*20xx/6/1-18:43
日もだいぶ傾き、淡い紺色の夜空に一番星が輝きだした頃、本日のイベントも最後のバーベキューとなった。
旅館の裏手に広がる大きな祭事用の庭園にバーベキューのセットが組まれ、幻想的な夕暮れの雰囲気をかもし出す為に、電灯やサーチライトではなく。いくつもの篝火が、会場を照らしていた。
篝火の炎が幻想的な色合いが最高の雰囲気を作り出す中、各自フリーでの懇親会が開始された。
最初こそ和気藹々と始まったバーベキューだが意を決して若手インフルエンサーがヘリアンテスにアタックを始めると、我も我もと五人の男性陣が彼女を囲むように集まりだした。
すると、ムリに愛想を振りまかなくてもいいと判断した多田さんとゴールデンロッドさんが二人だけで話しこむ。
ハッテマスも含め、残った四人の女性を若手俳優と、お笑い芸人が盛り上げる。
若手俳優の山崎大和が笑顔で女性陣に話していると、先程の浩美の言葉がよみがえってくる。
「あ、あのう…」
勇気をもって声をかけようとするが、他三人の女性も負けじと、相手の気を引こうと少し前のめりになりかける。
ここで相手を押しのけてでもという、気概があれば三人に負けじと前に出でれるようなら、ハッテマスの人生ももう少し前向きだったかもしれない。
しかし故郷で散々魔力なしの役立たずのレッテルを貼られてきた彼女は、素早く身を引いてしまう悪い癖が出てしまった。
そんな状況の中、一瞬、今日ぐらいは強引に行こうか悩んだ挙句、ハッテマスは居心地悪そうに輪の中から外れていく。
「はぁ、後で絶対浩美に怒られるわ…」
ため息交じりにそうつぶやくと、少し落ち着いて周りが見えるようになり、庭園の奥に一本だけ植えられている大きな桜の樹が視界に飛び込んできた。
なんとなくその圧倒的な存在感が今頃になって気になったので、近くにいた女将に。
「あの樹は?」
「この桜の樹は当旅館の守り神なんですよ。何でも、江戸時代にこの桜の樹を見つけてここに旅館を立てって話しを聞いております。ただ、今年は残念な事に花が咲かなかったんですよ。流石にお歳なのですかね」
「へえ、そうなんですね」
さすがは女将というべきか、細かい所まで説明してくれる。
日も落ちて、篝火の明かりに照らされたその桜の樹は生命力にあふれ、青々としているように見えるが、花を咲かさないのは不思議な気がした。
ハッテマスが少し感傷に浸っていると。
「ハッテマスさん。シャンパンはお好きですか?」
いつの間にかシャンパングラスを二つ手にした、山崎大和がハッテマスの所によって来ていた。
「ええと、嫌いじゃないです」
「そうでか、それは良かった」
そう言って、山崎大和はシャンパングラスを一つ、ハッテマスに手渡す。
「ありがとうございます、ええと…」
「情けないことに、あの三人とも、彼の話術に惚れてしまったようで」
お笑い芸人の方に視線を向けると、四人で楽しく談笑しているのが見える。
「と、いう訳であまり者同士、時間をつぶしませんか」
「そういう事なら喜んで」
チンと二人はシャンパングラスを鳴らす。
ハッテマスはシャンパンで少し口を濡らして、
「地球に来てまだ日が浅くて、間違っていたらすいません。流星事変の茶畑さんですよね」
「ええ、茶畑です。嬉しいなぁ、あんな脇役なのに顔を憶えてくれているなんて」
「そんな、化学捜査官って、地球ではそんな仕事もあるんだと感心して見てました」
「僕もこの役で初めてこの仕事を知りましたよ。出番は少ないですけど、いいキャラでした」
「ほんとですね。茶畑さんもっと出番があってもよかったのに」
「ドラマ人気があったから、ひそかに続編できて、茶畑の出番増えないかと期待しているんですけどね」
「続編出来るんですか?」
「あくまで出来たらって話ですよ。なので、今回のこの企画も乗り気じゃなかったんですけど、活躍すれば、番組の宣伝にもなるかもって、参加することにしたんですよね」
「人気が出れば、配信とかで再び注目してもらえますからね。上手くいくといいですね」
「ありがとうございます。そう言うハッテマスさんも乗り気じゃないですけど、どんな理由で参加したんですか?」
「えっとですねぇ…」
ハッテマスは少し思案したのち、ティンク・カールベル皇女の事件とかは伏せたまま、今回ヘリアンテスに合コンを企画するように冗談で言ったら、こんなにもことが大きくなって戸惑っている事をかいつまんで話す。
