相模が失墜した日の放課後 屋上
「そろそろ、だな」
今回のSNSで上がっていた一件で学校側は、相模の取り巻きと実際に暴力を振るっていた三人は退学処分となる事とした。相模に関しては取り巻きと実行犯三人からの証言も上がったとは言えど、確たる証拠が無かったことで不問となった。しかし文化祭実行委員会での件により、一週間の停学処分となった。他の実行委員をサボっていた生徒も軽い者だと訓告処分、悪質と認められた場合に関しては停学処分となった。
相模を潰したので、次なる手を打つ為に長嶺は動き出した。まず手始めに今回の一件で鍵となる、一人の生徒を屋上へと呼び出した。
「アンタがあーしを呼ぶって、一体どんな要件なわけ?」
「急に呼び出してすまねぇな、三浦」
呼び出したのはクラス内に確固たる地位を持つ、葉山グループの女王。三浦である。
「ていうか、何これ。『話がある、屋上に来い』って。不良の喧嘩じゃないんだから、もっとマシなの書けし」
「悪いな。今回の一件は、告白みたいな明るい話題ではない。結構真面目な用件だ」
「いつになくマジじゃん。でも、あーしは協力しない。だって面倒だし」
こう返ってくるのも想定の範囲内どころか、一番最初に想定した返し方である。三浦はもう、協力するのが確定したようなものだ。
「そう言うな。別に難しい事は頼んじゃいない。明日、放課後に奉仕部の部室にお前と葉山、それに大岡、大和、海老名と戸部を連れて来い」
「は?何で連れて行かないといけないわけ?」
「お前が修学旅行先で気にしていた事の答えを、それを見せてやる」
「でもアレって、ヒキオが嘘の告白したじゃん。なんで今更」
「簡単だ。その話、真実である一方で真実じゃないんだよ」
勿論色々聞かれたが、明日来れば分かるで押し通した。その日はそのまま鎮守府に帰還し、翌日も普通に登校。そして運命の放課後、作戦を開始した。
今回の話に比企ヶ谷は、敢えて同席させない事にした。何せコイツがいると、絶対全てをなすりつけに来るからである。逃げ道を遮断するのは、戦術の基礎中の基礎だ。
「あら、来たのね桑田くんにエミリアさん」
「あぁ。あ、そうだ。今日ここに、客人が来ることになった」
「お客さん?もしかして、クワタンが見つけた依頼者!?」
能天気な由比ヶ浜に、クールな雪ノ下。いつも通りだが、これまでの行動を見ると反吐が出る。いずれにしろ、今からは二人にとって地獄の時間となるのは間違いないだろう。
「いや、依頼人じゃない。そろそろ来る筈だが」
扉が開き、中に葉山グループの面々が入ってくる。予想だにしない人間の登場に、特に雪ノ下は不機嫌そうだ。由比ヶ浜はただ驚いてるだけで、別に不快には思ってないらしい。
「さーて、役者は揃ったな」
「桑田くん、何で僕たちを呼んだんだい?」
「そうよ。説明してもらうわ」
「まあそんな焦んなって。エミリア」
「はいはい」
オイゲンは扉の前まで行くと、鍵を締めて扉の前に陣取った。まるで「ここから先は通さない」と言わんばかりに、ど真ん中を抑えている。
「今から全てが終わるまで、この部屋からは出さないわ。門番は私。もし力づくで突破するなら、容赦なく捩じ伏せるわ」
「え、えっと、これはどういう.......」
「心配しなさんな。何も取って食うわけでも、危害を加えるつもりもない。今から細やかな、そうだな。俺の推理ショーを聞いてもらうだけだ」
全員戸惑っているが、逃げられれでもしたら事態はややこしい事になる。そうなる前に、先に頸木は付けておかないとならない。
「俺の推理ショーを始める前に、雪ノ下に由比ヶ浜。お前らに質問だ。比企ヶ谷は今回、告白、いや。嘘の告白という行為を行った。それは三浦を除き、この場にいる全員が見た事だから、それは間違いない事だ。
だが、比企ヶ谷はそういう行為をするような輩か?」
「それは.......。でも、実際にしてるし.......」
