ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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#8『船上の扇』

 地下道を抜け、ホテルの地下駐車場に出た。

 蛇沢は、最上階のレストランで製造業の重役数名と会食をすることになっている。

 偵察班からの無線が届いた。

 

『予定通り。ターゲットは席に着いた』

 

 相馬は「了解」と返答し、爆薬が入ったザックを背負って走り出した。

 わたしも、分解したライフルを入れた鞄を片手に、隣の高層ビルへと急いだ。

 レストランと同じ高さの13階。パスクラッカーで侵入したフロアの中、人の出入りが無い倉庫に入り、ライフルが差し込めるよう、窓硝子を丸くくり抜いた。

 

「こちらA4。所定の位置に到達」

『こちらB1。セット完了』

 

 相馬からの無線だ。レストランがある棟と駐車場への直通エレベーターがある棟を繋ぐ連絡通路の隅に爆弾をセットしたのだ。

 わたしの位置からも、蛇沢と爆弾を確認できる。

 蛇沢が連絡通路に差し掛かったタイミングでわたしが狙撃し、ターゲットを仕留める。しかし、他のルクスタの妨害が入る可能性はある。そのため、狙撃で足を止めている隙に爆破して確実に仕留める。

 これが、今回の作戦の概要だった。

 

『幸運を』

「そちらも、幸運を」

 

 通信を切り、大きく溜息をついた。

 この作戦には、別のシナリオが被さってくる。

 狂乱の祭で盛り上がる大田区の惨状を傍観していると思われていた、警察の絵図だ。

 既に現地に潜入している大田区所轄の刑事が、相馬達を押さえる。

 爆弾は無線の起爆スイッチを押すタイプなので、運用する相馬を押さえてしまえば、爆発しない。

 そして、様々な凶悪犯罪の首謀犯とされ、異星人の擬態が疑われている蛇沢を同時に取り押さえ、この大田区に巻き起こった暴力団とマフィアの戦争を終結させる。

 

「終わったら謝りますね。相馬さん」

「――そりゃあ、あの世でやってくんなや、藍那ちゃんよぉおッ」

 

 ――ッ

 

 左頬に強い衝撃。

 吹っ飛び、金属の棚にぶつかった。書類が入った段ボールが次々と落ちてくる。

 幸い脳震盪は起きなかった。

 何の気配も感じなかった倉庫の影から出てきたのは、栗唐の特攻隊長、黒河だった。

 

「警察ってやつは、ゴキブリと変わりがねぇなぁ。一匹見つけたら、根こそぎぶっ潰すにかぎるぜ」

「どこで気づいたの?」

「勘だよ。俺は最初からお前を怪しいと思っていた。まぁ、決定的だったのはこの作戦が示されたときの眼だ。明らかに、他の連中とは別のことを考えていやがった」

 

 油断した。この男は野犬のような勘の良さがある。

 

「黒河さん。わたし達の目的は、この区の治安を良くすることです。ルクスタのキングを押さえる目的は同じのはず。だから……」

 

 黒河は腹を抱えて笑い出した。

 

「まだわからねぇのか? キングが誰に化けているのか、この戦いが何故終わらねぇのか」

 黒河の笑みを見たとき、この戦いの構造がようやく理解できた。

『……四宮……君……』

「相馬さん?」

『ルクスタの……襲撃……知らない、私服の男達もやられている……。多分、刑事だ……何か、おかしい……君は、逃げて……』

 

 ブツリと通信が切れた。

 歯をギリギリと噛みしめる。

 

「今のキングは、栗唐組長なんですね?」

「ぴんぽーん。大正解だ」

「この戦いは一種のマッチポンプ。栗唐とルクスタ双方に血を流させ、戦争をしていると見せかけていただけの茶番ですか」

「大体そうだ。相馬みたいな意識高い系はウザいからな。あいつやお前みたいなのを一掃して、単純で組の命令に従順な連中だけを残す。手打ちにするタイミングに適当だからな。ちょうど、相馬の爆弾もルクスタでコピーが可能になったことだしよ」

「その先にあるものは何ですか?」

「冥土の土産に教えてやる。これからの戦争は、大田区内なんて、小さな規模じゃねぇんだよ」

 

 ルクスタと栗唐が手を組む。

 その勢力の相手は、一つしか無い。

 

「……天河組とやり合うつもりですか?」

 

