数日後 江ノ島鎮守府 執務室
『お前も災難だったなぁ』
「あぁ。まさかケッコンカッコカリだけで、あそこまで行くとわ思わんかった」
この間の一件の揉み消しがどうにか終わり、報告がてら東川に電話していた。東川には今回の一件を伝えてはいるが、あくまでも「ちょっとばかし乱闘騒ぎが起こった」と言う事にした。
流石に鎮守府を制圧してたとか、後からの聴取で発覚したが相手を潰す計画までも立てていたというのだから、この辺は隠した。
『で、お前結婚するの?』
「.......決着がついたら」
『お前の父親として言わせてもらうが、余り過去には囚われるべきではないだろう?あの子達は、寧ろお前が幸せになるのを望んでるんじゃないのか?』
「そうだと信じたい。だが、それとこれとは話が別だ。アイツらは俺を生かし、言うなれば身代わりとして死んだ。そしてその原因を作った連中を、俺は許さない」
この言葉を聞いた時、東川の脳裏には数年前、長嶺が艦娘の力を得て覚醒した時の事を思い出していた。
長嶺は昔、瀕死の重傷を負い治療が不可能だったので艦娘化の施術を一か八かで受けて、どうにかほぼ0の確率を突破し艦娘の力を得たというのは知っている事だろう。
だが長嶺は覚醒直後、病室を抜け出して一ヶ月間行方を絡ませていた。その間に戦友達の仇を打っており、その復讐は残すところ一つとなった。長嶺は自分の中で「何があっても、この復讐を達成するまでは軍に居続ける。戦争以外は何も考えない」という誓いを戦友達と自らに掛け、寝ても覚めても戦争以外考えなくしたのである。
『復讐が終わった後はどうするんだ?』
「好きなようにやるさ。軍を退役するかもしれないし、続けるかもしれない。案外田舎に屋敷でも構えて、優雅に暮らすのもいいかもな。まあでも、当分は復讐完遂後も無理そうだが」
『そうか。あ、そうそう。友人の警察官僚に聞いたんだが、最近千葉一帯で謎の武装勢力が確認されてるらしい』
「あー、その情報ならこっちにも入ってる。まだ足取りは追えてないが、URが拠点築くつもりらしい。取り敢えずもうちょい育ててから、強奪がてら潰すわ」
『相変わらず早いな。じゃあいつも通り、処理は任せる。そろそろ会議の時間だから切るぞ』
東川との電話を終えた直後、執務室にオイゲンが入ってきた。手にはエミリア用のスマホが握られており、恐らく奉仕部関連なのが予想できる。
「指揮官、入るわよ」
「それ入る前に言えよ」
「事後報告よ」
予想していたとは言えど、この適当っぷりというか、自由奔放というか、猫のような気まぐれはどうにかならんものかと頭を抱える。
「.......はぁ。で、何の用だ」
「奉仕部の仕事よ。なんでも明後日から千葉村とかいう、よく分からないけど小学生の合宿の手伝いをするらしいわ」
正直言ってバックれたい。サボりたい。休みたい。何せこの夏休み、普通の学生であれば「遊べるぜフォウ!!遊ぶぜイエイ!!」となる。まあ部活、特に運動部なんかは大会やら練習やらで忙しいだろうが。
長嶺にとっても、夏休みが貴重なのは変わらない。まあ遊びじゃなくて、仕事を片付けられて、身体鍛えられて、艦娘、KAN-SENと遊びまくれる少ない日なのだから。なので、本当に行きたくない。だが目の前のオイゲンの輝きようは、超楽しみにしてるヤツである。断るのは忍びない。
「正直行きたかねぇが、行きたい?」
「もちろん」
「.......わーった。行くか」
「そうこなくっちゃ!早速用意してくるわね!」
見るからにテンションが上がっており、スキップでもしそうな勢いで執務室を出て行った。
「それじゃ、俺も準備しますかね」
明後日 08:00 新浜幕張駅
「くわたんにエミちゃん!やっはろー」
「おはよう桑田くん、ヒッパーさん」
待ち合わせ場所の新浜幕張駅に到着すると、既に由比ヶ浜と雪ノ下がいた。比企ヶ谷はまだ来てないみたいだが、そろそろ来るのだろう。
「おはよう二人とも。最高のお出かけ日和ね」
「よっ」
ワン!
