危機を感じ取ったゆかりがギャラポリに同行して稔侍の救出に向かう。
ゆかりはそわそわとして落ち着かない。
さっきからずいぶん長いことカウンターの下でタオルの包みがブーブー震えているのだ。この中には稔侍のギャラフォンが入っている。稔侍はプライベートで歌舞伎町に遊びに行く時はいつもゆかりにギャラフォンを預けていく。遊んでいる店の場所が特定されるのはまだしも、何でもギャラフォンには小人が住んでいて、行動や会話はすべてそいつに丸見え丸聞こえというのがその理由だ。
小人というのはゆかりにはよくわからないのだが、異星人たちとの交流が始まってからというもの、これまでの常識では測れないことばかり、携帯に住む小人の異星人がいてもおかしくはないだろうとゆかりは思っていた。
それにしても今日はしつこいくらいに鳴り続けている。いつもであれば二、三回くらいで諦めるところを、今日に限っては全く鳴りやむ気配がない。
またさっきもギャラフォンが鳴っていることを稔侍の個人携帯に連絡してみた。忍び中だから出れないのだろうと思ってはいたが、いつもなら頃合いを見て返してくるのが、いまだに折り返してこないのが少し気にかかる。
「出たら?私、気にしないわよ」
「いえ、そんなんじゃ…」
「遠慮しないって、あの人なんでしょ?」
「それは…」
「おいっ、そこのあんた?」
どこからか少し合成音のような妙な男の声がした
「あれっ、ゆかり姉さん、何か言った?」
「さっ、さあ…TVじゃない?」
TVではずっと歌舞伎町のニュースが流れている。ただ、何かにつけて国が悪い、政治家が悪いとすぐに政府批判に結びつける自称〇〇専門家の好き勝手な言い草が鼻につく。
「さっきから何度も呼び出してんだろ。いいから出ろよ。稔侍が大変なんだよ!」
再び例の声。「稔侍」の単語にいてもたってもいられなくなった。
「ごめん、ちょと電話」
「いいわよ。勝手にやってるから。ごゆっくり」
ギャラフォンを包んだタオルをつかみ、慌てて店の奥に引っ込んだ。
裏口から外に出て、タオルをほどく。
画面には「アスワード」の文字。
勝手に出ていい物か躊躇していると、
「じれったいな」
と、携帯から声が出たかと思うと、勝手に繋がった。
「バーゆかりの店長さんだな」
何もしていないのにスピーカー設定にまでなってる。
「…はい」
「悪いが、知ってることはすべて話してほしい」
アスワードの話によると、歌舞伎町のシネシティ広場に設置してある防犯カメラの映像に、立ち入り許可を得ていない不審な防護服の人物が映っていたという。それが何者かと格闘した後に逃亡した。その格闘した相手が稔侍ではないかと疑っているのだ。稔侍の行き先を聞きたいというが、稔侍が規律違反を犯していることはゆかりもわかっている。伝えるべきか、黙るべきか…とまどうゆかり。
「ゆっくりしてる暇はないんだ、これを見な!」
画面が防犯カメラの映像に切り替わった。画像が地面に転がった何かに焦点を合わせ、ズームする。ぼやけてはいるが、見覚えがある。稔侍の個人携帯に違いない。しかも地面には血の跡が…。
「実は…」
事の深刻さに気づき、真相を話すゆかり。
「わかった、すぐに捜索隊を編成する。音無し、捜査本部につなげ!」
「待って!」
思わず声が出た。
「私も、一緒に…」
「それはダメだ。危険すぎる」
「でも…」
「なあに、心配するな。稔侍は我々が必ず助け出す」
アスワードが自信たっぷりに答えるが、ゆかりは気が気でない。
「おい、アスワード待てよ。この人、連れてったほうがいいんじゃないか?」
さっきからちょくちょく入り込んでくるこの声の主は何者なのだろう。画面に名前は表示されていないのに、まるでマルチ通話をしているようだ。
ゆかりへの音声が途絶え、何やら二人でこそこそ話している。一緒にいるのだろうか?
