ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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梅雨に今少し#2

     三

 

 *20xx/6/17-12:06

 

「部長、買ってきましたよ」

 

 そう言って優杜は部室のドアを恐る恐る開けると、ムワッと独特の悪臭が鼻先を皮切りに、全身を隈なく襲う。

 覚悟をしてここまで来たが、実際対峙すると、鼻の奥はねじれるような刺激があり、咽にへばりつくような感覚、そして胃の奥から拒否反応を示しように何かがこみ上げてくる。

 このまま荷物を置いて回れ右をしたい衝動に駆られるが、何時もとは違うすばやい動きで新田部長が優杜詰め寄ると。

 誰かに背中を押されるような感触と共に、新田部長が優杜の手を掴み強引に部室の中に引っ張り込む。

 ピシャリと、軽快な音を立てて扉が勝手に閉まり、優杜は背中に言いようのない寒気を感じる。

 

「待っていたぞ、羽咋研究員」

「部長、今勝手に後ろの扉が閉まりませんでしたか?」

「はぁ、何を言っている、こんなおんぼろ校舎の扉が自動な分けないだろう。大方ヌァーに合いたくてたまらなくなって、自分で閉めたんじゃないのか」

 

 新田部長のぞんざいな回答に、優杜は恐怖心を自覚しながら、ゆっくりと後ろを振り返る…

 閉めた覚えのない扉が勝手に閉まっており、未だに背中に誰かに押された感触が残っている。

 優杜は辺りを見渡すが、特に何もなく、恐怖心からかなぜか視線だけを感じていた。

 

「…そ、その異星生物、超能力を使うとかないですよね」

「自分の知る限りはないが、まぁ、宇宙は広い、このヌァーにそんな能力があっても不思議じゃないがな」

「Ngyhaaa…」

 

 奇妙な泣き声でタイミングよく返事みたいに声を上げられると、ますますこの生き物が不気味に見えてくる。

 

「おい、何時までも突っ立ってないで、適当に座りたまえ」

「いちおう、メールの通り買ってきましたけど」

「ご苦労、お代は出世払いで頼む」

 

 優杜は購買の自販機から新田部長に指示されたものを詰め込んだビニール袋を手渡す。

 中には雪見大福やアルフォート、ビスコなどのお菓子が詰め込まれていた。

 新田部長は優杜の持ってきた荷物を受け取ると、お代は出世払いでと言いながら、優杜のギャラフォンに入金された事が表示され、小さく音が鳴る。

 

「…で、何か分かったんですか?」

 

 諦めて椅子を何時もより少し後ろ目に引いて腰を下ろすと、電子マネーの入金を確認する。

 

「うむ、あれから色々親睦を深めてな、どうもお餅みたいなものが好きだということが分かった」

 

 そう言って、買って来た袋の中からまず雪見大福を取り出すとヌァーの前に差し出す。

 本当にそれが好物らしく、目を輝かせていそいそと食らいつく。

 

「おお、みろ、今日一番の食べっぷりだぞ」

 

 本気で可愛がっている新田部長と異星生物の光景に、優杜は一瞬、心を和まされる。

 そんな和んでいる自分に気づき、慌てて現実に戻ると。

 

「それで、飼い主に関して何か分かったんですか?」

「あれから、色々と検索をかけてみてみたり、信頼できる知り合いに聞いてみているのだがさっぱりでなぁ、いま、ハッキングするか悩んでいる所だ」

「ハッキングって、部長…、それは立派な犯罪ですよ、異星生物の保護どころじゃない」

「ふむ、この場合、どこにハッキングするのがよいのかわからなくてな、検疫関係なのか、防疫関係なのか、それによって管轄する役所も変わるからな。なので先程からどうするか本気で悩んでいる」

「いや、そこ悩むところですか。ってか、授業は?」

「あん、この一大事に、そんなもの出る必要あるのか」

「いや、これから受験で大変でしょう」

「授業はつまらんし。まぁ、今の所行きたい大学も決めかねてるからなぁ」

 

 大学受験に失敗することなど微塵も考えてない口調で、二個目の雪見大福を容器から出してヌァーに差し出す。

 簡単にハッキングするかと言うような人は、周りに言われて記念にと東大を受けてあっさり合格し、好きな学問やら教授がいるからと地方の大学に行ってしまう、そんな噂を思い出しつつ、目の前にいる人物を優杜は見る。

 今の授業についていくのが精一杯の優杜にはそれが羨ましく思う。

 

「あと、もう一つ分かったことは」

 

 そう言っていつの間にか窓際に張り付くように置かれた机の上にヌァーを連れて行く。

 するとヌァーは嬉しそうに触手を躍らせて少し開けてある窓から降りしきる雨の中へ頭を外に出して。

 

「Ngyhaaa…」

 

 雨が好きなのか、濡れやり湿ったりしている所が好きなのか、元気良く雨に打たれている。

 

