四
*20xx/5/11-13:41
ティンク・カールベル皇女は全力で翅を羽ばたかせていた。
ラウルキンを出し抜いて、ぶらりと街中散策を始めるまでは順調だった。
悪夢の始まりはちょっとお腹がすいたので、その辺の露店で何か食べようとして、ペンダントのスイッチを切った瞬間からものすごい勢いで地球人達が騒ぎ出してしまった。
お忍びで外に出てきているのに、騒がれて居場所がバレて連れ戻されては元も子もない。
慌ててスイッチを入れて隠れるが、空腹は増すばかり。
だめ元でもう一度試すが結果は変わらなかった。
改めて、自分の存在が地球ではいかに稀有で目立つかということを思い知らされる。
なので今度は人通りの少ない所ならと行って見るが、今度は店が見つからない。
そうこう彷徨っているうちに…
「あー、もう。さっきからしつこい」
再び大歓声で、大勢に追い回される事に。
ティンクの人気知名度を鑑みれば仕方がない事とはいえ、今回の熱狂振りは昼間の繁華街とは一味違う。
-カァー、カァー-
都会の空に君臨する黒い悪魔。
カラス達に追い回される羽目に。
スピード、旋回性能、安定性、どれをとっても劣ることは無い。
一匹なら特に問題ないのだが、ティンクにちょっかいをかけてきた一匹にちょっと冷たく当たったら、一鳴きで大群が押し寄せてきた。
ファンでもなければ、会話どころか言語すら理解しない、勿論地球人払いの装置が効果を発揮するわけも無い。
「こんなことなら、色々置いてくるんじゃなかった」
警護の観点から、大抵の持ち物に防衛装置や発信機等が付いている。
当然お忍びの観光には不向きなので全て置いて来た。
身を守るすべは己の肉体と技量のみ。
「あんた達、いい加減に」
正面にカラスが回り込み挟撃の態勢を取ると、ティンクはスピードを上げて相手に突っ込み、ヒールの先で額にケリを入れる。
「しなさいッ」
悲鳴を上げて墜落していくカラスをよそにそのケリで軌道を変えて後続を振り切ろうと試みる。
しかし、討たれた仲間の敵だとばかりにさらに闘志と食欲をたぎらせカラスたちはいっせいに雄叫びを上げる。
-カァー、カァー-
「ああ、もう、誰でもいいから助けなさいよ。てか、この状況で誰も助けに来ないってなんて地球人は薄情なの」
すっかり地球人払いの装置のことなど忘れ、やけくそ気味に叫ぶ。
地球人が空を飛べない事も忘れている。
地球人から見たら今日はカラスが騒がしいぐらいの感覚だ。
一対一なら負けることは無いが、多数に追われれば最終的に体力を消耗して追いつかれるのは目に見えている。
そして、疲れで意識が緩んだ隙にカラスが急降下して爪を立てて迫ってきた。
紙一重で致命傷を避けたが、カラスの爪がドレスにかかり、体ごと強く引っ張られる。
「きゃぁ」
悲鳴と同時に、爪の鋭さと勢いで、そのままドレスが引き裂れる。
捕獲されることは回避するが、一度崩れた体勢を戻すにはスピードが出すぎていた。
コントロールを失っそのままつつじ生垣の上に墜落する。
葉や小枝がクッションの代わりをした為大怪我はしなかったが、砂埃等でドレスはすっかりボロボロに。
-カァー、カァー-
ゆっくり状況を確認するまもなく漆黒の熱烈なファンがやってくる。
カラスが飛び掛ってくる瞬間を狙って飛び立てるように、背中の羽に力をこめる。
「頭を下げて」
背後から突然声がかかる。
ティンクは慌てて身をかがめつつ背後を振り返ると、地球人の男性が黒く四角いかばんを振り回しながらティンクの横を通り過ぎる。
流石のカラスも人間が現れたので戦意を喪失したのか、急降下を止めてそのまま大空へと飛び立って行った。
「あいつ等、今度見つけたら、絶対にガマゴリン付けにしてやるんだから」
ティンクは逃げていったカラスを睨みつけ怒りを溜めて拳を握り締める。
「ご無事ですか」
地球人の少女がティンクのそばに寄ってきて声をかけてくる。
「おかげさまで、助かったわ」
一度少女の顔の高さまで飛び上がるとお礼を言う。
「…なんとか間に合って良かったよ」
息を切らしながら少年が戻ってくる。
「助けてくれてありがとう」
そう言ってティンクは小さく頭を下げた。
「いえ、たいしたことはしてませんから。ご無事なようなので、オレ達はこれで」
そう言って地球人が軽く頭を下げてその場から立ち去ろうとする。
「ちょっと、まちなさい」
慌てて少年の耳を掴み引き止める。
「あっててて、まだ何か御用ですか。ああ、このことは内緒にしておきますから」
「それは助かる…じゃなくって。聞きたいんだけど、あなた達は私が誰だかわかっているのよね」
