地球よりはるか遠い星、シューバーリ星から、妖精を連想させるような異星人、ティンク・カールベル皇女が来訪された。
彼女は連日の公務に疲れ果て、日本滞在中にホテルを抜け出し、地球観光を試みる。
#1
一
*20xx/4/15-22:27
「今、降下船より、姿を現しました。本当に物語に出てくる妖精のようです」
日本の報道アナウンサーが興奮気味に実況する。
降下船の搭乗ゲートが開き、護衛達が周りを固めると、少女が翅を羽ばたかせ、宙を舞うように現れる。
体長二十センチ程度、壊れそうな華奢な体に、太陽の光を反射したキラキラとした長い金髪、そして一番の特徴は薄い緑色の筋が見える半透明の翅。
北欧神話や英雄物語に語り継がれ、映画やアニメに幾度となく登場した妖精が宇宙より舞い降りた。
「この度、ティンク・カールベル第三皇女様が、地球の主要国と通商条約を結ぶ為、外交特使として約123光年先のシューバーリ星からはるばる地球へ、そして所縁のあるイングランドの大地、ヒースロー空港においでになりました」
いくつものフラッシュの光が彼女を映し出すたびに、羽ばたかせている翅から虹色のプリズムがキラキラと舞い上がる。
レッドカーペットの引かれた降下船から地上への階段を降りず、そのまま宙を優雅に舞い、に出迎えに来ていた身なりのよい男性の下へと羽ばたく。
身長差が違いすぎる為、差し出された紳士の人差し指を妖精、ティンク・カールベル皇女は右手でしっかりと握り形式的に握手を交わす。
「今、出迎えに現れたチャールズ国王陛下とフィッツジェラルド大統領と順番に握手を交わしていきます」
歴史的瞬間に立ち会ったという興奮から、アナウンサーの声のトーンが最高潮に張り上がる。
「今後、アメリカ・ドイツ・中国などを順番にご訪問の後、五月九日には日本にもお見えになって、総理等との会合が予定されております」
まさに妖精のような異星人の初めての地球来訪は、全世界にビックニュースとして飛び回った。
二
*20xx/5/11-07:13
広く調度品の整ったホテルのスイートルーム。
中央のテーブルの上に不釣合いな、まるで人形遊びを思わせるドールハウスとミニチュアテーブルセットが置かれている。
ドールハウスとの違いは、中に本格的なキッチンが入っており、実際に料理人とメイドが作業をしている事だろう。
ミニチュアテーブルの上には樹の実や葉野菜の盛り合わせに小さなパン等が並べられ、ティーカップからは湯気も立ち上っていた。
そこに体長二十センチほどの翅を生やした少女が席に着く。
彼女はティンク・カールベル。
妖精のような姿をしているがシューバーリ星から来た異星人だ。
彼女の傍らにはふよふよと翅を羽ばたかせながら紳士服に身を包んだ男性。
こちらも体長はティンクより少し大きいぐらいで妖精といわれても不思議ではない。
「姫様。そのまま朝食を取りながらで構いませんので聞いてください」
「ラウルキン」
「はい、なんでしょう姫様」
「今日は疲れたら、一日休みね。皆にもそう伝えて。これは命令よ」
「自分はお仕えしているテイル皇帝陛下の命令以外は聞き入れられません」
「ああ、そうでしょうとも。本当につまらない。もっと気の利いたことは言えないの」
「公務が嫌だからと言って、仮病を使わなくなっただけ立派になられましたな姫様」
「なにそれ、イヤミ。予定なんて聞いても仕方がないでしょう。どうせ、予定外の事もなければ、わたしの希望は通らないんだから」
「そのような事はありません。姫様も予定を熟知していただき、皇女として恥ずかしくない振る舞いをなさねばならないのですから」
「そんな振る舞い必要ないわよ。今日も昨日と同じ連中なんでしょ。だいたい、なんなのよ。昨日も。まるで化け物でも見るような目で」
