ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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◎簡単なあらすじ
 歌舞伎町界隈で変死体が続発。
 被害者はいずれも女性で、腹部から食い破られた形跡あり。
 新宿ゴールデン街にあるバー「ゆかり」の店主ゆかりから
 とある風俗店が怪しいとの情報を得た念侍は
 真相を確かめるため、潜入捜査を試みる。


捜査報告書 No.15 【稔侍歌舞伎町シリーズ①】- 山浦稔侍メイン
『ゆかり編~色欲街のオアシス』


歌舞伎町のはずれにある小さな公園の公衆トイレの一室で女は苦しんでいた。

 腹が風船のように膨れあがり、中で何かがもぞもぞと蠢いている。明らかに赤ん坊とは違う、そいつが無理やり腹をこじ開けて出てこようとしているのだ。

「だっ、だめっ…、やめっ…あっ」

 それを押さえつけようとする女。だが、そんなことで押さえつけられるはずはなく、女の腹が限界を超えた。

「ぐはっ」

 腹がはじけ、鮮血があたり一面に飛び散る。

 薄れゆく女の目に写る、ゆらりと立ち上がるハチの様な化け物。だが次の瞬間、そいつはパンッ!とはじけて消えた。

 

 商業ビルが立ち並ぶ日本有数の繁華街、新宿。その一角に、まるで時が止まったかの様に古い木造建ての建物が所狭しと密集している一角がある。

 そこが新宿ゴールデン街。異星人たちが闊歩するギャラクシーポリスの世界でも、この街は新しい客層をのみこみながら変わらず健在だった。外見は古いが、情報は最先端、懐は無限大。かつては攘夷派と開星派がともに対立し、また互いの認識を分かち合った場とも言われている。

 そのメイン通りから外れた片隅にひっそりとバー『ゆかり』があった。人通りが少ない場所でもあるが、古く重苦しい扉は一見さんの入室をさらに拒むかのような雰囲気を醸し出していた。

 『ゆかり』の店長の花園ゆかりは愛嬌があり、色白で和服が似合う美人だ。噂をききつけた客たちでにぎわってもよさそうだが、どうやら本人がそれを拒んで、取材、写真、SNSへの投稿は一切禁止、また凛とした趣は気高く、近づき固いオーラを発していた。

 そんな隠れ家的な店のカウンターの奥に一人、数少ない常連客が腰かけていた。がっしりとした体格に黒スーツ、五分刈りで強面の姿は他者をひるませるすごみがあった。

「ねぇ、本当に行くの?」

 ゆかりが心配とも嫉妬とも思えぬ表情で男に尋ねる。

「ああ、やっぱ確かめないとな」

 男がにやりと笑う。

「もうっ、いやらしい」

 ふてくされたゆかりが男から酒を取り上げる。

「あっ、おいっ」

「酔ってちゃ、できないでしょ」

 くいっ、とゆかりは一気に飲み干した。

 

 眠らない街、東洋一の歓楽街と称される新宿歌舞伎町。

 平日の夜にも関わらず、今日も人々の流れは途絶えることなく続く。

 大声で歌う酔っ払い、人目もはばからずキスするカップル、飲みすぎて道端で倒れこむ若者。客引き防止条例のアナウンスが流れる中、相も変わらず、客引きが次々と声をかけてくる。

 そんな雑踏の中をピンク色の派手なシャツを着崩して、ほろ酔い加減の男が歩いていた。趣味の悪いゴールドのネックレスが何かと目を引く。先程のスーツ姿からは一転、これがこの男の歌舞伎町スタイルだ。ゆかりの時の凄みはどこへやら、人懐っこく、柔和な表情はまるで別人で、威圧的だった五分刈もこうなると寧ろかわいらしく見えるから不思議だ。男はこの界隈ではちょっとした有名人のようで、顔なじみの客引きが次々と声をかけてくる。

 冗談交じりに客引きをうまくあしらう男。昔と違い、あっさりと引き下がる客引きに少々物足りなさを感じながら、男は裏通りのビルにたどり着いた。

 男の視線に気づいたボーイが声をかけてきた。

「お兄さん、いい娘いますよ。どうですか?」

「本当かよ。この前来た時はすげえババアだったぜ」

「その時はタイミングが悪かったんですよ。絶対大丈夫。先月、女の子総入れ替えしましたから」

「らしいな、調子いいみたいじゃないか」

「噂を聞いてきたんですね。じゃあ」

「一戦やろうじゃねぇか」

 

