一週間後 総武高校 テニスコート
「お前ら、二人組作れ」
本日の体育はテニスである。体育のテニスと言っても試合をする訳でもなく、準備体操が終わったら自由にペアを組んでプレイするだけのゆるゆるなヤツである。
「さーて、俺は良い感じにサボ」
「はーい、比企ヶ谷ー。お前は俺とやるぞー」
サボる為の口実、大方「調子悪くて迷惑かけるかもしれないんで、壁打ちでも良いですか?」的な事を体育教師に言おうとしていたのであろう比企ヶ谷の肩を掴み、そのまま一緒にプレイする。
「桑田、俺は調子が悪いんだが」
「そうか。にしてもおかしいな。お前って、こういうペア作れ的な体育だと、いっつも何かと理由付けて1人でいるし、その殆どが「体調が悪い」的な事を言い訳にしてたよな?」
「うぐっ」
いくら比企ヶ谷とて、戦場で鍛え抜かれた観察眼の前には無力である。確かに教師や他の生徒にはバレない程度には言い訳の仕方、演技共に上手い。だが長嶺の目を誤魔化せる程の名演技でもないのだ。
「何も取って食おうって訳でも、先生に突き出そうって訳でもねーよ。お前と同じく「余り物」だから、一緒にやろうぜってだけだ」
「はぁ、わかったよ。やりゃ良いんだろ、やりゃ」
「そうそう。そうこなくっちゃ」
意外とノリノリな長嶺に連れられ、余り乗り気ではない比企ヶ谷。しかし時すでに遅く、コートは既に埋まっていた。
「これ、どうする?」
「大人しく壁打ちだな」
「プレイしたかったんだがなぁ」
仕方なく壁打ちしながら世間話を始める。尚、体育教師から文句を言われたが、長嶺が「楽しくプレイしてるのに、横から邪魔する訳にもいかんでしょう?」と言って追い返した。
「にしても、お前なんで、先週休んだんだ?」
「あー、ちょっとばかし、大掃除してて、それに手間取った、だけだ!」
嘘はついていない。国に巣食うゴミ共を、綺麗に掃除していた。まあ武力を用いた物ではあったが。
「というか、お前、結構うまい、のな」
「そうか?テニスどころか、野球も、1人でやってたんだ。気にしたことも、なかったな」
(逆にどうやって1人でやってたんだ)
普通の野球は18人でやるが、小学校とかの遊びでも最低バッター、キャッチャー、ピッチャー、後は一塁から三塁までに1人ずつ守備を置かないとプレイできない。それを1人で賄うって、普通に凄い。
「ん?比企ヶ谷、ふせろ!!」
「え?うおっ!?!?」
長嶺が叫んだので咄嗟に伏せた瞬間、横で壁打ちをしていた筈の長嶺が飛び上がって、比企ヶ谷に当たりそうだったテニスボールを空中で打ち返したのだ。
まるで某超次元サッカーの電11とか、テニスの王子様の「テニヌ」が起きたようであった。
「気をつけろよ。後、そこの、えーと戸部とか言ったか?魔球打ちたいなら、もっと力加減とか、風向きとかを研究した方がいいぜ」
「あ、はい」
周りは長嶺の無茶苦茶なプレイに唖然としていたが、本人は至って普通である。その後も一応みんな各々のテニスを楽しみ、昼休みとなった。
「あれ、比企ヶ谷じゃん。何やってんだって、昼飯か」
「あぁ。あ、やらないからな」
「いや取らねーよ」
昼休みにプラプラ歩いていると、比企ヶ谷を見つけた。どうやらランチタイムだったらしい。少し横に座って話していると、何故か由比ヶ浜も来た。
「あれ?ヒッキーにクワタン。何してんの?」
「見りゃわかんだろ?普段ここで飯食ってんだよ」
「俺はたまたま見つけた」
「へぇー。でも、何でここでご飯食べてるの?教室で食べれば良いじゃん」
由比ヶ浜よ、可哀想だからやめてあげて。というか、特技でもあるいつもの空気読む能力は、何故ここで発揮されないんだよ。
