ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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◎簡単なあらすじ
 銀河を相手取った日本企業を支えるN銀行は、新時代に対応した新しい基幹システムの開発を行っていた。
 しかし、その開発は難航しており、主担当の社川逐次は上司である上野の罵倒によってボロボロになっていた。
 そんな彼に、闇の中から一人の男が近づいた


捜査報告書 No.19 【クラッシャー上司】- 街道筒水メイン
#1『会議室の怒号』


フォーっフォっフォっフぉゥッ

 私の名前は街道筒水。とある会社で物売り家業に従事しております。

 日本が銀河連邦と国交を結んで十年。色々な人々が入国し、色々な物が流通してまいりました。しかし、残念ながらそれらは広大なる銀河で出回る商品のほんの一つまみ。

 日本の皆さんが求める空想上でしか見たことがない商品。それは、知らないだけで存在している物だったりするのです。

 私は特別なルートを使って、そのような商品用意することができます。

 

 そこのあなた

 

 どうぞ、このカタログをご覧下さい

 

    ★    ★    ★

    ☆    ☆    ☆

 

 課長である上野司が会議室の机を殴りつけた。

 

「どうして、こんなことになったんだッ」

 

 出席している他メンバーは一様に下を向き、嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 課長の怒号に対して説明する責任をもっているのは、この案件の主担当である僕、

社川逐次だからだ。

 僕は額が机に擦れるぐらいまで頭を下げた。これから始まる説教を考えると、胃がキリキリと痛んだ。

 

「申し訳ありません。仕様の変更があっただなんて、全然知らなくって・・・」

「そんなものが言い訳になるかッ」

「・・・すみません・・・・・・」

「だいたい、運用担当との調整が不十分だからこんな事態になるんだっ」

「課長が・・・あまり運用と馴れ合うなと・・・」

「問題を起こさない為の処置だっ。別の問題を起こしてどうするッ」

「・・・申し訳ありません・・・・・・」

 

 上野課長は胸ポケットから、タバコの代わりにミントタブレットを取り出してぼりぼりと噛み始めた。先にタバコを取り出した辺り、今すぐに吸いたい気分であることが誰の目にも明らかだった。

 

「「我々は銀行のルールに従ってシステムの開発・運用に従事しています。その担当が銀行ルールを把握していないなんて、あるはずがないですよね?」だとっ。こんな屈辱、就職以来経験したことないぞッ」

 

 僕たちの会社の委託元であるN銀行はこの度、銀河連邦中枢の大銀行と合併することが決まった。日本の銀行としては先駆けとなるプロジェクトだ。

 元々、製造業のN銀と言われるくらい、自動車・半導体電子部品・鉄鋼業・化学工業等に強く、そういった業種との取引が全体の八割を占めていたN銀行だが、取引先企業の銀河進出に伴い、主に為替分野における全面改革が必要になった。裸一貫で銀河に進出できるとは、N銀行も考えていなかった為に取った手段、それが合併だった。

 そこで問題となったのが、両銀行で扱っているシステムだ。

 普通だったら、テクノロジー的に超格上の銀河連邦の銀行システムに片寄せするのが手っ取り早い。しかし、あまりにも体系が違いすぎる為、一旦現行システムを更改し、銀河規模の業務に慣れた辺りで徐々に統合させようという計画に落ち着いた。

 合併先の銀行が言うには、他の星でもそのようにしているらしく、数百年経っても統合していないシステムも存在するとのことだった。

 このプロジェクトにあたり、重要になるのが、融資・為替・預金という銀行三大業務に加え、様々な金融商品の売買取引の基盤となるシステムだ。

 N銀行はそれを銀河系取引基盤システムと命名。「銀河を取るぞっ」と銀河進出宣言をしたN銀行頭取が発した台詞にあやかって一般には『ギントリ』という略称が用いられている。

 システムの筐体とOSは、銀河連邦で流通している高性能機を購入したため、あとは中で動かすアーキテクチャの開発となる。

 そのシステム開発に駆り出されたのが、上野課長や僕をはじめとした(株)N総合情報サービスのSE達だったのだが、文字通り宇宙人と取引をすることに対する銀行員の無関心さはもはや清々しく、ユーザ要望の相次ぐ変更と銀河連邦の勉強に追われ、基本設計の見直しだけで二年を費やした。

 ベテラン社員が次々と倒れ、新人の教育をして自分の業務が滞るという悪循環。

 心身共にボロボロになってようやく完成した基本設計書の確認会で運用担当の天王寺沙也加に言われたのが、システム運用に関する銀行ルールが変わったという情報だった。

 沙也加はルールを逐一チェックしていたため、その変化に気がついたのだ。

 