カァ!
オイゲンと長嶺に続いて、長嶺の背後から人成らざる生物の声がした。
「うわぁ、大きい犬」
「それにこっちはカラスね。あなた、犬とカラスを飼っているの?」
今回は相棒である犬神と八咫烏も、無理に付いてきている。理由としては「いつも留守番だから、こんな時くらい連れて行け」という物であり、まあ学校じゃないので連れてきた。普通に考えればアウトだが、平塚みたいな奴なら大丈夫だろうって事で連れて来ている。
「君達、揃って.......いないな。比企ヶ谷め、いつ来るんだ」
どこからか平塚も来て、なんか女性陣で談笑していると比企ヶ谷が妹の小町を連れてやってきた。
どうやら騙されたというか、何というか。まあ詳細を知らされず、連行されたらしい。人使いが荒い妹だなぁ、とか思っていると今度は戸塚が走ってきた。
「はちまーん!」
そして八幡は顔面を崩壊させた。由比ヶ浜じゃないが、正直キモい。どうやら全員揃ったようで、平塚先生の車に乗り込んで千葉村へと向かった。
数時間後 千葉村
「ほーん。こんな所があったのか」
「そういやここ、中学の時に自然教室で来たわ」
比企ヶ谷と話していると、背後から足音が聞こえた。振り返るとそこには、奴らがいた。
「やあ、ヒキタニくん。桑田くん」
葉山グループである。大岡と大和とか言う奴が居ないので、全員集合ではないが面倒にはなりそうである。そして未だに比企ヶ谷を「ヒキタニ」呼びする辺り、既にイライラしてきた。
「お前ら、どうしてここに」
「ボランティア募集で来たのさ」
比企ヶ谷はヒキタニ呼びを気にすることなく、葉山に質問したが代わりに平塚が答えた。曰く今回の合宿には教師陣もいるとは言えど、100人単位の小学生が来ているらしい。それを流石に5人(平塚はサボりを公言してるので、ノーカウント)で回すのは無理なので、内申点を餌に人間を釣ったと。そんでもって、その結果がいらぬクソ王子の参加らしい。
「それじゃ、お前達も向こうの広場に行きたまえ。開会式でお前達も自己紹介してくるがいい」
学校のイベントにおける謎の行事、開会式があるらしい。知らんオヤジの為にならないクソ長い話なんぞ聞きたくはないのだが、行かないと面倒なので開会式に途中参加になったが出た。
因みにここで、長嶺とオイゲンの格好を説明しておこう。
長嶺は茶色のズボンと青の長袖シャツに、サングラスと迷彩柄の帽子を被っている。更に背中には黒のバックパック、腰にはサバイバルキットも装備済みである。
バックパックにはポンチョ、メディカルキット、タクティカルライト、双眼鏡、折り畳み式担架を装備してある。サバイバルキットにはワイヤー、ワイヤーカッター、多機能ナイフ、カラビナなんかが入っている。勿論、戦闘用にサバイバルナイフと拳銃もしっかり装備してある。
オイゲンは黒のスキニーデニム、赤のゆるっとした七部丈の服、透明度の高い琥珀色のカラーサングラスという出立である。いちおうゆるっとした服ではあるが、その胸や尻は強調されているので既に何人もの男子の心を鷲掴みであった。
「それではオリエンテーリング、開始!」
そうこうしていると、早速オリエンテーリングのフィールドワークが始まった。長嶺ら高校生組も、そのサポートのために行動を開始する。
「ねぇクワタン。犬にリードとか付けないと、逃げた時大変だよ?」
「えー?この犬、リード付けてないじゃん」
犬神が普通の犬なのなら、由比ヶ浜と三浦の論理はど正論である。だがコイツは犬ではなく、犬の姿をした妖怪で人の言葉を理解して会話すら出来る。なのでリードをつける必要はない。
そこで兼ねてより考えていた、必殺の言い訳を発動させる事にした。
「こいつは単なる愛玩用の、そんじょそこらの犬とは違う。コイツは現役の軍用犬だ」
「ぐ、軍用犬?」
「軍隊の中で隊員の一員として、バディの兵士と共に様々な任務をこなす為に訓練された犬のことだ。コイツは同期の犬の中でも、最優秀の犬だ。それに今回みたいな山の中の活動なら、コイツは自由に動かしていた方が色々便利だ」
嘘ではない。ただ普通の軍用犬が伝令や地雷探知、敵への威嚇なんかに使われるのに対し、コイツは妖術と凶悪な顎で人間を殺しに掛かるが。
(主様。下から小学生の泣き声が聞こえるよ?)