(察しろマジで)
「それよか、お前は何でここにいんの?」
「それ!実はね、ゆきのんとのゲームでジャン負けして、罰ゲームってヤツ?」
「俺と話すことがですか?」
「比企ヶ谷、流石の雪ノ下もそこまで鬼畜じゃぁ、ないよ。うん、多分ね」
正直雪ノ下を擁護したい気もするが、アイツならサラリと言いそうだから怖い。というか雪ノ下は、比企ヶ谷には何言っても良い的な考えがあるように思える。
「違う違う!負けた人がジュース買ってくるだけだよ!」
(何だぁ、よかったー。うっかり死んじゃうところだったわー)
「ゆきのん最初は「自分の糧くらい、自分で手に入れるわ。そんな行為で細やかな征服欲を満たして、何が嬉しいの?」とか言って渋ってたんだけどね!」
「まあ、アイツらしいな」
「けど「自信ないんだー」って言ったら、乗ってきた」
そう言うと由比ヶ浜は、イタズラが成功した子供のように笑っていた。雪ノ下は普段こそしっかりとした奴ではあるが、ツボを上手く押せば乗ってくるし、アレで案外感情的な奴でもある。
由比ヶ浜は勘づいて無いが、由比ヶ浜にすら乗せられるとは先が思いやられる。
「なんか今までもみんなでやってたけど、この罰ゲーム、初めて「楽しい」っておもった」
「みんな?ハッ。内輪ノリだな」
「感じわるーい。そう言うの嫌いな訳?」
「内輪ノリとか内輪受けとか、嫌いに決まってんだろ。あ、でも内輪モメは好きだぞ。何故なら俺は、内輪に居ないからな」
ちょっと由比ヶ浜引いている。流石比企ヶ谷、と言ったところだろう。
「クワタンは、そう言うの嫌い?」
「いやまあ、好きでも嫌いでも無い。本当に気心しれた仲間と騒ぐのは好きだが、なんか会社の「課のみんなでー」とか「支店のみんなでー」的なノリとなると、流石にアレだよな。
後俺も、内輪モメを外から見るのは好きだぞ。なんか修羅場って、見てるのは面白いし」
「そ、そっかー」
(まあ俺は、その修羅場の渦中に飛び込むのが仕事なんですけどね。トホホ.......)
正直言って、長嶺は修羅場を外から見てた事は殆どない。これまでの修羅場は大抵、初っ端から飛び込むか火の手が大きくなってから飛び込むかの二択だった。しかも修羅場の内容が国家権力とかが関わってくる面倒なタイプなので、そろそろ普通の修羅場を経験したい。
「ねぇ、ヒッキー。ヒッキーはさ入学式のこと、覚えてる?」
「ん?あー、いや俺、当日に交通事故に遭ってるからな」
「事故?それってさ」
「アレ?」
由比ヶ浜が何かを言おうとした時、銀髪の小柄な少女、いや男がテニスラケットを持って歩いて来た。
「あ、彩ちゃん!よっす!」
「よっす!由比ヶ浜さんと比企ヶ谷くん、それに桑田くんも。ここで何してるの?」
「別に何もー?彩ちゃんは練習?」
「うん」
「(比企ヶ谷、アイツ誰だ?)」
「(ボッチの俺に聞くな)」
目の前の彩ちゃんと呼ばれた、恐らく男。正直見た目は女だが、男独特の歩き方だしタオルが男物である。多分男の筈である生徒だが、正直名前どころか顔も知らない。
「朝練して、昼練して、部活でもやって、確か体育の選択もテニス選択してたよね?大変だね」
「ううん。好きでやってる事だし、そう言えば比企ヶ谷くんと桑田くん。テニス上手いね」
「そーなん?」
「うん。2人ともフォームが凄く綺麗で、特に桑田くんは反射神経も高いし動きも洗練されてて、プロの選手みたいなんだよ」
比企ヶ谷は「いやー、照れるなー」とか言っているが、長嶺はその観察眼を評価していた。恐らくこの観察眼は部長、或いはエース故の物だろう。練習中であっても周りを観れるのは、良い才能である。
「あー、褒めて貰ったのは嬉しいんだが、君はえっと戸塚、で良いのか?」
