三
*20xx/5/11-7:43
カーテンや暗幕で締め切られ、外から光のさすことのない教室。
そこに円形に組まれた机には何本もの蝋燭風のライトがユラユラと漂う。
中にいるのは八人の男女。
今や秘密結社と変わらぬ様相を呈する【高岡高校天文部】。
俗称【宇宙人研究部】だ。
「諸君、こうして早朝に集まって貰ったのは他でもない。ついにティンク・カールベル皇女様が日本においでになられた」
口元に手を組みながら新田部長が何時もの口調で言葉を発する。
「今日は土曜日で授業も午前中に終わる。新生宇宙人研究部の活動を行うのにふさわしい、素晴しい日だとは思わないかね」
その場にいたほとんどの部員が力強く頷く。
「だが、残念なことに皇女様は無作法で無神経な護衛共に囚われ、大変心を痛めておられる」
新田部長は見てもいないのに自信たっぷりに言い放つ。
周りからは小声で、かわいそうにとか、なんということだとか妄言が呟かれる。
「なんとしても我々の力で皇女殿下をお救いし、栄光ある宇宙人研究部の歴史にその名を刻もうではないかッ」
新田部長はテンションマックスで机を激しく叩き、恥ずかしげもなく声高に叫ぶ。
「特に、この春より…」
「部長、今晩の準備があるので席を外していいですか」
新田部長のいつもの緊急招集。
朝のHR前に無理やり連行された羽咋優杜は、一秒でも早くこの茶番を終了させたい思いから、早速部長の言葉をさえぎる。
「羽咋研究員。言いたいことはそれだけかね」
新田部長が眼鏡のブリッジを押してガラスを光らせると、威圧的な態度で優杜をにらむ。
「ええと、はい。なので…」
「残念だよ、羽咋研究員。とある筋から入手したところによると、浮遊警視庁内で、あのアスワード警部に缶コーヒーをおごってもらったとか」
「なんですって、それは本当ですか」
新田部長の言葉に、アスワード警部大好きな窪内莉乃先輩が悲鳴に近い声を上げる。
「真実だよ。な、羽咋研究員」
「………」
「それが事実なら、裁判レベルの問題ですよ」
羽咋優杜は先日、浮遊警視庁の料理対決に巻き込まれて、迷惑をかけたなと帰り際、アスワード警部に缶コーヒーを奢ってもらったが、その事を誰にも話していないのに、知っている部長に心から驚く。
「まぁ、簡易法廷をしたいわけではないので、過ぎてしまったことをとやかく言うつもりはない。だが、宇宙人研究部員の一員といて、ちゃんと活動報告はしてもらわないと困るな」
「いや、だから、ここは天文部ですって」
思わず優杜は立ち上がって否定する。
だが、新田部長は優杜の発言を無視して持論をさらに展開する。
「いきなり、アスワード警部のような大物に会って、気持ちの整理がつかないのもわかる。だが、新たに加わった仲間達の為にもここは先輩として少しは落ち着いてもらわないと困るな」
そう言って、不気味な笑みを浮かべる新田部長に、新しく入ってきた一年生の大半が、感動したように彼の言葉に耳を傾けていた。
その様子を優杜はため息交じりに見つめる。
この春、不人気部活に新一年生が六人も入部した。
だが、その中で天文部への希望者は二人。残りの四人は宇宙人研究部という悲惨な結果に終わった。
当然、新田部長の、宇宙人研究部の態度も発言力も大きくなる。
「さて、話を皇女殿下に戻そう」
「ここは天文部なので、夜の観測会のほうが皇女殿下より重要です」等と言おうものなら、さらに取り返しの付かないことになりそうなので、優杜は言葉をやわらかくして。
「僕らは、今夜の観測会の準備がありますので自分達はこの辺で…」
そう言って席を離れようとすると。
「部長、大変ですッ」
勢い良く扉が開かれ、鈍い明かりが差し込むと同時に、部員の菊本が入って来る。
優杜は立ち去る機会を逃して呆然と立ち尽くす。