(先行しろ)
念話で指示を出し、犬神が走り出す。
「あ!逃げた!!」
「違うな。何かあった」
一芝居打って適当に誤魔化しつつ、犬神の後を追う。それに連れられて、オイゲン含む他の連中も追いかけた。
「じいちゃんの帽子がぁ!!」
「ワンッ!!」
「あー、こう言うことか」
目の前には涙を流す男子小学生と、心配して声をかける班員のメンバーと思われる男子達。そしてその横の木には、大体地上5mの地点に帽子が引っ掛かっていた。
「どうするべ!?流石にあの高さは、木登りでもしないと無理っしょ!」
「俺が登るよ」
「ちょ、隼人!危ないって」
安定の葉山が木に登って取ろうとしてるが、途中で登れなくなるか登ったはいいが降りられなくなるオチが目に見えている。葉山のメンツが丸潰れなのはいい気味だが、後が面倒になるのでここは手を貸すことにしてやった。
「心配すんな。アイツに取ってもらおう」
そう言うと長嶺は指笛を吹いて、アイツを呼んだ。導きの神、八咫烏である。念話で状況は伝達済みなので、あとは顎をクイッと前に突き出して合図のような仕草をして八咫烏に取ってもらう。
「カァ!」
「あ、ありがとうカラスさん!」
「カァ」
流石に「どういたしまして」と言うわけにはいかないので、鳴き声を上げる。そして長嶺の肩まで飛んで着地すれば、任務完了だ。
こうすれば、八咫烏は「メチャクチャ頭のいい、脚が三本ある奇形の烏」となる。よもや導きの神である八咫烏とは夢にも思うまい。
「よくやったぞ、ゴイル」
因みに八咫烏と犬神には偽名としてそれぞれ、ゴイルとガルムと名付けてある。
「凄い烏だな」
「コイツも訓練を受けて、様々な手助けをしてくれる相棒だからな。そんじょそこらのゴミを漁るカラスとは、格がちがうぜ」
比企ヶ谷の言葉に、八咫烏も胸を張る。
そんな事をしていると、雪ノ下が街の真ん中で固まる女子の一団を見つけた。後ろの帽子が引っかかった現場ではなく前を向いていることから、恐らくさっきの野次馬ではなく何か別の理由で立ち往生しているのだろう。
「ねぇ、あの子達、なにしてるのかしら?」
「見てこよう」
そう言ってみんなの紛い物クソ王子である葉山が、小走りでその一団に向かった。どうやら、蛇がいたらしい。
「大丈夫。ただのアオダイショウだよ」
「お兄さん、すごーい!」
「よく触れるね」
やはり女子小学生にとって、蛇は天敵らしい。お陰で追っ払った葉山は、既にヒーローになっている。流石と言うべきか、アホらしいと言うべきか。だが少なくとも、この短時間でいきなり王子化するのは才能だろう。
「平気だよー。噛まないし、毒もないから」
「噛まなくても触りたくないし」
「「「ねー!」」」
そう言って葉山の周りに固まる女子4人。だが班は本来5人であり、そのもう1人の班員は一団から一歩引いた場所にいた。
「あの子、どうしたのかしら?」
「あまり表に出たくないのか、はたまたいじめか。まあ俺達には関係ないし、現状では何もできねーよ」
「それもそうね」
オイゲンも気付いたらしいが、2人の意見は一緒である。確かにイジメというのはその後の人生を破壊する行為であり止めるべきだが、必ずしもすぐに止めるのが吉ではない。学校という狭い社会の、更に狭い「子供同士の社会」という次元に於いては不文律こそが絶対法となる。
主も小中共にいじめられていた経験を持つが、結構これが面倒なのだ。止めるのが最善策ではなく、タイミングや工作が必要となる。因みに主の場合は小学校はタイミング見計らって、学校全体巻き込んで問題にした事で解決した。中学校は生徒会長以上の権力が手に入るポストに座り、その権力を使って奴らの入試に影響が出かける程度には問題にしておいた。
「ねぇ、お兄さん。チェックポイントって何処にあるの?」
「何処だろう?」
「一緒に探してよー!」