「そうよ。あなたの言う通り、比企ヶ谷くんは嘘の告白をした。これは紛れもない事実よ」
「そりゃな。だが、パターンからすれば、今回の一件は明らかに裏があるとしか思えない」
全員が頭にはてなを浮かべているが、そんなのはお構いなしに話を続ける。
「俺とエミリアは居なかったから知らないが、確か修学旅行前に依頼が来てたんだよな?戸部が『海老名への告白を絶対に成功させて欲しい』ってヤツ。
だがこれ、可笑しな話じゃねーか?そういうのはグループ内の友達、それこそ葉山辺りを頼ればいいだろ」
この意見に返って来たのは、まあ筋は通っている理由であった。戸部の理由は「隼人くんが奉仕部に頼めって言った」というもので、雪ノ下、というより奉仕部としては「由比ヶ浜が交友を持っているから、バックアップできる態勢だった」という物。
「ほう。なら海老名、答えは薄々わかっちゃいるが一応聞くぞ。お前さんは、この修学旅行で何か起きる程度には予感はしてたか?」
「まあ、同じグループだしね。何かあるとは思ってたよ」
「だろうな。なら、そうだ。試しに今から、海老名と戸部二人きりにするからさ、告白したらどうだ?戸部としても、比企ヶ谷によって一世一代の大勝負をコケにされたんだ。悪い話じゃないだろ?」
「確かに俺的には全然オッケーっしょ!」
この提案に海老名と葉山は顔を歪めた。そりゃそうだ。何せ、例え誰であっても海老名の答えはNO一択。この状況を見て動いたのは、
「待つんだ戸部。桑田くん、姫奈が嫌がってるだろ?」
「ふーん。つまり、海老名は戸部が嫌いって事だな」
この辺りで動くのも、しっかり計画通り。今、この部屋にいる人間は長嶺にとっては盤上のコマ。全ての動きや言動、反応に至るまでシュミレート通りである。
勿論、不足の事態が起きても、よくある「こんな動きは想定していない!」なんて言いながら対応できず敗退する雑魚とは違い、想定以外できても自らの目的に運ぶだけのカードと話術を心得ている以上、死角はない。
「うん.......。ごめんね。私、戸部っちだけじゃなくて、他の男子もそういう風な目で見れないから.......」
「そっか.......」
部室内にお通夜並みに重苦しい空気がのしかかり、皆静かになった。すかさず、葉山と三浦が動こうとするがその前に長嶺が動いた。
「あー、お通夜ムード真っ只中なの悪いが、今回の主題は二人の告白じゃない。話を戻させて貰うぞ」
「アンタいい加減にしなよ!海老名が今どんな気持ちかわかってんの!?」
「そうだぞ桑田!!君は、戸部の気持ちかも分からないのか!?!?!?」
他の雪ノ下と由比ヶ浜、ついでに大岡と大和もボロクソに長嶺を罵る。彼等にとって長嶺は「血も涙もない、最低のクズ」らしい。だが、この辺りで潮目を変えるべく、一つキレる事にした。
「うるせぇ黙れ!!!!!」
大声張り上げると同時に、机を力一杯ぶん殴った。机は隕石が衝突したかのように凹み、ついでに殺気を軽〜く威圧する程度に振り撒く。
これまで数百、数千、或いはそれ以上の死線を潜り抜け、幾人もの命をその手で奪って来た歴戦の猛者のキレ方は、今ここにある者にとって一番怖い物であった。
「悪いが、俺は海老名と戸部の恋愛模様の行方もどうでも良い。付き合おうが振られようが、知ったことか!!この話にはな、人1人の命が掛かってんだ。海老名の気持ちを考えろ?戸部の気持ちを考えろ?
知るかッ!!!!たかだか恋愛が失敗した事による落胆と、人1人の命なんぞ比べるべくもない!!!!!!」
「な、何を言ってるんだ?」
「お前らがやらかした結果、比企ヶ谷は文化祭の一件もあって暴力を振るわれたのは知ってるだろ?そして信頼していた雪ノ下と由比ヶ浜、さらにはお前らが小町ちゃんにまで流しやがった結果、アイツは妹にすらも拒絶され、あの日。修学旅行から帰ってきた翌日に、アイツは首括ってんだ!!!!
