歌舞伎町で謎の伝染病が発生。
歌舞伎町一帯は封鎖された。
ふらりと立ち寄ったバー「ゆかり」で稔侍は元歌舞伎町No.1キャバ嬢あかねと出会う。
あかねから歌舞伎町内にある自宅から指輪をとってきて欲しいと頼まれる稔侍、
一夜を共にすることを条件に依頼を受けるが…。
#1『あかね編~歌舞伎町・淫夢大乱舞~』
少し暖かくなってきたとはいえ、まだまだ肌寒い三月。
歌舞伎町のメイン通りの中央を一人のホームレスの男がふらふらと歩いていた。
ぼろぼろに破れた服に穴の開いた靴、黒ずんだ肌と油ぎって縮れた髪にだらしなく伸ばした髭。焦点の定まらない瞳と異臭に通りを歩く人々は彼を避けるように離れた。
と、その前方から金色に染めた髪につけまつ毛、真っ赤な口紅に長いピンクの付け爪。肩をはだけた白のワンピは大人びた印象を受けるが、顔はまだあどけなさを残す少女が歩いてきた。いわゆるギャルというやつだ。
少女は携帯に夢中でホームレスに気が付かない。
通りの誰かが注意を促すように声をあげようとしたが、間に合わず、ぶつかってしまった。
「んだよ」
と悪態をつきかけるが、相手を見てぎょっとなる。
にやりと笑うホームレスに、思わず平手打ちをくらわした。
派手に転倒するホームレス。
自分の手についた感触に嫌悪感をあらわにする少女。
むっくりと起き上がるホームレス。鼻血がたらたらと流れ出ている。
「ひっ」とおびえる少女。
焦点の定まらなかった瞳が少女をとらえると、突然目がぎらつき、少女にとびかかった。
「きゃっ」
と悲鳴を上げて振り払おうとした少女だが、勢いで押し倒される。
少女はホームレスから逃れようと必死に爪を立て、もがき抵抗するが、全くひるむ様子はなく、くさい息を吐きかけてくる。
ぽたぽたと流れ落ちる鼻血が少女の白い肌や服を赤く染める。
周囲の人々が異変に気付くが、お互いに顔を見合わせるだけで、直接助けようとする者はなかなか出てこない。
誰かが警察に通報をしてくれるだろう、いやすでにしているだろうと他人任せの様子すらうかがえる。
見てないふりをして先を急ぐ人々、いやそれどころか、決定的瞬間を撮ろうとカメラを構える者までいる始末。
「助け…」
少女が涙目に助けを求めようとしたその時、ホームレスの顔面が突然ゆがんだ。
駆け付けたスーツの若い男が蹴りをくらわせたのだ。
「ケンジ!」
男は少女の知り合いだったようで、歓喜の声をあげる。
「おらっ、離れろよ」
ケンジは更に蹴りを繰り返し浴びせた。
が、ホームレスはひるむことなく、あろうことかケンジの右足を掴んで噛みついてきた。
「ぐあっ!」
「ケンジ!」
「ざけんなっ」
ケンジは左足で何度も男の顔面を蹴りつけるが、一向に離れる様子はない。
と、ホームレスの男の体が横に吹き飛んだ。
駆けつけてきた男がバットでホームレスを思いきり吹き飛ばしたのだ。
「トモヤっ」
男はケンジの知り合いらしい。トモヤの他にもスーツ姿の数人の若い男達が駆けつけてきていた。彼らはこの近辺にあるホストクラブのホスト仲間だったのだ。
「大丈夫か?」
「ちっ、足の肉を少し持ってかれちまったぜ」
苦痛に顔をゆがめるケンジ。
「ねぇ、ケンジ…」
少女が声をかけてきた。
「あっ、マミちゃん、大丈夫?俺はこんなのかすり傷だからさ。なんだったらこれから一緒にお店で…」
満面の営業スマイルで振り向くケンジ。
と、少女はうつろな瞳でケンジを見下ろしている。ツーと少女の鼻から血が垂れる。
「マミちゃん?」
「私、我慢できない…」
ぼろぼろになった服を脱ぎ捨ててケンジに覆いかぶさるマミ。
「ちょっ、ちょっと…。これマズイって…」
人目を気にしてなだめようとするケンジ。
と、マミがその唇をふさいだ。
「何すんだ、このアマ!」
思わずマミを突き飛ばすケンジ。
「ったく、調子に乗りやがって…」
と、周囲から悲鳴が上がる。