「じゃあ、ここだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な」
なんと葉山、ウィンクまでして小学生をメロメロにさせてしまった。これには長嶺も驚きである。
長嶺は超絶鈍感朴念仁男なのは再三言っているので知っていると思うが、それはあくまで『好意』に限定した話である。女性を惚れさせる話術なんかは、全然普通に出来てしまう。その気になれば鎮守府内の全ての艦娘とKAN-SENを口説き堕とすのだって簡単だ。今の葉山の「秘密の共有」は、実は威力の高い話術である。秘密を共有することによって親近感も湧く上に、信用している事の現れともなり、良好な関係を築きやすいのだ。
「ん〜!偶には、山でマイナスイオンを感じるのもいいわね」
「あぁ」
「ねぇ。一つだけ、聞いていいかしら?」
オイゲンは立ち止まると、真剣な声で質問してきた。他の連中とは離れているので聞こえることはないだろう。なので、ここは本来の名で呼び合う。
「どうした、オイゲン」
「指揮官は私達とケッコン、するのよね?指揮官のことだから、他に何か目的もあるんでしょ?
「目的って。そりゃあ、艦隊の強化と戦後の戸籍作りの土台、それから、まあ信頼の証かな」
いやいや。普通に愛されている事に気が付いただけだろ、と思った読者も多いだろう。だって前回、そういう風に言っていたのだから。だが、伊達に超絶鈍感朴念仁男をやっちゃいない。長嶺の言った好きとは恋愛感情ではなく、信頼や友愛での好きである。
つまりコイツは、
「そっ」
「でも急にどうしたんだ、いきなりそんな事を聞いて」
「別に。気になっただけよ」
そしてこれは、オイゲンにとっては想定の範囲内であった。オイゲンとて、この数ヶ月を任務の為、長嶺の手伝いの為だけに行動を共にしていた訳ではない。常に観察し続けて、ある程度の思考パターンなんかも読めてきていた。
その中で恋愛観に関しての考えというのが、本当に0である事がわかってきていた。なので前回の発言も、絶対こういう信愛とか友愛とかの好きから来るものだと察していたのである。
2人はまた歩き出したのだが、またオイゲンが立ち止まった。
「ねぇ、指揮官。これって、もしかしてマガジンと薬莢じゃない?」
「は?」
「これ。ほら」
そう言ってオイゲンが差し出したのは、黒い箱型弾倉と薬莢であった。しかも見た感じ、モデルガンの残骸なんかではなく本物である。
「ちょっと見せてくれ」
簡単に調べた所、マガジンの形状からしてAKシリーズなのが分かった。薬莢の方も口径が5.45x39mm弾なので、恐らくAK74と思われる。ただしメーカーの刻印はない。
しかし問題なのは、何故こんな物がここで見つかっただ。日本は銃規制に厳しいし、ヤクザや反社・半グレも精々拳銃くらいしか持ち歩かない。おまけにマガジンが純正品か、或いはそれに匹敵する工作技術で作られた物である。となるとオタクが気合いで自作した訳でも、ヤクザとも考えにくい。明らかに手慣れた、プロの物と思われる。それ以前に列記とした軍用自動小銃のAKのマガジンが出てきた辺りで既に、かなりキナ臭い。
「これ、どうするの?」
「どうしようもないだろう。これで死体でも見つかれば、話は変わる.......」
長嶺は気付いてしまった。視線の先に、緑の草と苔に塗れた白っぽい石がある。そう、石にしてはツルツルの「白い石」である。
「オイゲン、ちょっとこっち見ない方がいい」
「え?」
長嶺はそっと近づき、そのまま石を回転させた。石にしては軽く、そして4分の1程回転させると、予想通りの物が出てきてしまった。
「頭蓋骨じゃねーか.......」
「し、指揮官?頭蓋骨って、この頭蓋骨?」
「あぁ。お前が今指差してる、その頭蓋骨だ。しかもコレ、ご丁寧に弾痕までついてやがる」
