高岡高校に通う生徒羽咋優杜は、天文部の部長新田豊のわがままで小さな事件に巻き込まれる。
やがて全校生徒を巻き込む大惨事になるとも知らずに・・・
登場人物
・羽咋優杜(はくい ゆうと)
高岡高校二年生の地球人。
高校では天文部の活動に力を入れるつもりが、質の悪い先輩に引っ掻き回されている。
異星人がらみの出来ごとに、よく遭遇する。
・新田豊(にった ゆたか)
高岡高校三年生の地球人。
宇宙人好きが高じて、高校に独自の部活動【宇宙人研究部】なるものを勝手に立ちあげてるいる。
宇宙人が絡むと、恐ろしいまでの能力を発揮する。
梅雨に今少し#1
一
それは爽やかな春が過ぎ去り、情熱的な夏に向かっていくそんな刹那の逢瀬。
昨夜からしとしとと静かに降る雨は、朝になっても晴れることはなく、辺りを淡いヴェールに包むかのように神秘的な光景が広がっていた。
ほんの少し情緒的な朝だが、少年にとってはいつも通りの日常。
そのヴェールの向こう側で、妖艶なそれに出会うまでは。
それはまさに運命の出会いだった。
雨にさらされたその肌は艶やかに、ほんのり上気し桜色に染まり。
流れ落ちる雫が潤んだ大きな瞳に引き込まれると、その美しさに魅入られ視線を外すのも抗いがたい。
差し出された手を何の疑いもなく取ると、雨にさらされ冷え切った指先をそっと手で包み込み暖める。
少年の優しさに心を打たれのか、その柔らかな指先が優しく動いて少年の指の隙間に入り込み、しっかりと絡めてくる。
見つめ合う瞳にはお互いの瞳が映し出されると、雷よりも早く惹かれ合っていった…。
二
*20xx/6/17-07:41
「おはようござ…うぅっ」
「Ngyhaaa…」
羽咋優杜は部室の扉を開けると、聞き覚えのないナゾの泣き声と急襲してきた悪臭に耐え切れず顔をしかめ、挨拶を途中で中断する。
「な、なんですか部長この匂いは」
慌ててハンカチを出して口元を押さえつつ、恐る恐る部室の中を覗き込む。
「良く来てくれた羽咋研究員」
トレードマークの黒縁メガネを光らせ、満面の笑みを浮かべた、宇宙人研究部(天文部)の新田部長がもっと近くに来いと言う様に手招きする。
優杜は身の危険を感じ、出入り口に立ち尽くしたまま新田部長の様子を伺う。
何時もの新田部長の気まぐれ召集メールに応じて始業前に部室に来てみたが、部長の信者でり、こういう時に一番に駆け付ける筈の窪内先輩と菊本の姿すら見えない。
代わりに…
「Ngyhaaa…」
部室の奥で不思議な泣き声と共にもぞもぞとうごめく影が…
「なにをしている。さっさと入って来て扉を閉めたまえ」
躊躇している優杜に新田部長が強引に腕を引っ張って引き入れると、ピシャリと扉が勝手に閉まる。
「…!」
勝手にしまった扉に一瞬、優杜が驚くが、それよりも命の危険すら感じる悪臭に気分を悪くしてそれ以外が些末なことに思えた。
そして扉が閉まるといっそう悪臭が脅威を増した気がする。
「Ngyhaaa…」
部長の机の上に乗った蓋の開いた段ボール箱から、聞いた事の無い鳴き声が響くと見たことのない醜悪な生物が顔を出す。
体長は六十センチほど。
ナメクジかウミウシを連想させるぬめっとした質感とぶよぶよした体躯は淡いピンクに深い桜色のマーブル模様。
足元には触手のようなものがうねうねと小刻みに動いており、醜悪さを引き立てている。
さらに、左右ちぐはぐな形で、大きさの違う歪んだ瞳がギョリョリと出ていて瞬きもせずにうるうると優杜達を見つめていた。
「部長、これは…」
「うむ、良くぞ聞いてくれた。私の新しい家族のヌァーだ」
新田部長は悪臭を気にもしていないのか、既に鼻が麻痺しているのか、軽快にその生物に近づいていき得意気に語り始める。
「今朝、しとしとと降りしきる雨の中、いつも通り裏山を抜けていたら、可愛そうに、雨に打たれて凍え、震えていたのだ。このまま雨ざらしではあまりにも可愛そうだと思い、そして、その愛くるしい瞳に見つめられ、このように保護…、いや、運命の出会いを果たしたのだ」
「ええと、その…」
もはや何処から突っ込めばいいのか…。
校則違反の裏山からの通学。
学校関係者以外立ち入ることのない裏山に、雨の中なぜこの生き物はいたのか。
この生物の気味の悪い瞳を見て愛くるしいと思えたのか。
この生物を保護して学校まで持って来ようと思ったのか。
既に家族と呼び、ヌァーと親しく呼んでいるのか。
と、他にも言いたいことは山ほど有るが、
「部長、一応確認ですけど、これ、地球外生命体、異星生物ですよね」
「もちろんだとも。まさか宇宙人だとでも思ったかね」
「いえ、ならばまずはギャラポリか保健所に連絡を」
そう言ってスマホを取り出した優杜の腕をガッツリと掴み。
「待ちたまえ羽咋研究員」
非力な部長と非力な優杜の虚しい力比べが幕を開けつつ。
「部長ならわかってますよね。外来生物、異星生物を許可なく飼うのは違法だって」
