最強提督物語〜大海原を駆ける戦士達〜   作:鬼武者

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第五十二話そして彼は闇へと赴く

修学旅行の翌日 教室

「人の口に戸は立てられぬとは言うが、幾らなんでも回るのが早すぎんだろうがおい」

 

「人って怖いわね」

 

修学旅行での楽しい一時(一部に取っては地獄の一時)は終わりを告げ、今日から普通に学校が始まる。いつもの様に長嶺とオイゲンは教室に入ったのだが、今日の2ーF、いや、総武高校全体が何処か浮ついている。

その原因は、昨日辺りから出回り始めた噂によるものだった。「ヒキタニが戸部の告白を邪魔した」というもの。まあ実際、これは真実である。何も間違えてはいない。確かにあの時、ヒキタニ、つまり比企ヶ谷は戸部が海老名に告白しようとしたタイミングで、嘘の告白を持って邪魔した。だがこれは、仕方がない事であったのもまた事実。悪い噂は広がり易いというが、比企ヶ谷の場合は文化祭での一件やそれまでの諸々が重なり、爆発的なまでの広がり方を見せた。

 

「あ、来たぞ」

 

「(よく来れるわよね。あんな事をしておいて)」

「(あんなクズ、消えてしまえば良いのに)」

「(なぁ?ならさ、一つ提案が)」

 

比企ヶ谷が教室に入るや否や、いきなりヒソヒソとされ始める。これまで他人の悪意にこれでもかと晒されてきた彼に取っては、さほど気になる程でも無かった。

 

「ねぇ真也。これ、どうするの?」

 

「恐らくこの出所は、葉山グループからだな。となると迂闊に動けば俺達の立場が悪くなるばかりか、更にアイツの立場も悪くなる。今は取り敢えず静観する他ないな」

 

今の所、比企ヶ谷自身に何かしらの実害は出ていない。暴力も振るわれてなければ、窃盗や所有物を隠されたり壊されたりした訳でもない。実害がない以上、静観するという判断は妥当だろう。だがこの判断は、後に凶と出る。

 

 

 

昼休み 特別棟 屋上

「話しってなんだ、相模」

 

「来たんだ。へぇ」

 

どういう風の吹き回しか、相模が比企ヶ谷を呼び出したのだ。知っての通り、文化祭での一件で相模は比企ヶ谷を敵視している。比企ヶ谷としても余り関わりたくないが、曲がりなりにも葉山グループの次に影響力を持つグループのボス。無視する訳にも行かず、行ってしまったのだ。

 

「.......用がないなら帰るぞ」

 

「あるよ、大事な要件が。謝って、今、ここで」

 

「は?」

 

「ここで私は、今までで一番の屈辱を受けた。だからここで、私に謝罪しろって言ってるの。土下座、するわよね?」

 

比企ヶ谷も「はいそうですか」と土下座に移れるわけではないし、そもそもいきなり過ぎてまだ考えも纏まっていない。それを見た相模はニタリと嫌な笑みを浮かべると、「時間切れ〜」と言った。

次の瞬間、比企ヶ谷の身体が宙に浮いた。

 

「アンタさ、何様のつもり?マジでイラつく。アンタみたいなクズ中のクズと同じ教室で、同じ空気を吸ってるって考えるだけで吐き気がしてくるんだけど。でさ、それを友達に話したらここにいる子達も同じ思いらしくてさ、今から罰を与えようって訳」

 

そう言う相模の周りには三人の男達がいた。それぞれが柔道や空手をしているクラスメイトで、相模グループと同等の立ち位置にいる人間である。こういう連中がいるという事は、この後の運命は言わずとも察して貰えるだろう。リンチである。それも顔や手ではなく、胴体に限定した物。これなら服を脱ぎでもしないと分からない以上、校内でバレる事はない。

加えてこの場所も、元々人通りが少ない場所な上に、ここに続く階段は他のクラスメイトによって出入りを監視してもらっている。この事を知っているのはリンチしている三人の男子生徒と、首謀者の相模、階段を見張る相模の取り巻き女子生徒、そして被害者の比企ヶ谷のみである。

