矢原と進藤はザーマックに抱えられて間一髪ダイブで外に脱出できた。
「おい、リアッ。俺たちを巻き込むんじゃねぇッ」
「待機時間が長すぎて、力が入り過ぎちゃいましたわ」
声の主が空中から降りてくる。翼のように見えたのは、先ほど撃ち込んだのと同じ何十本もの剣を広げたものだ。爆炎がブースターのように噴射して空中移動ができるらしい。
「うはっ」
進藤がアイドルを見たような声をあげた。
「先輩、先輩ッ。本物のヘリアンテス巡査ですよッ。僕、前からファンだったんですよ」
「あー、そうかよ……」
しかし、進藤が興奮するのもわかる。
近くで見ると、それほどに美しい女だった。
整った顔立ちと白い肌。豊かな乳房はシャツの上からもわかる。それだけなら、矢原も見とれていたかもしれない。しかし、爛々と輝く瞳、肩口で揃った髪の毛、その隙間から揺れる炎その全てに共通する鮮やかな紅色が神秘的な輝きを放ち、地球人とは違う存在であることを示していた。
「こいつも、あんたらの仲間か?」
「肯定。ヘリアンテス・ルクサ・イグニース巡査。外事特課最強の攻撃能力の持ち主」
「んんん~~? あー………」
ジェスターが瓦礫の中から這い出た。
「イグニース巡査、あの機体の中には少年が捕らえられている。攻撃は胴体部分を避けて行え」
「わかっていますわっ」
今度は魔法か…
矢原はズキズキし始めたこめかみを揉み込んだ。
「そうか、これが魔法か。なるほど、なるほど。こいつは確かに不味いヤツだぁ」
「先輩。なんだか、警戒しているみたいですよ」
「わたしくしの炎はヒトの強い想いの力で物理に影響を及ぼすもの。よって、概念だの精神だのといった存在にも直接ダメージを与えられますわ」
「すごいっ。美貌だけでなく、こんな凄い力をもっているんですねっ」
進藤が興奮した様子で拳を振っている。
「肯定」シレームが言った。「拳銃程度の威力で十分なところでもダイナマイト程までしか絞り込めないくらいの力の持ち主」
「それは、ノーコンって言うんじゃないのか?」
ヘリアンテスは、こちらのやりとりはどこ吹く風で歩を進める。
「――おおっと。ストップだぁ。こいつが見えるか?」
ジェスターは胴体のプレートを剥ぎ取った。
「子供を焼き殺したいなら止めないが、どうする?」
ヘリアンテスの眼が皐月に向けられる。すると、紅い瞳に炎が宿っているのが見えた。
「なんですか? それは」
「ああ?」
「その腕の傷はなんだと聞いているのですッ」
突然声を荒げた。
「最初の調整の時になぁ、ちょっとぶつけたのさぁ。それがどうかしたのかぁ?」
「・・・死刑よ」
突然、ヘリアンテスの周囲が歪み、何も無い空中から数十本の剣が出現した。刃一つ一つに、ヘリアンテスの髪の毛のように紅い炎が揺れている。
「おい、何だあれは?」
「落ち着けリアっ」
「消し飛べ。アクト・インベニム・ウィム・アクト・ファルキルム」
炎の剣がミサイルのように飛び出し、ジェスター諸共、ヘリオン0を斬り裂き始めた。
「どわぁッ」
凄まじい熱量がまき散らされる。
見上げると、ジェスターのマニピュレータが融解していた。それだけでなく、剣が滅茶苦茶に踊り回り、ジェスターの再生能力を上回るスピードで破壊し続けていた。
「HAHAHAHA~っ。ど派手なパーティになってきたなぁ」
「その子を離しなさいッ」
一際大きな爆炎が起き、ジェスターは巻き込まれて吹っ飛んだ。
「それじゃあ、パーティのメインイベントと洒落込むかッ」
「何をする気だ?」
警戒する矢原にジェスターは指を振って見せた。
「さぁ、クイズですッ。本体のジェスターは30%、1%ジェスターの総数は50%。残りの20%はぁ……さぁて、どこに居るでしょう?」
その時、ズシン、ズシンと巨大な足音と共に巨大な影が浮かび上がった。
「クソッ。さっき進藤が言ってたのは見間違いじゃなかったのかッ」
「なんだ? こいつは」
アスワードとザーマックが反応する。
「このウィルス野郎。この街のシンボルを改造してやがったのか・・・」
「HAっHAっHAあぁぁーーーッ」
ジェスターが飛び上がり、それに飛びつく。
更に、他のエグゾスケルトンもワラワラと向かっていく。長さ2メートルほどの黒い円柱状の機械を運んでいる。
