アジトの本部会議室のドアが開け放たれた。
眉間に皺を寄せながら出てきた黒河が、ロビーのソファーに腰掛け、くわえていた煙草を灰皿に押しつけた。
「ダメだ。完全に見失っちまった」
「川崎の班からは何と?」わたしは言った。
「向こうから観測した時には見つからなかったとさ。おそらく、途中にある多摩川に飛び込んだんだろう」
周囲から落胆の溜息が漏れた。
「あいつらは独自の暗号通信でやりとりしている上に数が多いからな。一旦逃げられると補足は容易じゃねぇ」
「一発で仕留められる策か罠が必要ということですか?」
相馬が言った。
「そうだな。油断しているところを遠距離から撃ち抜くか、大火力で吹き飛ばすか。お前ら二人の力が必要になるだろうぜ」
黒河は新しい煙草に火をつけた。
「ま、いずれにしてもキングの野郎を見つけ出さないことには、どうしようもないことだけどな」
それからはあれこれと各自感じたルクスタの動きや、大田区の世情などの話が続いたが、徐々に解散していった。
わたしは作業室でライフルの整備を始めた。
全体の煤を拭き取り、銃身の燃えかすを取り除いた。分解して各部の摩耗度を確かめていく。
「精が出るなぁ。藍那ちゃん」
背後から黒河の声が聞こえた。
「すぐに出ることになるかもしれませんので」
「もうちっと、良い銃はあるだろう? 組長に手配を頼んでやろうか?」
「これは割と良い銃ですよ。評価も悪くありません」
「だが、流石に古すぎるだろ」
各パーツを取り付けた。
「……単なるつまらないこだわりです。この国で戦うからには、この国で生まれた銃で戦いたい」
組み上げて動作を確かめた。
「自分の想いを……乗せるなら……」
黒河はフンっと鼻を鳴らした。
「十年前、この国が異星人連中とどう付き合っていくかで揉めている時、色々と小競り合いが発生していた。その銃はその頃活躍していたらしい」
「そうでしょうね。我が国で生産されているスナイパーライフルと呼べる代物はこれだけですし、猟銃としても警察の運用でも広く使われていました」
黒河が異様に黒目の小さい眼をこちらに向けた。
「異星人連中と、日本人の各勢力で戦いが激化していた時、一際輝く狙撃手がいた。山間部、市街地戦どちらでも一級品の活躍をしていたそうだ。素性は伏されていて、同じ陣営の構成員達も詳細は知らされていなかった。敵味方からも畏怖の存在として認知されていたその狙撃手を、当時のゲリラ達は現代に蘇った【那須与一】と呼んでいたそうだ」
「知っています。というか、当時の活動を見ていた人達なら知らない人はいないでしょう。若輩のわたしでもよく噂を聞きます。与一とはどんな男だったのか、と……今でも正体不明なので、存在そのものに疑問を持つ人もいますけどね」
「いねえだろうなぁ。そんな男は」
黒河の三白眼を見つめ返した。
「どういう意味ですか? 話が見えなくなりましたが?」
「簡単な話さ。与一と呼ばれた狙撃手は確かにいた。しかし、それは男じゃねぇってこった」
「……」
「単なる風の噂さ。存在が秘匿されていた天才狙撃手、那須与一。この正体は、当時まだ十四・五歳の女の子だったってな」
「なかなか面白い噂ですね」
「ああ……特に面白れぇと思うところはな、ちょうど十年後の今、まだ生きていれば二十五歳前後になっている。それとまったく同じ歳の凄腕女狙撃手が、俺の目の前にいるっていう事実だ」
ライフルをケースにしまった。
「言いませんでしたか? 黒河さん。わたしの従軍経験は海外です。十年前ゲリラ活動が激化していた頃、わたしはヨーロッパにいました」
「崩してみてぇなぁ。そのアリバイを」
獲物を見つめる狼のような眼を無視して、作業室をあとにした。