のんびりと自堕落に休日を過ごしていたハッテマスの元に、テレビやネットで話題のティンク・カールベル皇女様が妹分のシュズと共に助けを求めてきた。
だが、話を聞くと皇女様は監視や護衛をすり抜けてお忍びで遊びたいという。
シュズの願いを聞き届けたい気持ちと、皇女様に何かあってはと心配する気持ちに、彼女は手助けしつつ、陰からから見守ることにするのだが…
#1
一
*20xx/4/15-22:27
「今、降下船より、姿を現しました。本当に物語に出てくる妖精のようです」
報道アナウンサーが興奮気味に実況する。
降下船の搭乗ゲートが開き、護衛達が周りを固めると、少女が翅を羽ばたかせ、宙を舞うようにティンク・カールベル皇女が現れた。
浮遊警視庁の福利厚生施設の一つ、【まんぷく食堂】
二十四時間対応の警視庁の職員の為に、基本的にこちらも二十四時間経営だが、この時間の利用者は少ない。
その中央に設置されている巨大テレビにティンク・カールベル皇女様ご訪問のニュースが流れ出すと、仕込みや清掃作業をしていた従業員達が手を止めてモニターに釘付けになる。
「ハッちゃんの時も、あんなふうに熱烈歓迎だったの」
従業員の一人が、この食堂で働いている数少ないい異星人、インフェリシタス人のハッテマスに尋ねる。
「いや、いや、私達は政府の文化交流隊員で来たので、それはもう事務的でしたよ」
地球と異星人との交流が始まって早十年。
異星人だからと言うだけでは持て囃されなくなって久しい。
特別な何かが必要だった。
「ヘリアンテスなんかはだいぶ歓迎されたみたいですけどね」
「ああ、そのニュース見覚え有るわぁ」
浮遊警視庁で特殊警官として働いているハッテマスと同郷のヘリアンテス・ルクサ・イグニース。
同じ故郷の惑星インフェリシタスどころか、銀河連邦にすら名前を知られている彼女が日本に来た時は確かにニュースで盛大に取り上げれていた。
「でも、あんなに綺麗で可愛らしいなら、一目会って見てみたい気はするけどね」
テレビに映るティンク・カールベル皇女の愛らしい姿を見て、ハッテマスが呟く。
「同じ異星人のハッちゃんでもそう思うんだ。何とかお近づきになれないものかしらね。せっかくギャラクシーポリスで働いているってのに」
「仮にも一国の皇女様ですよ。会うどころか近づく事も出来ませんよ。見てください、あの護衛の数」
テレビの端々に屈強そうなSPが映る。
日本に最初に訪問されたのなら、間違いなくヘリアンテスもあの護衛の中にいただろう物々しい雰囲気だ。
今後、日本にも訪れる予定があるとかで、浮遊警視庁内部でも、警備体制をどうするのか日夜会議が行われているという。
「まぁ、世の中そんなものよね。テレビの向こうは夢の国って」
「そうそう、御伽の国なんて、小市民の私達には全く縁がないですからね。今日も美味しいご飯のためにセコセコ働きますよ」
「はぁ、現実は厳しいわ…」
しかし約一月後事態は一変する。
二
*20xx/5/11-13:11
浮遊警視庁内で民間委託施設、まんぷく食堂で働く異星人、ハッテマス・パリエース・イグニース。
今日は待ちに待った久しぶりの休日。
朝から惰眠をむさぼり、寝巻き姿のまま、チェックを入れてあるドラマやバラエティーを流しつつ、ファッション誌と女性誌をパラパラとめくる。
インフェリシタス星から地球に、日本に来て早二年、既に年季の入った一人暮らしOLの様相を呈している。
流れるような少しウェーブの掛かったセミロングの紅い髪。少し目鼻立ちのハッキリしている北欧風の顔立ちと、一見外国人のモデルの様にも見えるが、この日本社会になじみきった状態を見て彼女が異星人だと思う人はいないだろう。
ハッテマスは日本に来てからのお気に入り、買いだめで山積みにされた黒糖麩菓子の袋を一つ手元に引き寄せる。
袋を開けると、中から安っぽい黒糖の香りが広がり食欲をそそる。
今まさに至福の時と思った瞬間、スマホがヴゥーン・ヴゥーンとうねりを上げた。
このタイミングでかかってくる電話は碌な事が無いと分かっていても、無視が出来る性格でもないので、仕方なく耳元に当てる。
「もしもし、シュズだけど、助けて姉さん」
ハッテマスのことを姉さんと慕ってくるのは、同じ下宿に住む地球在住のウズノメ人、モトゥーリン・シュズからの電話だった。
