翌日、朝イチで沙也加から電話がかかってきた。
「社川さん、昨日受け取った書類の一部、管理番号の記載にミスがあるんだけど」
「え?」
確認すると、確かに五部ある内の一つに振ってある番号が一世代前のものになっていた。書類は後輩が作成したものだが、そんなの関係ない。
「すいません、直ぐに差し替えを・・・」
「あー、良いのよ。確認だけだから。こっちで電子データを書き換えておくわ」
「え? でもそれって改ざ・・・」
「いいのっ」
「・・・・・・」
今日の沙也加は、とても穏やかな口調で話してくれる。
「バレないわよ。それに、差し替え手続きをしたら、また上野さんに話を通さなきゃいけないでしょ? 怒られて、社川さんの時間が使われる方が、わたし達には痛手なのよ。貴方には頑張ってもわらないといけないし、この案件を終わらせるまで、こっちでサポートできる部分はやるから」
「天王寺さん・・・」
「ねぇ、社川さん」
「はい」
「良いシステムにしましょう」
沙也加の協力もあり、基本設計後の詳細設計はみるみる内に終わった。
テスト工程も終了。ユーザテストは、沙也加と一緒に作ったマニュアルを使ってもらうことで、滞りなく終わらせることができた。
あとは、リリースまでの最終チェックを終わらせるだけとなっていた。
「もうすぐ終わりね。長いようで、あっという間だった気がする」
「ええ・・・」
「これで、N銀行は銀河に羽ばたくのね。なんだか嘘みたい。でも、良い仕事ができた」
「そうですね」
「ねぇ、社川さん。あの・・・これが終わったら・・・」
その時、沙也加の言葉を遮るように上野の罵声が轟いた。
「すいません、後でかけ直します」
「え? あ、うん・・・」
上野がメンバー全員を会議室に集め、書類を渡し始めた。
「銀行からの通達だ。今すぐ合併に向けたシステム移行のプラン提出をしろとのことだ」
全員がざわつく。当然だ。ギントリのリリースは来年の一月だが、他のシステム更改は再来年夏を予定している。
「リリース延期が濃厚だったギントリがここにきて順調に完成していることから、計画を前倒しにしたらしい」
そういうことか・・・それなら、提携先の企業も助かる。
「社川、お前もギントリだけじゃなく、他のシステムのサポートをするんだぞ」
「え?」
時計を見ると、十六時四十五分を指している。
「申し訳ありません。僕は定時で帰らなければ・・・明日やりますので・・・」
「馬鹿野郎ッ」
罵声に、皆がビクつく。
「お前はここ数ヶ月、他の皆が頑張っている中、毎日定時あがりだな」
「それは・・・」
「課長、社川は充分すぎるほど良くやっているからで・・・」
「黙れっ、俺は社川に言っているんだ」
上野課長僕を睨み付ける。
「お前には協調性というものがないのかっ。それでも日本のサラリーマンか。毎日々々女との電話でハッスルしやがって。公私混同もいい加減にしろっ。業務時間外に発生する仕事を、いったい誰がやってると思っているんだっ。お前の採用面接の時の台詞は何だった? 御社の業務に精一杯従事したいと言ったよなぁ。これがお前の精一杯なのか。違うよなぁ、お前は前は残業だらけだったはずだぁ。それがいきなり定時あがりだ。誰が見たっておかしいぞ。それまでが精一杯仕事をしていなかったのか、それとも精一杯しなくなったのか、いずれにしたって、お前は嘘をついているんだよ、この嘘つき野郎ッ。俺が若い頃なんか、月百時間残業するなんてザラにあったぞ。
何だ、何が言いたいんだ? 働き方改革とか言い始めるのかぁ? そんな寝言はなぁ・・・目の前の仕事を終わらせてから言えぇぇーーーッ」
恐るべき発言、企業コンプライアンスとして問題すぎる暴言の数々。
その全てが・・・
「僕の力になるーーーっ」
天に拳を掲げる僕に、皆の冷たい視線が刺さる。
「おい、社川。どうした?」
「課長、了解しました。社川逐次、本日は終電終わっても残る所存ですっ」
「仕事が終われば、どうだっていい」
時刻は午後二時。会社には僕以外誰もいない。凄まじい量の仕事を皆から奪い去り、猛烈な勢いで片づけていく。
幸せな気分を味わっていた。
そういえば、あの人と会ったのも、こんな時刻で・・・
「社川さん」
椅子から飛び跳ねそうになった。
独特の声質を間違おう筈がない。
「か・・・街道さん・・・・・・? いったい何処から入って・・・っていうか、何故・・・?」
街道は、やれやれというように首をふった。
「社川さん、あれほど残業してはいけないと言ったのに、貴方という人は救いがたいハードワーカーですねぇ」
「申し訳ありません・・・」
「貴方、それが口癖なんですかねぇ」
僕は、哀れみをたたえた街道の眼をまともに直視できなかった。
「仕事が・・・好きなんです・・・・・・」
「はぁ・・・」
「仕事をしてないと、僕じゃないんです。家にいてもつまんないんです。何もする気が起きない。頑張って、頑張って、終電になって、クタクタになって……でも、朝になったらまた立ち上がって……それが僕なんですよッ」
街道は、今度はうんうんというように首を縦にふった。