 ピンク色の部屋は甘い香りに満ちていた。室内の芳香剤とは違う、明らかに目の前の女の体内から漂ってくる。

 男のブツは部屋に入ってからというもの、はじきれんばかりにできあがっており、今にも爆発寸前だ。

「ねぇ、早くぅ」

 腰をくねらせて女が誘う。女の方もすっかりとろとろで蜜が止まらない。

「よしよし、今いくぜ」

 念侍は女をまさぐっていた指をひとつに束ねた。

 蕩けた表情の女が不思議そうに目を向ける。

 柔和だった男の表情が鋭い目つきに変わる。

 一瞬、女の背筋に恐怖が走る。と、次の瞬間、男は女の股間に一気に指を突き入れた。

「ぐはっ」

 女が快感なのか苦しみともつかない表情で悶える。

「我慢しな、もう少しだ」

 女の胎内を探る男…いた。男はそいつを掴むと、一気に引き抜いた。

「ぎゃぁ~」

 女は衝撃で悲鳴を上げ、気絶する。

 男が女の体内から引きずり出したのは、うねうねと動くこぶし大の蛆虫だった。

「どうだ?音無」

 ギャラフォンのカメラを通して確認させる。こぶしに掴まれてもがいていた蛆虫がパンッ!と弾けて体液をぶちまけた。

「間違いない。サキュッパの幼虫だね。地球の空気に触れ、破裂しやがった」

 目の前の女からまるで風船がしぼむかのように若さが失われ、しわくちゃの老婆へと変貌する。虫の影響とはいえ、こんな女に欲情していたとは我ながら情けない。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!とドアが激しくノックされる。

「お客様、どうかなされましたか?」

「・・・・・・」

 男はとっさに天井の監視カメラに向けてタオル投げつけると、左手首にある玉虫色の腕時計のスイッチを押し、ゆっくりと息を殺した。

「失礼いたします」

 扉を開け、黒服の男が入ってきた。ベットの上で気を失っている女以外、誰もいない。ここは窓ひとつない風俗店の一室。どこにも逃げ場などないはずだ。慌てて携帯で連絡を取ろうとする黒服、その背後で何か気配を感じて振り向くが、やはりそこには何もいなかった。

 

 間違いない、奴はここで消えている…。

 店長は監視カメラの映像を何度も見返した。

 出入り口は一つだけ、部屋には粗末なベットと浴槽があるだけで、隠れる場所など、どこにもない。天井の監視カメラにタオルが投げつけられて落ちるまでの、映像が遮られたわずか数秒の間に、男は室内からその姿を消したのだ。

「間違いありません。公安部外事特課強行犯第一係、山浦念侍。奴はギャラポリの一員です」

 顔の映像データーを検証していた部下が叫ぶ。

 ただのエロ親父かと思い、油断した。この界隈でよく遊んでいる通称成金坊主。だるまのような人懐っこい丸顔と派手な外見、そして金払いの良さはこの界隈ではちょっとした有名人で、この店にも何度か来ている。データー状の強面とは全く別人で、分析しないとわからなかった。まさかギャラポリだったとは。

 入口の扉が開き、強張った表情でさっきの黒服が入ってきた。

「おいっ、勝手に入って…」

 黒服が突き飛ばされ、次の瞬間、ぐっと喉元を何者かに捕まれた。相手の姿は見えない。

「おいっ、卵はどこだ?」

 苦しい。声が出ない。ギャラポリの連中は特殊な能力を持つ者が多いという。これは奴の能力か?

 店長の異変に気付いた部下たちがざわつき始めた。

 店長の首筋が手の形をかたどるように透明になっている。まさに透明人間が店長の背後から首を絞めているようだ。

「動くなっ!」

 ドスのきいた声が響き、全員の動きが止まる。

「卵を持ってきな」

 顔を見合わせる部下たち。

 店長の目にモニター画像の一つがふと入る。平然と女性の体内から虫を引きずり出す念侍の映像…その鋭い眼差し…首を絞める力がさらに強くなった。こいつは躊躇なくやる男だ…そう悟った店長はそれ以上抵抗することなく、あっさりと観念した。

 

 

 『連続女性変死体の謎。違法生物持ち込みの風俗店摘発』のテロップと激しくまくしたてるアナウンサー。

 複数のパトカーがビルを取り囲み、中から店長以下、従業員や女性、客たちを次々と連行していく。

 歩いてわずか数分の場所なのに、TVの映像ではまるで別世界のように感じる。

 ゆかりは落ち着かない様子で画面の端々に目を配らせていた。アナウンサーや警官、犯人などどうでもいい、ゆかりが探しているのは…と、ふとした気配にゆかりはほっと胸をなでおろした。

