ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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梅雨に今少し#3

     四

 

 *20xx/6/17-13:31

 

「キャアアアアアアアアアッ」

「羽咋大変だヌァーがッ」

 

 女生徒の悲鳴と新田部長の焦った声が同時に教室に響き渡る。

 窓側には半開きの窓ガラスから張り付くように顔を覗かせる異形の生物。

 廊下側には突如現れた上級生。

 どちらを最初に見たかで反応はさまざまだが、半数が見た異形の生物に一瞬のうちに教室がパニックに陥る。

 

「ぎゃぁあああ」

 

 女生徒の一人が叫びながら教室を飛び出すと堰を切ったように担当の先生と生徒達が新田部長が開け放った扉から次々に逃げ出す。

 その抗えない人波の中から新田部長が同じ宇宙人研究部の中山を確保しようと腕を伸ばすが、掴みきれずにはじかれてしまう。

 恐慌状態が終了すると、いつの間にか教室の中にヌァーが入って来ており、教室には優杜とヌァーだけが取り残されていた。

 ヌァーはゆっくりとした足取りで、優杜の足元まで這いより、教室に入ってきた新田部長を歓迎するかのように頭の触覚がひくひくと動く。

 

「会いたかったぞヌァー」

 

 差し出された触手を手に取り、握手のように新田部長が小刻みに振る。

 

「本当にスマン、ちょっと手洗いに行っていた間に一人にさせて、寂しかったんだな」

 

 傍目に見てれば感動の再会のように見えるが、事態は一気に急変した。

 

「で、どうします。そろそろというか、もうぜんぜん隠せないと思うんですけど」

「何を言う、家族探しはこれからが本番だぞ。それにバレてしまったのなら堂々と学校をサボれる」

「まさか、それを抱えて街中に出るつもりじゃないでしょうね。そんなことしたら今以上にパニックですよ」

「安心しろ、人目に付きにくいように偽装はするさ。誰かにヌァーを奪われたらそれこそ一大事だからな」

「いや、そういう問題じゃなくてですね…」

 

 この異星生物と心を通わせている気になっている新田部長にはきっと優杜の言いたいことは伝わらないだろうと言いよどむ。

 

「おい、お前等。いったいこれは、うっ…」

 

 騒ぎで駆けつけた別の教師が、悪臭に顔をしかめ、怪物の容姿に目を背けてたじろぐ。

 

「チッ、もう教師が来やがった。ずらかるぞ羽咋研究員」

「ずらかるって何処へ」

「部室だ。外に出るのに準備は必要だ」

 

 ヌァーを抱えて新田部長が教室を出ようとすると、廊下には様子を見に来た教師と、野次馬と化した生徒達で溢れ返っていた。

 

「おお、ヌァー、お前の美しさを見にこんなにもみんなが集まってきてくれたぞ」

 

 予想外の観衆に新田部長が気分をよくして、みんなに見えるようにヌァーを高々と持ち上げてみせる。

 大小二つの歪んで濁った瞳。じめっとしたピンク色の肌。触手がうねうねと不気味に動き…

 

「Ngyhaaa…」

 

 全員がその怪物を見たその直後、わずかな静寂の後に…

 

「キャァアアアア」

「ぎぃやぁああああ」

「うぁあああああ」

 

 悲鳴を上げてその場から逃げ出す。

 ある者は教室の中に入って引きこもり、ある者は廊下を全速力で走って階段を下りる。

 

「ふむ、分からん。こんなにも美しいのに。なぁ、羽咋研究員」

 

 優杜には逃げ出した教師や生徒の気持ちが痛いほど分かった。

 だが既にヌァーに対して何の抵抗もない自分がいる事実を消してしまいたいほどに。

 

「……、いや、部長そんなことよりも急いで部室に」

「おおそうだ、こうしてはおれん」

 

 新田部長の問いには別の切り返しで逃れる。

 どたばたと普段の運動不足を隠せない不恰好は動きで階段を駆け上がり、部室の中に駆け込む。

 ヌァーを窓越しの机の上に置くと、嬉しそうに半身を出して雨のシャワーを楽しみだす。

 それだけ見ていると、ごく普通の小動物のように見えるから性質が悪い。

 

