アジトの出口に続く通路を歩いていると、黒い革ジャケットを着た相馬の後ろ姿が見えた。
「作戦ですか?」
相馬が振り向いた。
「四宮君か……」
顎に手を当て、何か考えを巡らせるように眉間に皺を寄せた。
「そうだな」
何かを決意したように、わたしと目線を合わせた。
「少し、確認したいことがあるのだが、付き合ってもらえるかな?」
☆ ☆ ☆
蒲田の地下街は地上と変わらない賑わいを見せていた。
多種多様な異星の貿易品は勿論、この大田区から出ることが難しい異星人達向けに、日本の日用品も多数出回っていた。
皆一様に自動翻訳機を使っているが、所在確認用GPS機能が内蔵されている正規品を使っている者はほとんどいないだろう。
こういう街に入り浸っている者達の需要に応え、コピー品を製造・販売するのも、ここの重要な役割の一つになっている。
壊れかけた蛍光灯が照らす、大通りから外れた脇道の先に、怪しい雰囲気を漂わせる横町が見える。
急ごしらえで作られた通路は薄暗く、所々ひび割れた壁面が目立つ。
文字通り太陽の下では売られることがない、多種多様な製品を手に入れるための街といったところだった。
「蛇沢のような者が区長でなければ、直ちに摘発されるような場所ですね」
「ああ。この大田区発展の心臓部だよ。表に出て脚光を浴びているのは、こういった地下組織の中でやりとりされている製品のほんの一部だけだ」
「こういう場所が好きだとは意外でした」
相馬の表情に、少しだけ影が差した。
「そう見えるかい?」
「わたしも、人の喜怒哀楽を感じることはできますよ。スコープ越しに、ターゲットが何を考え、次にどういう行動を取るのかを常に考えているので、そのせいかもしれませんが」
相馬はフッと笑った。
「私は、この街で生まれ育った土着の男でね。PCメーカー社員の父の背中を追って機械いじりをしていた。趣味をそのまま仕事にして、ちょうど異星人との交流が始まろうとしていたので、そっちの技術に手を出していった」「十年前はまだ国交を結ぶ前でしたが、地下では既にやり取りが始まっていましたからね」
「うん。片足を突っ込んで、気がついたらどっぷりだったよ」
「そこで手に入れた技術で新しい商売を始めたということですか」
「そういうことだ。妻からは、見た目いい人そうだけど、かなりのワルよね。って、散々からかわれたもんだよ」
普段、爆弾の製造と運用を行っているのを見ているからわかるが、相馬の機械製造技術は相当なものだ。
人づてに聞いた話だと、元々その技術で旧来のPCに代わる新しいデバイスや周辺機器を製造するベンチャー企業を仲間と立ち上げたようだ。
「働いていた頃、いつも思い描いていたよ。今までとは全く違う機械に囲まれる世界ってやつをね。スタイリッシュな汎用デバイス、車、通信機器、家電、それらを作るための幾千幾万のパーツ。それらを扱う人間の一人として、表の世界とこの地下の世界を行き来しながら生活していくんだ。そんな世界が幸せなんだと本気で思っていた」
この地下街はある意味合法的とは言いがたい。しかし、こういう場所で生まれた化学反応の一部に光が当たることもある。
相馬誠司という男は、清濁の境界に立ち、変わりゆく世界を動かす重要な人間の一人になれたかもしれない。
しかし、現実はそうならなかった。
「ルクスタの妨害は、どのような?」
「今と大して変わらないよ。営業妨害・器物破損・親族の誘拐・恐喝……その中で、妻と娘は死んでしまった。事故として処理されたけどね」
顔に表情は無い。しかし、その瞳には当時の光景が焼き付いているように思える。
「そろそろ、ここに来た目的を教えてもらってもいいですか?」
相馬は頷き、細い隙間からスルリと横道に入った。
「先日追い詰めたキングだが、君は貨物列車を使って逃げたのは、偶然だと思うかい?」
わたしは首を振った。
