浮遊警視庁の食堂を舞台に、日本の未来を左右するかもしれない、料理勝負が開始された。
果たして、栄光は誰の手に輝くのだろうか・・・
#1
一
*20xx/4/20-14:55
「ねぇ、リア。本当にやるの?」
紅色のウエーブの掛かったセミロングの髪に、北欧出身かと思わせるハンサムな顔立ちの女性が、その容姿に似合わない割烹着姿で、ダルそうにつぶやく。
「もちろんですわ。ハッちゃんには絶対負けません」
燃えるような真紅のロングヘア、誰もが息をのむ美女がその赤い瞳に炎を宿しながら、強気に宣言する。
「勝負にならないと思うよ」
「そんなこと、やってみなければわかりませんわ」
「いや、私があんたに勝てる要素がないって意味で」
「何も始めずに逃げ出すなんて、イグニース一族にはあるまじき行為ですわ」
「いやぁ、あんたと私を、同じ一族でくくられても」
「いいですこと、この勝負には一族の名誉だけでなく、日本の、いえ、地球の運命が係わってきますのよ」
「ああ、もう。わかった、わかったから。やればいいんでしょ」
「その意気ですわ。やるからには全力。それでは行きますわよ」
そう言って美女が意気揚々と歩き出す。
対照的にハンサム女性が、手にした白い帽子を髪を隠すように被ると、やる気なさそうについて行った。
二
*20xx/4/20-15:00
「さぁ、始まりました。浮遊警視庁料理対決。司会は私、広報課の佐倉浩美。解説は警視庁副総監、襷星児(タスキ セイジ)でお届けします」
「よろしくお願いします」
食堂のテーブルにシーツをかぶせただけの簡易的なアナウンス席に座った二人は深々と挨拶する。
「まずは対決していただく両雄に登場してもらいましょう。キッチン右手」
カウンターキッチンの右手側二つポットライトに当たり、長く美しい真紅の髪がキラキラと光る。
「警視庁の残念系アイドルとしてその地位を確立しつつある外事特課・生活安全係。ヘリアンテス・ルクサ・イグニィィィィィィース」
紹介と共に拍手が起こり、警察の制服にエプロン姿の真紅の髪の美女が入室する。
ヘリアンテスは誰もが心惹かれるような笑顔を撒き散らせながら手を小さく振ると。
「この勝負、地球の平和のために、わたくしが勝たせてもらいますわ」
ヘリアンテスは堂々と勝利宣言をする。
「おお、さすがはヘリアンテスさん。やる気満々ですね」
感心したように、襷副総監が言う。
「イベント的には本当においしいキャラです。本来なら広報部としても彼女で決定なんですけどね」
「まぁ、色々ありますから…」
「続きまして、キッチン左手」
スポットライトが切り替わり、ほっかむり帽子に割烹着姿の女性が照らし出される。
「普段からやる気がないのだけが残念だが、私達の幸福は彼女にかかっている。まんぷく食堂の新星ハッテマス・パリエース・イグニィィィィィィース」
スポットライトを浴びながら、ハンサム女性がぺこぺこと頭を下げる。
「地球の流儀はよくわかりませんが、今日は精いっぱい頑張ります」
その彼女の言葉に不思議そうに襷副総監が佐倉巡査にしか聞こえない声でつぶやく。
「地球の流儀…」
「副総監、そのつぶやきはNGです」
「どうせ、佐倉君の事だから、やりたがらないハッテマスさんに、これが地球での由緒ある勝負の仕方とか言ってやらせてないだろうね」
「ははは………。何のことでしょう」
小声の応酬で最後に浩美が目をそらし、再びマイクを手にする。
「さて、気を取り直して。そして今回料理の良し悪しを判定する審査員を紹介しましょう」
そういうと、審査員席の上の明かりが灯り。
「まずは異星人代表、異星人最強アスワードと剛鬼の異名を持つザーマック」
そう言って佐倉巡査がさす方にはアスワード警部もザーマック巡査も存在せず、ブレザー姿のさえない高校生が一人座っていた。
「…の代わりに、この場違いな場所に来てしまった、可哀そうな高校生、いや、一般人代表。羽咋優杜君」
ブレザー姿のさえない高校生、羽咋優杜が、辺りをキョロキョロと見渡す。
「あのう、新宿でザーマックさんに会って、ちょっと手伝ってほしいって言われて来たんですけど、どうして、俺がここいるんでしょうか?」
「異星人代表のアスワードとザーマックが逃げたからよ」
「料理対決ですよね。なんで逃げるんですか?」
優杜の問いに、関係者全員が一瞬目を背ける。
「まぁ、男の子なんだし、細かいことは気にしない。よく見て、あんな美人のお姉さんたちの手料理を今から食べれるんだから。うれしいでしょ」
「はぁ…」
一人は美人で警察広報のポスターなどでも大活躍の異星人の警察官。
異星人に興味がない優杜でもその名前を知っている国民的存在、ヘリアンテス巡査。
もう一人も、地球人離れした体型と顔つきに美人とは言わないまでも人目を惹く。
新田部長や菊本が今この場にいたらさぞ狂喜乱舞すると思うが、少々強引にザーマックに連れてこられた優杜のテンションは恐ろしく低く。
なにより、会場の普通ではない空気感が優杜の根拠のない不安を掻き立てていた。