「フォーっフォっフォっフぉゥッ。そこまで働くことがお好きならば、望み通ぉりにして差し上げましょう。人間などお辞めなさい。二十四時間、三百六十五日。
永ぃぃ久に働く躰こそが……貴方にはぁふさわしいぃぃ」
「え?」
「新たな門出毎度ありぃ……ヌアァァァッ」
街道の指先が光ったと思うと、頭に火花が散った。
すると、僕の躰が捻れていくのがわかった。
「な・・・なんだ、これ・・・・・・」
キッコウインナーが僕の躰を捻っているのだ。宙に浮き、手足を変形させ、首は百八十度後ろを向いた。でも、全然痛くない。
「何が起きて・・・・・・」
それ以降、僕は声が出せなくなった。
考えるのが怖いけど、少なくとも、もう僕は人間としての原型は留めていなかった。自分の躰のどこが折れ曲がり、捻られたのかを記憶できなくなった僕はやがてーーーー
☆ ☆ ☆
★ ★ ★
社川さんが失踪という扱いになってから一週間。ギントリは、上野課長の主導で最終的なリリースを進めているようです。
まぁ、本当に難しい部分は社川さんが終わらせたので、問題なくいくでしょう。
私は、社川さんと一緒に仕事をしていた天王寺沙也加さんのいる会社の前を歩きました。
おや、地球人のOLに、同じく地球人らしい女性とスーツ姿のサイード人が話しています。
あれは・・・ギャラクシーポリスのアスワード・マーテンのようですな。
OLは、ほほぅ。天王寺沙也加さんのようです。
「では、社川さん失踪について、心当たりはないのですね?」
「検討もつきません。直前まで、一緒に仕事をしていたんです。一緒に作ったシステムも完成間近で・・・。あの、刑事さん達、ギャラクシーポリスなんですよね? 社川さん、異星人に連れ去られたんですか?」
「今は何とも。私生活に、何かトラブルを抱えていたということは・・・」
「無いと思います」
「直接聞いたことが?」
「いえ、いつも電話で話すだけでしたから」
「直接の面識は無かったと?」
「はい……」
「何か断言できる根拠があるのですか?」
沙也加さんは俯いていました。
「あの人は・・・私と同類だと思うので」
「同類?」
「プライベートは、空っぽなんです。仕事だけが生きがい。働くことが、自分を認識できる唯一の行為」
「・・・・・・・・・」
「あの人の上司、上野さん。仕事が終わったら部長に昇進ですって。笑っちゃった。ほとんど社川さんが進めたプロジェクトなのに。全て自分の手柄にしてしまって・・・」
眼に涙を浮かべて、続けました。
「おまけに、仕事を放って逃げ出すなんて、これだからゆとり世代はっなんて・・・」
「お察しします・・・」
「わたしたちは、こんな乾いた空間のなかで出会って、仕事を通じて知り合いました。二年と数ヶ月。電話で会話するだけの関係でしたけど、人柄は伝わってくるんです。
確かに、『絆』はあったんです」
女性の涙は、美しいですな。
彼女は、これからも社川さんを探し続けるのかもしませんが、無駄な努力です。
というか、そんなことをする必要は、まぁったく無いのですがねぇ
それから二ヶ月後、ギントリがリリースされてしばらくしてから私は再びその場を訪れました。沙也加さんは居ませんでしたが、他の方が話をしておりました。
「ねぇ、ギントリ、稼働してから一度もエラーを出したことないのよ。凄いっていうか、不気味よね?」
「っていうか、マニュアルに書かれている注意事項に『絶対にシャットダウンしないでください。リブート(再起動)も不可』ってあったけど、どういうこと? 普通一週間に一回は定期リブートするわよね?」
ふふふふふ・・・ギントリは順調に稼働しているご様子ですなぁ。
それもその筈です。
★ ★ ★
☆ ☆ ☆
素晴らしいッ。なんて素晴らしい躰なんだ。これならば、僕は永久に働いていられるんだ。
なんて幸せな・・・
ん? 銀河連邦からやたらめったら大きな取引データが送られてきたな。普通なら処理オチするか、ヘタするとシステムダウンだぞ。しかしっ、今の僕には朝飯前サッ。
十五分で処理してみせよう。
ああ・・・最高だ。最高な気分だぁぁぁ・・・
☆ ☆ ☆
★ ★ ★
良いシステムが完成して、本当に良かったですねぇ。
これで、N銀行・・・大袈裟に言えば日本は新たな一歩を踏み出したわけですな。
ところで、N銀行行員に社川さんと沙也加さんの対立を生んだルールを吹き込んだのは、いったい何処の誰なのでしょうか。
フォッ、フォッ、フォッ。
しかしまぁ、社川さんも大概ですが、上野さんという方は強烈でしたなぁ……
クラッシャー上司というのは、メンバーシップ型の雇用形態をとっている日本でしか生息できない人たちのようです。
しかし、肉食獣が草食動物なしに生きていけないように、クラッシャー上司もまた、社川さんのような人々無しには存在しえない。裏を返せば、クラッシャー上司にノーを叩きつけられる人々ばかりになれば問題ないのでしょうが・・・
はてさて、日本人の皆さんの中から、
『社川さん』を滅することが、できるのでしょうか。
それは果たして『日本人』なぁのでしょうか。
フォーっフォっフォっフぉゥッ。