「ターゲットは車からの襲撃を受けたあと、何の迷いも無く始発にはまだ時間がある駅の方へと走り出しました。場所は蒲田駅前。隠れる場所なんていくらでもあります。そして、ビルから地下に降りて逃げるという手立てもあったはず。地下に網が張られている可能性を考慮するとしても、一番最初に選ぶ選択肢が駅というのは不可解です」
「始発の時間を知らなかったという可能性はどうだろう?」
「無いと思います。奴らは普通に電車をよく利用するので、始発と終電の時間くらいはわかっているでしょうし、そもそも車での迎えを用意したのが、電車が動いていないと知っていたからだと考えられます」
相馬は頷いた。
「僕も概ね同意見だ。そして、それでも貨物列車が来ることがわかっていた。そういう情報を得られる立場にあったとしたらどうだろう?」
「……なるほど。その線から絞り込むと? しかし、それとこの横町とどういう関わりがあるんですか?」
「ここさ」
立ち止まった相馬が親指で指し示したオンボロのテナントには、【パーツショップ斑】という看板が掛かっていた。
休業中のようだが、相馬は構わず中に足を踏み入れた。
店内はほとんど棚に埋め尽くされていた。 塗料が剥がれて錆びている棚には、無数の機械部品が陳列されている。
新品とはとても思えない。おそらく、そこら中の無法者がコピー品を盗んで分解した物を売っているのだろう。
しかし、店内の奥に置かれている組み上がったマシンには、どことなく品のようなものを感じた。
「ここの店主が作ったものだ。不法滞在者が作っているコピー品は基板部分がいい加減なものが多くてね。ある程度技術のある日本人が密かに作って商売をしていることがあるのさ。ここの店主はモグリで、色々な犯罪に加担することがある。だが、腕前自体は知る人ぞ知る優秀な奴だ」
相馬は一呼吸置いて奥の扉を開いた。
「――ッ」
奥の部屋にいたのは、頬のこけた中年の男性だった。服は灰色のセーター。同じ色のニット帽を被っている。
部屋の中は、様々な家電製品や用途不明の機器で溢れている。
その中、男がいじっていたのは成人男性がすっぽり入りそうな筒状の機械だった。旧式の酸素カプセルに見えるが、多くの端末とコードで繋がっている。
「久しぶりだな。斑目」
「てめぇかよ。驚かすんじゃねぇ」
「警察だとでも思ったか?」
「……ああ……」
斑目と呼ばれた男がわたしを見つめた。
「栗唐が凄腕の女スナイパーを味方に付けたと聞いたが、随分若いんだな」
「誰かと勘違いしているようですね」
「誤魔化さなくて良い。こんな所に長年いりゃあ、一目でそいつが普通かそうじゃねぇかくらいわかるようになる」
斑目は大きく溜息をついた。
「相馬。探しているのは、こいつのデータだろう?」
斑目は改造酸素カプセルを指さした。
「非正規の擬態化装置ですか?」
「勘の良いお嬢さんだ」
相馬は頷いた。
「擬態化技術は、割と貴重だからね。大手暴力団の天河組傘下のは割と見つけやすいが、足がつきやすい。こういう、お上に見つかりにくい場所ってのは、意外に需要があるものだ」
擬態化は、旧来パーソナルコンピューターの頃から使用されていたファイル圧縮技術に似ている。
日本人・異星人問わず、その細胞を微妙に変化させて姿を似せる技術だ。
ただ、素体の細胞組織をどのように変化させるのかは、各々の製品や技術者によって様々なので、粗悪品だと悲惨なことになる。
そして、当然ながら擬態前と擬態後の変化データを持っていなければ、元に戻ることはできない。
わたしはカプセルのコンソールに手を伸ばした。
「キングは、貨物列車のスケジュール変更の情報を知り得る立場にいる。それは、現在その人物に擬態しているということだ。そして、今日までの大田区を破壊し続ける行為を行い続けた人物」
擬態前に大型のルクスタ。そして、擬態後の姿が映し出される。
「――蛇沢栄一郎ッ」