そんな優杜の不安を察したのか隣に座っていた、生真面目そうな女性が優杜の肩に手を当て。
「すまんな少年。もし、本当に嫌なら、今からでも地上に戻してあげるけど」
「いえ、大丈夫です。時間を持て余していたのは本当なので」
「そうか、気分が悪くなったり、無理だと思ったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「さぁ、続きまして、いきなり少年の不安を取り除く、心優しく気遣いもできる警視庁代表。でも、そのやさしさの裏の顔は泣く子も黙る公安部、外事特課の根米課長」
「そのアナウンス褒めてないよね」
制服をきっちり着こなした、切れの良い目線が冷たく襷副総監と佐倉巡査を睨み。
「ねぇ、この茶番に本当に付き合わないといけないの。一般人をも巻き込んで」
と諫言をすると、二人が一瞬目をそらす。
「課長、これは異星人と地球人の文化の違いを勉強して理解する場所だよ。当然じゃないか」
目をそらしつつ、襷副総監が食い下がると、
「わかったわ。続けて。ただし手短にお願いね」
やや投げやり気味に手を振って先を促す。
「さぁ、課長もあきら…、納得していただいたと理解して、どんどん進めていきましょう」
「ん、んんっ、さ、佐倉君…」
「では、最後の審査員は、ここ、まんぷく食堂の社長兼料理長。山田真由美さんです」
恰幅の良い、いかにも食堂のお母さんという人が頭を下げる。
「どうも、どうも、今回は料理対決ということで、大変楽しみにしています」
「山田さんには浮遊警視庁の中で、ここ、まんぷく食堂を経営。我々の胃袋を支えてくれているわけですが、今回の料理対決どう見ますか?」
「本来であれば、同じインフェリシタスから来ているお二人のなので、ぜひ郷土料理対決などをしてもらいたかったのですが、あいにく材料の問題がありまして」
「なるほど、異星の食材が買えるようになったとはいえ、まだ、まだ、入手困難で高いですものね」
「そうなんですよ。彼女達の故郷の料理には大変興味があるんですが、残念でなりません」
本当に悔しそうに山田さんが言う。
「ずばり、今回の勝負のポイントは何処でしょう」
「そうですね、普段私達は異星人の方に、育った星は違えども食べる楽しみは一緒だと考え、心をこめて調理させていただいております」
「つまり、真心が大事だということですね」
「そうです、それ以上の隠し味はありません」
「さて、審査員の紹介も終わったところで、本日の料理対決のお題を決めていきましょう」
そう言って、佐倉巡査が食堂のお品書きを持ってページを開き、優杜に手渡すと、
「せっかくだから、何か食べたいものある?」
「えっ、俺が決めるんですか…」
「もちろん。せっかく参加してくれているんだから」
優杜はしぶしぶお品書き開いてあるページをめくり。
「じゃぁ、このスペシャルB定食…、で」
「えっ。スペシャルB定食って、どういうことですの?」
優杜の注文に大声で疑問を投げかけたのはキッチンにいるヘリアンテスだった。
「だ、ダメですか、スペシャルB定食。唐揚げに、ハンバーグすごく美味しそうなんですけど…」
「ダメに決まってますわ。今日の勝負はかつ丼と決まってますのよ。この日の為に、わたくし、血の滲むような努力をしてまいりまいたというのに」
そう言ってヘリアンテスはこぶしを強く握りしめた。
「てか、リア。かつ丼作る特訓本当にしたんだ」
「もちろんですわ。何事にも手を抜いたり致しませんわ」
「まぁ、私はどちらも毎日作っているから、どっちでも構わないけど。で、浩美、どうするの。カツ丼、B定」
やる気なく、ハッテマスが佐倉巡査に問いかける。
「少年、ここは少しは空気を読んでかつ丼ってい言ってもらわないと。わざわざ丼のページを開いて渡した意味がないじゃない。ここは警察なのよ」
優杜が不安そうに辺りをキョロキョロと見渡す。
「佐倉君。少年をからかうのはその辺にしておきなさい。元々、かつ丼対決だったじゃないか」
「あっ。副本部長。自分だけ良い人ぶろうとしている。お品書きを見せてかつ丼って言わせようって言ったの、副本部長なのに」
「佐倉巡査」
「ひゃい」
低く冷たい口調で根米課長が佐倉巡査を窘める。
「手短にってお願いしたわよね」
「はっ、手短に致します」
窘められた佐倉巡査が姿勢をただいて敬礼する。
「少年、もう一度確認しておくが、このまま参加して大丈夫かね。帰るのなら今よ」
根米課長が再び優杜に優しく問いかける。
「大丈夫です。一度引き受けたことですし、最後まで頑張ります」
そう言って自分自身を鼓舞するように力強く頷いて見せる。
「その意気よ、少年。ご褒美に。わたくしが今から飛び切りのかつ丼を作って差し上げますわ」
ヘリアンテスのその言葉に、一瞬会場全体がザワリとした空気が吹き捲く。
その会場の普通ではない空気感が優杜の根拠のない不安を掻き立てると。
「俺、無事に帰れるのかなぁ…」
優杜は心の中で小さく呟いた。