 

「いってぇ.......」

 

「良い?もし、アンタが教師に密告でもしたら…」

 

そう言いながら比企ヶ谷の手を自分の胸に持っていき、そのまま揉ませた。その瞬間を写真で撮って貰った辺り、これで脅すつもりらしい。

 

「わかるでしょ?」

 

「わかっ.......た.......」

 

「それから、これからアンタは私たちの奴隷ね。手始めに明日から毎日、昼休みはここに来なさいよ?あ、そうだ。下には私の友達が見張ってるから、ここでボコられてる間に助けとかも来ないから」

 

何も答えられなかった。もしこんなのが出回れば、普通に警察沙汰になるだろうし、流石に実刑判決を喰らう事はなくとも、今後の人生が壊れるのは間違いない。大人しく従うしか無かった。

昼休みが終わり、放課後となった。あの後、相模達からパシられる事もなく、いつもの様に奉仕部への部室へと向かった。だが、そこで比企ヶ谷は聞いてしまったのだ。それは、部屋に入ろうとドアノブに手を掛けた時だった。

 

「今日も来るのかしら。あのクズ谷君は」

 

「出来れば来て欲しくないなぁ」

 

「ええ、全くその通りね。もうやめてくれないかしら」

 

二人の会話を聞いてしまった。よくアニメとかである、都合の良い聞き間違いなんかではない。明確に、ハッキリと拒絶されたのだ。これを聞いた瞬間、比企ヶ谷は家へと走り出した。もう、帰ろう。帰って、ラノベ読んで、もう奉仕部には行かない。それでいいんだ。元に戻るだけだ。そう自分に言い聞かせながら、家路を急ぐ。だが、帰っても安寧は訪れなかった。

 

「お兄ちゃん!結衣さんから聞いたよ!本当に最低!何でそんなことするの!?見損なったよ!」

 

「待ってくれ小町!俺の話を」

「聞きたくないよそんなよ!!もう話しかけてこないで!!!!」

 

家に帰れば安心かと思いきや、最愛の妹にすら拒絶されてしまった。この瞬間、比企ヶ谷の心は完全に壊れた。

 

「は、はは。なんだよこれ。俺は一体、なんで生まれてきたんだ.......」

 

脳裏に蘇るのは、生まれてからの日常だった。両親に優しくされた記憶は、殆ど無かった。二歳の頃に小町が産まれて以降、両親は小町と仕事にばかり気を取られていて自分の相手はしてくれなかった。当時は「それが兄の宿命」だとか「世の兄が通る道」程度に考えていたが、今から考えると異常と言える。所謂ネグレクトというヤツだろう。小学校に入る頃には目が腐り始めてイジメにあい、中学でもクラスのマドンナに告白して振られて、その翌日には学校中に広まってまたイジメられた。高校に入れば、車に轢かれてぼっちコースに入り、ようやく本物といえる存在達と出会えたかと思えば、また明確に拒絶された上にイジメにもあった。

常人ならとっくの昔に精神の限界が来て、自殺してしまっていても可笑しくない。タフなメンタルを持つ比企ヶ谷でも、流石にもう限界だったのだ。物置から家具をまとめるのに使うロープを取り出し、一人自転車を漕いで家の近くにある雑木林を目指す。途中の自販機で大好きなマックスコーヒー、マッ缶を買って、また漕ぎ出した。

 

 

「ここで良いか」

 

目星い場所に自転車を止めて、少し奥へと歩く。適当な高さの木にロープを巻き付けて、首吊りの準備を整える。この世との別れに、最後にマッ缶を飲んだ。超絶甘く、小町からも「体壊すよ」と何度も言われる程のマッ缶が、いつも良く飲む、というか今日の二時間目と三時間目の間にも飲んだ筈のマッ缶が、少ししょっぱく感じた。

 

「ははは。可笑しいな、甘い筈なのに塩っぱいぞ.......」

 