「うん!そうだよ。僕は戸塚彩加です」
「美少女.......」
「あー、比企ヶ谷?多分コイツ、男だぞ」
「ヒッキー、キモ」
比企ヶ谷の発言に突っ込んだが、どうやら由比ヶ浜にも聞かれていたようで引かれている。戸塚は自分が男なのを見抜かれた事に驚いていた。
「どうしてわかったの?」
「そのタオル、色はピンクだけど男物だし、歩き方が男特有の物だったからな」
「凄いね!まるで探偵みたい」
「探偵か。だったら、腕時計に麻酔銃仕込んで、蝶ネクタイ型変声器とキック力の上がる靴を用意しないとな」
明らかなコナン装備に、戸塚がクスクス笑う。名簿を見ていたので知ってはいるが、どう見ても少女が笑ってるようにしか見えない。ある意味、こっちの方が才能である。
その後もう少し雑談して、教室へと戻り授業を受けて鎮守府へと帰還した。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「よっ、ベル。留守の間、特に何もなかったか?」
「はい。艦娘の夕立様が訓練中にこけて、少し膝を擦りむいた位ですね」
「平和で何よりだ。さーて、じゃあ俺は仕事しますかね」
執務室に戻り、ベルファストの報告を聞く。因みにロイヤルメイド隊はそのまま鎮守府のメイドとなり、鎮守府の簡単な管理や清掃、雑務をやって貰っている。
また鎮守府に長嶺が居ない間は艦娘からは大和、KAN-SENからは赤城、ビスマルク、ウェールズ、ベルファスト、エンタープライズ、チャパエフ、ヴェネト、リシュリューが主に代行で執務をしている。副官であるグリムは鎮守府というより、霞桜の管理をしているので基本はノータッチである。
「あ、そうでした。東川大臣より、帰ったら連絡する様にと仰せ付かっております」
「大方、この間の一件だろうな。色々やったし」
「お戯れは程々になさってくださいね?そうでないと、立場が危うくなってしまいます」
「心配すんなって。ちょっと無茶したって、向こうは日頃から色々と無茶を吹っ掛けて来てるし、何より世界的に見ても最強の部類に入る俺を、そう易々と切ったりは出来ない。結論、少しはぶっ飛んだ事しても問題ない!」
そう自信たっぷりに言う姿を見て、ベルファストはメイドとか従者としての立場なら主を止めるべきなのは分かっているが、目の前の主は止めても止まらないし、何より国や仲間を裏切る様な事は絶対にしないと分かっているので、一緒に笑っていた。
「それじゃ、一つ丸め込みに行きますかね!」
執務室に入り荷物を置くと、そのままスマホで東川の携帯に電話を掛けた。勿論、暗号化もしっかりしてある秘匿回線なので傍受される事もない。
『さて雷蔵。何で電話するように言ったかわかるな?』
「大方、鹿児島基地の一件だろ?」
『そうだ!貴様、なんつぅ事を仕出かしてくれたんだ!?!?!?!?あの後、結構大変だったんだぞ!!警視総監と副総監がセットで乗り込んできて、なんか色々文句言われたしな!!!!』
警察庁と警視庁というのは、実は結構仲が悪い。警察庁は都道府県の警察を管轄し、警視庁は東京の警察を管轄する。しかし互いの境界を越えて、度々内部抗争を引き起こしている。
今回は警視総監の後輩で副総監の同期が件の本部長だったようで、やれ「軍人が警察の管轄に横槍を入れるな」だの、「貴様の部下が疑わしい行動だったから捕まったのだ!余計な仕事をさせるな!」だの、まあ色々と言われている。
「そらぁ大変だったな」
『ついでに鎌掛けで、お前達霞桜の事まで尋問して来たんだぞ!言ってはいないが、本当に肝を冷やした.......』
「いいじゃん、偶にはスリルも体験しとかねーと」