・システムは、受領データの遅延検知機能を有すること。 ※代替え手段:なし

 

 これをテレビ会議中に沙也加から突きつけられた僕は、本気で背筋が凍るかと思った。

ユーザが入力する取引データは、毎営業日に届くようになっているが、これは、先方の営業日に左右される為、祝日であった場合送られない。

 惑星インフェリシタスなど、魔法文明が発達した星の国は、直前の占いなどで勝手に平日を祝日に変える為、システム側でそれを察知するのは不可能だ。

 確かに、日次報告に使われるデータの到着有無を人力で確認するのは面倒なので、銀行員としてはそうしてもらった方が有り難い。しかし、無理なものは無理なのだ。

 状況を説明して銀行側に納得して貰うのが現実的だが、そうしたが最後、僕達は沙也加に負けたことになる。上野課長がその屈辱的結果に納得できるとは思えなかった。

 

「社川」上野課長が僕に指を突きつけてきた。「次だ。二週間後の再会議で、必ず基本設計書を通せ。あの小娘をねじ伏せるんだッ」

 

 ほらね・・・・・・

 

 満員電車に揺られながら、僕は帰路についていた。時刻は夜の二時。何かアイデアが閃くでもなく残業し、(だって、先に帰ると上野課長怒るしね・・・)終電に乗って、不味いラーメンをかき込んだら、こんな時間になってしまった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 空を見上げると、忌々しいことに雲一つ無い星空だった。最近では、あの輝き一つ一つが僕の敵のように思えてくる。

 

「こんな時間にどうかなさいましたか?」

 

「え?」

 

 低く、渋く、耳に残る声が響いた。

 振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。濃い灰色のダブルスーツにネクタイをビシッと締めている。斜めにピンと張った眉毛、爛々と輝く瞳、スッとした鼻筋、赤く薄い唇というパーツで構成され、全体的にフクロウのような印象だ。

 普段だったら、通りで話しかける人間に付き合うことはしない僕だが、何故か心に余裕のような物が生まれた。そのせいだろうか、少し話をしてみたいと思った。

 

「ええ、ちょっと・・・仕事が上手くいかなくてね。あなたこそ、こんな時間で帰るなんて、お仕事忙しいんですね?」

「はははっ。奇遇ですな。よかったら、一杯ぃやっていきませんか?」

 

 男が指さした方向に、昭和チックなおでんの屋台があった。

 

「あんなの、あったっけ?」

「こういう雰囲気って、妙に落ち着くと思いませんか?」

 

 たしかに・・・

 

 ラーメンを食べた後だが、漂う昆布・鰹節の匂いと、日本酒のラベルに心が動かされた。

 

「じゃあ、一杯だけ・・・」

「申し遅れました。私、こういう者です」

 

 渡された名刺には、『街道筒水』と書かれてあった。

 

「そうですか・・・システムの設計を・・・」

「ええ、もうどうしたらいいか・・・」

「基本設計はそのシステムにかけられる予算を決める重要な工程ですからなぁ・・・」

「へぇ」ぼくは思わず感心した声を出した。「詳しいんですね」

「問題は、その上司の方なのですな?」

「ええ・・・罵倒ばかりで。まぁ、仕事はできる方なんですけど、いつもピリピリしていて、ミスをすれば反省室で二時間は説教ですよ。猛烈型で、これまでに十人は潰されています」

「それは・・・典型的な、『クラッシャー上司』というやつですなぁ」

「ええ、もともと仕事ができるんですけど、今は銀河進出の時代で、課長が実績を上げてきた時代のやり方が通用しなくなってきて、上手く仕事が回らなくなってイライラが溜まる。終わらない悪循環」

「仕事を・・・やめる気はないのですか?」

「それは・・・難しいですね」

「どうして?」

「親にも期待を掛けられていますし、もともと働くこと自体は好きなんです。それに、良い企業に入って良い案件のメンバーになれたのに、こんなことで辞めるの、もったいないし・・・」

 

 僕は日本酒を一気にあおった。

 その様子を見ていた街道が、鞄を取り出した。

 

「上司の罵倒が辛い、しかし、仕事は頑張りたい、プロジェクトも成功させたい。そんな貴方に、ピッタリの一品があるのですが、いかがですか」

「商談ですか? 何かの薬かな? あいにく、そういうのはやらない主義なんです」

「いえいえ。私の扱う品は銀河中から取り寄せられる逸品でしてね」

「あなた・・・地球外商品なんて売買できるんですか?」

「ええ、今回はこんな商品です」

 