その理由は簡単だった。頬に液体が流れている。視界も少し、ボヤけている。涙が入ってしまったのだ。やはり寂しいし、悲しいし、虚しいのだ。比企ヶ谷とて一人の人間。一度で良いから、一瞬でも良いから、また今度こそ本物に出会いたかった。

だがもう、どうする事もできない。マッ缶を飲み干し、首に縄をかけて、踏み台代わりのビール瓶か何かを詰める箱を蹴飛ばした。

 

「グッ!」

 

首が一気に締まり、息が急にし辛くなった。今までで一番苦しいのだが、これを乗り越えれば自由だと思えば余り苦にはならなかった。

 

ズドォン!!

 

大きな破裂音というより、爆発音に近い爆音が鳴り響く。その音が鳴ったのと同時に、身体が地面へと落下した。

 

「よぉ比企ヶ谷。こんな夜更けに、こんな林の奥で、しかもロープを木にくくりつけて、何してんだ?」

 

聞き覚えのある声に顔を上げると、目の前に居たのは拳銃を構えた桑田の姿であった。

 

「なんで助けた.......」

 

「ん?」

 

「なんで助けたんだよ!!俺なんか、俺なんか居ても居なくても同じ!いや、寧ろ居ない方が遥かにマシだったんだよ!!!!友達は居ないし、家族からすら愛されてない!!そんな俺が少しだけ、本物を感じられた場所は、もう完全に失われた.......。もう俺が、生きてる意味なんて無いんだよ!!!!死なせてくれよ!!!!!!」

 

そう言いながら、また比企ヶ谷は泣いた。正直、近い内に自殺すると見抜いていたが、まさかここまで傷付いてるとは思っていなかった。長嶺の予想としては死ぬまでに経験する苦しみに、死ぬのを後悔して助けたらそのまま「もう死のうとは思わない」という方向になるだろうと予測していた。

だが蓋を開けてみれば、ここまで心がズタボロになってたとは思わなかった。こうなったら、もう一回死んで貰う必要がある。

 

「そうか。なら、俺が殺してやろう」

 

そう言って、長嶺は右手に持つ愛銃の阿修羅HGを比企ヶ谷の額に向ける。そして引き金を引いた。

 

カチッ

 

金属と金属が軽くぶつかる音が鳴っただけで、弾丸は発射されていなかった。勿論、比企ヶ谷も無傷である。

 

「比企ヶ谷、お前は今ここで死んだ。コイツに実弾が入ってりゃ、テメェの脳味噌がここにぶち撒けられてるだろう。時間も、金も、弾丸も、幾らでも無駄にしていい。だが命だけは、絶対に無駄にしちゃいけない」

 

比企ヶ谷はただ呆然と、そこに立ち伏せるだけであった。そんなのお構いなしに、長嶺は続ける。

 

「お前さっき、居ない方がマシだと言ったな?そんな訳あるか。俺は、いや。俺と、その仲間はお前の類稀なる才能を必要としている。世界中どれだけ探しても、お前と似た様な才能を持つ者は居ても、まるっきりお前と同じ才能を持つ者はいない。

友達がいないと言ったが、俺は確か友達だと言った筈だ。家族から愛されないなら、自分で家族を作れ。本物を感じられる場所が消えたなら、また作るか見つければ良い」

 

「そんな事が本当に、出来るのか.......?」

 

「保証はできない。だが世界は、お前の想像以上に広大で深い。お前はまだ、表の世界しか知らない。どうせ一旦死んだんだ。試しに裏の世界を覗いてから死んでも、バチは当たらねぇよ。もしそれでも死ぬというのなら、今度はきっちり俺が殺してやる」

 

そう言う桑田の目には、いつも高校で見せる顔ではなかった。もっと別の、何か関わってはいけない気がするが、目の前の男となら問題なさそうとも思える、そんな気持ちにさせる不思議な顔であった。

比企ヶ谷は無言で立ち上がると、堂々と言い放った。「どうしたら、いい」と。長嶺は少し笑うと、「付いてこい」と言って雑木林から出て行った。

 