あの時、俺がナイフを投げて縄を切らなけりゃ、今頃、ニュースの一面だったろうよ」
今初めて知らされた事実に、特に雪ノ下と由比ヶ浜は驚き恐怖した。そして葉山もまた、信じられないという顔で桑田を見ているし、他の奴等も目をひん剥いて驚いている。
「今後、俺の質問には全部答えて貰う。黙秘や解答拒否は許さない。まずは海老名。テメェはさっき、ある程度何かある位には勘付いてたと言った筈だ。それ、誰かに相談したか?」
「そ、それは.......」
「悪いが、目星はついてる。お前が黙秘するなら、俺が言うだけだ」
その一言に海老名は観念したのか、少し間を開けてボソリと「葉山くんとヒキタニくん」と漏らした。
「ほう、そうか。おい葉山、確かテメェも頼んでたよな?比企ヶ谷に」
「な、何を言って!」
無言でスマホを取り出し、音声を流した。修学旅行の戸部が告白する前に嵐山の河川敷で比企ヶ谷に頼んでいた、あの時の音声。こんな事もあろうかと、こっそり録音していたのだ。
「俺は戸部の依頼こそ後から聞いて知っていたが、海老名の依頼なんてのは知らない。だが妙に海老名の言動も、修学旅行中の葉山の動きもキナ臭かったんでな。こっそり尾行させてもらってたんだわ」
「そんな.......」
「さーて、つまりこういう事だ。葉山は海老名からは戸部の告白阻止、戸部からは海老名へ告白をしたいという、両方叶えるのは不可能な依頼を受けていた。そしてその両方を奉仕部、正確には比企ヶ谷へと押しつけた。
うまい手だよな。比企ヶ谷の性格上、自分を犠牲にする形で必ずグループは存続させてくれる。しかもその代償の全ては、比企ヶ谷が背負う。つまりテメェへの塁は及ばず、テメェはこの学校の王子である『みんなの葉山隼人』という栄光を傷付けない。王の考える事は違うねぇ」
嫌味たっぷりに、嘲笑しながら言い放った。この言葉に一瞬葉山の身体が殴りかかりそうになっていたが、他の人間、何より大好きなエミリアがいる以上、下手に動けない。それを悟った葉山が取ったのは、いつもの常套手段だった。
「そうだ。比企谷を呼んでこの事実を確認してもらおう!まずはそれからだ!彼もこの件には関係が大いにある以上、来てもらう必要がある!!」
「葉山、テメェはアホだな。この場に、アイツを呼ぶ訳ないだろ?テメェはここに比企ヶ谷を呼び出し、全ての責任を被せる気だ。悪いがそんな手を打たせてやる程、俺は甘くない。
というかそれ以前に自殺しかけた奴を、自殺する原因に近付ける訳ないだろ。今回の判断は、医者の判断でもある」
「どういう事だ!?!?」
「俺がEU内乱中のドイツに居たのは知っての通りだ。あの頃のヨーロッパは各国の軍人は勿論、傭兵に諜報組織の軍事工作員、医者やら整備士、政治家先生から国際機関の職員まで。色んな職種の人間がいた。
そこで築き上げた人脈でな、腕のいい精神科医を知ってる。その人に頼んで、アドバイスをもらったのさ」
勿論嘘である。一応、長嶺が診察はしているが、長嶺の専門は外科とか簡単な薬学であり、精神科は専門外。だがそれでも戦場にある以上、PTSD患者なんかを見てきた事はあったので少しはわかる。そこから来る経験で判断したのだ。
「ところで海老名。お前なんで、こんなにも回りくどいやり方で断ったんだ?」
「それは、これが原因だよ」
そう言って見せてきたのは、本シリーズ第三十八話「チェーンメール事件」で出て来た例のチェーンメールであった。
「あー、それか。つまりこんなメール送った犯人が戸部だったら、断りでもしたら何されるか分かんないからか」
「ちょ、ちょっと待つっしょ!俺、そんなメール送ってないでしょ!!」
「ねぇ海老名。もし、ここで犯人が名乗ったら戸部と付き合える?」
三浦の問いに、海老名は首を横に振った。その答えを見て三浦は、男子三人に名乗り出ろと怒鳴った。だが三人は名乗り出ない。何せ、この内の2人は本当に無実の無関係。犯人は何も言わなければバレないので、口をつぐんでいるのだ。
「この際だ、その犯人も教えてやるよ」
この一言に全員が長嶺を見た。長嶺はこのチェーンメールを見た時点で、誰かの犯人はもう目星を付けてある。後は証拠があれば良いのだ。
「あの時、葉山の依頼じゃ犯人探しはしたくないとのオーダーだったからな。言わなかっただけで、メール見てすぐに目星は付いた」
「だ、誰なん!?!?教えて欲しいっしょ、桑田くん!!」
「まあ焦んなって。あくまで俺の勘で、証拠はない。だから今から見つけてやる。取り敢えず、そのメールを俺の携帯に送ってくれ」
