*20xx/4/8-19:01
「ちょっと待った。死ぬ気か」
自動車が行きかう大通りを、問題の猫を追って飛び出そうとした少女を、優杜は間一髪掴んで飛び出しを止める。
最初に二匹の猫が飛び出し、それを追って少女が飛び出そうとしてきた為、慌てて急ブレーキをかける音が街中に響き渡る。
一台がハンドル操作を誤り、歩道に突っ込もうとした所に、赤い壁が突如現れ、はみ出そうとした乗用車を受け止める。
「ふんっ」
そこには今に胸元がはちきれそうなタンクトップ、警視庁の文字が入ったジャケットを羽織った赤鬼、ゴンジーマ人のザーマックが自らを盾にして車を止めていた。
背中が少し盛り上がっているところを見ると、中に相棒のシレームもいるのだろう。
ザーマックはつかんでいた二t近くある乗用車をそのまま降ろすと、ドライバーに怪我はないかと尋ね、ドライバーは無言で頷いた。
そのまま二三言葉を交わすと、驚愕の表情のままドライバーは走りさった。
「おい、少年」
騒ぎを起していてお咎めなしだとは思わなかったが、振り返って近づいてきたザーマックの姿に思わず笑いを堪える。
タンクトップの胸元にも警視庁の文字。ここまではっきり主張しないと、確かに傍目には凶悪犯に見える風貌だ。
「こんばんわ。ご無沙汰してますというのも変でしょうが」
「そっちもな。で、ついでに色々聞きてぇんだが」
「ええ、こちらも話したいことが色々…」
まだ猫が逃げたほうを未練たっぷりに見ている彼女を強引に引っ張って一度その場所を離れると、優杜は現れたシレームとザーマックにこれまでの経緯を話す。
事情を理解したシレームは、未知の言語で少女と話し始めた。
「分かった。説明する」
唐突に日本語に戻したシレームに、ザーマックと世間話をしていた優杜は、それが最初日本語だと気づかずに、しばし思考が停止する。
「トラブル内容」
優杜の返事を待たずに、マイペースにシレームがつぶやく。
「ええと、彼女が巻き込まれたトラブルの内容が分かったから説明するって事?」
「イエス」
この青鬼のような小さな異星人はとにかく必要最低限しか言葉を発しないので、違う意味で会話が成り立たない。
とりあえず、根気良く話を聞いていると、彼女が猫に盗まれた翻訳機のセキュリティが働いて、待機していたシレーム達がセキュリティアラームの発生した地点に急行。
今でも、アラームを辿って追跡は可能だが、アラームは常時発信しているわけではなく、約三十秒に一回なので、正確に追跡できいない。
発信機の履歴で、相手の行動がある程度分かっても、相手が小動物ではガサツなザーマックでは捕まえにくい。
なので、行動を先読みして捕獲を試みるから囲いに協力して欲しいと、たったこれだけを聞き出すのに十分が経過していた。
「………」
「どうした少年」
シレームの話を聞きだし終わって、考え込んでいる優杜にザーマックが声をかける。
「いや、あの猫。どこかで見覚えがあるなぁって、思って…」
「近所の猫なのか」
「いや、うちの家はこの辺じゃなくて…。あッ」
「なにか思い出したか」
「えっと、バカげているかもしれないけど、こんな作戦どうかな…」
六
「なぁ、絶対なめられてるよな」
「全く不愉快だね。ボク達は孤高の戦士だと言うのに」
必死の思いで野良猫と人間達を突き放したトラとシロ。
二人は休める場所を求め彷徨っていた。
その行く手の先に、これ見よがしに白くて丸い食べ物が置かれていた。ご丁寧に紙皿の上に載せてだ。
「こんな幼稚な罠が見抜けないとでも思っているのか」
「ふん。罠とわかっていて、飛び込むバカはいないよね」
と、物陰からグチグチと二人はつぶやき合っているが、目線は肉まんに釘付け、口元は締りがない。
「ねぇ、トラ」
「ああ、分かっているやつらの狙いはヤプル・ラボ社の翻訳機だ」