「確かに、自分も色々と考えた。一市民としてギャラポリに連絡を取り、きちんとした手続きを踏むのが一番なのではないかと、まぁ、ついでにギャラポリの特別任官警官が来てくれればと思わなくも無かったが…」
「でしたら」
「だがこの子の、ヌァー気持ちを考えてみたらそれではダメだと気づいてしまったのだよ」
黒ブチ眼鏡をきらりと光らせ部長がそう断言する。
「いや、意味がわかりません」
「ヌァーを家族として養っていたであろう人達が、どんな理由があってこの子を裏山に捨てたのかそれは分からない。だが、突然家族と別れ捨てられたこの子の気持ちはどうなる。このつぶらな瞳の奥できっと今でも家族の事を想っているに違いない。だから、私はなんとしても、ヌァーの家族を見つけてやると心に誓ったのだ」
スマホを持つ手の攻防をしながら、新田部長が熱量たっぷりに語る。
しかも、ハンカチで口元を覆っている優杜に新田部長は両手で応戦を始めた。
「それって、あわよくばその飼い主の異星人と仲良くなりたいって魂胆が見えるんですけど」
「ふむ、否定はしない。だが、この子の気持ちも考えたことも事実」
「いや、だったら飼い主の捜索をギャラポリに任せたほうが」
「そんな事をしてみろ、飼い主には刑罰が科せられ、最悪ヌァーは家族と別れて暮すことになるのだぞ。ならば、最悪を想定して私が新たな家族になるこれが一番だとは思わないか」
現在では未だ多様な観点から、日本国内では個人的に異星生物を飼うことは認められていない。
異星人が家族として一緒に地球に来る場合があるが、地球上での管理には色々制約があり、このように勝手に捨てたり、過って脱走などされた場合、被害が無かったとしても処罰が課せられる。
「確かにそうですけど…、部長、他にまだ何か隠してませんか」
「中々鋭いじゃないか、私のアカシックレコードにも、銀河連邦の生物サイトにも名前と小さな映像しか載ってないのだ。つまり希少種」
「なおさら、ギャラポリに任せましょうよ。何かあってからじゃ遅いんですよ」
「こんな機会を逃したら、二度と触れ合えないかもしれないのだぞ」
「それに窪内先輩達はこれを見てどうしたんですか」
自分が多数派であることが確認できれば説得もしやすく、援軍を呼べると思った優杜は今ここにいない他の部員の名前を出す。
「奴らは皆扉を開け匂いをかいだ瞬間に逃げ帰った。部室の中に入り、ヌァーを確認したのは羽咋研究員、貴殿が最初で最後だ」
一応再度メールで呼び出したのだが、ナゾの悪臭がある限り無理と全員に全力で拒否られている。
「だったらなおさら…」
他の部員が本能で危機を感じて逃げ帰っていくような生物をそのままにはしておけない。
そう思ってハンカチで口元を抑えていた手を離し、両手で新田部長に対抗する。
互いに四つ組になっての力比べになり、スマホを持つ手に再度力をこめて部長を振り払おうとする。
「Ngyhaaa…」
「なっ」
部長がヌァーと呼ぶ生物が喧嘩はダメとばかりに、段ボールの外に出てきて、攻防を続ける二人の腕に触手を伸ばして絡めてきた。
そのまま純真そうな瞳を二人に向ける。
その奇妙な触感に驚いて優杜の力が抜けると、押し返していたはずの形勢が再び逆転してしまう。
「Ngyhaaa…」
「みたまえ、ヌァーもこうして懇願しているだろう。こんな可愛い生き物を無慈悲に見捨てるというのかね。家族を、飼い主を探してやろうと心優しい人間、いや地球人なら思うはずだ」
「Ngyhaaa…」
すると相槌を打つかのように鳴いた。
「一緒に家族探しに協力してくれ。羽咋研究員」
「Ngyhaaa…」
相変わらず、何を言っているのかよく分からないが、無垢な瞳に見つめられたまま鳴かれると、何故か助けてと懇願しているように感じるから始末が悪い。
そこに、キーンコーンカーンコーンとHR開始の予鈴が鳴る。
「わかりました、今日の放課後二時間だけ手伝いますから」
「ほんとかっ」
「ただし、それでダメな場合は即ギャラポリに通報しますからね」
「………」
「………」
それでも何か言いたげな新田部長を少し強めの目力で優杜が押し込むと。
「…うむ、この際やむを得ないか。自分もそこで諦めよう」
いまひとつ信用はないが、優杜としては最大限の譲歩をして見る。
そこでようやく新田部長が手を離すと同時に、ヌァーの触手が何本も伸び優杜の腕に擦り寄ってくる。
「ずいぶん懐かれているみたいだな」
新田部長は懐いてくると可愛いだろうと言いながら優杜の協力に笑みを浮かべた。
「いや、ただの気まぐれですよ多分」
そういって、無理やり引き剥がしてダンボールの中にその生き物を戻す。
そして、ヌァーにつかまれていた腕を鼻先に持ってきて思いっきりむせ返る。
やるんじゃなかったと後悔するほどの恐ろしい悪臭だ。
これは本鈴が鳴り終わる前にしっかり腕を洗わなければと、優杜はそのあとで教室に入った時のクラスメイトの冷たい視線を想像しながらため息をつく。
「この匂い、普通の石鹸で取れるんだろうか……」