「ははは…。ヘリアンテスさんというか、異星人の人達ってもっと近づき難いイメージでしたけど、すごく人間味があるというか、地球人ポイというか…」
「そ、そんなにおかしいですか?」
「おかしいというより、嬉しいって感じですね」
「うーん。それは誉め言葉ですか、いまいち地球人の表現が分からなくて…」
「地球人のっていうか、こう言うニュアンスを伝えるのって難しいなぁ。そうだ、ハッテマスさんって、ドラマお好きなんですよね」
「ええ、地球のドラマとか映画とか、すごく好きですよ」
「なら、お芝居や舞台に興味ありますか?」
「お芝居。見た事はないですけど」
「なら、今度、また脇役ですけど、舞台に出るんですよ、良かったら見に来てもらえませんか。テレビとかより、役者との距離が近いので、感情の機微が肌で感じられるから、きっといい刺激になると思いますよ」
「本当ですか。それは是非」
「良かった、じゃぁ、後で連絡先教えてください。チケット送りますんで、もし、その時彼氏さんがいたら、その人とでもいっしょに」
「そんな。私なんか好きになる人いませんって」
「そうかな、ハッテマスさん。器量良しだから、すぐに彼氏できそうですけど」
そう言いながら屈託のない笑顔を見せる山崎大和に、ハッテマスも今度はわかりやすい誉め言葉に今日一番の笑顔で応える。
その後二人で他愛ない会話で盛り上がったところで、
「あのう…」
ハッテマスが勇気を出してアプローチをしようとした時。
「すいません。少し前を通してください」
二人の前を通り過ぎ何やら、撮影のスタッフがあわただしく、桜の木の前に集まって何か準備を始める。
機を逃したハッテマスは少し控えめな声で、
「…なんか始まるみたいですね」
「そうですね。なにをするのか、ちょっと興味がありますね」
「じゃまそうなので少し離れませんか」
「じゃぁ、ついでに、グラスをかたずけてきますよ」
「あ、ありがとうございます」
ハッテマスは、空になったシャンパングラスを手渡す。
「では、また茶畑やれる時には、今度は僕の名前も覚えてくださいね」
山崎大和はキザっぽくそう言って、テーブルの方に向かっていった。
その後姿を、少し目で追っていたハッテマスだったが、
「さて、本日のサプライズゲスト。地元山川小学校の皆さんが、ぜひ、合唱をプレゼントしたいとやってきてくれました」
突然のアナウンスに、旅館のほうから十数名の小学生達が現れる。
全員、会話と食事の手を止め盛大に拍手をすると、先ほどハッテマスがいた桜の樹の周りに集まり。
元気な声で、挨拶をしてから歌いだす。
偶然にも最前列に居る事になってしまったハッテマスからは伺い知れないが、今日一番の笑顔を見せているヘリアンテスが居た。
「ブラボーですわ、素晴しい歌声でしたわ」
子供達が歌い終わると、勢い良く拍手をしながら歓声を上げてヘリアンテスが子供達に近づく。
「ちょっと、リア」
ハッテマスは一瞬嫌な予感がして、大声でヘリアンテスを止めようとするが、彼女を狙う取り巻きにさえぎられて、ここでも機を失ってしまう。
子供達の前に集まるヘリアンテスと、彼女を狙う男性陣。
有名人ばかりが目の前に居る状況に最初は少し緊張していた子供達も、ヘリアンテスに良いところを見せたい男性達が、優しく接するので次第に打ち解けていく。
「取り越し苦労だったかしら…」
その様子を見ていたハッテマスだったが、何も起きないことに、少しだけ胸をなでおろす。
何事もないのなら、もう一度、茶畑さんと話をしたいと思ったハッテマスは今一度彼を探して目線を泳がせる。
そんな中、子供達と談笑していたヘリアンテスに、
「ねぇ、ヘリアンテスのお姉ちゃんって魔法が使えるんでしょ」
一人の女の子がそう問いかけた。
「ええ、使えるわよ」
「あのね、この桜の樹がね、病気らしくって、今年、お花を咲かせなかったの。魔法でお花を咲かせられる?」
すると、他の子供達も。
「見たい、見たい、魔法でお花咲かせてよ」
と、口々に言い期待の目でヘリアンテスを見上げる。
「お姉ちゃんに任せて」と、自信と気合に満ちた目でガッツポーズをとると、危ないからと、皆を下がらせて。
「いくわよーぉ。見ててくださいね」