「はいっ、お疲れさま」

 ゆかりは誰もいないはずのカウンターの上のグラスに酒を注いだ。

「マジかよ。よくわかったな。今回こそは上手くいったと思ったのにな」

 腕時計のスイッチを操作し、透明化を解除した念侍が姿を現す。黒服や店長は騙せても、何故かゆかりには通用しない。

 ゆかりはふふっとほほ笑んだ

「女の感」

「ちっ、なに言ってんだ」

 念侍は注がれた酒を一気に飲み干した。念侍の好物の大吟醸『大銀河』が疲れた体に染み渡る。

 ゆかりがそっと小鉢を差し出す。これまた念侍の好物の里芋の煮っ転がしだ。ったく、悔しいくらい念侍のことは何でもわかっている。

 ゆかりが二杯目の酒を注ぐ。

「あれっ?俺のボトルまだあったっけ?」

「新しいの開けたわよ」

「勝手に開けるなよ。そんな金、ねえぞ」

「ボーナス払い。つけとくわよ」

「ったく、商売うまいな」

「払わないで済む方法もあるわよ」

 ゆかりが媚びた瞳で念侍を見つめる。その瞳に吸い込まれそうな自分を振り払い、

「冗談じゃねぇ」

 と、一気に飲み干した。

 少しさびしげな表情を浮かべたゆかりに念侍は少し後悔の念を持つ。

 と、突然、念侍のギャラフォンが鳴り出した。アスワードからだ。

 無視してやろうかと思ったが、そうもいかない。

 ゆかりがそっと席を外す。

「おつかれさま。卵は無事に回収した。鑑識に回す」

「ちゃんと経費で落とせるんだよな。今月は厳しいんだよ」

「領収書もらったか?部長次第だな」

「やめてくれよぉ。歌舞伎町の捜査は金がかかるんだよ」

「それより念侍、これから区役所方面に行けるか?」

「おいおい。俺はひと仕事終えたばかりだぜ」

 やっぱり出るんじゃなかったと少し後悔した。

「新しい被害者だ。これまで同様に腹を食い破られている」

 その言葉に念侍は愕然とした。だがそんな気もしてはいた。違法生物の星外密輸、とてもあんな小さな店で収まる事件ではない。今回はその糸口を掴んだにすぎないのだ。

「女たち、すべてが被害者というわけじゃない。お前が相手したばあさん。あれ、やる前は20代の魅力的な女性にしか見えなかっただろ?そういうこった。俺は見ててげっそりだったがな」

 ケケケと、呼んでもいないのに音無が勝手に割り込んでくる。

「もうこんな時間だ。今日のところはやめとくか?」

 アスワードが優しくきりだす。

「いやっ、わかった」

 と、ギャラフォンを切る。

「おいっ、今から仕事だ。つけといてくれ」

「ちょっと待って」

 急いで席を立つ念侍をゆかりが引き止める。

「だめっ、そのまま動かないで」

 振り向こうとした念侍をゆかりが制す。

 カチッ、カチッと首筋で石を打ち鳴らす音がする。

「なんだそりゃ?」

「ゲン担ぎ。一度やってみたかったの。時代劇とかでよくやっているでしょ」

「へっ、バカバカしい」

 そう言い捨てて念侍は店を後にした。

 そして念侍はふと思う。あいつは本当にできたヤツだ。気づかいが出来て、心優しく、おまけに美人…いや、そんなことよりも、とにかくあいつと一緒にいると心が休まる。念侍ももう40歳、女房にするのならあんな人がいい…と。が、あわててその考えを振り払った。いや、俺は何を考えているのだ。そもそもあいつは男だっ!

 

続く

 

 

 




登場人物

 ○山浦稔侍(40)
  破戒僧。エロ親父。特殊な機械で透明になって活動できる。

 ○花園ゆかり(42)
  新宿ゴールデン街の外れにあるバー「ゆかり」の美人店主。
  和服が似合う大和撫子。だが男だっ。

 ○寄生虫サキュッパ
  星外から違法に持ち込まれた寄生虫。女性の膣の中で、男性の精を餌に成長。
  最後は宿主を食い破って体外に出る。虫の特性上、宿主となった女性は若返り、
  男性を引き付ける強烈なフェロモンを発するため、
  その特性を利用する者が現れた。幸いサキュッパは地球の環境では
  生存できないため、被害が拡大することはなかったが、
  それゆえ発見が困難となっていた。
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