「これ、お前の車か?」

 

雑木林にはハザードを焚いた、まるで戦闘機の様な攻撃的なフォルムをした漆黒のスーパーカーが止まっていた。余り車に詳しくはないが、見るからに高いだろうし外車だと思われる。というかまず、高校生で車に乗ってるのが可笑しい。免許が取れるのは18歳、つまり三年生からである。という事は、無免許運転という名の犯罪を犯している事になってしまう。まあさっき銃持ってたし、撃ってたので、もう遅いのだが。

 

「あぁ。ブガッティのシロンを俺と、俺の仲間で改造したモンスターマシンだ。さぁ、乗れ乗れ」

 

「俺は捕まりたくないぞ」

 

「免許なら持ってる。俺、本当は18だし。それに銃の所持も、発砲も、違法じゃない」

 

全く実感が持てないが、取り敢えず助手席に座った。中は色んなメーターやスイッチがあって、結構物々しい。

シートは見た目こそ、レーシングシートとかいうベルトが後ろから伸びてるヤツなのだが、座り心地は普通の車の様に良い。ちょっと手間取ったが、シートベルトもつけられた。

 

「行くぞ」

 

聞いた事もない重低音を響かせるエンジン。普通の車よりも加速が良く、シートに押さえ付けられる感覚がある。イメージとしては、飛行機が離陸する瞬間の様な感じだろう。

 

「今から何処に行くんだ?」

 

「神奈川だ」

 

今から千葉の対岸にある神奈川に向かうという。対岸と聞くと近そうに聞こえるが、大体ここから東京湾を半周する事になる。意外と目的地が遠い事に驚きつつも、これから約二時間、今や謎の男となった同乗者との間がとにかく気まずくなるのが分かった以上、比企ヶ谷的にはゲンナリしていた。

 

「お前、大方気まずくなるとか思ってたんだろ?気にしなくて良い。寝てても良いし、ただ単に景色を見てても良いし、何か聞きたい事があるなら答えてやるよ」

 

「.......じゃあ、お前は何者なんだ?」

 

「いきなりここじゃ答えられない質問かよ。それは目的地に着いたら、答えてやろう。他には?」

 

「なんであそこに居たんだ?」

 

「簡単だ。奉仕部の部室からお前が走っていくのが見えてな。なんか今日くらいに自殺しそうな位の悲壮感漂う顔してたから、取り敢えず跡をつけさせて貰った。で、雑木林まで来たのは良いが、途中で見失ってな。探してたら、ちょうど首をつってた訳よ。で、もう拳銃でロープ撃って、助け出した訳だ」

 

とは言ってるが、実際は少し違う。諜報のプロでもある長嶺が、雑木林という入り組んだ場所とは言えど、素人に尾行を撒かれるなんて事はない。木に縄を括り付けるのも、比企ヶ谷が泣きながらマッ缶飲んでるのも、首に縄をかけるのも、バッチリ見ている。

 

「今度は俺からの質問だ。答えなくても良い。今日、一体何があった?学校中で例の告白の一件が出回っているのは知っているが、お前はその程度で自殺に踏み切らないだろ?絶対他に何か、決定的な出来事があった筈だ」

 

「何お前。エスパーなの?」

 

「あくまでお前をこの約半年間、じっくり観察した上で導き出したお前の思考パターンや精神構造と、現状を照らし合わせて考え出しただけだ」

 

普通なら信じられないが、多分コイツならやりかねないという思考が比企ヶ谷にも生まれだし、まるで当然かの様に思えた。

そして比企ヶ谷は今日の事を全て話し出した。相模の一件、奉仕部での拒絶、小町からの拒絶、そしてこれまでの人生で受けた事も。それを長嶺はただ黙って聞いていた。最後に比企ヶ谷はこう締め括った。「本当に、こんな俺でもお前の仲間は受け入れてくれるのか?」と。長嶺はそれに対して、不敵な笑みを持って答える。

 