 黒河がニッと笑った。

 

「ああ、あの大物面したいけ好かねぇ連中をぶっ潰してやるのよ。血湧き肉躍る本物の祭りが始まるのさ。そのために、俺はこの計画に乗ったんだからな」

「……下らない」

「何だと?」

「それは天河組のレイモンドの思う壺よ。増長したルクスタと気が狂った日本のヤクザを鮮やかに駆逐し、今よりマシな治安にしてみせれば、自分たちの存在意義を強固に主張できる」

「随分見くびってくれるな」

 

 黒河は、八つ当たりのようにわたしのライフルを拳銃で撃ちまくった。

 

「テメエの観戦席はあの世だ。精々楽しんでくれや」

 

 黒河は部下達に目配せをした。

 

「後始末は任せる。ちょっとくらい楽しんでもいいぞ」

「あいよ」

「へへへ・・・」

 

 部下達が下卑た眼でわたしを眺める。

 

「何処へ行くの?」

「俺には俺の仕事があるのさ」

 

 その手には、相馬の爆弾を起爆するスイッチが握られていた。

 

「一応、痛み分けって形を取っておかないとな。邪魔なゴキブリも一斉に始末してやるぜ」

 

 黒河は、窓にワイヤーを引っかけ、勢いよく地上に降りていった。

 

☆    ☆    ☆

 

 黒河はホテルの真下に移動し、爆弾の起爆通信範囲内であることを確認した。

 蛇沢は爆弾の効果範囲外に逃げたと知らせが入っていた。

 あとは、関係ない連中と一緒に相馬達実行部隊と刑事共を吹き飛ばすだけだ。

 

「あばよ、相馬」

 

 スイッチを押し込むその瞬間、入道雲が浮かぶ空に、連絡通路へ向かって一筋の赤い閃光が奔った。

 

「?」

 

 押し込んだスイッチは、その空に爆風と共に轟音と悲鳴を響かせるはずだった。

 

 ――どうした?

 

 起爆しない。

 何度押しても駄目だった。

 その間、赤い閃光が次々と撃ち込まれていった。

 何が起きてやがるッ

 スイッチに安全装置でもあるのかと分解を試みようとしたとき、先ほどまでいたビルの方向から赤い光が見えた。

 続いて、右足に重い痛み。力が抜け、日光でフライパンのように熱くなったアスファルトに倒れ込んだ。

 

「ぐあぁぁぁあああ」

 

 火傷しそうな地面で藻掻く。雨で打ち上げられて干からびるミミズになった気分だ。

 目の前に、女が立ち止まる。

 太陽を背に黒河を見下ろしていた。ゴキブリを見るような目つきだ。

 

「……藍那…………」

「栗唐組長は、キングどこですか?」

「……多摩川から……海へ向かっている。船で……商談を……」

「わかりました」

 

 見下ろす女は、無感動な表情で右手に握られた拳銃をスッと向けた。

 

「やめろ……」

「心配しなくてもいいです。仮死状態になる特殊な弾頭なので。……それと、一つ伝えることがあります」

「……あ?」

「わたしは、四宮藍那じゃない」

 

 乾いた銃声と共に、意識は消し飛んだ。

 

☆    ☆    ☆

 

 黒河を無力化させ、所轄の刑事に引き渡した直後、羽田空港の方角へと車を走らせた。

 海運と空運の二つを統括する貨物管理タワーの屋上は地上100m。

 見晴らしは良く、ターゲットの位置も掴みやすい。

 

『蛇沢区長を調べたけど、誰かが擬態しているものじゃない。正真正銘の本人だよ』

 

 右腕に埋め込まれたマイクロ端末から同僚の音無からの通信が届いた。

 

「でしょうね」

『これで、区長が何を考えて政治をしているのか、その謎は振り出しに戻った形だね』

「その謎解きは次の機会に譲るっ。今はキングを止めるのよ」

 

 最上階から階段を登って屋上へ出た。

 南東の方角。多摩川の終わりから広がる東京湾の青い水面が太陽光を反射して輝いていた。

 

「音無。キングの現在位置は?」

『GP4の位置から、157.3984度の方角。洋上のフェリー、距離5037m。……ねぇ、本気で狙うつもり?』

「いいから、現在の気温・湿度・海上の風の方向と強さ、現在位置の緯度と経度。わかる範囲の情報を寄越して」

『らじゃー』

 