海老名に頼んで、メールをそのまま送って貰った。スマホを長嶺の持つ超高性能二画面ノートパソコンに接続し、通信データを追うソフトを起動させる。
「今からこのメールを辿る。最後に行き着いた奴、つまり最初にこのメールを送信した奴の携帯が鳴るから、お前ら三人。ここに携帯を置け」
大岡、大和、戸部の三人の携帯をみんなの前に置いた。ソフトを起動し、通信を追いかける。
鳴ったのは、大和のスマホだった。
「大和が.......」
「そんな嘘だろ.......」
今まで仲良くしていた友達が犯人だったのだ。男子の動揺は凄まじかった。勿論、当の大和は「違う俺じゃない!」と必死に弁明している。証拠として、送信記録を見せてきた。既に削除していたが、確かに記録には残っていた。
「記録は消せるからな。取り敢えずそれ、こっちに寄越せ。今からこのメールが送信された前後の、全てのデータを洗う。削除したデータも一旦復元、サルベージさせてもらう」
江ノ島の霞桜本部に置かれているスーパーコンピューターと、かつて世界一のハッカーとして名を馳せた副官のグリムとも協力し、30秒ほどで解析を完了させた。
「おやおやおやおや?このアプリ、メアドを簡単に作れる奴じゃないかな?」
「そ、それ消したのに!あっ」
「教科書通りの墓穴を掘った訳だが、まあ一応中を覗こうか。
おっとぉ、この送信記録に書かれてる文章って、どっからどう見てもチェーンメールの本文だな」
大和は膝から崩れ落ち、そのまま放心状態になった。何やらブツブツ言っているっぽいが、何を言ってるのかは全くわからないし知る必要もないので、このまま放置することになった。
「葉山、テメェこんだけの不始末を仕出かしたんだ。どう落とし前つける気だ?」
「あんな方法をとったヒキタニが悪いんだッ!!あんな方法をとるなんて考えてなかった.......」
「あのなぁ、あの依頼を正式に言ってきたのは戸部が告白する寸前だ。比企ヶ谷自身、お前の口からダイレクトに言われるまでは「多分、阻止して欲しいんじゃないのか?」っていう、結構曖昧な感じだったんだぞ!殆ど事前準備なく、依頼されたのはタイムリミットギリギリ。寧ろ、よくあの状況下で嘘告白って解答を導き出せた物だ。方法は確かに褒められた物ではないが、あの状況で導き出した物ならアイツは凄いよ。
実際、俺もアイツが嘘告白に出て行く時にその結論に辿り着いたし、今になって考えてみても、アレ位しか思い付かない。というかテメェ、依頼するときに「君ならなんとかするだろ」的な事言ってただろうが。この期に及んでも他人に罪を押し付けようとする辺り、人としてどうかと思うぞ」
完璧なまでの反論に、葉山は口をつぐんで長嶺を睨み付ける位しかできなかった。今度は三浦へと振り返り、彼女に一つ頼みを言った。
「今回、三浦は関係がない。とは言えど、あの噂の出所はテメェらのグループのはずだ。誰が流したとかは問うつもりはないが、責任持ってアレを止めてくれ。
今の比企ヶ谷は俺の説得で無理矢理延命させてるだけにすぎない。正直、今この瞬間に自殺していても可笑しくはないんだ。徹底的かつ、速やかに、この一件の噂を収束させてくれ」
「流石に嫌だとは言うつもりないし.......。ねぇ、もうさ、良い機会だし、ウチら集まるの最後にしよ」
「ちょっと待って!どうしてそうなるの!?」
由比ヶ浜が吠えた。これまでの流れを見てきて、グループが崩壊しないと考えてただけ、中々に脳内お花畑である。どうやら真性のクズなタイプのバカだったらしい。
「当然だよ結衣。私たちのグループはこれで終わったんだよ。
みんな仲が良かったように見えて、実は誰も本音を語らない偽物の関係だった。
ヒキタニくんを傷つけて、どうにか延命させてた寿命がようやく尽きただけなんだよ。きっと、今回の事がなくても遠くないうちに終わってただろうね.......」
そう語る海老名は、どこか寂しそうだったが、自分への嘲笑を込めるように話した。
こう言われても尚、由比ヶ浜は食い下がり、どうにかグループを存続させようとしている。だが無理だろう。一人、また一人と部室から去って行った。
「ねぇ、戸部くん」
「なんすっか、エミリアさん.......」
「もし今度、誰かに告白する事があったら、次は自分の力でやることを勧めるわ。私も好きな人がいるの。でもその人、全くの鈍感で、いっつも骨を折ってるわ。
でももし、その時が来たら私はやる。誰の力も借りずにね」
「そっか。エミリアさんも、同じだったんすね。でも、もう少なくとも暫くはしたくないっす.......」
戸部も出ていき、最後に残ったのは葉山と雪ノ下、由比ヶ浜、それに長嶺とオイゲン。次の瞬間、葉山が長嶺に襲い掛かった。