 取り出したのは妙な柄のインナーだった。

 

「これはッ」

 

 黒地に黄土色の縄が亀の甲羅状に描かれていた。

 

「『キッコウインナー』という商品です」

 

 名前もまんまだった。

 

「これを着れば、上司の罵倒がキツければキツいほど、貴方の働くエネルギーになることでしょう」

「そんな馬鹿なっ」

「しかしっ」半信半疑の僕に、街道は指を突きつけてきた。

「これは非常に効果の強い惑星ルグドラシルの染め物屋で作られた秘蔵の一品。お仕事も大変でしょうが、これを着けて仕事をして良いのは定時まで。あなたは十七時以降は帰らなければいけません。

 絶対に、絶対に残業をしてはいけませんよ」

 

 何が何だかわからない一夜だった。

 試験用だとかで、タダで受け取ったキッコウインナーを僕は自室で眺めていた。

 もうすぐ出発しなければならない。

 迷った末、僕はこれを着ていくことにした。別に躰に入れるものじゃない。着ているだけだ。効果がなければ、明日から使わなければいいだけだ。

 そう思って、家を出た。

 

 出社すると、早速眼が三角になった上野課長が近寄ってきた。

 嫌だなぁと思いつつも、逃げるわけにはいかない。

 

「社川ッ。基本設計書の案はまだできてないのかッ。昨日中に作成しろと言った筈だぞ」

「あれは・・・課長が終電には帰れと言うから」

「指示通りにできないなら、何故報告しないっ?」

 

 話しかけるなオーラを出していた課長に話すのが嫌だったとは言えない。何か言い訳をしようと思った瞬間ーー

 

「はぅぅっ」自分でもよくわからない、うめき声が漏れた。

 

「だいたいだな・・・」

 

 不思議なことが起こった。

 いつもこんなタイミングで痛む胃が、ずいぶんと軽いのだ。

 いや、軽いのは胃だけではない。上野の罵倒を聞けば聞くほど、体中が羽のように軽くなり、リラックスし、幸せな気分になっていくのだ。

 

「おい、聞いているのか、社川ッ」

「はい、課長ッ」

「ん・・・おお」

「しばらくお待ち下さい。午前中には新しい基本設計書をご呈示致しますッ」

「む・・・わかった」

 

 凄く晴れやかな気分だ。二時間しか寝ていないとは思えないほど頭はクリアで、全身のコリも全くない。

 問題となっていた部分の解決策が見えてくる。何でこんなことに気がつかなかったんだ。

 

「これなら、ルールを破らずに作ることができるッ」

 

 二週間後に開かれた基本設計書の確認会は穏やかなムードで進んだ。

 部内レビューを素早く終え、一週間以上前に運用サイドへ提出した基本設計。そのQ&Aの応答もスムーズに進み、それまでの不備をことごとく修正していた成果と言えた。

 しかし、それでも問題となったのが、例の遅延検知機能だった。

 

「Q&Aでも返答しておりますが、この検知機能は不完全と考えています」

「しかし、予算の範囲内で実現できるのは、これが精一杯です。そもそも、機能の仕組みは詳細設計工程での話で・・・」

「運用側としては、現実に使えるシステムの設計を要望します。別データの営業店情報の照合で営業・休日を判定する仕組みを拝見しましたが、過去データでは、営業店データの入力不備が年間十パーセントも起きています。年に百件以上エラーを出す現実を知って、OKは出せません」

 

 沙也加の冷たい言葉が、僕の心に突き刺さる。

 

「そこまで仰いますか。ならば、運用側が開発費の負担をして頂きたい」

「何故こちらがそちらの負担をしなければならないのですか? 開発は開発側の業務の筈です。まだ明確な予算も決まっていないのに、予算の話を持ち出すのはお門違いと考えます。これ以上時間をかけるようならば、銀行側を通じて正式な抗議を行うことも考えておりますよ」

 

 沙也加の言葉に、上野の頬を伝う一筋の汗。焦っているのは明白。

 テレビ会議はミュートモードになった。

 こちらの声を運用側に聞こえなくさせるためだ。

 

「くそがっ。何故納得しないんだ」

「これで通るんじゃなかったのか? これ以上時間はかけられないぞ」

 

 皆が焦り出す中、上野が睨み付けてきた。

 

「おい、社川。何とかしろ」

「何とかって・・・」

「お前がこの案件の主担当だ」

「これ以上は・・・」

「皆試練を乗り越えて成長しているんんだ。甘ったれるな。解決策はあるはずだ」

 