「分かっているなら」
「卑怯な。卑しい地球人の分際で。これは我々が苦労して手に入れたんだぞそれは。それを、こんな方法で…」
「ボクも悔しいよ。これは血と汗と涙の結晶だ。でも、悔しいのは相手にじゃない。こんな理不尽や、横暴を受け入れることしか出来ない今のボク自身にだ」
「くっ、確かに。オレ等にもっと力があれば」
二人は理不尽に唇?み締め、悔しさに涙を流す。
グルグルグルゥゥ…
そして、諭すようにお腹の蟲が悲鳴をあげる。
「行くか」
「ああ、そうだね」
どういうとシロは首に巻きついた翻訳機を外す。
「いつか、この悔しさをバネに」
「ビックになる」
翻訳機を口に銜えなおすシロ。
「フォーメーションTだ」
「ふぁてん(がってん)」
二人は明日(肉まん)に向かって走り出した。
「有難うございます」
少女はようやく日本語でそうお礼を述べると、深々と頭を下げた。
「いや、無事に戻ってきて良かったよ」
「無事なのが一番だな」
「せっかく戻ってきたのに、獣臭くない?」
「この程度なら洗うまで我慢できますよ、それに、私のミスなので」
と言いながら、彼女は手首を鼻先に近づけると、一瞬いやそうな顔をする。
「ザーマックさん。猫捕まえなくて良かったんですか」
「猫を捕まえても手柄にならん。それに事件は解決だ」
捕獲作戦前にもしかしたら猫は異星人かもしれないと話しもあったのだが、結局は翻訳機を囮に肉まんを奪われ逃走されてしまった。
真偽のほどは不確かだが、そんな器用な猫がいるとは考えにくい。
なので、異星人の可能性は高い。
異星人なら犯罪者としてシレーム達は追わなければならないのだが、猫なら話しは別だ。
ここは大人しく猫ということにしておこうという話の流れになった。
「さて、暗いし地球にまだ不慣れだろうから、送るぞ」
そう言ってザーマックは少女に手を差し出す。
「さすがに手をつなぐのは恥ずかしいですよ。でも、お言葉に甘えて、お願いします」
ザーマックは少し残念そうな表情をしながら、笑顔を取り戻し。
「じゃぁな、少年」
「本当に有難うございました。また、明日学校で」
「…ん、ああ、そうだね。明日また学校で」
少女はもう一度深々と頭を下げると、ザーマック達と共に雑踏の中に消えていった。
「また学校でか…」
優杜はなんとなくそうつぶやいて、学年も違うし、そうそう会うこともないだろうなと思いながら歩き始め。
「しまったッ。異星人をそのまま帰しちゃまずいだろう。オレ」
ドヤ顔をした先輩達に取り囲まれる少女の姿が脳裏をよぎる。
その光景に、今後の事とか色々と悩んだ挙句、ため息混じりに決心する。
七
*20xx/4/9-8:10
高岡高校の校門からフェンス沿いに桜の木が並んでいる。
その桜の木に身を隠すように、優杜はじっと校門を見つめていた。
新一年生はまだ部活に未所属なので、朝練時間には登校しないだろうが何時登校するか分からず、かれこれ三十分以上前からそこにいる。
端から見れば、あからさまに不審者だ。
小高い丘の上に立っているから高岡高校と名づけられたと噂のある優杜の学校は、正門に向かう少し急な坂道を登らなければたどり着けない。
当然、桜の樹の陰からだと下り坂は見えず、少女が校門を過ぎたところで発見して、慌てて駆け出す。
「あのう」
間抜けな声掛だ。せめて昨日、名前ぐらい聞いて置くべきだったと優杜は今更ながらに後悔する。
「おはようございます。昨日は有難うございました」
「あ、うん。こちらこそ。その、ええと、話があるんだけど、いいかな」
「はい。大歓迎です。私も用事があったので」
元気よく返事をしてくれた少女の笑顔に優杜の心臓が一瞬高鳴る。
昨晩は突然だったし、彼女も必死だったから険しい表情をしていたが、こうして元気な顔を見ると、奇麗でかわいい顔している。