両手と肩口から何本もの赤い炎のに包まれた剣が出現する。
力強く、激しく、神々しく燃え盛る炎の剣にリクエストした子供達ならず、その光景を目にしたほぼ全ての人々が一瞬にして心を奪われた。
同時に茶畑さんを見つけたハッテマスが少し心を躍らせて、彼の元に駆け寄ろうとした時、いやな予感と、なじみのある魔力を感じて、慌てて振り返る。
「いきますわよ」
そしてヘリアンテスが気合を入れなおすと同時に、その炎の剣がいっせいに桜の樹に突き刺さる。
―!!!―
その場に居た全員が声にならない悲鳴を上げる。
だが、その炎の剣が生命力となって桜の樹の中に沈んでいくと、一瞬のうちにつぼみが付き、あっという間に桜が満開の花を咲かせた。
「「おおおおおおおおっ」」
まさかの桜を傷つけるような行動からの、満開に花開く奇跡に、ありったけの歓声が沸きあがる。
勝ち誇ったように、桜を背にして子供達に向き直るヘリアンテス。
しかし、そこに桜の樹を生き返らすには大きすぎるエネルギーが桜の中に入りきれず行き場をなくし、突風となって跳ね上がった。
その強風にあおられ、せっかく咲いた桜の花びらの一部が耐え切れず、ヘリアンテスを中心に舞い上がる。
魔力を宿した花びららがキラキラと舞い踊る中。
同じく、その強風にあおられて舞い上がった篝火の火の粉も激しく舞い踊る。
今この瞬間だけを切り取るなら、奇跡と思える光景が広がっていた。
誰もがこの刹那の幻想的な光景に心を奪われる。
「!!!」
危機感を抱いているハッテマスを除いて。
そして、その夢の世界は一瞬で、崩れ去る。
突風の中心にいた子供達や桜の樹には何も影響がなかったが、魔力というエネルギーを持った火の粉が方々に散らばり、ありえない勢いで燃え始める。
バーベキューのセットやテーブルはもちろん、参加者の衣服、撮影の機材、周りに草木にまでに燃え広がる。
火種は小さいがその数は半端なかった。
「か、火事よぉおおおッ」
この光景を唯一不安で冷静に見ていたハッテマスのこの一言に、全員が幻想世界から現実に呼び戻され。
大パニック状態での消火活動が開始された。
六
*20xx/6/3-18:03
「うーん、さすがと言うべきか、大炎上ね」
「わたしもこの結末は予想していなかったわよ」
休憩室で私物のタブレットの画面を眺めつつ、ハッテマスと、山本千尋巡査がしんみりと呟く。
画面上では、#ヘリアンテス、#合コン、#ヤラセ、#不謹慎、#リアル炎上などのワードが強調文字で飛び交っていた。
中には、#炎の奇跡、#一夜の夢なんていうワードもあるが…。
それは、参加者が撮った、桜が満開の花を咲かせた燃え広がる前の一瞬の写真も出回っていたからだが、基本的には撮影現場の火事の話題で炎上していた。
そして騒ぎに便乗してあからさまな警察批判にまで飛び火している。
「でも、さすがはインフェリシタス人よね」
「いやいや、今回のは不幸体質じゃないですって、単にリアがやりすぎただけですから」
「そうよね、何でもかんでも不幸体質ってわけでもないでしょうし、今回のは確かにリアが悪いわ」
「ううう…なんで、こうなったのよ」
二人の視線先で、ヘリアンテスが意気消沈して完全にへたり込んでいた。
インフェリシタス人の不幸体質。
科学的根拠はなにもないが、インフェリシタス人は不幸なことに会いやすいという、統計学的な証拠から付けられた不名誉な言葉だ。
だが、結果的に不幸体質とは言い切れない、過失による事故が起きてしまった。
事故のあと、当然消防と地元警察が来て今回のテレビ企画が明るみに出る事となった。
火事自体はその後一瞬で沈下され、軽いやけどと小火、そして機材の損傷程度で済んだのだが、世間に今回の企画内容が知れ渡り。
バラエティ色の強い合コン番組に、仮にも警察官の異星人の女性がピックアップされた内容がとても不謹慎だと、ネットで炎上。
そこに火事のニュースもあおる為の追い風となりすごい勢い拡散、猛威を振るった。
テレビやラジオのニュースでは小さく出火事件程度で収まったが、ネットの炎上は暫く続くことになる。
当然ながら、広報課とテレビ局の双方で企画を中止を決定するまで、まさに一瞬の出来事だ。
「だから言ったじゃない。絶対に断ることって」
憮然と紅い眼鏡越しに冷たい視線で山本千尋が切り捨てる。