「俺の仲間達は、元々色んな事をしてきた奴がいる。軍人だった奴、他国の諜報員だった奴、医者だった奴、警官だった奴、他にも色々。こういう合法の仕事だった奴もいるが、中には殺し屋、マフィア、ヤクザ、テロリスト、非合法地下闘技場のチャンピオン、逃がし屋とか掃除屋とか闇商人みたいな映画でしか聞いた事ない様なマジの裏世界の住民だった奴までいる。安心していい。ただ」

 

「ただ?」

 

「全員気のいい奴らばかりで、元は悪人でも仲間に手を出す様な奴はいない。これは保証する。うん。だがな、個性が強すぎるんだよ」

 

「は?」

 

「例えば殺人的なまでに料理が下手な奴とかな。料理のアレンジで何故か毒ガスを生成したし」

 

予想の遥か斜め上を行くぶっ飛び具合に、比企ヶ谷の脳は考えるのをやめた。さっきまで悩んでいた事とか、自殺しようとしてた事まで、見事に忘れ去ってしまうくらいに。ある意味、良かったと言える。

車は進み、いよいよ目的地である江ノ島近くへとやってきた。この辺りでようやく、比企ヶ谷の止まっていた思考回路が復活して「もしかして目的地は江ノ島では?」という考えが出て来るくらいになった。

 

「見えてきたぞ」

 

「江ノ島.......。もしかして、鎮守府か?」

 

「そうだ。江ノ島鎮守府自体、色々特殊でな。あの地下には、総理大臣も知らない、世界最強の特殊部隊の本部が置かれてる」

 

「法律上、軍と自衛隊の最高司令官は総理だろ?その総理が知らないなんてあるのか?」

 

「あるんだよ、それが。2020年の深海棲艦の発見以降、世界のパワーバランスは著しく変動した。世界地図の勢力図が大きく書き変わるほどに。日本は艦娘の登場により、世界最大の超大国の地位に躍り出た。条約で世界中、ありとあらゆる海で日本の法律が適用される位には世界も日本に頼らざるを得ない状況だ。世界中が日本こそが最後の希望だとしている、というのが表向きだ」

 

過去の話を見てきた読者諸氏なら実情がどうなっているかは知っての通りだろうが、国民には今の美辞麗句が真実として公表されている。

 

「違うのか?」

 

「国家って言っても、所詮は人間の集まり。言っちまえば超発展した群れ社会だ。人間には欲がある。食欲、睡眠欲、性欲を筆頭とした三大欲求は勿論、出世欲や独占欲、はたまた嫉妬なんかの感情も国家システムに反映されてしまう。その結果何が起こるかと言うと、持たざる者が持つ者に対して逆恨みし始める」

 

「.......まさか」

 

「日本は今、各国から恨まれてるのさ。勿論その国の国民レベルではなく、支配者層の、それも極一部だがな。実際、現場間では余りそういう思想を持った奴は少ない。まあ、ぶっちゃけたまーにそういう思想を持った面倒な輩が居たりするんだが。

そしてこれは、悲しい事に中でも同じ事が起きるんだよ。艦娘を操るのは提督であって、提督は誰でも望めばなれるものではない」

 

「確か、妖精とかいうのが見えないとダメなんだろ?」

 

「そうだ。その妖精が見える奴自体、本当に少ない。現在その能力が確認されてるのは日本人以外には居ない。恐らく民族的な遺伝なんだろうって話だ。

話を戻そう。現職の提督には様々な特権が与えられる。何せ世界で唯一、深海棲艦を相手取れる艦娘を使役できる希少な存在だからな。例えば世界各国の軍事組織への指揮権や基地の使用権、各国の領域の往来と領域内での交戦権、艦娘との婚約関係になる権利等々。色々とあるんだが、中には地位や特権を悪用して艦娘を虐待する奴とか私利私欲の為に利用する奴がいるんだ。そういう連中を秘密裏に消し、日本の転覆を狙ったり妨害工作する輩の排除し、時には艦娘と共に深海棲艦を撃退する秘密特殊部隊。それが今からお前に入って貰うつもりの組織だ」

 

