ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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#2『標的はキング』

 降り注ぐ雨で道路はちょっとした沢のようになっていた。坂の上から流れる雨水でできた川の水量は足首まで達している。

 薄暗い貧民街に佇む苔の生えた鉄筋コンクリートビルに裏口から入った。ようやく水攻めから解放されて一息つくことができる。

 ガスマスクを被り、隠し扉から地下に入り、下水道の横道を更に歩いた。

 暗くてよく見えないが、下水の中はよくわからないゴミが大量に流されていた。

 マスクをしていなければ、周囲の臭いで目眩がしてしまうかもしれない。

 ここでは、煌びやかな繁華街とは対照的な光景を見ることができる。

 十分ほど歩いた場所にある、十円玉くらいの大きさの窪みの中にあるボタンを押すと、壁の一部がせり上がり、アジトの扉が開いた。

 禿げたリノリウムの通路の先にあるシャワー室で、身体中の雨と煤を洗い流した。

 ショートカットの髪をフェイスタオルで拭いた。ドライヤーもバスタオルも無いアジトではタオルを絞りながら使うしかない。そのまま躰も拭き上げた。

 脱衣所に戻り、着替えてロビーに出た。

 久しぶりに生き返った心地だったが、テレビの音声を聞いたとき、下水道の方が百倍マシに思えるほどの吐き気に襲われた。

 サイドを刈り上げたショートヘアの男がテレビに映っている。

 この大田区の区長である、蛇沢栄一郎だった。

 

『我が大田区以上に異星人との交流が強みとなっている土地は他に無いでしょう。工業製品の製造技術はどこよりも抜きん出ていて、繁華街でのコミュニケーションも盛んであります』

『その秘訣はどこにあるのでしょうか?』

『何と言っても、受け入れている住民の寛容な心と、共に未来に向かっていこうと手を取り合う改革精神でありましょう。行政側も福利厚生を充実させ、異星人の方々が住みやすい街作りを……』

 

 ――嘘をつけ

 

 この大田区は異星人居住者が非常に多い。それは事実だが、最初に住み着いた異星人は完全に招かれざる客だった。

 彼らがこの大田区に目を付けた理由。

 それは、彼らが得意としていた機械製品のコピー能力とこの大田区が地盤として持っていた産業がマッチしていたこと。そして、大量生産した製品を陸・海・空の全てをフルに活用して運ぶことができる理想的な土地であり、何より大規模な粗大ゴミ処理場を有していたからだ。

 大量のゴミを無断で盗み出し、独自のコピー技術で加工・組み立てを行い、非純正製品として安価に売り出す商売を発展させてきた。これは、元々の日本人も一緒になってやっている。

 新技術による新しい商売はそれだけ魅力的なものだった。

 もちろん、高額な純正製品を売る正規メーカーから訴えられれば敗北は必至だ。

 そして、彼らはそうなったが最後何処かへ高飛びするだろう。責任を負うのは残っている日本人だ。

 ただ、それだけなら法律や条令を整備し、取締りを強化すればいい。

 日本人もコピーから学びを得て独自の新製品を作成できるよう、人材と技術への投資を行っていけばいいのだ。

 だが、それをさせなかったのは区長の蛇沢だ。新技術を育てようとするベンチャー企業を冷遇し、コピー生産企業を優遇した。

 更に、ルクスタのような話の通じないならず者共さえも厚遇している。

 賄賂を貰っているというのが世間の見方だが、経済発展の功績からか、糾弾より支持の声が大きい状況だった。

 ソファーに腰掛けている仲間の一人が眉をひそめた。

 

「蛇沢のインタビューは割と頻繁にやってるが、この局のキャスター、前は違う奴じゃなかったか?」

 

 周囲の仲間達がフッと笑った。

 

「随分前に更迭されちまたんだよ。しょーがねぇよなぁ。日本人企業の技術向上の為の政策が弱い。大田区の実態は騒動が頻繁に起こっていて、治安が最悪。その対処は如何するお考えか? って、そう聞いちゃったからだよなぁ」

 

 角刈りの男が缶の発泡酒をあおり、握りつぶした。

 この組の特攻隊長である黒河壇だ。

 

「それって、報道側からすればあたりまえの質問じゃないっスか?」

「ばぁーか。それをされると迷惑だから圧力をかけんだよ。逆らったらこうなるっていう見せしめになったってワケだ」

 