『うるせぇ!もう俺はな、鉄火場を卒業してんだ!!今更スリルは要らないっつーの!!』
完全に長嶺のペースである。この馬鹿話も、出来るだけ説教から道を外させる為の作戦。よく使う手だが、おそらく今回も
『って、それどころじゃなかった。で、お前マジで何でよりにもよって、ネット配信してくれたんだ!?!?しかも海軍広報用の公式アカウントで!!!!』
どうやら失敗だったようだコンチクショウ。
だがしかし、説教を回避する方法も考えてある。
「あー、確かあの後、アカウント凍結とか垢BANされたんだっけ?」
『そうだよ!お陰でウチの広報部からも、しっかり苦情が来てるし部長宥めんの大変だったんだぞ!?!?』
「あ、そういやこっちにも来てたね。謝罪文ついでに、新しいプロ仕様の撮影機材を同封させて黙らしたわ」
現場からの苦情には、その現場で必要としている物を渡せば黙らせることが出来る。現場が長いからこそ出来る、荒技ではあるが。
特にプロの撮影機材一式となると、普通に数百万はくだらない。それを受け取れば最後、もう文句は言えない。
『お前、やろうとしてた事を先にやったのか』
「現場からの苦情黙らせるにゃ、現場が必要な物を渡す方が楽だろ?」
『行動力の鬼め。って、また話がズレた。それで、理由を聞かせろ。なんであんな事をした?』
流石に疲れたのか、使おうとしてた策が使われていて通用しない事で頭を悩ませているのかは知らないが、怒りは一先ず少しマシになった様だ。
「理由は2つ。1つはネット配信すれば奴の悪行が世間に残り、社会的に抹殺できるから。2つ、鹿児島基地司令の誤解を解くには一番手っ取り早いから。アレくらい目立ったら、流石のメディアも婉曲報道は出来ないだろ?」
『合理的だが、もう少しなかったのか。こう、精神的に殺すとか』
「無理だな。まず警察の高官である以上、身内殺られると本気出す事に定評のある警察関係者には殺人は使えない。使っても良いが、こっちの被害がエグいことになる。と言うか何なら海軍関係者が加害者になっていた事も周知の事実だったから、謎のジャーナリスト精神やら何やらで独自調査始めちゃうバカが現れるかもしれない。それされたら、今後の行動に制限が増える。
精神的に殺すにしても警察と軍は元から仲悪いから内部工作とか難しいし、余りに非合法な事をしたら向こうは警察でそう言うことを調査するプロフェッショナル。あまり効果が期待できないし、そもそも時間が掛かる。
そこで社会的に殺せる、ネットの晒し者として配信した訳よ」
『まあ合理的と言えば合理的、か。わかった。なら怒るのは、よしておくとしよう。所で学校生活はどうだ?勉強にはついて行けてるか?』
どうやら完全に怒りの炎は消えたらしい。この感じなら、何のお咎めも無く終わるだろう。
「親父、俺の学力の度合いは知ってるだろ?ハーバード大学院出るくらいには頭良いんだから、全教科ついて行けてるに決まってるでしょ。小テストは全て満点。選択科目の音楽だって普通に実技も筆記も満点だったし、体育は言わずもがな。
お陰で今じゃ、完璧超人として人気者に成りつつある。この調子なら、情報集めには困らなそうだな」
『友達は出来たのか?』
「友達、ねぇ。クソ教師によって半強制入部させられた部活の仲間位だな。だがまぁ仲間って言ってもクール美女を気取った中身激情家の雪ノ下家お嬢様と、脳内お花畑のバカ、ぼっちだが一番マトモで頼りになる奴、それから体罰当たり前の教師の風上にも置けないクソ顧問教師とラインナップはこんな感じだ」
『今の学校とは、そこまで腐ってるのか.......』