出てきてしまったのは頭蓋骨。正確には下顎のない、上の歯から頭までの頭蓋骨である。それ以外の骨は見つからないが、この骨の具合から見て死後数年は経っているだろう。
「.......」
流石に応えたのか、あのオイゲンが顔を真っ青にしている。長嶺の方は何とも思っていないが、こんなブツが何故こんな場所で見つかったのかは分からない。だが確実に、この付近に何かがあるのは確かだろう。
「取り敢えず、この骨は後で回収する。この仏さんには悪いが、少し人目の付かない場所に移動させておくから、お前は先に」
「いやよ!」
「わ、わかった。なら少し待ってろ」
そう言うと長嶺は数メートル先の茂みに骨を置き、その上から草を被せてカモフラージュする。取り敢えずの暫定処置なので、なるべく早く回収する必要があるが、今は電話する暇がない。なので犠牲者には悪いが、今はこのまま放置するしかないのだ。
数時間後 野外調理スペース
「えぇ、ではこれより、カレーの調理をはじめます。先生や高校生のお兄さん、お姉さんの指示をよく聞いて、美味しいカレーを皆さんで作りましょう!」
「「「「「「「は〜い!!」」」」」」」
本日の夕飯はカレー。しかも米を飯盒で炊いて、炭火でカレーを作る本格仕様である。
「男子は私と一緒に火おこしを手伝え。女子は具材の裁断を頼む」
こちらも平塚先生の指示で、カレー作りの準備を始めた。まずは炭火を起こすのだが、いきなり問題が発生した。
「あ、あれ?」
「ガス欠っすね」
先生のライターがガス欠で、使い物にならなかったのである。しかもよりにもよって、ここのライターとチャッカマンもガス欠ときた。
「仕方ないな。比企ヶ谷、戸部、葉山!その辺の枝木を、大量に集めてこい!」
「了解っしょ!」
「めんどくせー」
「何をする気だい?」
「火起こしさ」
男子勢に枝木集めを頼んでる間に、長嶺は自分のバックパックからサバイバルナイフとファイヤースターターを取り出す。
「サバイバルナイフに、なんだね、この金属の棒は?」
「ファイヤースターター。マグネシウムの棒を金属で擦り、火花を発生させる着火機材です。言うなれば現代版火打ち石です。コイツは水に濡れても使えるので、軍の特殊部隊なんかでも使用されるヤツです」
そうこうしていると、ある程度の枝木を集めて男子達が帰ってきた。その枝木を削り、出来た木片の山に炭を置く。そして…
カシュッカシュッ!
ファイヤースターターで火を付ける。すぐに木片へと火が移り、後は仰いで炭火へと火を回せば着火完了である。
この辺りは普通にサバイバル訓練でやってるので、全然手慣れてる。
「お前、サバイバルスキル高いのな」
「これでも特殊部隊上がりの知り合いもいるからな。色々教えて貰ったし、なんなら実地訓練もしたことあるぜ」
「マジか!」
「マジマジ。蛇も蛙も食ったし、手掴みで魚ゲットしたし、即席テントも作った。あ、帰りにグリズリーも狩ったな」
因みにこれ、マジである。昔、SEALsとの訓練で敵役を演じたときに1人で50人を相手にしたのだが、その時にグリズリーが出てきた。勿論、刀で首を斬り落として終わったが。
「お前、ホントに何者?」
「ただの高校生に決まってんだろ。んなどこぞのアニメみたく、実は正体はエイリアンなんてクソつまらんオチが付いてたまるか」
(どっちかっていうと、化け物ってオチだろ)
比企ヶ谷のツッコミは大正解なのだが、その事を比企ヶ谷が知るわけが無い。
取り敢えず火も起きたので、男子組は米炊きを始める。
「小学生の野外炊飯である事を考えれば、妥当な所よね」
「家カレーだと、作る人によって個性出るよな。母ちゃん作るカレーだと、色々入ってて。厚揚げとか」
丁度水場と火を起こしてるコンロ的なスペースは、背中合わせの位置にある。そんな訳でカレー談議が始まった。
「あるあるぅ。竹輪とか入ってるべ、あれ!」