「ニュースで有名ですからね。ティンク・カールベル皇女様でしょ。なぜこんな所にいるのかは不思議ですけど」と少女が答える。
「なのに私を見て驚きも騒ぎもしないのね。あなた達本当に地球人なの」
地球人は自分の姿を見れば騒ぎ出し、装置が働いていれば声をかけても気づかれない。
「さすがは皇女様よく分かりましたね。私はウズノメ人の留学生。でも、先輩は正真正銘の地球人ですよ」
地球人のような格好をしているが、地球人ではないのなら納得できる。
「すいません、生まれも育ちも地球です」
少年がなぜだか申し訳なさそうに応えた。
「ねぇ、地球人なら、ちょっと日本を案内してくれない」
二人はお互いに顔を見合わせると少年のほうから。
「ムリ、ムリ。日本を案内って、皇女様を案内なんてそんなすごいことムリです」
「そうですよ、皇女様なんですから、私達なんかに頼まなくても案内してくれる人がいるんじゃないですか」
「いないわよ。いたらこんな事になってないって」
「そもそもニュースで病気でお休みしているって、こんな所にいて大丈夫なんですか?」
心配そうに少年が尋ねてくる。
「病気なんてするわけないでしょ。健康だけがとりえなんだから。ちょっとラウルキンが私を騙したから、その仕返しに抜け出してきただけよ」
「仕返しって、そのまさか、無計画に飛び出して来たとか」少年が怪訝そういう言う。
「仕方がないじゃない。こうでもしないとまともに観光すら出来ないんだから。ちょっと聞いてよラウルキンがさ…」
ティンクは堰を切ったように愚痴りだし、これまでの経緯を自分都合に盛り上げて話す。
「ええと、つまり。忙しくて休みもなく働いているのに、最初に約束したことが一切守られなかったから、執事の人を困らせるのと気分転換の為に勝手に飛び出してきたと」
少年が吐き出されたティンクの愚痴をまとめ、内容を確認する。
「そうよ。だからあなた達に日本を案内してって頼んでいるの」
そう言ってふんぞり返るティンク、人に物を頼んでいるようには見えない。
「私は良いと思いますよ。それに、私も地球に来て少し経ちますけど、まだ観光ってしてないですし」
「いや、そうは言っても…」
「なに、他に何か用事があるの?」
「あるにはありますが…」
「別に大した用事じゃないから大丈夫ですよ」
「ええ、そうなの、まぁ、それなら、夜までは確かに時間があるけど、皇女様を案内なんて…」
「いいのよ別に、いけるなら何処だって。姿を現せば地球人に、空を飛ぶと怪鳥に追い回されるこの現状が変われば」
「そうですよ。またカラスに追われたら可愛そうじゃないですか。楽しく観光がしたんであって、何かすごいサプライズを期待しているわけじゃないですから」
同じ異星人だからか、少女の方がティンクを後押しする。
「いや、でも…」
「もう、何を気にしているんですか。異国から来た少女が二人、ちょっと地球を観光したいなって、地球人としてちょっと親切にしてあげるだけじゃないですか」
「そうそう、小さな思い出を一つ分けてほしいだけなの」
そう言う二人に、少年が追いつめられると。
「…わかりした、地球とか日本じゃなく、その辺でよければ」
「よし、そうこなくっちゃ。その辺で結構、ようは気分の問題なんだから。そうと決まれば早速行くわよ……。そうだ、あなた達名前は」
喜び勇んで飛び出しそうなったティンクが慌てて二人を振り返り見る。
「優杜、羽咋優杜です」
「シュズ、モトゥーリン・シュズ。地球では本居五十鈴で通してますけどね、よろしくお願いします皇女様」
「ティンク」
「えっ?」
「皇女様はなし、ティンクって呼んで」
「じゃあ、私の事もシュズと呼んでくださいね」
「ユウトにシュズね。改めてよろしくお願いね」
「じゃぁ、早速のボロボロの服装をどうにかしないと気分が台無しですよ」
ティンクは改めて自分のカッコウを見る。所々に戦いの勲章が刻まれていた。
「とはいっても、地球人のドレスなんか大きすぎて着れないわよ」
「ふふふ…そこは私に考えがございましてよ。ティンク」
「まって、その前に、暫く何も口にしていないの、のどもお腹も限界」
「なにか食べてみたいもの有ります?」
「うーん…。なんと言ったかしら…タコヤキ。そうタコヤキ」
「じゃぁ、駅前に行かないと、こっちですティンク」
にこやかに走り出す姿に優杜は呆気にとられて出遅れる。
「ちょっと、まって、本居さんに、皇女様」
「シュズ」
「ティンク」
息ピッタリに優杜へ振り返り訂正する二人を見て、優杜は精一杯遠く空を見つめた。