「なに、どうしたの」
「今部屋」
「そうよ、ってか、助けてあげるから、事情を説明しなさいって」
「ごめん、電話口では説明しづらいから、今からそっちに行くね」
「わかった、待っているから落ち着いて来なさい」
助けてほしいというシュズの切実な声に、安請け合いして電話を切ると。
今日初めてスマホの更新履歴が目に飛び込んでくる。
思ってたより多い数字に、
「みんな仕事もせずに暇よね」と呟いて内容を確認する。
友人の浩美達からが主で、どうやらティンク・カールベル皇女殿下がホテルを抜け出して、しかも、それが町で目撃されて警視庁内が大慌てになっているという内容だった。
「あら、今日はみんな大変ね」
Allyやニュースサイトを見ながら他人事のようにつぶやくハッテマス。
確認用に見たネットでは、皇女様の体調不良の発表で公務が中止。
その後、街中で何度か皇女様が目撃されたこともあり、体調不良はデマで、実際は皇女様がこっそり抜け出して、東京の町を堪能しているのだと、【ローマの休日】ならぬ【東京の休日】がトレンド入りしていた。
どちらにしても、今日は一日引きこもってだらだらする予定のハッテマスにとっては、
「まぁ、そっちは私には関係ないか。そうだ、皇女様と言えば…」
そんな風に独り言をつぶやき、休日を満喫すべく棚から箱に入った人形を取り出す。
巷では高値で取引されていると言う、ファインモーズのティンク・カールベル皇女様のフィギュアだ。
倉林美紀が仕事の関係で手に入れたとかで、ハッテマスが人形好きなのを知っていて、プレゼントしてもらったものだ。
正確には人形が好きというより、人形に合わせた服や小物を作って着飾るのが好きなのだが、これも、ハッテマスが地球に来てから目覚めた趣味の一つだ。
魔力の少ないハッテマスの持つ魔法は小さな人形を動かす程度のものだ。
それを、故郷では伝令とか偵察に使っていて、人形を着飾るという発想はなかった。
地球に来て一番最初のカルチャーショックは着飾っている人形達だった。
それ以来、この小さな趣味にはまっていて、色々な人形の服を手作りしている。
皇女様の人形を箱から取り出し。
「うーん、皇女様は可愛いんだけど、服がいまいちなのよね」
そう言って、裁縫箱を引き寄せ。
「縫製が微妙、直すより作り直した方が早いか。でも、すぐにシュズも来るっていうし」
悩みながら、皇女様の服を脱がし始める。
無意識に下着姿にしたところで。
「はっ、結局脱がして…、やっぱり作り直そう」
そう言って、採寸を始める。
トン・トン…
ドアがノックされた音が響き、採寸に夢中になっていて、もう三十分立ったのかと我に返る。
「姉さん、いる」
「ちょっと待って、今開けるから」
そう言って、ハッテマスは何の気なしに扉を開ける。
「………」
そして、扉の前の光景に思わず、思考が止まる。
目の前には妹分のシュズだけだと思っていたら、なぜか、男の子と、ぼろぼろな状態の皇女様のそっくりさんが。
格好は寝間着姿のままだし、その後ろには下着姿になった皇女様のフィギュアがおかれていた。
そして、その皇女様そっくりさんの目線がゆっくりと自分ではなく背後に行ったような気がした。
「………」
「姉さん、ごめん」
「ああゃあああっっッ、ちょっと、十分、いや、一分待って」
ハッテマスは慌てて扉を閉めると、跳ねあがった心臓の鼓動と、浮き沈みする感情をコントロールできないまま、片付けと着替えに忙殺されるのだった。
◎登場人物紹介
※異星人の年齢は地球人に換算したものです
○ハッテマス・パリエース・イグニース
惑星インフェリシタスから逃げて日本で働いている異星人。
地球で恋人を作って幸せを手にしたいと妄想している。
○ヘリアンテス・ルクサ・イグニース
ハッテマスと同郷の特殊警官。
戦闘力・魔法力共にトップクラスだが、天然なお嬢様体質で、周りを不幸に巻き込む。
○ティンク・カールベル第三皇女
惑星シューバーリから、外交特使として地球に来た、見た目が妖精のような異星人。
公務に嫌気がさして、偶然出会った地球人と友達になり、半日だけの地球観光をしている(詳しくは「妖精」を参照)
○倉林美紀
浮遊警視庁・外事特科所属
狙った獲物は外さない凄腕スナイパー。
恋の矢はいまだに命中せず。