どうやら東川も想定外だった様で、軽く引いてる声である。他にもクラスには王子様演じてるが厄介事を押し付けて泥を被らないクズと、多分そろそろ問題が起きそうな「葉山の友達で集まってるだけで、他の連中は友達の友達」と言う関係の取り巻き。そして最強の女王様と勘違いしてる奴&クセの強いその取り巻きと、マトモな奴がクラスにも居ないのだから笑えない。
「しかも中途半端に知識と負けん気があるから、言い合いするにも疲れる。まだ河本派閥と喧嘩やってる方が楽だわ。使える手札多いし」
『任務の方も忘れる事は無いだろうが、くれぐれも忘れずにな』
「それなら執務の量を減らしてくれ。ウチの秘書官連中が死に掛けてる」
『考慮しよう』
これまで何度要求しても通らなかった執務量の削減が、こうもあっさり通るとは思わなかった。初めてこの任務してて良かったと思えた瞬間である。
翌々日 昼休み テニスコート
「う、うわぁ!」
「彩ちゃん!だ、大丈夫!?」
「イタタ。大丈夫だから、続けて?」
現在テニスコートでは、奉仕部と一応材木座が戸塚の練習を手伝っている。というのも何か強くなりたいらしく、その手伝いを依頼しに来たのだ。それで何か奉仕部総出で練習と相成った。
ただし材木座は、いつの間にか湧いてた。
「まだ、やるつもりなの?」
「うん。みんな手伝ってくれてるし、もう少し頑張りたい」
「そう。なら、由比ヶ浜さん達。後は宜しく」
そう言って雪ノ下は、何処かに消えていった。まあ練習を主に手伝っているのは由比ヶ浜とオイゲンだし問題ない。
因みにオイゲンが教える以前に、ルールとかわかるのか聞いたところ、曰く「重巡の付き合いで何度かボルチモアとかブレマートンとプレイした事があるし、この間もテニスの世界大会を一緒に見た」らしい。
尚比企ヶ谷は球出し&球拾いで、長嶺は観察担当である。材木座は何か謎の必殺シュートを撃ってるだけで何の役にも立ってないので、タダの案山子である。
「何回やっても上手くならないし、呆れられちゃったかな?」
「それは無いと思うよ。ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん」
「まあな。お前の料理に付き合う位だからな」
「むぅ、どういう意味だー!」
正直、それは思った。確かに由比ヶ浜の料理に付き合うのなら、こっちも付き合う筈だ。
「それに上達はしてるわよ。打つたびに上手くなっていってるから、心配はいらないわよ」
「そうなの?」
「戸塚よ、お前はどうやら才能はあるみたいだ。例えば3個前の時、お前は無意識にボールの到達位置に走っていた。最初は左に来ると思っていただろ?でも由比ヶ浜がミスったし横風も吹いて、左ではなく右方向に流れた。でもお前はそれを素早く察知して、すぐにその方向に走っていた。結局打てなかったが、反応があと少し早かったら打ててたぞ」
この一言に戸塚は、まるでおやつをもらった時の犬の様に明るい表情を見せた。本当にその内、女と勘違いして告白してくる奴がいそうである。
「あー、テニスじゃーん。あーしらもここで遊んで良い?」
「三浦さん。僕達は別に、遊んでる訳じゃ無くて.......」
「え、なに?聞こえないんだけど!」
(あー、マジで何でこのタイミングで葉山グループ御一行サマがやって来るんだ。これ絶対、もしかしなくても厄介で面倒な事態へと発展するぞ)
そう。何故かこのタイミングで由比ヶ浜以外の葉山グループの皆様が、雁首揃えてやってきたのである。最初は由比ヶ浜が「人数多い方が良いかなって」的な理由で呼びつけたのかと思ったが、表情見る限り本当にイレギュラーだったらしい。