30体ほどのエグゾスケルトンが一つの巨大な影に群がり、自身のパーツを組み替えながら融合していった。
「あ・・・ああ・・・・・・」
驚きのあまり喋ることができない。
「んん~。これはなかなかイイ感じだぁ~」
「馬鹿な・・・こんなことが・・・」
「おい、矢原の旦那。あれは何だ?」
「さっき言った通り、この街のシンボルだ。そして、この国では知らない奴の方が珍しい位の有名なロボット・・・」
驚愕と感動が矢原に襲いかかった。青い胸部から伸びる白く逞しい四肢。広いV字型の黄金アンテナ。テレビでしか見ることができなかったその勇姿が、リアルロボットアニメの金字塔と言える存在が、連邦の白い悪魔が自分の目の前で歩いている。
しかし、コックピットが存在するにも関わらず、人質として盾にするためか、胸部は開いて皐月少年は相変わらず露出している状況だった。
「あとは~こいつを取り込んでーっとな」
1%ジェスター達が持ってきた黒い機械を取り込み始めた。
「あれはなんだ?」アスワードが訊いてきた。
「・・・衛星軌道上のヒュペリオンから電力が届かなくなった時に備えた大型コンデンサーだ。規模は詳細に覚えていないが、首都圏を数日稼働させるくらいは・・・・・・くそっ・・・なんてことだっ・・・」
「先輩、さっきからどうしたんですか?」
「この気持ちがお前にわかるかっ。いけないことだ、犯罪だと・・・わかっているんだ・・・・・わかっているのに・・・」
よくやったっ。グッジョブだッ。是非俺にも操縦させてくれッ。
その要求を飲み込み、矢原は自分の中から警察官としての自分を励ました。自分の使命はなんだ。何の為にここに居るのだ。そう、皐月少年を助けるのだと。
そんな事情を知らないヘリアンテスは、無茶な攻撃を繰り返していた。
「大きくなっても変わりません。消し飛ばしてあげますッ」
ヘリアンテスがスタンスを広くとり、両腕を正面に伸ばした。不規則に飛んでいた剣がジェスターに向かって円形に並び、素早く踊って空中に魔方陣のようなものを描く。
「我、ルクサ神殿の戦士。イグニース神の信徒が願い奉る。十字架の丘、我らが聖女の名に誓い、全ての邪悪に沈黙をッ」
妙な台詞と共に、ヘリアンテスの魔方陣が紅く輝き出す。炎と共に深紅の雷光が奔る。
「うをぉぉ・・・HAHAHAぁーーー。何をする気だぁ?」
「我が国の最高魔術をくらいなさいっ。
――ベガ・セシリ・・・・・・」
「やめろ、馬鹿者がっ」
最高魔術とやらは、アスワードの拳骨によって阻止されてしまった。
「何をするのです? おじさま・・・」
「威力の高すぎる攻撃は控えろ」
たしなめるアスワードに、ヘリアンテスはふふんっと笑ってみせた。
「この魔術、『ベガ・セシリア』は全ての邪悪を聖火のもとに消滅させる究極奥義。悪しき心を持つ者のみを滅し、聖者には傷一つ負わせません」
「いい加減に頭を冷やせ。この世に邪悪な心を持たない者などいない。少年諸共消し飛ばしてしまいかねん。そもそも、我々は日本の警察官だ。悪人であろうとも、検挙こそすれ、殺す事は罷り成らん」
「それでは、どうなさるんですか? 因子型存在なんて、どうやって捕まえれば・・・」
「今はわからん。だが、何かあるはずだ」
「ええ~…」
「先輩、あの警部って・・・」
「ちっ・・・」
眉間がうずく。いつもの痛みとは違う、異質な違和感を感じている。
「ヌァァァァッッ。バチバチが染み渡るぜぇぇぇッ」
ジェスターが砲身を向ける。
「あれは・・・まさかッ」
「む・・・」
天に向かって砲身を掲げ、甲高い音と共に一筋の閃光が奔った。
「HAHAHAーーーッ。なかなか良い気分だぁ」
「まてっジェスターッ。そのポーズはメインカメラが無い状態でやるべきだっ。やり直せッ」
「せ……先輩……?」
「おい、あの武器はなんだ?」
「ミノフスキー粒子をIフィールドの限界を超えて圧縮することでできるメガ粒子を放出する武器。その名もビームライフルだ」
「びーむらいふる?」
「地球にも凄い技術がありますわね」
「先輩ッ。異星人の皆さんに嘘科学を教えないで下さいッ。地球が誤解されますよッ」