 わたしの前に座っている五厘刈りの男が頷いた。

 

「この国は元々報道の自由度や透明性に関しては底辺レベルだ。おまけに、長いものに巻かれろのような精神も深く根ざしてしまっていた」

 

 だから、我々のように暴力に訴える層が出てくる。……そのような続きが滲んでいた。

 相馬誠司。この組の爆弾製造及び運用担当。

 先ほどの爆破も彼の仕事だった。

 

「お疲れ様です。相馬さん」

「お疲れ様、四宮君。雨の中で長時間の監視任務は堪えただろう?」

「いえ、これくらいなら平気です」

「傭兵上がりはモノが違うんだなぁ。藍那ちゃん」

 

 黒河が下卑た笑みでこちらを見つめた。

 

「慣れてはいます。しかし、日々攻撃を受けて疲弊している住人達を救う為ならばこそ、頑張ることができるものだと、わたしは思います」

 

 周囲の仲間達からの注目を感じた。信頼されている。そう思いたい。

 わたし――四宮藍那の狙撃技術はこの組の助けになっている筈だ。

 従軍経験があるこの土地出身の者とはいえ、長期間住んでいなかった二十五歳の女がゲリラ活動で信用を得るには、うわべだけの結果では絶対的に足りない。

 誰よりも結果を残し、動機においても揺るぎない決意を示さなければならない。

 心の中の誇りを熱く燃え上がらせ、その他全てを凍てつかせ、修羅となりて敵を討つ。

 そのような姿勢が信頼へと繋がる。

 扉が開かれ、ガッチリとした体格の男がヌッと入ってきた。日焼けしたような赤い顔に白い髭をびっしりと蓄えている。

 組長である栗唐源蔵だ。

 姿を見た構成員一同が立ち上がり、姿勢を正した。

 

「おうっ。黒河、相馬、四宮。今日はご苦労だったな。実行部隊二人を始末して、アジトも吹き飛ばした。かなりの打撃を与えたといえるだろうな」

「楽勝過ぎて欠伸が出るところだったがな」

 

 黒河の軽口にフッと笑った。

 

「相馬の爆弾のおかげで拠点攻略がかなり進んだ。四宮の狙撃は連中への牽制としてかなりの成果を上げている。このところの損耗は相当押さえられていると言えるだろう。そして、それを纏めて実行に移せる黒河だ。これだけのカードが揃えば、ルクスタの連中を一網打尽にすることだって夢じゃねぇ」

「オヤジ。しかし、連中は数が尋常じゃありません。今何割減らせているのかも……」

 

 栗唐が鼻を鳴らした。

 黒河が頭をかく。

 

「諜報班から報告が上がったんだよ。ルクスタの連中には明確な弱点があるんだ」

「弱点……?」

「あの連中は結束がとんでもなく固い。あんな無茶苦茶なことをやっていながら、反旗を翻す者も、脱退する者も皆無。どころか、ルクスタマフィアは日本人はおろか他の異星人も入れず、単独種族だけで構成されているんだ。それは、連中のある習性というか、生態が大きく関係している」

「……それは?」

「連中は群れの中に一人リーダー格を持っている。遺伝的に王となるその男が複数の女に子供を産ませ、それがねずみ算式に広がって一つの組織になるが、血統を辿ると必ず王に行き着くんだ。そして、組織の戦略的ガバナンスをテレパシーで仲間に発信し、統治しているってわけだ」

 

 そう、それがルクスタが外的な法律や論理で縛ることができない最大の問題だ。

 

「こいつは、組織を途轍もなく強固にできる反面、このリーダー格を失うと群れ全てが瓦解するという弱点になっているってことだ」

「じゃぁッ」

「このリーダー。通称キングを探し出し、ぶっ潰せば全部終わりっていうことなんだよ」

 

 ――オオッ

 

 と歓声が響いた。目標が定まり、士気が最高に高まっている。

 

「テメエ等、よく聞け。ルクスタ共は普通じゃねぇ。日本人はもとより、他の異星人とも一緒くたにするな。ルールに従えねぇ奴らは客人とは呼べねぇ。これは言わば害虫駆除だ。同じ人だ殺人だなどと遠慮するこたぁねぇ。いいか、連中は部屋の隅から飛び出てカサカサ這い回る黒いあいつだ。スリッパを振り下ろすような気軽さで鉛玉を撃ちまくれッ」

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