トキメキかけた優杜は、慌てて新田部長の顔を思い出して慌てて心を静めた。
出来るだけ目立たないように、小声でこの場から少し離れるように伝えると、少女は素直に応じてくれた。
既に好奇の視線が二人に降り注いでいるが、彼女はお構いなしのようだ。
「じゃぁ、こっちへ」
桜の樹の奥を指して移動する。
好奇の視線から逃れるのに、完全に人気のない所へ行きたいが、流石にそんな大胆なことをする勇気はなく、話が聞こえない場所ならばと元いた桜の木の蔭へ戻っていく。
「「あのう」」
優杜が足を止め振り返ると、二人同時に声をかける。
そして、お互いに小さく笑いながら相手の出方を待つ。
程なくして、優杜が突然頭を下げ。
「ごめん。勝手なお願いなのは分かっている。どうしても君に合わせたくない連中がいるんだ。だから、せめて、せめて異星人だって事を秘密にして欲しいんだ」
初対面ではないにしろ、いきなり意味不明なことを言っている自覚はあるが、中々事情を説明しずらいのも事実だ。
既に一年生の間では周知の事実で、部長達の耳に入っている可能性もある。
それでも、頭を下げてでも接触を避けないことには天文部が本当に乗っ取られかねない。
「頭を上げてください…、そうだ。自己紹介まだでしたね。私、本居五十鈴(もとおり いすず)。本名はモトゥーリン・シュズっていいます」
「オレは、羽咋優杜、見ての通り二年生。ええと、モトオリさん。その本名って…」
昨晩は暗いから日本人と見間違えたかと思ったが、明るいところで見ても異星人とは信じがたい。
「流石にウズノメ人の留学ってのは色々あって、問題視されてしまったので。ほら、私達ウズノメ人ってこの国の人と容姿が似ているので。一応、外国から帰ってきた日本人って設定です」
部員の菊本がそんな異星人がいると力説していたのが頭の片隅から掘り起こされる。
「もしかして…」
「ええ、私が異星人だって知っているのは一部の教師と優杜先輩だけです」
一瞬、優杜の脳裏に秘密を知ったからには…と言う映画等のワンシーンが浮かぶ。
五十鈴がにこっと微笑むと、かばんの中に手を入れ何かを取り出そうとする。
恐怖のあまり優杜は顔を引きつらせ、半歩身を引く。
「なので…」
優杜は片腕を上げ、意味もなく胸元を守る。
「このことは秘密にしてください。それとこれ、昨日のお礼です」
五十鈴はかばんから綺麗にラッピングされた小包を取り出し優杜に差し出す。
「えっ」
かばんから取り出されたものを凝視しながら、次の言葉が出てこない。
「あれ、私何か間違ってますか。ハッテ姉さんに、地球人へのお礼と、お願いをするには手作りクッキーを渡すのが文化だって聞いたんですけど…」
上目使いに心配そうにのぞき込む五十鈴の表情に少しドキリとしながら、間違った想像をしていた優杜は、慌てて身構えた腕と引いた姿勢を正し。
「いや、その、完全に間違えじゃないけど。ありがとう。素直にうれしいよ」
少し緊張気味に小包を受け取る。
すると、今までの懸念や緊張感から開放されたのも手伝って、優杜は無性に込み上げて来るのを押さえきれず、笑い始める。
「や、やっぱり、変、変なんですかこれ。ハッテ姉さん時々変なこと言うから」
「ごめん、ごめん、笑ったのはこっちの勘違いで悪気はないんだ。そのお姉さんのことは正しいよ」
「本当ですか。はぁ、なら良かった。まだ地球の風習に不慣れで、ちょっとドキドキしてましたから」
五十鈴の憂いていた表情が一瞬で明るくなる。
「大丈夫。ちゃんと約束する。君の事は、秘密は絶対に守るって」
「ありがとうございます」
「でもさ、なんでこの何にもない、うちの高校に来たんだい。もっと良いところがあっただろうに」
公に異星人を受け入れている私立の学校は増えてきている。