「よくも、よくも俺のグループを!!!!!!」
その怨嗟に塗れた怒号を浴びせながら掴み掛かろうとするが、こっちは現役特殊部隊の総隊長。素人に掴まれるほど、甘くはない。そのまま逆に黒板に叩きつけてやった。
「何が「よくも俺のグループを」だ。テメェの意見なんざ知るか。俺は利用価値があればとことん守るし、価値がなければ滅ぼうが繁栄しようが知ったこっちゃない。
だがな、俺や俺の周りの奴に被害が及ぶなら、例え誰であろうと潰す。それこそが俺の流儀であり、俺の性格だ。正直、今俺はテメェを殺してやりたい。ここがヨーロッパなら、敵の攻撃に見せかけて、脳天に弾丸を撃ち込んでるな。だがここは日本。
淡々と無表情で語られる脅しに、寧ろ怒鳴られる以上の恐怖を覚えた。目で言っているのだ。俺は既にやった事があると。次は容赦しないと。そんな目で見られてしまえば、言うなれば蛇に睨まれた蛙である。
葉山は長嶺の手を振り払い、足早に部屋を出て行った。
「これで、比企ヶ谷くんを迎えられるわね」
「そうだねゆきのん!」
一瞬、長嶺は思考が止まった。思考の全てが「は?」という疑問符で埋め尽くされて、エラーの出たパソコンみたいにフリーズした。オイゲンも同様に固まっている。
「ちょ、ちょいちょいお二人さん?」
「アンタ達、自分達にも原因の一端があるって理解してる.......?」
恐る恐るオイゲンが聞いた。もうホント、ここまで来たら恐いのだ。だって考えてみて欲しい。自殺の原因作った奴が、これまでボロクソに言っていた奴が、いきなり掌を返してくるのだ。逆に恐ろしい。
話を戻そう。返ってきたのは、たった今予測した返ってきて欲しくない答えだった。いや。それよりも酷かった。
「何を言ってるの?私達は何も悪いことしてないよ」
「今回の一件は結果として、より奉仕部の絆が深まるキッカケになる良いことよ。葉山くんが大罪人であって、私達は被害者に過ぎないわ」
再び、凍りついた。何せこの二人、このセリフを本当にそうであるかのように、さも当然かの如く、キョトンとした顔で言ってきたのだ。すかさず、オイゲンが長嶺の横に立ち色々対策を聞いてきた。
「(ちょっとこれからどうすんのよ!?!?)」
「(流石に想定外すぎるわ!!一周回って、恐怖で寒気すら覚えるんですけど!?!?)」
「(何か対抗策は!?)」
「(あるにはあるが、文句言うなよ?)」
前の文章では「想定外でも対応可能」と書いたが、流石にこれは幾ら長嶺とて予測できないし、直ぐに対応もできなかった。だがこうなったら、言いながら無理矢理対応を作るしかない。
「お前ら、マジで言ってる?」
「「え?」」
「今回の一件、確かに嘘告白の噂が出回って、文化祭の一件ともくっついた結果起きた暴力事件が原因だ。だがそれまでの蓄積ダメージの大半は、お前達が色々言ってきたのもあるからな?雪ノ下は毎回毎回、比企ヶ谷の名前で変な暴言を作り始めた挙句、犯罪者予備軍扱いしてたよな?由比ヶ浜も照れ隠しだから何かは知らんが、常に「ヒッキーキモい」とか何とか言っていた。あの会話自体、一種のコミニケーションだったのは理解しているが、それでストレスが溜まる溜まらないは別問題だ」
「それに二人とも、確か告白の時にこう言ったわよね?ヒッキーくんに任せるって。その言葉があったから、嘘告白を実行したはずよ。なのに結果が気にいる物じゃなかったからか、はたまたやり方が好きじゃなかったのかは知らないけど、いずれにしろヒッキーくんを拒絶し、その情報を小町ちゃんにまで流した。
その結果、ヒッキーくんは家族である妹にすら完全に拒絶されたのよ?それどころか家族にすら愛想を尽かされて、今は私達の家で居候になってる。こんな惨めな事、他にあるかしら?」
これでも尚、二人は「自分は悪くない」「悪いのは葉山」「軽蔑したって仕方ないし、これは試練だったの」というスタンスを崩さない。こうなったら、もう本質をぶつける他ない。
「まあ今回の一件、本質を読み解いて無けりゃ単なるクズ行為である以上、軽蔑するのは仕方がない。だが仲間なら、最後のその瞬間まで守ってやるものだろうが!知らぬ存ぜぬは通らないぞ。
それに俺がここに来てからずっと思ってた事なんだが、常にお前達が依頼を受けてたよな?由比ヶ浜のヤツから始まり、材木座のラノベ、戸塚のテニス、チェーンメール、千葉村は置いといて、文化祭、体育祭、そして今回の戸部の告白。学校側からの依頼である千葉村と、ほぼ押しかけに近い材木座はノーカンとして、それ以外は全部、お前達が勝手に受けて、その全ての泥を被ったり解決したのは誰だ?比企ヶ谷だろ?