「ママカレーって、そういうのあるよね。この間も変な葉っぱ入っててさ、うちのママ結構ボーッとしてることあるかなぁ」
「その葉っぱって、ローリエだったんじゃないかしら?」
「ろ、ろりえ?」
由比ヶ浜が謎のロリっ子を創造してしまい、長嶺は謎のろりえちゃんを脳内で作り上げる。
『ふぇ〜。カレーまみれだよぉ』
(どんな状況だよ)
そして自分で想像して、自分で突っ込んでいた。
「ろりえじゃなくて、ローリエよ。月桂樹の葉でカレーやシチューなんかの煮込み料理、それからマリネとかピクルスの香り付けに使われる物よ。
特にポトフやあっさり系のスープなんかには、味付けの決め手となる事が多いわね」
「へぇー。危ない葉っぱじゃないんだ」
「寧ろ危ない葉っぱだったら、お母さん、今頃檻の向こうに居るわよ」
オイゲンの解説によって、由比ヶ浜の危ない誤解は解かれた。というか自分の家のカレーに、ヤベェ葉っぱが入ってるとかヤク中一家間違いなしである。
因みに主の母親のカレーには、8割方ローリエがカレーに混入しています。毎回私のだけに当たるという、謎の仕様ですw。
「米も炊けたし、後は煮込むだけだな」
「暇なら、小学生の手伝いでもするかね?」
「まあ小学生と話す機会も早々ないし、行こうか!」
安定のクソ王子が音頭を取り始めるが、やはり比企ヶ谷はサボろうとする。鍋を見てると言ったが、そこにドス黒い笑みを浮かべた平塚の「私が見ていよう」発言によって退路を断たれてしまい、泣く泣く比企ヶ谷も見回りに行く羽目となった。
「エミリア。この間にさっきの事、電話してくる」
「わかったわ」
そのまま正面の高台に向かって、ある程度人目から外れた位置で電話を掛ける。
『総隊長殿、どうしました?』
「今来てる千葉村に、頭部に銃槍を負った人間の頭蓋骨があった。付近には5.45mm弾の薬莢、箱型のライフルマガジンも落ちていた。
今は隠しているが、なる早で回収して欲しい」
『頭蓋骨ですか。それはまたキナ臭い。回収はしておくので、座標を送ってください』
これで一先ずは安心である。だが警戒は怠れないし、気は休まらない。勿論長嶺の実力であれば、想定できる範囲内では殲滅は可能だろう。だが今は事情を知らない一般人、つまり総武高の生徒達と小学生の目がある。流石にいつものように躊躇なしで、相手を殺すわけにもいかない。
となると、なるべくカチ合わない様にと願うしかないのである。
二時間後 テラス席
「大丈夫かな.......」
「何か心配事かね?」
由比ヶ浜の呟きに平塚が反応した。話を聞けば、あの孤立していた小学生がいじめられているのが分かったらしい。三浦なんかは「一人なのはかわいそー」とか何とか同情しているが、問題はそこじゃない。
「三浦、問題はそこじゃねーよ」
「は?」
「孤立、というか孤独でいるのは当人の自由意志だ。お前達の様にグループで固まっていようが、比企ヶ谷の様に一人で過ごそうが、そこは俺達の決める事じゃない。あくまで自らの選択で選ぶ物だ。
この事態の本質的な問題は、その子が他人の悪意、つまりイジメによって孤立
三浦は唖然としているが、そんなのはお構い無しに平塚は面倒臭そうに進める。
「それで?君たちはどうしたいんだ?」
「.......俺は、可能な範囲で助けたいです」
安定のクソ王子の「みんな仲良く理論」によって意見を述べるが、今回は雪ノ下が噛み付いた。
「可能な範囲、ね。あなたには無理よ。そうだったでしょ?」
雪ノ下に言われたは葉山は、視線を下に落としてしまっている。政治家の娘と、その顧問弁護士の息子。十中八九、何かあったのだろう。それもイジメ問題が。
だがやはり、そんなのは無視して平塚が進める。
「雪ノ下は?」
「これは奉仕部の合宿と仰っていましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」
