オレはなんてバカなんだ」
諦めかけたその時、神は彼等を見捨てず、天啓を下す。
「………」
「今すぐ、チョーカーを外すんだ」
「まって、これは多機能ユーティリティツールだよ。これを外したら」
「そうだ、ヘルスコントロールはおろか、翻訳機能が失われる」
「それが解っていたなら、なぜ」
「これは銀河連邦が作ったものだ。当然発信機能が付いていると見て良い」
「あっ」
「気づいたか、オレ達が先回りされていたわけが」
「だが、これを失うということは」
「バカヤロー」
頬に強烈なこぶしが炸裂する。
「オレ達の使命はなんだ。さっきお前が言ったことだろう」
殴られた頬を押さえながら。
「そうだ。確かにさっきボクが言ったことだ。許してくれ」
「いや、オレも強く殴りすぎた。許してくれ」
差し出された手を硬く握り返す。
「そうと決まれば」
「ああ」
二人は首のチョーカーを外して、遠くに放り投げた。
「気づかれたようですね」
タブレットを確認しながら警備員が言う。
「スマン、小物の捕り物は苦手で、ヘリアンテスならこの手の案件は得意いなのだが」と無念そうにアスワード警部。
「ヘリアンテスさんですか、捕まえれたでしょうけど、ええと、その、二次災害が…」
「彼女は優秀だよ。どうしても不幸な部分が目立つだけで。少なからず、密航犯は逮捕して、始末書はなかったと思う。本当に申し訳ない」
「こちらこそ申し訳ありません。自分達も、あんなに小くてすばしっこい異星人想定していませんでしたから」
「彼等が特殊とは言わないが、これで始末書と、次の警備計画の見直しで暫く残業確定だな」
「どちらかというと、メディアとか、SNSでたたかれるほうが今から恐怖ですよ」
「で、検疫的には問題は」
「たぶん大丈夫でしょう。イヤというほど消毒液を掛けましたから。今頃胃や腸まで届いているはずです」
「そうか、なら後はギャラポリの仕事だ。任せてくれ」
アスワード警部は浮遊警視庁に連絡すべくインカムのスイッチを入れた。
*20xx/3/31-18:45
「久しぶりの肉まん。カレーまん。臨時収入様々だな」
羽咋優杜はコンビニを出て公園抜けながら食べ歩きを始める。
『にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ』
悲愴な面持ちで二匹の小柄な猫が足元にすがり付いて、泣き声を上げてきた。
「もしかして、腹減っている?」
青銀のサバトラ模様の猫と、三毛猫の二匹で、首輪もなく、この辺りでは見かけない。荒れた毛並みから野良猫だろうが、野良にしてはありえない行動に同情心を誘う。
優杜は中腰でかがむと、手に持った肉まんを二つに分け二匹の前に差し出す。
「ほら、お食べ」
二匹は瞳を輝かせながら、肉まんにかぶりつく。
地球の猫と姿形がそっくりな彼等は、
サバトラ模様のキジトラ・デ・シルーバと、三毛模様のシロ・クロチャ。
ミャアタマ人のアーティスト・デュオ。自称、銀河一の音楽家だ。
故郷の惑星キティンズで、歌も、演奏も、下手すぎて売れなかった彼等は、地球で自分達と同じ容姿の猫がちやほやされている映像を見て、ここなら売れると錯覚。
密航までして地球にやってきた。
楽器はおろか、翻訳機能付き多機能ツールまで捨て去り、言葉も分からないまま東京の街を彷徨う。
そんな彼等がいつか、この地球でトップスターとなり、世間を騒がせる日が来るはず。
そう、いつか…