「なにボーっとしている、羽咋研究員も準備したまえ」

 

 何処から取り出したのか、雨合羽やタブレットやらを机の上に並べ始める。

 

「待ってください、俺の荷物は全部教室ですよ」

 

 優杜はそう言ってから、付いていく気になっていた自分の気づき、ショックを受ける。

 ウゥゥゥ…、ウゥゥゥ…。

 開けていた窓からパトカーのサイレンが飛び込んでくると、校庭に赤色灯を回しながら入ってくる。

 

「チッ、公僕どもめ、もう来やがったか」

 

 新田部長は黒縁眼鏡越しに忌々しく校庭を見下ろす。

 

「そろそろ諦めて、その子を渡しましょうよ」

「くッ、血も涙も無い公僕などに我々の家族を引き裂かれてなるものか」

 

 そう言って、パトカーから降りてくる警察官から見つからないようにする為に、ヌァーを抱きしめながら部室の奥に引き下がる。

 

「Ngyhaaa…」

「ヌァーもそう思うか、そうか、そうか」

「部長の気持ちは痛いほど分かりますが、その子の為にもこのままはマズイでしょう」

 

 新田部長の気持ちなど一ミリも分からない、むしろ分かりたくなどないが、同情した振りで説得を試みる。

 

「確かにマズイ。羽咋研究員今すぐドアを押さえるんだ」

 

 再び手も触れていないのに扉がピシャリと閉まる。

 

「えっ!」

 

 優杜は独でに閉まった扉に驚き、部室の奥に少し下がる。

 そして、また誰かに見られているような視線を感じた。

 新田部長はヌァーを抱えたまま、扉越しに移動し、あらかじめ準備していたつっかえ棒や、ナゾの金具でドアが開かないように固定する。

 

「これは一体何の騒ぎ…、おい、新田に羽咋。さっさとドアあけろ」

 

 顧問の天野先生が部室に駆けつるが、ドアが裏から閉じられガタガタとゆれる。

 

「ふうぅ、間一髪間に合った」

「やっぱり勝手に扉閉まりませんでした。ってか、天野先生が来るの分かったんですか?」

「足音で誰が来るかぐらいわかるだろう。それより勝手にパニックになってないで羽咋研究員も押さえるの手伝え、振動で外れたら元も子もない」

 

 恐怖と動揺で完全に我を忘れて突っ立っている優杜に新田部長が叱咤するが、完全に彼の思考は停止したまま動く気配はない。

 部室の出入り口は二つあったが、片方は立て付けが悪く、内側から鍵もかけれる。

 ここを押さえれば当面の危機は回避されるが、逃げ出すことは不可能になった。

 雨の中四階の窓から逃げるのは流石に自殺行為だ。

 

「おい、中にいるんだろう。さっさとドアを開けろッ」

「あっ、えっ…」

「と、いうか。この臭いはなんだ」

 

 天野先生がドアをゆすりながら大声を上げる。その声に優杜の意識が呼び戻された。

 慌てて優杜は新田部長を押さえて天野先生を招き入れようと、新田部長に手が伸びるが、何者かに肩をつかまれて動きが止まる。

 驚いて自分の肩を触るが、残っているのはつかまれた感触のみ。

 恐ろしくなって躊躇っていると、新田部長に鋭く睨まれて、そのまましり込みしてしまう。

 

「おい、羽咋、これはどういうことだ。説明しろ」

 

 天野先生が扉をあけるのを諦め、ガラス越しに説明を求める。

 

「羽咋研究員。何も言う必要はないぞ」

「実はですね…」

「くっ、裏切ったな羽咋」

 

 新田部長は黒縁メガネ越しに恐ろしく侮蔑をこめた視線を優杜に送る。

 扉を押さえたまま優杜の妨害までは流石に手が回らない。

 一応、周りの状態を警戒しながら、

 

「裏切ってませんよ、その子の為にもこれが最善です」

 

 と、少し声を荒げ虚勢を張って、優杜は超能力を使うかもしれないヌァーを警戒しながら天野先生にこれまでの経緯を話す。

 先ほどの警察官が来たのだろう、廊下から少し大きな足音が近づいてくる。

 