さっきのホームレスが別の女性を襲っているのだ。しかもホームレスに追い打ちをかけに行ってた仲間のホストたちも鼻血を出しながら他の女性を襲っている。
「マジかよ…」
襲われた者がまた更に他者を襲う。被害者が加害者に、次から次へと増殖していく様はまるで映画で見たゾンビパニックだ。
と、背後から何者かが抱きついてきた。
「なっ」
その手を慌てて振りほどき、振りむけば、相手は鼻血を出したトモヤだ。
「なぁ、ケンジ…」
「おっ、おまっ」
逃れようとしたケンジをトモヤが背後から覆いかぶさって押さえつける。
「俺、前からお前のことが…」
トモヤの堅い物がズボン越しにお尻にあたるのを感じた。
「ひっ」
はいつくばって逃れようとしたその瞬間、ぶつかった柔肌に視界が遮られる。
「ねぇ、ケンジぃ…」
それはマミの股間だった。逃れようとするも、強い力で頭を押さえつけ、ぐいぐいと股間を押し当ててくる。ツンとした匂いに息が苦しくなる。
「なぁ、ケンジ」
「ケンジぃ…」
ケンジは自分の鼻からツーと体液が流れ出てきたのを感じた。鉄の味にそれは鼻血だと気づいた。そして、その後のことはわからない…。
靖国通り沿いにあるヨンパークビルの8Fに四平食堂という昭和の雰囲気そのままのレストランがある。
この窓側の席から靖国通りを挟んで歌舞伎町が見える。
あの騒動から3日、いつもであればぎらついた明かりと流れゆく車、大勢の人々が行き交う通り。それが今では車もまばら、バリケードで覆われて明かりが途絶えて真っ黒になった歌舞伎町を稔侍は何ともいえない面持ちで見つめていた。
当時、事態を重く見た政府の要請により、歌舞伎町一帯を即封鎖、自衛隊と機動隊の投入で一気に鎮圧された。
死亡者数十名、重症、軽症者は数百人を超えた。
死亡の原因は主に鼻血による出血死、もしくは出血後の発情により、血圧の上昇が止まらないことによる心臓や脳の血管の損傷によるものだった。
暴徒化した人々は鎮静剤や睡眠薬で取り押さえられ、拘束、歌舞伎町内のホテルや病院で隔離されている。
まだ様子見ではあるが、安静にして血圧の上昇のピークさえ乗り切れば回復することがわかってきたので、今後再発や他者に感染しないことの確認さえとれれば、拘束された人々もいづれは解放されるだろう。
食事を終えた稔侍は会計を済ませる。
さて、腹ごしらえも済んだし、せっかくの給料日、これからどこに行こう。池袋、渋谷、六本木…。銀座…は少し心許ないか。たまには五反田や錦糸町も悪くない。それともこの機に、新規開拓でもするか。
期待に胸を膨らませながら稔侍は外に出た。
新宿ゴールデン街は歌舞伎町一丁目の一部にあたるが、幸い被害の中心から外れていたこともあり、区役所通りを境に封鎖対象区域から外れることができた。
しかし身近であんなことが起きたとなれば、当然人通りはなく、閑散としていた。
バー・ゆかりの重い扉を開ける念侍。どうしても他所には行く気が起きず、結局ここに落ち着いた。
「あら、給料日に珍しい」
「お前がツケツケうるさいからよ。たまには清算しとかねぇと、何されっか…」
5席しかない小さな店のカウンターの奥に、めずらしく一人の先客がいた。
こくりと頭を下げられ、稔侍も思わず会釈する。
室内にもかかわらず、大き目のサングラスにつば広の大きな帽子。どこの芸能人だよ…と思ったその瞬間、脳内コンピューターが一人の女性を導き出す。
「おまえ、もしかして、月夜城のあかねか?」
月夜城というのは歌舞伎町に古くからある老舗のキャバクラだ。今でこそ少し落ちぶれたとはいえ、そのあかねといえば、話すどころか顔を見るだけでも奇跡。会えるのは一日に一人きり。それもあかねのお目にかなった一流の人物のみ。ましてや寝床を共にした者などいない、とまで言われた元歌舞伎町No,1のキャバ嬢である。
「こらっ、ここ(ゴールデン街)では個人の詮索はしない」
と、ゆかりが叱咤するが、