「な、元気になるだろう」

「部長、もしかして雨の中捨ててあったのではなくて、そういう場所が好きなので、偶々いたのでは」

「偶々で関係者立ち入り禁止というか、普通に入ってこない人気のない裏山に、放置していくものか」

「まぁ、ほら、その辺は異星人ならではの常識や感性がそこにあるというか…」

 

 一瞬、校内の異星人である、天野先生と五十鈴が頭に浮かんだが、二人がこんな風に無責任なことを、特に新田部長を喜ばせるような事をするとは思えない。

 

「ふむ、つまり、宇宙好きな自分の事を見ていたファンが、自分とヌァーをめぐり合わせる為に置いたと」

 

 何処からそんな好意的解釈が出来るのか不思議だが…

 

「そんなわけないでしょ、ほら、先々月も電柱がなくなる謎の事件が有ったでしょ、きっと俺達地球人には理解できない何かがあるんですよ」

「仮にそうだとして、家族がいなくなったら心配して何かアクションを起すものだろう。だからきっと特別な事情があるに違いない」

「いや、起しているかもしれませんよ、そもそも部長が勝手に連れてきたんですし」

「勝手には連れてきたが、一応現場には私の携番を書いたメモを置いてきた。ちゃんと日本語と英語と銀河連邦語で。その辺は抜かりない」

 

 新田部長が黒縁メガネのブリッジを押し上げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 その自信ある表情に、きっと紙もインクも濡れても平気なやつを使用しているのだろう、無駄にスキルが高いから困り者だ。

 優杜は他に説得できる方法はないかと考えてみたが、特に思いつかず、新田部長に太刀打ちできる気がしない。

 学年の違いとか、生きてきた環境とかではなく、恐ろしい壁があるようにすら思える。

 

「そもそも、部長はなんでこの学校を選んだんですか」

 

 決して偏差値が高い学校ではない高岡高校に学区外から来ている人は少ない。

 新田部長も優杜も学区外からきている少数派だ、新田部長の学力ならもっと上の高校に進学していてもおかしくはない。

 

「ふむ、しいて言うなら、砂町銀座が近いことと、天野がいるからかな」

 

 異星人街として有名な砂町銀座が近いのはよく分かるが、ここで天文部の顧問の天野先生が出てきたのは驚きだった。

 優杜もかつて天野先生との出会いで、この学校に来ようと決めた経験を持つからだ。

 

「天野先生ですか…」

「まぁ、若さゆえの過ちってやつだ。中二病をこじらせて宇宙人や宇宙生物にちょっかいをかけていた時期があってな、その時に天野に捕まってたしなめられたのさ」

 

『異星人も同じ宇宙に住む生き物だから、君の好奇心や興味があふれているのは分かるけど、もう少し敬意と節度を持って接しないか』

 

「…って、な。それに、天野のヤツ、高校の教師にしとくのはもったいないぐらい、宇宙や宇宙人のことに詳しいんだ」

「確かに…」

 

 優杜自身、五十鈴の件で天野先生が異星人だと知らされなければ、ただ単に異星人や宇宙に詳しい先生だなと思っていただろう。

 

「だからこの学校に来た。そして、ヌァーが困っている所に遭遇した。つまりこれこそ必然。さらに運命の出会い」

 

 そう言ってヌァーを抱きしめると、ヌァーもそれに応えるように嬉しそうに鳴いた。

 

「Ngyhaaa…」

 

 一瞬、感動して心を動かされたこの気持ちを返せとばかりに、優杜は心の中で悪態を付く。

 

「前から気にはなっていたんだすけど、天野先生の言葉はちゃんと異星人なのに、部長は宇宙人を使うんですね。それに、良く考えたら宇宙人研究部だし」

「何を言っている、異星人にしたら人類が仲間はずれじゃないか。だから全部まとめてで宇宙人研究部でいいんだよ。それに、流石に今の自分ではこの宇宙の外の世界の事までは追求できないしな」

 

 新田部長の言葉に、そもそものスケール違いを感じてしまう。

 この人だから簡単にこの奇妙な異星生物をうけれれるんだろうと、たとえそこに私欲があったとしても。

 

「Ngyhaaa…」

「おお、ヌァー。お前もそう思うか。うむ、うむ」

 

 奇怪な異星生物を抱きしめながら、すごいことを言う新田部長を見ていると、優杜はヌァーと目が合う。

 

「………」

 

 普段と違うデレデレな新田部長がいるからか、優杜も無自覚になんだかヌァーが可愛いなと思ってしまっていた。

 

「とにかく、ハッキングはしないでくださいよ。放課後は自分も探すの手伝いますし」

「働きに期待しているぞ、羽咋研究員」

「じゃぁ、自分は授業があるから戻りますけど、無茶しないでくださいよ」

「まかせろ、犯罪すれすれで我慢する」

 

 ぜんぜん安心できないが、もはや誰も止められないだろう。

 教室を出ようとする優杜に向かってヌァーが向きなおり、触手を動かして手を振って送ってくれるような動きをした。

 

「Ngyhaaa…」

 

 思わず釣られて手を振る優杜。

 既にヌァーの容姿も臭いも気になっていない自分がいる事には気づいてはいなかった。

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