「わかった。ゆかりさん、捜査に協力してくれ」
アスワードが決心したかのように伝えてきた。
「よろしくな、ゆかりさん」
また例の声。
「私の方こそよろしくお願いします。えっと、あなたは…」
それとなくゆかりが聞いてみる。
「俺か?俺は稔侍があんたに話している、『小人さん』さ」
音無しはからかうように「けけけ」と笑った。
アスワードを隊長として、警護隊2名、救護隊2名、捜査員として鑑識課から警察犬1頭とその担当者、そしてゆかりを加えた7名と1匹、いや音無し1台も含めた稔侍捜索隊が組まれた。
稔侍一人の捜索には少々大げさな気もするが、謎の捜査員の件がある。さらに厄介なことは稔侍が透明化のままということだ。
新宿区役所で合流した一同はお互いに軽い自己紹介と打ち合わせの後、防護服に着替えて裏口から町内に入った。
防犯カメラの映像から場所はある程度特定できており、謎の捜査員と遭遇さえしなければたやすい任務と思われたが、そう簡単にはいかなかった。
まず警察犬が何かを察したのか、現場まで行きたがらないのだ。代わりを手配しようとしたが、事態は急を要する。警察犬はあきらめて、まずは携帯のあるシネシティ広場を目指した。
慎重に歩みを進める一行。例の防護服の人物のこともあるが、透明化した稔侍がどこにいるかわからない。もしかするとその辺に倒れこんでいて、つまずくだけならまだしも、それが弱っている稔侍へのトドメともなりかねない。いや、逆に興奮した状態で稔侍が襲い掛かってくる可能性も0とは言えないのだ。
シネシティ広場まで辿り着いた一行。稔侍の携帯が見えた。その傍で数匹の野良犬が鼻を鳴らして周辺の様子をうかがっている。
「やめて!」
ゆかりが突然犬たちのほうに駆けつけた。
「おいっ!」
アスワードと警護隊員1名が後を追い、もう一名の警護隊員が銃を構える。
ゆかりが野良犬たちの中に飛び込んで地面に身を伏せる。一瞬ひるんだ野良犬たちだったが、ゆかりに牙を剥く。と、駆けつけたアスワードが吠えると、犬たちは一目散に飛び去った。
「稔侍、稔侍」
地面をさするゆかり。いや、よく見れば地面ではない。その手は宙にあり、今度はそこにある何かを押し始めた。
「旦那っ!」
音無しが叫ぶ。
「ああ」
アスワードも察して、しゃがみこみ、ゆかりが触れているあたりを探る、ぬるりとした感触が防護服の手袋越しに伝わる。みれば真っ赤な血だ。
「救護班!」
突然叫ばれ、慌てて救護隊員が駆けつけてくる。アスワードは感触を頼りに左腕の時計にたどり付き、機械のスイッチをOFFにした。
何もなかった地面に稔侍が姿を現わした。
鼻と口から血を吐き出したまま、意識がない。
「いっ、今AEDの準備を…」
背の荷物を下ろす救護隊員。と、ゆかりが防護服のヘルメットを突然脱ぎ捨て、稔侍の唇に自分の唇を重ねた。
唖然とする一同。
ゆかりは稔侍の口から血を吸いだすと、ペッと吐き、また唇を重ねる。
「あっ、あんた…そんなことしたら…」
救護隊員の一人が震える声を漏らす。感染の恐れがあるため、直接被害者には触れないこと、これが出発前の打ち合わせで最初に言われた注意事項だ。
ゆかりの鼻から一筋の血が流れてきた。
「ダンナっ、止めさせるんだ。うつっちまったぞ」
アスワードが稔侍からゆかりを無理やり引きはがそうとしたその時、稔侍がゴホッ、ゴホッと息を吹き返した。
「よかった…」
そうつぶやくと、ゆかりはそのまま稔侍の胸に倒れこんだ。
~続く~