いきなり映画やアニメの世界の話が現実に飛び出してきて戸惑うが、昔重度の厨二病罹患者だった為、意外とすんなり脳内に入ってきた。因みにどのくらい酷かったかと言うと、魔界日記なる物を付けてみたり、謎の創造神を創造してみたり、政府報告書なる謎の書類(千枚近くの紙束)をポストに投函してみたり、色々やってた。ぶっちゃけ、材木座と方向は違うが同レベル。

 

 

 

江ノ島鎮守府 正門

「止まれ!」

 

完全武装の歩哨2人が、銃剣をつけた20式小銃を向けてくる。奥から上官の兵士が現れて、身分証の確認をしてきた。

 

「IDを確認しました。どうぞ、お通りください」

 

バーが開き、銃を持っていた歩哨2人も銃を下げて、敬礼を持って見送ってくれた。そのまま車は敷地内を走って行き、地下駐車場に入っていく。

 

「降りろ」

 

そのまま奥のエレベーターまで進み、案内されるがままについて行くと『提督私室』と書かれた部屋に通された。

 

「さて、じゃあ俺も正体を見せますかね」

 

「は?」

 

そう言って比企ヶ谷の方に顔を向けると、顔が急に消えて真っ黒なゴム製のマスクが現れた。顔も口も分からない。マスクと言うより、袋をかぶっていると言った方が正しいかもしれない。

そのままゴムマスクを剥がすと、そこにはテレビでよく見る男の顔があった。

 

「この顔では初めましてだな。江ノ島鎮守府の提督にして連合艦隊司令長官、そして海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長、長嶺雷蔵海軍元帥だ」

 

「は?いや、え?桑田は!?」

 

「桑田真也は俺が作り出した架空の男。この世には存在していたが、もう十年前に老衰でこの世を去ってる。その戸籍を利用して、作り出した」

 

「てことはつまり、本物の桑田真也はいなくて、俺の前にいた桑田真也は提督が作り出した偽物?」

 

「そういうこと」

 

思いもよらない人物の登場と、こんな身近にそんな映画とかドラマのワンシーンみたいな事が起きていたとは思っておらず、少し思考が止まった。だが裏を返せば、さっきまでのことが全て真実という裏付けともなる。つまり信用できると言うことだ。

 

「てことは、エミリアもか?」

 

「あぁ。エミリア・フォン・ヒッパーも、現在進行中の作戦に際して作り出した戸籍だ。詳しくは、本人に話して貰うとしよう」

 

「あら、まだノックしてないんだけど?」

 

「気配でわかるわ」

 

比企ヶ谷が振り返ると、赤と鼠色の軍服の様な見た目をした結構セクシーな格好したエミリアがいた。

 

「エミリア、なのか?」

 

「そうよ。でも、今日は本名を名乗るわ。第三帝国の奇跡、アドミラル・ヒッパー級三番艦。プリンツ・オイゲン。これが私の本当の名前」

 

「艦娘だったのか.......」

 

「それが違うんだなぁ。艦娘とは似て非なる存在、KAN-SENと呼んでいる。彼女達は言うなれば、別世界の艦娘みたいなもんだ。

ちょっと前にある任務でそれが発覚し、完全に元の世界と断絶されててな。さっき言ってたこっちの諸々の事情もあって、身の安全と衣食住を保証する代わりに、俺の指揮下に入ってもらっている。ぶっちゃけると、ウチの鎮守府は艦娘よりもKAN-SENの方が比率は高い。マジで7、8倍くらい差が開いてる」

 

「でもなんで、そのKAN-SEN?と現職の海軍のトップが高校に来てるんだ?」

 

「それはまあ、グリムが来てから話すか」

 

暫くすると、今度は別の若い男性が入ってきた。エミリア、もといオイゲンの様なアダルティな格好かと思いきや当たって普通のTシャツに短パンの格好であり、少し安心した。

 

「総隊長殿、彼が?」

 

「そうだ。紹介しよう比企ヶ谷。俺の右腕にして、霞桜の副長。グリムだ」

 