空いている席の前まで駆け込んできた菊本は背負っていたリュックを慎重に降ろした。
「ふふふ………、やりましたよ部長」
全員の視線が自分に向いている事に気をよくしたのか、大仰な態度で下ろしたリュックのジッパーを開け、中から月刊マンガほどの大きさの箱を取り出す。
「見てください。ファインモーズの皇女様を無事にゲットしました」
箱の中にはすごくリアルに造られたティンク・カールベル皇女の等身大人形が納められていた。
「さすがは菊本研究員。やるではないか」
新田部長が褒めると周りからも賞賛の声が上がる。
「苦労しましたよ、皇女様というか、カールベル王家公認の一品ですからね」
ティンク・カールベル皇女が地球にやってくるというニュースが流れると同時に、フィギュア作製会社の社長が苦労の末、王家との交渉を制し公認を得てこの来訪に発売を間に合わせた奇跡の一品だ。
モデルとなったティンク・カールベル皇女の可愛さもさることながら、その人形のディティールの細かさに日本のオタクだけではなく、今では世界中から注文が殺到し入手困難を極めた。
ネットのや裏の世界ではその人気に便乗した紛い物まで氾濫している。
「これは幸先が良いぞ、ちょうどそのティンク・カールベル皇女様救出作戦を話し合おうとしていた所なのだよ」
機嫌よく新田部長が人形から優杜に視線を移してけん制する。
「そうです、大変なんですそのティンク・カールベル皇女様が、ご病気で倒れたって今速報でッ」
「「「「「なにッ」」」」」
半数以上が叫び声を上げ、慌ててスマホを取り出すと、各々情報ソースを確認し始める。
公式発表では確かに、ご病気で倒れて公務を中止となっているが、真相は皇女がホテルから逃げ出したとその筋の情報網が伝えていた。
「…まって、これはもしかしらチャンスかもしれないわ」
窪内先輩が顔を上げて呟く。
「どういうことだ」
「ローマの休日と言う大昔の映画があるでしょう。きっとあれよ」
「つまり、皇女様は公務の日々に心を痛められ、にぎやかな町へ飛び出したと」
「ええ、その通りよ」
「きっとそうに違いない。そして、皇女様は我々に今助けを求めているはずだ」
実際にはほぼ合っているのだが、根拠のない妄想に自信に満ちた声量で新田部長が叫ぶ。
「行きましょう部長、今すぐ皇女様を助けに」と菊本が賛同する。
「勿論だとも、諸君詳しい説明は移動しながらする。俺に付いて来い」
ガタン。
ほぼ全員が一斉に立ち上がる。
―キーンコーンカーンコーン―
タイミング良く予鈴がなると、部室のドアが再び開き。
「おい、お前等。そろそろ教室もどれよ」
顧問の天野先生が現れる。
「待ってください先生、今、俺達は人生の中で重要な選択を迫られているんです。このまま行かせてください」
新田部長が、入り口に立つ天野先生に詰め寄る。
「言っている意味がよく分からんが、とにかく教室もどれ。それと…」
天野先生は華麗に新田部長をすり抜け、菊本が大事に抱える限定フィギュアの箱をむしりとると。
「これは没収。帰るときに返すから取りに来るように」
「なぁあああああああああああ」
手元からすり抜けていくフィギュアの箱に、菊本はこの世の終わりが来たような悲痛な叫び声を上げ、その場に崩れ落ちる。
「ほら出た、でた」
天野先生は新田部長の腕を掴んで引きずり出すと、無理やり他の生徒も追い立てる。
「待ってください先生、これは世界を、イヤ、宇宙を揺るがしかねない一大事なのです。先生ッ、先生ッ………!」
全く聞く耳を持たず、天野先生は新田部長を引きずり出す。
そして、扉の向こうまで引っ張り出すと、扉越しに目線を倒れている菊本に向けて。
「とりあえず、羽咋。その倒れているやつはお前が引きずってでも教室連れて行けな」
優杜は今日もまた、己の不運を呪った。