「ばれているのなら構わないわよ。知らない振りってのも不自然だし。ねっ、歌舞伎町の成金坊主さん。いえ、生臭坊主さんだったかしら?」
サングラスをずらしてペロッと舌を出すあかね。この無邪気さがNo.1の秘訣か。
「いやあ、あかねちゃんと飲めるなんて、最高だなぁ」
そそくさと隣席に陣取る稔侍。
「こらっ、調子に乗らない。あかねちゃん、今プライベートなんだから」
「ここ(ゴールデン街)はそんなとこじゃないだろ?」
さっきの仕返しか、意地悪な返しをする稔侍。
「おじさんならいいよ。でも、あかねのお願い、聞いてくれる?」
「聞く聞くぅ。おじさん、なんでも聞いちゃう」
「実はぁ、歌舞伎町にある私の部屋から指輪を持ってきて欲しいの」
「指輪?」
「あかねちゃん、それは…」
「この人なんでしょ?ゆかり姉さんが言ってた『あの人ならもしかして…』って人」
「それは…」
ゆかりがちらりと稔侍を見る。
「ねぇ、あなたならできるんでしょ?」
うるんだ瞳で稔侍にお願いするあかね。だが、
「無理だな…」
「えっ!?」
「歌舞伎町は全面封鎖だ。とても入れる雰囲気じゃねぇ。もし仮に入れたとしても、それは違法行為だ」
「そっか…」
がっかりした様子でうなだれるかあかね。ゆかりは少しほっとしたような、すまないような、そんな複雑な表情で稔侍にボトルの酒を差し出す。
「ちょっとトイレ借りるぜ」
酒には手を出さず、稔侍が席を立つ。
「ゆかり姉さん、どうしよう…」
「そうねぇ。あの人なら引き受けてくれると思っていたんだけど…」
と、ガチャリと扉を開けてすぐに稔侍が出てきた。用をすますには早すぎる。手には手洗い用のタオルで何かを包むでいる。
「おいっ」
と、タオルの包みをゆかりに差し出す。察したゆかりは黙ってそれを受け取り、カウンターの下に置く。
「まあ、条件次第ではとってきてやれないこともないぜ」
「条件?」
「俺と一夜を共にしろ」
その瞬間、ペシッと後頭部をテーブル拭きではたかれる。
「あら、ごめんなさい」
ツンとしたゆかり。
「てめぇ、わざと…」
と、ゆかりに食ってかかろうとしたところ、
「いいわよ…」
あかねの意外な言葉に稔侍もゆかりも「えっ?」となる。
「指輪とってきてくれたらぁ、考えてあ・げ・る」
「い~や、おじさんは騙されないぞぉ。お前たちは油断ならねぇからな。『考えただけぇ~』な~んて、いつものパターンだ」
「いつもの?」
ゆかりが軽蔑のまなざしできっと稔侍を睨む。だが稔侍は聞こえないふりだ。
「そうだ、これに一筆書いてもらおうか。指輪と交換に、一夜を共にしますってな」
警察手帳から白紙のページを一枚抜いて、ペンと一緒にあかねに差し出す。
「え~、あかねのこと信用してないのぉ?」
「いやっ、まぁ…」
「な~んてね。おじさんがそうシタイのなら、あかね何でもやってあげる」
躊躇なくサインするあかね。
「あっ、あと携帯番号もな。ほら、場所に迷ったり、間違った物持ってきちゃ、まずいじゃない?一応ね」
「そんなの、お店か私の携帯にかけてきたらいいじゃない」
と、ゆかりが口をはさむが、
「いいわよ。ワンギリしてあげる。番号教えて」
と、それもあっさりと受け入れるあかね。
個人携帯に元歌舞伎町No1キャバ嬢の携帯番号を登録、しかも一夜の約束済だ。
「でも本当に大丈夫なの?かなり警備厳しいみたいだけど…」
「まかせとけって。あっ、酒はそのままにしておいてくれ。帰ってきたら祝杯だ。あかねちゃ~ん、シャワーでも浴びて待っててね。なぁに、一時間ちょっとで帰ってくるさ」
意気揚々と店を出る稔侍に、ため息をつくゆかりだった。
~続く~
◎登場人物紹介
○山浦稔侍(40)
ギャラポリ。所属は公安部外事特課強行犯第一係。
生臭坊主。エロ親父。特殊な機械で透明人間となって活動ができる。
○花園ゆかり(42)
新宿ゴールデン街の外れにあるバー「ゆかり」の美人店主。
和服が似合う大和撫子。
だが男だっ。
○秋月あかね(28)
元歌舞伎町No.1キャバ嬢。