「流石に本物程の威力は出ないみたいだが・・・まさかと思うが、あの武器も・・・」
両手の握り拳を振るわせる矢原に、ジェスターが目を向けた。
「んんん~? その武器とやらは、もしかしてコレのことかぁ~~?」
背中のバックパックから飛び出ている柄を掴み、正面で構えて見せた。
「まさか・・・本当に・・・・・・? 馬鹿な、できるわけがない。ハッタリに決まってるッ」
「先輩、そんなこと言いつつ、凄い食い入るように見てますね・・・」
柄の先から、赤紫色の閃光が伸びる。閃光は数メートルで止まり、独特の音を発しながら周囲の空気を焦がしていた。
「うおおおぉぉーーーーッ。夢じゃねぇっ。マジでやりやがったぁぁーーーーッ」
「今度は何だっ?」
「ビームサーベルだぁぁッ」
「びーむさーべるぅ?」
「ビームは・・・英語・・・サーベルは・・・オランダ語読み・・・何故・・・?」
シレームとザーマックが呆れたような顔をした。
「っていうか、何で光学兵器が発射したすぐ先で止まってるんだ」
「メガ粒子になる寸前のミノフスキー粒子をIフィールドで固定しているんだ」
「「はぁ?」」
「なんて奴だ。得ている電力次第でこんな技術まで再現可能なのかっ」
「そもそも、あの図体で刀剣類を扱う必要がどこにあるんだ」
「んなこたぁ、どうだって良いんだッ。あの武器は、男のロマンなんだよッ」
「そのロマンこそどうだって良いですっ。来ますよ」
赤紫の閃光が矢原達に襲いかかり、ヘリオン0の一部がバターのように切断されて崩れ落ちた。
「さぁ、クイズですッ。今ジェスターは何を狙っているでしょう?」
「いい加減にしろッ。その機体で破壊活動は――」
「はい、時間切れ~~」
雑に掲げたビームライフルの銃口が南東を向き、一瞬の閃光。何の心の準備物無く耳に届く破壊音と悲鳴。
余りに突然のことで理解するのに数秒かかった。ジェスターが撃った先の青海駅の屋根が崩壊していた。
「ジェスターッ。貴様ーーッ」
「矢原巡査。被害確認は他の職員がやっている。今は目の前の問題を冷静に対処するべきだ」
そんなことはわかっている。しかし、普段の仕事とはかけ離れた現実感のない状況。その最たる悪夢のような異星人が、自分達が守ってきた街を破壊している様を目の当たりにすると、どうしても頭に血が上ってしまう。
「はぁっ」
「そりゃっ」
暴れ回るジェスターにヘリアンテスとザーマックが攻撃を加えるが、先ほどよりも更に防御能力を上げた敵になかなか有効な打撃を与えることができないでいる。
「手加減って難しいですわーッ」
どうやら片方は皐月へ危害を加えないように力をセーブするのに忙しいようだ。
「HAッHAッHAァ」
力を溜め始めたジェスターの周囲に電光が輝き、電流が全身を包み込んだ。
「URIIIIIYHAAAAーーッ」
ジェスターが無茶苦茶に振り回したビームサーベルの一閃。それは、先ほどの刃渡りから更に倍程度まで一気に伸びてきた。
「危ねえッ」
とっさにザーマックが防御に入った。
矢原と進藤に飛来した巨大な閃光を全身に受けた赤鬼。袈裟懸けの一閃が過ぎ去り、血が吹き上げる。
「・・くそっ」
「おいっ。大丈夫かっ」慌てて駆け寄った矢原に、ザーマックが手を振ってみせた。
「はっ。大したことねぇよ」
おどけて見せているが、傷は浅くないように思えた。あれほど堅牢な外皮が、これまでジェスターの攻撃の全てをはじき返して見せた躰がザックリと斬り裂かれていた。
歯を噛みしめる。
異星人とはいえ、このゴンジーマ人達も生物なのだ。寿命もあれば、怪我や病気で死ぬことだってある。
自分たちと同じように。
「矢原巡査」アスワードが呼びかけた。
「貴官はあの機械に詳しいようだ。弱点があれば、教えてもらいたい」
「そんなの、簡単にわかったら苦労しな・・・――うをぉっ」
矢原の目の前数メートルをビームサーベルが通り過ぎる。刀身の熱エネルギーのせいで、その距離でも危険な代物だった。
ハイになりすぎたジェスターが、巨体を踊らせ、ビームサーベルを振り回す。
「YHAAAAAAAーーッ」
「せいやああぁぁーーッ」
その攻撃を凌いでいるのはヘリアンテスだった。