「グリムです。よろしくお願いしますね、比企谷八幡さん」

 

「えっと、なぜ俺の名前を?」

 

「総隊長殿より、お話は伺っております」

 

若いとはいえ、絶対に二十代後半の筈なのに物腰柔らかな言葉で接してきた。比企ヶ谷が元から軍人に持っていたイメージと、さっきまでの長嶺の話を聞いて出来たイメージとしては

 

『Hey フールボーイ、ここは地獄の一丁目。死ぬ覚悟は出来てるのか?』

 

みたいな感じで来ると思っていた。こういうタイプの人が出て来たらチビる自信しかなかったのでグリムの様なタイプで良かったのだが、一方で拍子抜けでもあった。

 

「さて。じゃあさっきの質問に答えようか。グリム」

 

「はい。まずはこちらを聞いてください」

 

イヤフォンを渡されたので、耳につけてみる。「流しますよ」と言われると、酷いノイズの掛かった音声を聞かされた。日本語じゃないのはわかったが、何処の言語かは分からない。

 

「なんだこれ」

 

「俺達も分からん。だがノイズ除去や解析を行った結果、取り敢えず『総武高校、暗殺計画、まもなく開始、戦闘員は帝国海軍の』という単語達が判明した。俺達はこの暗殺計画とやらに、総武高校が関係していると睨んで捜査しているんだ」

 

「もしかして千葉村の連中か?」

 

「いや。あれはURっていうアフリカのテロ集団だ。恐らく今回の一件は、国家権力相当の力が無きゃ成し得ないと考えてる。それに多分、ターゲットもウチの学校内の奴じゃないと思ってる」

 

「雪ノ下は?アイツの親、確か議員だろ?」

 

「確かに議員だ。だがアイツの親は所詮、県議会議員ってだけで、ぶっちゃけこんな大層な暗殺計画を練る必要がない。というか殺しても旨味がない。表では多少権力を持ってるが、俺達からしてみれば居ても居なくても変わらない矮小な存在に過ぎない。だからまあ、アイツは問題ないだろ。まあ別に国民が少々死んでも構わないし」

 

サラリと軍人らしからぬ事を言う長嶺に、比企ヶ谷は己の耳を疑った。軍隊はその国の、国民を守るために存在する。その存在が「別に国民が死んでも構わない」と言いのけたのだ。驚きもする。

 

「あ、今何でだって思っただろ?俺達の部隊の存在意義とは、国家(・・)を守る事であって国民(・・)を守る事じゃない。命にも優劣や価値を付けるし、利用するだけの価値やコチラにメリットがあるなら死刑囚だろうと生かす。だが利用価値も無ければデメリットがあるのなら、例え総理や生きながらにして天国に行けるのが確定している様な善人でも殺す。

それに俺達の守る優先順位は、第一に自分の仲間達、第二に日本、第三に価値のある人間、第四に国民って所だ」

 

とても冷たく感じるが、これはとても合理的でもある。確かに1人の為に多数を犠牲を強いるのなら、自分なら1人を切り捨てるだろう。だがそれは、1人が他人だった時だけだとも思う。もし仮にその1人が自分の愛する人なら、多分出来ない。だから、それを聞いてみた。

 

「もし仮に、1人を殺せば多数が助かる状況だったとして、その1人が自分の仲間ならどうするんだ?」

 

「殺すよ。何の躊躇いもなく、他の有象無象と区別なくな」

 

即答だった。まるでそれが当然で、自然な事で、常識であるかのように。心底驚くが、それくらいの覚悟がいるとも分かった。恐らく昔にも、切り捨てた経験があるのだろう。言葉の重みが違った。

 

「すまん、ちょっとトイレ」

 

そう言って席を外す長嶺。今この部屋にはオイゲンとグリムしか居らず、とても気まずい。そんな空気を破って話し出したのはグリムだった。

 

「あーは言ってますけど、絶対にそんな事しませんよ」

 

「そうね。だってアイツ、敵には容赦ないくせに味方にはゲロ甘だもの」

 