「あー、ここは戸塚が許可取って使ってる物だから、他の人は無理なんだ」
「ふーん。でもアンタらも使ってんじゃん」
「いや、俺達は練習に付き合ってて業務委託っつーか、アウトソーシングなんだよ」
「はぁ?何意味わかんない事言ってんだよ。キモいんだけど」
いやいやいやいや。今の説明で分からないとか、日本語知らないのかコイツは。アウトソーシングが分からないのなら分かるが、流石に業務委託って言えば分かるだろうに。で、多分これは葉山が宥めて、厄介事に発展するぞ。
「まあまあ。喧嘩腰になんなって。みんなでやった方が楽しいしさ」
流石にこの言葉には長嶺、オイゲン、比企ヶ谷が苛立った。まさかこの葉山とかいうバカも分かっていなかったのか。普通は止めるべきだろうが、と。一応葉山は総合学力では、トップスリーに入る程の成績優秀者。なのに比企ヶ谷の話を理解していないとは、バカとしか思えない。
「みんな?みんなって、誰だよ」
口火を切ったのは、比企ヶ谷であった。思わぬ奴が言ったからか、反論が来ると思わなかったのかは知らないが、葉山と三浦はキョトンとした顔で振り向いた。
「母ちゃんに「みんな持ってるよー」って、物ねだる時に言う「みんな」かよ。誰だよソイツら。友達いないから、そんな言い訳使えた事ねーよ」
「そういうつもりで言った訳じゃないんだ。なんかゴメンな?何か悩んでるなら、相談に乗るからさ」
そう言いながら、葉山は近づいて来る。もし仮にコイツが敵対的な存在であるならオイゲンは艤装を、長嶺は武器を構えてこう言うだろう。「それ以上近づくな。殺すぞ」と。その位、イラついている。
だがどうやらその役目、今回は比企ヶ谷がやってくれるらしい。
「葉山、お前の優しさは嬉しい。性格が良いのもよくわかった。サッカー部のエースで、その上御顔までよろしいじゃないですか。さぞや女性から、御モテになるんでしょうなぁ」
「い、いきなり何だよ」
「そんな色々待ってるお前が、何も持ってない俺からテニスコートまで奪う気なの?人として恥ずかしいと思わないの?」
皮肉と自虐ネタを混ぜた抗議に、長嶺は笑いそうになる。見ると由比ヶ浜は呆れているし戸塚は不思議がっているが、オイゲンは肩が少しプルプル震えている。
「その通りだ、葉山ぁ何某!貴様のしている事は、人心に劣る最低の行動だッ!!」
「ふ、2人揃うと、卑屈さと鬱陶しさが倍増する.......」
なんか材木座も入っているが、今回ばかりは同意見である。由比ヶ浜は事態を理解していないっぽいが。
すると割って入るかの様に、テニスボールが飛んできた。見れば三浦がラケットを握っている。もしかしなくても、彼女が打ったのだろう。
「ねぇ隼人。あーし良い加減、テニスしたいんだけど」
「じゃあこうしよう。部外者同士、俺とヒキタニくんで勝負する。勝った方が、今後休み時間はここを使えるって事で。勿論、練習にも付き合う。強い奴と練習した方が、戸塚の為にもなるし。いいかな」
「ちょっt」
オイゲンが食って掛かろうとしたが、それを止める。
「(オイゲン、落ち着け。ここはアイツの手に乗ってやろう)」
「(何でよ!おかしいでしょ、いくら何でも!!)」
「(あぁ。超可笑しい。何をどうトチ狂ったら、あの思考に辿り付くのか気になる位に。だがアイツは一応この、総武高校という狭い世界に於ける王だ。逆らえば、最悪任務にすら影響を及ぼす。ここはあのクソ提案に乗っておいて、向こうがイチャモン付けてくる取っ掛かりを破壊した方が良い)」
「(勝っても、文句言ってきたら?)」
「(それは無い。さっきも言った様に、アイツは王だ。それも世間体を気にするタイプの。アイツは何があっても、他の生徒が抱く理想像の葉山隼人を守ろうとする。だから勝負に負けてもイチャモンをつけてくる、何て人気を下げる様な行いは絶対にしない。