電柱や電線を足場にして走り回り、巨体の背後に回り込みつつ、斬擊を加えていく。しかし、ジェスターは後ろにも眼が付いているかのように素早く反応し、斬り結ぶ。
しばらく戦うと、電線はほとんど残っていない状況になっていた。ジェスターが敵の足場を破壊するのはわかるが、ヘリアンテスのノーコン攻撃は、自分に不利になる軌道にも平気で飛んでいくのだ。
閃光の太刀と無数に跳び回る炎の魔剣。
ヒートアップする二つの力は周囲を破壊しつつ、公道へと移動していく。
「ちょっと待て」
矢原の制止は全く届かず、二人の攻撃は元ゆりかもめの高架下でぶつかり合い、線路を破壊してしまった。
「手前ぇら、何しやがるんだッ」
新橋と副都心を結ぶ空の道。子供の頃から、矢原はゆりかもめから見える湾岸風景が好きだった。いずれ、ヘリオン0のごたごたが片付いたとき、もう一度あの風景を見たいと願っていた。
「ジェスターッ。もうお前に好き勝手はさせねぇッ。この街は俺が守るッ」
警察官の最強武器、配給品の黒い拳銃を正面に構える。
「おい、旦那よせッ」
「先輩っ?」
消煙と共に放たれる弾頭。矢原の怒りを宿した鉛の弾頭は・・・
「燃え尽きなさい、悪党ッ」
空中で舞踊を続けるヘリアンテスの剣に当たり、あらぬ方向へと飛んでいった。
「おいっ」
キンっ、コンっ、カンっ。と音を奏で、右へ左へ、上へ、下へ、ピタゴラスイッチのボールの如く跳弾する矢原の怒りは、最も飛んではいけない軌道を辿り、ある場所をかすめてコックピットの奥で止まった。
「URIIIIIIッ。なかなかスリリングじゃねぇかーーーッ」
「ぎゃーーーーーッ。この中年オヤジぃぃぃーーーッ。皐月君に当たったらどうすんのよおぉぉーーーッ」
ヘリアンテスが、矢原の襟を掴んで滅茶苦茶に振り回してきた。
「ばっ・・・馬鹿女ッ。お前の剣が邪魔だったからじゃねぇかぁぁ」
アスワードが顎に手を添えた。
「惑星インフェリシタスの民は、絶大な攻撃能力を持っているが、やることなすことが裏目にでる不幸体質だ。何かやるときは十分注意した方が良い」
「先に言いやがれーーーっ」
「おい、旦那達っ。遊んでないで距離を取れ。またあのサーベルが飛んでくるぞ」
「そうだった。まずっ・・・ん・・・・・・?」
ビームサーベルの一閃が来ることを覚悟していた矢原の目の前で、18メートルの巨人が不自然にカクカクした動きで右手を振り上げていた。
「なんだ?」
「UWOOOOッマズイぜぇッ」
ジェスターが、酷く慌てた様子でコックピット部分にマニピュレータを伸ばす。
それは、皐月の右耳付近の千切れたコードを引っ張ってその先と繋げ、溶接を施していった。先ほど矢原が撃った銃弾が当たったヘッドフォンのコードだ。
更に、ジェスターは補強のつもりかコードを金属製の筒で覆い、ヘッドフォン自体もヘルメット型に改造しだした。
辺りに静寂が訪れ、深夜のお台場に一筋の海風が吹いた。
「HEっHEっHEっ。そんなに見つめるんじゃねえぜ。照れるだろぉ?」
頭を掻きながらおどけるジェスターに、アスワードが歩を進めた。
「どうやら、弱点が見つかったようだ。少なくとも、皐月少年を助けだすことはできる」
「え? どういう事ですか?」
「あいつは・・・生物を直接操れない。寄生しているのは少年ではなくギャラフォン。端末の高性能サウンドを利用して精神に働きかけ、間接的に操っているっ・・・」
「HAHAHAーーーッ。バレちゃあしようがねえ。本格的にこれでおさらばだぁッ」
ジェスターがまたもやマニピュレータを伸ばし、周囲のビルからありとあらゆる機械を取り出してきた。それらがジェスターの背中に集まり、ロケットブースターのようなものを作り出し始めた。
「駄目だぁっ。あいつは戦えば戦うほど強力な機械を取り込んで強くなっていくーっ。弱点がわかっても狙えないですよぉーー」
進藤がもう何回目かわからない泣き言を言い出した。
「おい、そんなことを言う暇があったら、お前も少しは何か考え・・・」
矢原は、ハッとしてジェスターの本体。皐月のギャラフォンを凝視した。
「先輩? どうしたんですか?」
「進藤・・・」
「はい?」
「お前、なかなかやるじゃねえかッ。これが終わったら焼き肉を奢ってやるぜッ」