 そんな中、僕は天に昇るような感覚を味わっていた。

 

「いいか、これは次の査定に影響するぞ。お前の将来をかけた正念場だ。デッドオアアライブだと思えッ」

 

 凄まじいプレッシャーが僕を天へと連れ去り、アイデアがピカッと頭に閃いた。

 ミュートモードを切る。

 

「わかりましたッ。プランはもう一つあるので、そちらで御一考下さいっ」

 

 僕の言葉に、会議室の皆も、テレビの向こうの沙也加もシンとなった。

 

「社川さん、因みにそのプランとはどのような?」

「営業に聞いたことがあったんです。銀河連邦では、ウラシマ効果や放射線の影響で通信が正常に行われない場合もあるので、通信をワープさせて日付管理を行う管理局が存在するんです」

「それがどうかしたんですか?」

「そこで扱っている全拠点惑星のカレンダーとリアルタイムで同期させます」

 

「「はぁ?」」

 

 素っ頓狂な声をあげたのは、上野以外の会議メンバーだった。

 

「そんなシステム設計、いつになったら完成するの? ギントリのリリース日は、一般公開されているのよ。来年の一月四日。忘れているわけじゃないですよね?」

「設計だけなら、三日で作ってみせますっ」

 

 画面の向こうで、沙也加が吹き出した。

 

「できるものなら、やってごらんなさいな」

 

 会議室を出た瞬間、同僚に肩を捕まれた。

 

「おい、本当にできるんだろうな」

 

 皆が心配する中、上野だけが冷ややかだった。

 

「自分でできると言ったんだ。やらせればいい」

 

「イィィッヤッホォォォーーウ」

 

 キーボード上で踊る十本の指、めまぐるしく移りゆくディスプレイ、もう息をするのすらもどかしいぐらい、仕事が進んでいく。

 設計書の概要はすぐに完成した。沙也加にメールで送ると、直ぐに電話がかかってきた。

 

「早すぎよッ。議事録も出来上がっていないのに、見れるわけないでしょっ」

「議事録ですかっ。僕が作りますッ」

「いいわよっ。貴方はシステム開発に専念してちょうだいッ」

 

 営業に電話し、資料を提出し、予算を見積もって、通訳を通して銀河連邦の管理局に取り次ぎを行った。

 システムのサンプルも手にし、それをN銀行用に作り直しに着手した辺りで、十七時終礼の鐘が鳴った。

 

「くそぅッ。ここまでしか進まなかったッ」

 

 僕がそう言うと、隣の同僚が青い顔で話しかけてきた。

 

「いや、五時間でそこまでできれば充分だろう。っていうか、お前飯行ってないだろ? 残業前に喰っとけよ?」

「・・・いや、僕は残業できないんだ」

「何か用事・・・ははぁん、女でもできたか」

「違う。違うんだが・・・すまないっ」

 

 僕は、飛び出すように退社した。

 

 家に帰り着き、クーラーをつけた。

 キッコウインナーを脱ぎ、一息つくとさっきまでのテンションが嘘みたいに静まっている。

 ビールを飲んだが、不味いと感じた。

 

 前は好きだったのに・・・

 

 すぐに、その理由がわかった。不完全燃焼だからだ。前は、くたくたになって帰ってきて、その疲れを癒やすように酒を飲んでいた。だから美味かったのだ。

 元々仕事は好きなのだ。おまけに、今はこのキッコウインナーのおかげで、仕事が早く片づくようになり、毎日定時あがりができるようになった。

 最初は仕事ができる男になったみたいで嬉しかった。しかし、そんな気分に浸れたのは最初の三日だけだ。

 

「次の仕事まで・・・あと十四時間かぁ・・・」

 

 テレビをつけると、僕の知らない芸人がコンとをしていた。全然面白いと思えない。仕事をしている方が何百倍も幸せだ。

 会社の皆も、上野課長も、沙也加も、終電まであと五時間も仕事ができるのだ。自分と違って・・・

 

「ズルいよ・・・皆ズルいなぁ・・・」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○街道筒水(年齢不詳)
人の弱い心につけ込み、様々な地球外商品
 を扱うセールスマン


○社川逐次(28)
 本日の被害者[お客様]
 (株)N総合情報サービスのSE
 頑張りすぎるサラリーマン

○上野司(40)
クラッシャー上司 

○天王寺沙也加(28)
 (株)N運用サービスの運用管理担当。
 少々キツい性格
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