「辺境の惑星ですから、まだ我々のような異星人が生理的に受け入れられないのでしょう」
「最初に行ったイギリスとか、途中のアメリカとか言う民族は、ものすごく好意的だったわよ」
「あの辺りは異星人に好意的な地域ですからね。それでも、本日で二十六日間の公務も終了です。我が帝国の技術と特産品を地球星に売り込むために姫様の笑顔が必要なのですから、そろそろ機嫌を直してください」
「観光…」
「はい?」
「地球に来る前に観光する時間はいっぱいあるから姫様にも楽しんでいただけますって、そう言ったでしょ。ラウルキン」
「ええ、ですから。この星の方々にもご協力いただいて、その地域の名所を巡り、名物を頂いてきたではありませんか」
「各民族の首領や著名人、そして大量の護衛とともにね」
「それはいたしかありません。姫様に何かあれば国際的にも問題になりますし」
「わたしは地球観光が出来るからこの公務を受けたのよ。いい視察じゃないの」
「公務は皇族の義務です。それに、そう言わなければ公務を行わないでしょう。姫様は皇族としての自覚が足りなすぎなのです。ですから皇帝陛下も心配して今回の事を…」
「ああ、もう、分かったわよ。分かりました。朝食がさめちゃうから、さっさと本日の予定を言ってちょうだい」
「それでは…」
と、ラウルキンが本日の予定を細かく読み上げていく。
「…以上です。なにかご質問は」
「ないわ。ラウルキンのほうも質問は」
「普段どおり振舞って頂けるのであればありません」
「そう、なら朝食がまずくなるから、暫く一人にしてもらえるかしら」
「かしこまりました」
恭しく一礼すると、ラウルキンは軽く手を叩く。
すると厨房からコックや侍女たちが翅を羽ばたかせてティンクの前に集まる。
「それでは、ごゆるりと。我々は一度退出させていただきます」
一同が小さく頭をさげると、地球人サイズの扉を警備ロボが開け、部屋から退散した。
「はぁ、何とか抜け出す方法ないかしらね…」
ため息混じりに、朝食を取っているとコンコンとドアをノックする音が響いた。
「はい、どちら様。って、どうせラウルキンなんでしょ。開いているからさっさと入ってきたら」
そう言うとドアの所で立っていた警備ロボがロックを外してドアを開ける。
すると、ラウルキンではなく、トレンチコートにカウボーイハットを目深に被った人間型と思われる生物が入ってきた。
「失礼致します。ティンク皇女殿下に置かれましてはお初にお目にかかります。不躾かつ無作法の訪問お許しいただければ幸いです」
そう言いながらトレンチコートの生物は頭を深々と下げるが、顔をさらしたくないのかカウボーイハットは深々と被ったままだ。
不気味な来訪者にティンクは脅えるどころか、目を少し輝かせ喜びたくなるのを堪え。
「苦しゅうない。面を上げよ。して、わたしに何用で参ったのだ」
威厳を保つ為に丁寧な口調でわざとらしく話しだす。
だが、カウボーイハットの男は深々と頭を下げたまま、
「自分もこの地球星で暮す銀河連邦の一員として、連日の皇女様の御苦労や御心労に心を痛めておりまして、こうして参ったしだいでございます」
「ふむ、能書きは良い。わざわざ警備を抜けてきたのだ。さっさと本題を述べよ」
ティンクは顔も見せないこの者の言い回しに少しイラつき冷たく言い放つ。
「これは手厳しい。しかし、自分がなぜ不法侵入者だと」
「この星の習慣で帽子を深々と被ったまま、他人と話すのは悪人と相場が決まっている」
「では、悪人と分かって自分を招き入れたと」
「つくづく、回りくどいことが好きなようだな。次で本題に入らなければ、警備を呼ぶ」
「これは失礼。姫様に買っていただきたいものがありまして、こちらになります」