「.......そうなのか?」

 

「そうよ。元々私、というより私の所属している陣営と指揮官との出会いは戦場で、それも敵同士としてだった。その後も何度か戦場であったけど、普通に助けてくれたし。それにその後も、普通に誰かの身代わりに攻撃を受けたりとかして味方を救ってるわよ」

 

「私もあの人と何度も戦場に立ちましたが、誰もが生存を諦めていた仲間を救い出す為に、たった1人で戦地に飛び込んで救出したりとかもしてますよ。あんな事言ってますけど、あの人がいる限り仲間は絶対に見捨てません。自分の手が届く範囲で助けを求めているなら助けますし、例え遠く離れていても、仲間の為なら全てを捨ててでも助けに行きますよ。

だから私達は、あの人の指示に従っているんです。あの人について行けば、どんな過酷な戦場でも生き残れますし、仮に死ぬ事になってもあの人の為なら死ねます」

 

オイゲンのは良いとして、グリムの方はドン引きだった。これでは忠誠心ではなく、もう一種の狂信である。カルト宗教の信者並みの覚悟と言えよう。長嶺の場合はその人徳と性格、そして他者の為の自己犠牲でそうなってるだけなので風評被害でしかないのだが。

そんな事をしていると、長嶺が部屋に戻って来た。また話の続きになったのだが、今度は説明ではなく、比企ヶ谷への依頼だった。

 

「まあさっきも話した通り、俺達の任務はそういうわけなんだが、ぶっちゃけると全然尻尾が掴めてない。マジで影すら見えてこない。となると、今以上のポストに着く必要がある。

その為に比企ヶ谷、お前を利用させてくれないか?」

 

「自慢じゃないが、俺の立場は最底辺だぞ」

 

「知ってるとも。なら、下克上といかないか?」

 

ここからの長嶺の依頼は、比企ヶ谷にしてみれば難しい物だった。どういうことかと言うと「生徒会長になれ」という、まあまず無理な物である。今の比企ヶ谷の立場はこれまで以上に悪くなり、下の下もいい所の最底辺。そんな男が生徒会長になれるか?否である。

そこで出てくるのが下克上。つまり、立場を入れ替えようということだ。曰く「工作はこっちでやるから、そっちは上手いこと生徒会長になれるように頑張れ。サポートはキッチリやってやる」らしい。

 

「でも、一体どうするんだ?」

 

「取り敢えず、今のお前が潰すべき存在を挙げていこう。まずは相模と暴力振るった奴ら。次に葉山。それから平塚もだ。後、最後に奉仕部。正確には雪ノ下と由比ヶ浜だ」

 

その一言に比企ヶ谷は驚いた。そして全力で止めに入ったのだ。やめてほしいと。拒絶されたとは言え、少しは本物を感じられた初めての場所。そう簡単に切り捨てられない。

 

「気持ちはわかる。だが、アイツらからすれば、お前は使い勝手の良い使い捨ての備品にしか思われてないぞ」

 

「そんな事は.......」

 

「これまで、その本物を除いて、お前は奉仕部で報われた事があるか?アイツらが依頼を解決した事があるか?お前はあそこで、なんと言われてきた?」

 

比企ヶ谷の脳内に、これまで奉仕部で過ごしてきた記憶が走馬灯の様に蘇ってきた。

 

この腐った目の生徒に興味があるのかしら?なら、やめた方が良いわよ?  犯罪者予備軍 ヒッキーマジでキモい  比企ヶ谷菌  ヒッキーキモ 

 

あなたのやり方、嫌いだわ 人の気持ちもっと考えてよ

 

決心は、ついた。

 

「下克上、したい」

 

「.......いい眼だ。さぁ、反撃を始めよう。なーに心配するな。テメェのバックには、世界最強の海の女戦士達と世界最強の特殊部隊。そしてこの俺が付いてる。もうお前に、敵はいない」

 

そう言った桑田、いや。長嶺雷蔵の目は、心の支えになるくらいに安心できてしまう顔だった。

 

 

 

 

 

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