「Ngyhaaa…」

 

 新田部長の不安を感じ取ったのか、悲しそうな泣き声をあげた。

 

「おお、すまん。私がしっかりしなければ」

「そうだ、新田がしっかりしていれば、こんな事態にはなってなかった。もう気が付いているんだろう、賢いお前なら」

「………」

「さぁ、扉を開けてその子を渡すんだ。既に警察も来たし、直ぐにギャラポリも来る。その子の存在がどれだけ危険か分からないお前じゃないだろう」

「ヌァーは危険じゃない。ヌァーを私欲に使おうとしているやつらが危険なんだ」

「ちょっと待ってください。見てくれも悪くて、臭いもすごい変な生き物ですけど、そんな危険なんですか?」

 二人の会話についていけず、状況が飲み込めない優杜が割って入る。

「簡単に言うと、生きていて囲うことの出来る座敷わらしだ。身近な人に富と栄光をもたらすといわれている。だから狙っている犯罪者も多い」

「まさか部長…、そのことを知っていて」

「知っていたさ、だが、ヌァーを愛し家族になるか、ヌァーを本当の家族の下に返そうとしていたことも偽りのない答だ」

「知っていて、知っていてその幸運にすがろう気持ちがなかったとは言わせませんよ」

「………、すまん、期待してました。そう、ちょっとだけ、ちょっとだけだぞ」

「それじゃ、さっき部長が非難した連中と同じじゃないですか」

「Ngyhaaa…」

 

 新田部長の腕の中でヌァーが不思議な響きで声を張り上げた。

 悲しんでいるのか、哀れんでいるのか、呆れているのか、優杜と新田部長には計り知れない。

 

「すまん、ヌァー、もしかしたら、お前は自分の事を本当に家族と想っていてくれたかもしれないのに」

 

 新田部長はドアを押さえていた手を離し、懺悔の念をこめてヌァーを抱きしめる。

 

「その子にどんな事情があるか分かりませんが、部長が本気になればきっと何時でも会いに行けるようになりますよ」

 

 そう言って優杜が新田部長の肩ととヌァー背中に手を置く。

 

「だから、今回は騒ぎになりましたし、あとは然るべき人に任せましょう」

「ううう、すまん。ヌァー。私が力不足なばっかりに…」

「Nu NgyhaaaAAAA!」

 

 新田部長が涙ながらにヌァーに謝ると、それに応えるようにヌァーも大声で泣いた。

 すると大小それぞれの歪んだ瞳から涙がにじみ出る。

 にじみ出た涙は、ゆっくりと丸みを帯びると、キラキラとこの世のものとは思えない優しい光纏う。

 その美しくも切ない涙に優杜もつられる様に目頭を熱くさせる。

 するとヌァーから流れた涙はやがて光を中に閉じ込めた透明なビー玉の様に丸くに結晶化し、大きな瞳から流れた二粒の涙は澄んだ音を立てて床に転がり、小さな瞳から流れた複数の欠片の様な涙は床にぶつかる前に世界に溶け込むように消えていった。

 そんなヌァーの涙ぐむ瞳を見た新田部長は、自身の涙で顔を汚しながら何か決心したかのように唇をかみしめると。

 

「…たしかに、今回の件は初めて出来た友に、いや、家族に感極まり、我を少し、少しだけ忘れていたのかも知れん」

「部長…」

 

 そう言って、新田部長は涙をぬぐいもせず、ヌァーを抱えたままガラス越しの天野先生に向き直る。

 

「天野。一つだけ条件がある。絶対に悪いやつらにヌァーを攫われぬように、エキスパートであるアスワード隊に引き取りに来て貰う様手配を頼みたい」

 

 一介の高校生が警察組織最高峰の特殊部隊、アスワード隊を呼びつけるなどおこがましい事この上ないが、真剣な表情で窓ガラス越しに新田部長は天野先生を見返す。

 天野先生は小さく頷き。

 

「わかった。着た警察官に事情を説明して、出来るだけ交渉してみよう」

 

 そう言って、天野先生は扉を開けようとしていた手を緩めた。

 

 

 

 

     五

 

 *20xx/6/17-16:51

 