 データを参照する一方で、右目のスコープを調整する。

 他のルクスタからのテレパシーで慌てたのだろうか、船尾に栗唐源蔵の赤ら顔が出てきた。おそらく、事態急変を察して船を停止させられる前に逃げる算段だろう。

 慌てふためく表情がレンズ越しに見える。

 頭に響く歯車とモーターのような機械音にももう慣れた。あの日、現在巷でギャラクシーポリスと呼ばれる捜査組織で戦うことを宿命付けられた瞬間から、わたしの躰は純粋な人間ではなくなった。

 栗唐組の中での潜入任務は、それ以前に所属していたゲリラとよく似ていて、居心地は悪くなかった。

 だが、もうわたしの戦場は違う場所にある。

 人間が創りだしたスナイパーライフルではない、異星人の技術により躰を変質させ、己自身を正真正銘の銃へと変えて。

 

「GP04 。リミッター解除申請」

『GP04の申請を送信。…GPαからの許諾を受信。リミッター解除』

 

 音無とは違う応答と共に左腕全体が蠢き、細胞組織の変化が始まり、一瞬で有機物と無機物を混合させたようなライフルが生まれた。

 

『やっぱり無理だよ。船ごと取り押さえるのを待とう』

「その前に他のルクスタがやってきて逃げられてしまう。そしたら、キングは新しい姿に変わって補足が更に難しくなってしまうわ。今なら、ターゲットが栗唐源蔵だとわかっている」

『公表されている地球人の実戦狙撃世界記録は3540mだよ。しかも、今回は海流と海風で不規則に動く洋上の的を五キロ先から撃ち抜くって、正気じゃないよ』

「音無。わたしがゲリラ時代に何て呼ばれていたか、知ってる?」

『那須与一だっけ?』

「ええ。屋島の戦いに参戦したこの武将が、平家が掲げた洋上の扇を弓矢で射貫いて見せたお話は知ってる」

『……知ってます』

 

 体内の血が凝固し、一発の弾丸を作り出す。

 細胞が発電し、発生した電磁気力を射撃エネルギーに変える。

 

「何故、わたしが現代の那須与一と呼ばれるか、教えてあげるわ」

 

 銃身をターゲットへと向け、静かに息を吐く。

 殺傷はさせない威力の調整。温度と湿度による弾の膨張率計算。これらの要素から受ける風の影響。地球の自転から受ける慣性力。波による揺れ。全ての式と解から導き出される銃口の向き先。

 無煙火薬とはだいぶ違う、電磁気特有の一瞬の高音と共に放たれた赤い銃弾は、計算通りの放物線を描く。

 そして、右目で捕らえているスコープ内のターゲットの位置に帰結した。

 栗唐源蔵の巨体が倒れ、慌てふためいた周囲の人間が船内に引きずっていった。

 

『………………』

「観測できた?」

『……お見事デス…………』

 

 左腕を戻し、さっきまでいた戦場へと眼を向けた。

 

「相馬誠司さんは、どうなった?」

『……亡くなっていたよ。襲ってきた一匹のルクスタと重なって倒れていた。持っていたナイフで心臓を抉っていたらしい。追い詰められた状況だけど、相打ちにまで持って行ったようだ』

「そう…………」

『キングが仮死状態になったことで、各地のルクスタの動きが止まったようだよ。作戦は終了だね』

「――任務終了」

 

 一筋の風が吹き、切り裂くように頬を過ぎ去る。

 散っていった一時の仲間達の別れのように感じた。

 

☆    ☆    ☆

 

 浮遊警視庁の応接室は、冷房が効いていた。

 昨日まで過ごしていた地下のアジトとは比べものにならない快適具合だ。

 いくつか設けられている個室に入ると、わたしと同年代の女性が椅子に座っていた。

 

「お久しぶりです。四宮藍那さん」

「お疲れ様です。倉林美希さん」

 

 座っていた女性は立ち上がった。お互い、深く頭を下げた。

 椅子に座り、偽造していたいくつかの身分証明書を机に出した。

 

「ご身分をお貸しいただき、あらためて感謝いたします。本当に助かりました」

「いえ……できることなら、このわたし自らの手で戦いたいと思っていました」

 