少し小さめの革の手提げかばんからジュエリーボックスを取り出す。
その中には青い宝石が埋め込まれたティンクが身につけれるサイズの小さなペンダントが収められていた。
「このペンダントトップ中には地球人払いの装置や、一時的にセンサーなどをごまかす装置が入っております」
「そ、それは真かッ」食い入り気味にティンクが声を出す。
「こうして自分自身が、誰にも咎められず入ってきたのが何よりの証拠かと」
「………」
ティンクは思案をするように宝石と来訪者を交互に見る。
「自由に空を飛びまわりたいのでしょう。ならば、これはぜひ買いです」
そういうと、タブレットを取り出し、金額を表示させる。
「そして、中に発信機を仕込んでおいて、護衛のいなくなったわたしを捕まえる気なのだろう」
「滅相もございません。決してそのような事は、これもひとえに皇女様の気苦労を思えばこそ。ああ、儲け話だと思ったのは確かですが」
「全くどこまでが本心なのやら、他に隠し事はないのだろうな」
「実はですね。姫様のサイズに合せて小型化致しましたので、稼働時間が短く、現地時間で十五時間程度で止まってしまいます」
「時間が来たら証拠隠滅の為に爆発する仕掛け付ね。手の込んでいる話だわ」
「ふむ、お客様が必要というのであればお付けいたしますよ。自爆装置。ああ、もちろん別料金かつ、返品不可ですが」
「まったく、何処まで本気なのかしら。その稼働時間は起動させてからって事でいいのよね」
「もちろんでございます」
「しかし高いわね、もう少し安くならないのかしら」
「ご冗談を、最新技術が詰め込まれておりますので、かなり良心的な値段ですよ」
「わかったわ。じゃぁ、こうしましょう。ここまで入って来たのだからまた外に出ますわよね。このホテルの外まででいいわ、あなたのそのかばんに隠れさせてもらって、外に出るまでは手伝って下さるかしら」
「…わかりました、それぐらいはサービスいたしましょう」
「よろしい。商品を買いましょう」
ティンクはタブレットの前まで飛んで行き、指輪を近づけると決済画面に代わり、指輪の宝石を慣れた手順で左右に回転させる。
アクセス中の画面の後、軽快なメロディと共に入金された知らせが画面に表示された。
「お買い上げありがとうございます」
来訪者は頭を深々と下げティンクにペンダントを手渡す。
早速ティンクはそれを身につけると、はめていた指輪等の装飾品をを外して。
「さぁ、何時でも構いません」
「分かりました、ではこちらに」
そういうと、かばんのサイドポケットを開いて見せる。
ちょっと手狭で、身を縮めないと隠れらそうにないが、この際贅沢は言ってられない。
革製品独特の鼻に付く匂いに、少し顔をゆがめつつ、息を殺すように中に入る。
「では、いきましょうか」
◎登場人物紹介
※異星人の年齢は地球人に換算したものです
○ティンク・カールベル
妖精を連想させる容姿を持つ惑星シューバーリから来た、カールベル第三皇女。
地球の各国や企業と、通商条約を結ぶため、大使として地球に訪れた。
○羽咋優杜(はくい ゆうと)
高校二年生の地球人。
高校では天文部の活動に力を入れるつもりが、質の悪い先輩に引っ掻き回されている。
最近では、異星人がらみの出来ごとに、よく遭遇する。
○モトゥーリン・シュズ&本居五十鈴(もとおり いすず)
日本人とよく似た容姿を持つ、ウズノメ人の留学生。
地球では、日本国籍の本居五十鈴と名乗って、異星人であることは一部の人を除き秘密にしている。
優杜と同じ高校の一年生。
○新田豊(にった ゆたか)
地球人の高校三年生。
宇宙人好きが高じて、高校に独自の部活動【宇宙人研究部】なるものを勝手に立ちあげてるいる。
宇宙人が絡むと、恐ろしいまでの能力を発揮する。