「だって、合コンに勝って、子供達と番組にも出られるって…浩美が…」
今回の企画に大きくかかわっている、広報課の佐倉浩美は動かないヘリアンテスを動かす為、もう一つ飴的な企画も進めていた。
「ネットは子供のほうが見てるからな。ダメージがデカイねこれは」
「ううう、これに成功すれば次の企画はもっと子供達と触れ合えるって浩美が言うから、頑張ったのに」
「自業自得。私の言うことを聞かなかったリアが悪い。そう言えば佐倉さんは」
「目下、課長の監視下でみっちり始末書作成中です」
「まぁ、そうなるわよね。で、それが本当に出たかった企画なのね」
ヘリアンテスが涙でぬれてよれよれになった企画書を大事に抱えていたので、それを山本巡査が取り上げて見る。
【企画書 「小学生夏休み特別企画、ヘリアンテスと学ぶ、宇宙科学」 近藤俊也】
中身は数十人の小学生と宇宙ステーションで、宇宙や無重力について学んでいく、実現すればそれなりに有意義な番組になったと思われる企画書の内容が書かれていた。
ただでは首を縦に振りそうにない、ヘリアンテスをその気にさせるために浩美が入れ知恵して生まれた企画だ。
このご褒美にあっさりと釣られ合コン企画に並々ならぬやる気を見せていたヘリアンテス。
最初は嫌がるハッテマスを強引に説得し、ギャラポリ内では混ぜるな危険とされるインフェリシタス人の二人が意気投合。
このタイミングで何か起きてもおかしくない化学反応が起きなかった事に、関係者も最初はこの企画上手く行くのではと少し楽観していた事は否めない。
だが、結果的に今回の事件が、過失なのか、不幸体質によるものかは置いておいて、最終的により派手な方向で舞い上がったのは間違いない。
そして、よれよれの企画書を眺めつつ、ハッテマスが本当に残念そうに。
「これだけ見れば確かにいい番組ね。視聴率が取れるかすっごく疑問だけど…」
正直な感想を述べる。
「確かに、これなら子供達の人気も急上昇ね。まっ、合コン企画と一緒にお流れだろうけど」
「ううう…」
テレビ局のほうも抱き合わせでスポンサーを集めるつもりでいたのだろう。
今の所、その企画が中止になったとは聞かないが、今更ヘリアンテスを喜ばせるように運命の女神が微笑むとも思えない。
「でも、今回の件で一番不幸なのはこの近藤さんね」
山本巡査は企画書をヘリアンテスに返しながら、タイトルに書かれた名前見る。
「ああ、確かに、火の粉が髭にかかって、燃え広がったみたいで、なんか大事に育てていた口ひげがなくなって、やけどしているのに、髭の事ばかり気にしていたわ」
「えっ、そこ。企画が台無しにされたとか、テレビ局で上司に怒られたとかじゃなく」
「ははは…、あの落ち込みようは、今思い出しても哀れそうでした」
立場上、今回の責任者である近藤プロデューサーは火傷を負いながらも、果敢に事後処理を進めていたが、失った口髭の事をとにかくぼやいていたの思い出す。
「で、ハッちゃんのほうはどうなの」
「こんな焼け野原しか残らない合コンなんてもうこりごりですよ」
一瞬、心が動かさえた茶畑さん、山崎大和とは、結局あの後忙しくて話す機会もないまま帰ってきてしまった。
今思うと、あの時もう少し勇気を出していればと思うが、かっこいい人気俳優と自分では釣り合わないなと、今なら冷静になれて、いい思い出にできる気がする。
それでも、今日のお昼過ぎの休憩時に近藤さんがわざわざ浮遊警視庁まできて、山崎大和からだと、舞台のチケットを渡してくれた。
本人に自覚はないが、驚きとドキドキが仕事中から続いていた。
「そう言うわりには、なんだか顔がニヤついているけど」
山本巡査に少し心を覗かれたような気がしたハッテマスは、自覚がないまま、胸の奥がチクリとして、ちょっとだけ強い口調で、
「ニヤけてませんて。もう、これにりて、リアに合コンのセッティングなんて一生頼みません」
「はははっ、そういうことにしておきますか。で、結局企画できたのは勝てる合コンじゃなくて、負けない合コンってわけね」
「もう、合コンなんてどうでもいいですわ。私の特別企画、かむばーーーーっく。ですわぁああ」
休憩室からヘリアンテスの悲痛な叫び声がはるか宇宙の彼方まで突き抜けていく。
対照的に、ハッテマスはニヤけ顔のまま、そんなヘリアンテスに肩をすくめて見せた。