まして今回の言い出しっぺは彼方さんだ。葉山自ら吹っ掛けた勝負のだから、尚更あり得ない。それに負けそうになったら、俺が潰すさ)」
そう言うとオイゲンは納得してくれた様で、溜め息を吐いて「面倒くさいわね」と言った。一方で三浦は超ノリノリで、準備を始めた。
「なにそれ超楽しそう!じゃあいっそ、混合ダブルスにすれば良いじゃん。うっそ、やだあーし頭良いんだけど」
何か事態が面倒な方向に進み始めてる。だがこの流れは利用できる。
「なあ。いっその事、比企ヶ谷と葉山の縛りも無しにしたら?そっちだって他に何人か仲間いるし、こっちだって俺とか材木座もいるしよ」
「いや、それはちょっと」
「え?お前さんの言う「みんなで楽しくやろう」って言うのを提案してるんだけど?男の勝負だから手出しして欲しく無い、って言うなら三浦の提案を蹴れば?」
「わかった。ならそれで行こう。ならもう、いっそダブルスならそれで良しって事で」
これで緊急時に長嶺が出れる様になった。これで勝負は完全に勝てる。何が起きても、絶対に勝利できる。
「チームはどうする?」
「アタシとヒッキーで」
由比ヶ浜が立候補した。比企ヶ谷は固定らしい。だが三浦は由比ヶ浜をガン見してるので、比企ヶ谷が止めた。だが三浦はそれに気付いたのか、脅してくる。曰く「あーさとやるって、それで良い訳?」と。だが今回は由比ヶ浜は反論し、一応三浦を黙らせた。
そのあと由比ヶ浜と三浦は何故かテニスウェアに着替えて着て、いつの間にかギャラリーが集まっている始末。恐るべし、葉山の人気。因みにチームは奉仕部側が比企ヶ谷&由比ヶ浜で葉山のクソグループ側が葉山&三浦となった。審判は戸塚である。
「えっと、じゃあ始めます」
戸塚の宣言で、サーブ権を持っている三浦がサーブした。それを比企ヶ谷打ち返すが、そのままフェンスにボールが衝突。先制点を許してしまった。
「めっちゃ強いじゃん」
「だって優美子、中学の時に県選抜に選ばれてるし」
「縦ロールは伊達じゃない、って事か」
「アレ、ゆるふわウェーブだけどね」
さてその後は由比ヶ浜狙いの戦法を取ってきた事で、由比ヶ浜が孤軍奮闘するも県選抜に選ばれてる三浦と、運動神経抜群の葉山には通用しない。しかもこけて、軽く足を捻ったようだ。
「由比ヶ浜。無理をするな。エミリア、いけるか?」
「はいはい。じゃあ、一仕事してくるわ」
「その必要はないわ」
オイゲンを出動させようとした時、コートに雪ノ下が入ってきた。由比ヶ浜のテニスウェア装備で。
「この馬鹿騒ぎはなに?」
「その格好はなに?」
「由比ヶ浜さんの、とにかくこれを着てくれと言う手紙を見つけた物だから」
どうやら由比ヶ浜は由比ヶ浜なりの策を打ってあった様だ。だが当の雪ノ下は「何で私が?」と少し不機嫌である。因みに雪ノ下が消えたのは、負傷した戸塚の為に救急箱を取りに行くためだったらしい。戸塚に救急箱を渡している。
「雪ノ下さん、だっけ?悪いけど、あーし手加減とか出来ないから」
「私は手加減してあげるから、安心してもらって良いわ。安いプライドを粉々にしてあげる。随分私の友d、ウチの部員をいたぶってくれた様だけれども、覚悟はできてるのかしら?私、こう見えて結構根に持つタイプよ」
((見たまんま、そういうタイプだお前は))
口にこそ出してないが、比企ヶ谷と長嶺は同じタイミングで同じ事を思った。
雪ノ下が入った事で風向きは変わり、マトモに打ち返し始める。三浦も本気を出してきて、フェイントを掛けてくる。だがそれも打ち返した。