「行っちゃいましたね…」

「ああ、そうだな」

 

 程なくして、アスワード警部自ら筆頭にアスワード隊がヌァーを引き取りに来た。

 通報を受けたギャラクシーポリス内で事態を重く見たため、本来指名しても来る事のないアスワード小隊に緊急出動となった。

 最初ヘリアンテスがぜひ引き取りに行きたいと強く願い出る場面もあったが、不幸体質×幸運生物の化学反応(?)にどんな作用が生まれるか分からないとのことで棄却されている。

 言い分が通った新田部長は抵抗する事無く、ヌァーをしっかりとアスワード警部に託した。

 優杜的には新田部長はあれほど憧れている異星人が来たのに冷静だったのが不気味で怖かったぐらい。それはスムーズに行われた。

 その後、アスワード警部がヌァーを連れて帰ると、新田部長と優杜はギャラポリ、警察の事情聴取を受け。

 最後に先生達から説教を喰らい。

 新田部長は停学3日。優杜は厳重注意処分が言い渡されると、やっと解放となった。

 そうして、ようやく片付けの為に部室に戻ってきた所だ。

 あんなに酷かった悪臭すら、既に部室にはなく、痛んだ段ボール箱と、ヌァーが好きだった窓越しに置かれた机、空いた雪見大福の容器など、新田部長には忘れがたき思い出の光景が残っていた。

 感慨深げに新田部長は部室を見渡す。

 優杜はそんな新田部長をそっとしておこうと、一人部室の片づけを始める。

 片づけ始めると、異臭だけではなく、時々感じていた視線もなくなっているのに気づき、全てヌァーの超能力かなんかなのかと思ってしまう。

 そう思うと片付けしながら優杜も少しだけ寂しい気持ちになってきた。

 

「さぁ、祭りは終わりだ。さっさと片付けて帰るぞ」

 

 片づけながら気持ちが揺れていると遅れて天野先生もやって来る。

 

「天野、それでヌァーは」

 

 ヌァーをアスワード警部に預けた際、無事に飼い主の元に帰れそうか訪ねていた新田部長は最後までアスワード警部と話していた天野先生にその後の動向を訪ねる。

 

「あの後、あの子が居なくなった惑星の施設と連絡がついて、無事に故郷に帰れるそうだ」

 

 天野先生の言葉に、新田部長がそっと胸をなでおろす。

 

「そうか、無事に帰れそうか…」

「良かったですね。部長」

 

 天野先生は手帳から挟んでいたメモ紙を取り出すと、新田部長に手渡す。

 

「行先の施設だ、少し遠いが二人が来たら話を聞いてもらえるようにお願いしていてくれるそうだ」

 

 書かれたメモに、銀河の地球と反対側にある惑星の名前と、保護団体の名前が書かれていた。

 その惑星の野生生物保護活動をしている団体の名前を見て、新田部長は何体ものヌァーの家族がヌァーを出迎えてくれる様子を想像して黒縁メガネを持ち上げ目頭を押さえる。

 

「ありがとう天野。羽咋研究員いつか二人でヌァーに会いに行こうな」

「………」

 

 優杜は今回の騒動で巻き込まれた疲れもあって、その誘いには即答せずに、何とも表現しずらい表情をする。

 

「それと、アスワード警部からで。これはお前たちが持っているべきモノだそうだ。大切にするようにと言っていた」

 

 そう言って、二人の掌に小さなビー玉サイズの透明な宝石のようなものを手渡す。

 ヌァーから零れ落ちた涙が結晶化したものだ。

 今も、その中心で淡い光が輝いていた。

 一応危険かもしれないとのことで、一度はギャラポリに預けたものだが、アスワード警部の判断で二人に託された。

 

「…部長これ」

「ああ、ヌァーが残して行ってくれたんだ。きっと友情の証に…」

 

 新田部長は愛おしそうにその宝石を見つめると、何かを決意したように握りしめ、ヌァーが顔を出していた窓越しに空を見上げる。

 いつの間にか雨は止み、澄み切った青空が広がっていた。

 そこに美しい光を集めたような虹が架かっている。

 それはヌァーと心を通わせた懸け橋のように永久に心の中に描かれるのだった。

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