わざわざ、何もない公立の高校に来るのも不思議な話だ。
「親戚の叔父さんがこの学校で働いているからです」
「それって…」
この学校に既に異星人がいるって事、と出かかった言葉を飲み込む。
しかし、彼女はそれを勘違いしたらしく。
「そう、天野先生です。…あぅ。またやってしまった。こ、これも内緒ですよ。特に私が言ったなんて」
「あ、うん。ヤクソクスル」
灯台下暗し。部長達が知ったらどんな反応するのかすごく楽しみと思う心を、優杜はすぐさま全否定に走る。
「もうバレたついでに聞いてくださいよ。事情を知っているからって、担任は卒業するまで叔父さんだし、課外活動は天文部って所以外認めないって、ひどいと思いません」
そして優杜からしたら一番聞きたくなかった言葉が飛び出す。
「天文部だけ。そう、ソレハザンネンダネ」
「私、本当はですね…」
キーンコーンとここで予鈴が鳴り響く。
「それじゃぁ、また後で、優杜先輩」
「ソウダネ。マタアトデ…」
表情が凍り付いていく優杜とは対照的に、五十鈴は爽やかな笑顔で駆け出していった。
一限目も終わり、自由な時間を満喫したい優杜だったが、当然のごとく教室にやってきた【宇宙人研究部】の面々に取り囲まれる。
無論、優杜が逃げられないようにだ。
「これはこれは、羽咋研究員。今日は朝からお楽しみだったそうじゃないか」
友人やクラスメイトは気を使ってか遠慮していた質問を新田部長は堂々としてくる。
朝から校門を見張り、下級生を少し離れたところに引っ張っていき、おまけにプレゼントらしきものを貰っていたとなれば、こうなることは予想できた。
誰かが問いただしに来るだろうと。
しかし、よりにもよって新田部長からなのが一番堪える。
「でだ。例の宇宙人は見つかったかね」
「探すわけないでしょ。オレは天文部です」
他にも言いたいことはあるが、これ以上は口が裂けても言えない。
「大丈夫。君は天文部で構わないさ。だが次の時間の部活紹介。分かっているだろうね」
そう言ってスマホで取った映像を再生させる。
音声こそ通学中の生徒達の会話で、望遠で撮られた優杜達の会話は入っていないが、間違えなくクッキーをテレながら受け取っているシーンだ。
恥ずかしさのあまり、本気で部長のスマホを奪って叩き壊そうと腕を伸ばすが、菊本や窪内先輩に止められる。
「ちょっとあんたら。本気でやって良いことと悪いことの区別もないのかよ」
「ふん、宇宙人のためなら悪魔にだって魂を捧げる」
本気で悪魔に魂を捧げかねない。既に売ったと噂さえある。
「部長、やはり今ここで彼を亡き者にして。私が代わりに」
優杜の腕を絡めながら、同じく悪魔に魂を売りかねない窪内先輩が言う。
端から見れば美人なのに行動や言動がおかしいと、学校一の残念美人の評判はダテじゃない。
「待ちたまえ、思いは皆一緒だ。だが、あえて羽咋研究員にやらせるのには意味があるのだよ」
「意味ですか」
「これは一種のイニシエーション。部活紹介で宇宙人研究部を紹介する事により、芽生えるのだよ。彼の中の宇宙人魂がッ」
「なるほど、さすがは部長。そこまで深い考えが」
本当に感涙して菊本が叫ぶ。
「分かりました。部長がそのようにお考えでしたら」
窪内先輩も納得したとばかりにうなずく。
新田部長がスマホをちらつかせながら言う。
「そう言う訳だ。ここはお互いの未来のためにも、共闘しようではないか」
新田部長が手を上げると、二人は絡めた腕を放す。同時にチャイムが鳴り響いた。
「任せたぞ、羽咋研究員」
腕を大きく振り上げてガッツポーズをとりながら去って行く宇宙人研究部員達。
優杜はクラスメイトの同情と哀れみの視線を一身に受け、席を立ち、哀愁漂う背中を揺らしながら体育館へと向かう。
天文部の部活紹介で五十鈴がどんな表情をするのかをちょっとだけ期待して…。