お前達のやってた事ってのは、比企ヶ谷というスケープゴートを用いた好感度稼ぎにすぎない。お前達が何も考えずに安請け合いし続け、それによって生じた責任や問題は全て比企ヶ谷に丸投げして、自分達は美味しい部分を掻っ攫う。そしていよいよヤバくなったら、今回で言えば比企ヶ谷の嘘告白で旗色が悪くなれば即切り捨てて、疑いが晴れたら繋げ直す。それがテメェらのやってきた事だ」
淡々と、これまでの事実を言い放った。恐らく長嶺の心の奥底では、比企ヶ谷を利用していたのを勘づいていたのだろう。途端に由比ヶ浜は顔色を悪くし、雪ノ下は長嶺をビンタしようとした。だがそのビンタを長嶺が止める前に、オイゲンが動いていた。
「アナタ何を!」
「真也には触れさせない。アンタみたいな性悪女には、特にね」
「おぉいエミリア!全く、危うく性悪女のビンタとサンドする所だったぞ」
雪ノ下の手はオイゲンの顔、2、3センチ手前で止まっていた。後コンマ1秒反応が遅ければ、オイゲンごとビンタするところであった。
「なぁ雪ノ下。お前はこの学校において、超がつく模範生だ。成績優秀、体力こそないが運動神経はいい。なんでもそつ無くこなす要領の良さ、そして容姿だって整っている。由比ヶ浜だって男女共に人気のある女子だ。
そんな二人にとって、これまでの依頼の解決、取り分け今回に至っては自分の望む華々しい物ではなかった。方法は全て胸を張れる代物じゃないしな。だがテメェらは比企ヶ谷を庇う事なんてせず、悲劇のヒロインや被害者を演じて、とにかく悪評に巻き込まれないようにした。
例えば文化祭。本来であれば副委員長たる雪ノ下がトップの相模を連れ戻すべきだし、そもそもお前の姉貴の挑発に乗った結果が相模の暴走と委員会の機能不全の始まりだ。だが相模を問いただせば、自分にも責任問題が生じる。
由比ヶ浜は勝手に考えなく人の恋愛に首を突っ込んで、楽しい部分とかは貰っていき、面倒な部分は比企ヶ谷に丸投げ。そして嘘告白して比企ヶ谷が自殺しかけてても、相も変わらずグループで何事もなかったの如く過ごしていた。
つまり比企谷八幡って存在は、お前らにとっては
二人は今目の前で長嶺が言った真実を、全く理解できなかった。いや、理解したくなかったと言った方がいいだろう。脳も、心も、理解するのを拒んだのだ。
雪ノ下は頭の中で妄想に取り憑かれたとか、いい精神科を紹介してカウンセリング行かせてあげないと。とか色々考え、由比ヶ浜はキャパオーバーで泣き出した。
「今後、俺とエミリアはここには来ない。そして比企ヶ谷に関しても、お前達には近づけさせない。お前達から来たとしても、必ず止める。
本日、この時をもってお前達を敵として俺は認識する。必要あらば、お前を葉山と同等の地獄を見せる。覚悟しておけ。さぁ、帰ろうかエミリア」
「.......そうね」
長嶺はただただ、絶対零度の冷ややかな目で二人を見つめ、オイゲンは憐みの込められた目で二人を見ながら、部室を去った。