「お前、今のよく返したな」
「だって彼女、私をいじめる時の同級生と同じ顔をしていたもの。あの手の人間のゲスい考えくらいお見通しよ」
そう言いながら、ジャンピングサーブもバッチリ叩き込んだ。だが心無しか、疲れてる様に見える。
「お前スゲーな。その調子で、軽くキメちゃえよ」
「私もそうしたいのだけれど、それは無理な相談ね。私、体力にだけは自信がないの」
そう言った瞬間、雪ノ下の横をボールが掠めた。
「聞こえてんですけどー?何かしゃしゃってくれたけど、流石にもう終わりっしょ」
「まあお互い頑張ったって事で、引き分けにしない?」
「ちょっと隼人、何言ってんの?試合だからマジで片つけないと、不味いっしょ!」
雪ノ下は体力切れで動けず、比企ヶ谷には多分策があるが時間的に実行できない。由比ヶ浜は足を捻っててオマケにもう向こうはマッチポイントで、こっちは結構な差が付いている。こうなれば取るべき手段は、ただ一つ。
「選手交代だ。お前達、下がれ」
「ちょっと!あーしらの話、聞いてなかった訳!?」
「聞いてたぜ?だがな、流石にお前らも面白くないだろ?短期決戦型の雪ノ下、殆ど素人の由比ヶ浜と比企ヶ谷。それに、こんなショボいので勝っても自慢にすらならない」
三浦が文句を言おうとするが、それを葉山がまた「引き分けに」と止める。だがそういうのは、長嶺も嫌いだ。
「葉山、引き分けはないだろ?お前に取っちゃ優しさなんだろうが、こっちの立場からしてみりゃ「お前達にも華を持たせてやろう」的な、クソウゼェ勝者の余裕カマしてる様にしか見えねぇんだわ」
「いやそんなつもりじゃ」
「つもりとかじゃなくて、そうとしか見えないの。お前の主観なんざ関係ない。こっちがそう捉えれば、そうなるんだ。
確かお前、親父が弁護士だったよな?ならお前もある程度は、法律や裁判に関する知識もある筈だ。「そういうつもりじゃなかった」で、減刑される事はあっても犯した罪は免れない。そうだろ?」
葉山は苦虫を噛み潰した様な表情で何も言わない。逆に三浦は笑みを浮かべながら、闘志を燃やしている。
「そうだ。悪いが俺は、1人の方がやり易いんでな。1人でやらせてもらう。だからまあ、俺を殺すつもりでかかって来いよ」
さっきまで勝者の余裕とか何とか言ってたヤツが、自他共に認める勝者の余裕をカマしてることに、葉山と三浦は気を悪くしたのか知らないが、今まで一番強いサーブを繰り出して来た。
「はぁ。遅いな」
普通なら走っても届かない位置にボールを打ったが、それを打ち返した。ギャラリー、選手、審判含め、全員がまるで瞬間移動した様に見えたという。
「な、何今の」
「瞬間移動?」
「ウソだろ.......」
奉仕部の面々も驚いている。しかしオイゲンはそれを涼しい顔で見ていた。
「ま、アレくらいは当然よね。真也はね、戦闘のエキスパートなの。剣術、ナイフ術、格闘、射撃、どれも並みの兵士より強いわ。今のも多分、縮地か何かでしょうね」
そう解説するオイゲンに、奉仕部の面々も周りにいたギャラリーも呆然としている。
「なあ、その程度か?本気を出せ。骨を砕くつもりで打ってみろ。殺すつもりで打ってみろ。どうした、試合は終わっていないぞ?
この時点で、葉山と三浦は理解した。目の前の男が化け物である事に。そしてギャラリーも理解した。これが試合の皮を被った、一方的な殲滅にも似た戦争である事に。
「クソォォォォ!!!!!」
葉山が半狂乱状態でサーブしてくるが、いとも容易く打ち返す。程なくして、途中から「死合」とでも形容すべき試合は奉仕部側の勝利で終わった。
後に長嶺の校内での通り名として「修羅」というが追加されたらしい。