 四宮藍那という女性は、大田区出身で欧州の外国人部隊で戦っていた本職の軍人だ。

 警察官倉林美希が、ゲリラのスナイパーとして潜入する身分としては、最も都合が良い人物だった。

 連絡をとり、抗争終結のための潜入任務のために協力をお願いしたのだ。

 

「故郷を救っていただき、こちらこそ感謝いたします」

 

 藍那はふっと笑った。

 

「最後の狙撃、お見事でした。わたしじゃあ絶対無理。力不足を痛感しました」

「いえ、わたしの場合、自分自身の力だけというわけじゃないので」

 

 お互い微かに笑った後、重苦しい沈黙が流れた。

 

「栗唐の人達とルクスタ人は、その後どうなりました?」

 

 わたしは、少し考えてから口を開いた。

 

「栗唐組の構成員達は、皆逮捕され、現在は拘留中です。規模が大きい抗争なので、検察側への資料も膨大なので、裁判も長引くでしょう。ルクスタは……元々、国交を結んでいない、いるはずがない異星人です。元いた星に強制送還となります。銀河連邦も手を焼いている連中なので、その後どうなるかは正直わかりかねます」

「そうですか……。あの、構成員の中に、相馬誠司さんがいたと聞いたんですけど……」

「あ、はい。開発と実行の両面で活躍した方でした。……もうご存じかもしれませんが」

「亡くなったんですよね……」

「お知り合いでしたか?」

「小さい頃、公園で遊んでいた時に壊したラジコンを直してくれたことがあったんです。わたしのことなんて覚えてなかったかもしれないけれど、ちょっとお話して、将来の夢とか、そういうお話をしていました」

 

 藍那は肩を落とし、目を伏せた。

 涙を堪えるようなその表情に、幼い頃の淡い恋の記憶があるように思えた。

 

☆    ☆    ☆

 

 根米家長とアスワード警部への報告が終わり、自室へと戻ってきた。

 潜入任務を終えたわたしを待っていたのは、一週間の休暇だった。

 流石に、ゲリラ気分で警察官をやるわけにはいかない。頭の切り替えをするための時間だった。

 簡素な装飾の部屋は、あのアジトとよく似ているように思える。

 電気はつけなかった。

 冷蔵庫を開け、一本の瓶を取り出した。

 相馬が教えてくれた、日本酒だ。

 ソファに腰掛け、封を開けた。月明かりに照らされたグラスに静かに注いだ。細長い吟醸香が鼻に届いた。

 相馬誠司の顔が暗いテーブルに映ったように見えた。

 

「……献杯」

 

 口に運び、少しの間舌の上で転がしてから呑んだ。

 端麗辛口のやや強いアルコールが喉を焼いた。

 微かに残る余韻が、戦いの情景を呼び起こした。目を閉じると、暗闇に浮かぶアルバムのように、映像が浮かんでは消えた。

 どうやら、わたしは一人で呑むのは向いてないようだった。

 ギャラフォンを取り出し、ヘリアンテスに美味い日本酒を呑まないかと、メッセージを送った。

 

 ――すぐに行きますわッ

 

 返信はすぐに返ってきた。

 今のわたしは、日本人のためだけに戦っているわけじゃない。

 あの地球人そっくりの外見をした、妙に明るい女と話すのも悪くない。

 テレビをつけた。19:00のニュースだ。大田区の騒動で取材を受けている蛇沢栄一郎が映し出された。

 今回は尻尾を掴むことはできなかったが、近いうちに、必ず監獄にぶち込むわたしのターゲットだ。

 

「そう、いつの日か…必ず」

 

 テレビ画面の中の蛇沢はとぼけたように笑っていた。その、刈り上げたショートヘアの額を見つめ、左手を指鉄砲の形にして突きつけた。

 

「――バンッ」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○倉林美希(25)
 警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
 第一係所属。階級は巡査部長。
 警視庁No1のスナイパー。
 四宮藍那の名前で栗唐組に潜入中

○相馬誠司(32)
 栗唐組の構成員。爆弾の製造を担当。

○キング(年齢不詳)
 日本に来たバッタ型異星人ルクスタの長

○栗唐源蔵(60)
 栗唐組組長

○黒河壇(30)
 栗唐組の特攻隊長

○蛇沢栄八郎(62)
 天河組を含めたヤクザ・銀河の他マフィア・裏組織と繋がる悪徳政治家。
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