「林間学校のサポートボランティアを仕事の一環とした訳だ。原理原則から言えば、その範疇に入れても良かろう」
「そうですか。では彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」
正直、この一言に長嶺とオイゲンはうんざりした。雪ノ下の解決方法というのは、常に正攻法の教科書通り。目先のことしか考えておらず、その後のダメージやリスクを全く考慮に入れていない。今回は自分が恐らくイジメを経験しているとは言えど、正攻法の解決方法しか出せず、事態が悪化するのは目に見えている。そんな奴には正直、全く任せたくない。
そんな事を考えている間に、話し合いは助ける方向で固まっていた。まだ何も「助けて」とは言われて無いのだが。そして職務怠慢クソ教師の平塚は、一人さっさと寝てしまった。
「つーかさー、あの子結構可愛いし他の子とツルめばよくない?試しに話しかけてみんじゃん。仲良くなるじゃん。よゆーじゃん!」
「それだわー。優美子さえてるわー」
三浦がドヤ顔で言ってるが、それはコミュ力が高くて初めて成立する。今の状況下では話し掛けるのすら困難であるのは想像にかたくないし、寧ろ火に油に注ぐ形になる可能性がある。
「足がかかりを作るという意味では、由美子の意見は正しいな。けど今の状況下だと、話し掛けるハードルが高いかもしれない」
顔には出してないが、長嶺とオイゲンは驚いていた。いつもみんな仲良くとしか言わないクソ王子が、初めてマトモな事を言ったのだから。
「はい」
「ヒナ、言ってみて」
「大丈夫、趣味に生きればいいんだよ。趣味に打ち込んでいるとイベントとか行くようになって、色々交友広がるでしょ?きっと本当の自分の居場所みたいな、見つかると思うんだよね。学校だけが全てじゃないって気付くよね。
私はBLで友達ができましたー!!ホモが嫌いな女子なんて居ません!!雪ノ下さんも私と」
「優美子。ヒナと一緒にお茶取ってきて」
最初の方はマトモな事を言っていたのに、後半で見事に壊れた海老名。流石に小学生からBLの世界に突入するのは、なんか先が思いやられる。
にしても本日の葉山、なんか覚醒したのか調子がいい。このまま…
「やっぱり、みんなで仲良くできる方法を考えないと、解決にならないか」
続かなかった。いつものクソ王子、葉山くんに戻りやがった。というか「みんな仲良く」が出来れば、この世は戦争なんて無い。今のロシアとウクライナの戦争も、無かっただろうに。
「そんな事は不可能よ。一欠片の可能性もないわ」
「ちょっと雪ノ下さん!アンタなに?」
「何が?」
「折角みんなで仲良くやろうってのに、なんでそんな事言う訳?別にあーし、アンタのこと全然好きじゃないけど旅行だから我慢してんじゃん!」
はい面倒事発生。こうなるから嫌なのだ。三浦も三浦だが、その安い挑発に乗っている辺り、雪ノ下もガキである。
「あら、意外に好印象だったのね。私はあなたの事きらいだけど」
「このっ!」
「優美子、やめろ」
「雪ノ下も安い挑発にのんな。ガキかおどれは」
見かねて葉山が止めに入ったので、長嶺も雪ノ下に文句を言う。案の定、食って掛かってきた。正直、面倒である。
「ガキとは、少し癪ね。私は売られた喧嘩を買っただけよ」
「いや、それがガキだって言ってんだよ。別に喧嘩を買うも買わないもテメェの勝手だが、それが今じゃない事くらいわかんだろ。一応協力する立ち位置で、これから問題に全体で取り組もうって言うんだ。もうちょい、クールにいきやがれ
アイツらの仲をどうするは別だが、俺達は葉山じゃないが少なくとも表面上は仲良くやっといて損は無いはずだ」
合理的な論理を絶対零度の視線を向けながら、うんざりとした表情で淡々と答える。雪ノ下以上にキツい態度に、流石の雪ノ下も黙るしか無かった。会議は結局不完全燃焼で終わり、明日に備えて眠りにつくのであった。