帰還より1時間 長嶺自室
「なんか、眠る気しないわ.......」
鎮守府へと帰還した長嶺は、他の隊員達から半ば無理矢理部屋へと押し込まれた。恐らく、グリム辺りが残留組に報告したのだろう。
オイゲンも疲労とストレスが溜まっているだろうから、検査などは昼に回して部屋へと戻した。というか長嶺自身、1人になりたかったのだ。長嶺は徐に立ち上がると、1つの写真立てを手に取った。中に収められている写真は、何処かの海と夕日をバックに、まだ幼さの残る顔立ちの長嶺が戦闘服を着ている写真である。
「指揮官、起きてる?」
そう言って入って来たのはオイゲンであった。長嶺は写真を机に伏せて置き、オイゲンを出迎える。
「あぁ。流石に寝れんわ」
「そう。.......ねぇ、その後ろの写真立て、そんなのあったかしら?」
「いやこれは.......」
長嶺は写真立てを隠そうとしたが、遅かった。先にオイゲンが取ってしまったのだ。
「これ、どこで撮ったの?」
「.......今や俺だけが知る、秘密の場所。今の俺の原点であり、俺が壊れてしまったスタートラインでもある」
「まぁ、こんなのはどうでも良いわ」
今の今まで気丈に振る舞っていたオイゲンだが、ここに来ていきなり顔から笑顔が消えた。
「指揮官、私、恐かったわ.......」
そういうオイゲンは震えている。確かに帰還途中の機内でも、ここに入って来た時も、微かに震えてはいた。もしかしなくても、河本が関係しているだろう。
「私が何をされたか、聞いてくれる?」
「.......本来ならワインでも差し出してやりたいが、一応検査前だ。シラフで語られるのなら良いぞ」
そう言って語られた事は案の定、連行された後にされた事であった。まあ簡単に言うと、ヤられていた。それも1回2回ではなく、10回位は抱かれた上に、それ以外で4、5回は出していたらしい。割と真面目に、長嶺が佐世保鎮守府に襲撃する寸前までヤッていたそうな。
よくある展開だと、そのままオイゲンが快楽に堕ちるという物になる。河本もそれを狙っていたらしいが、相手が悪かった。何せオイゲンは既に長嶺と何度も寝ている。しかも毎日の様にヤッていて、尚且つ長嶺のアッチ系の能力は戦闘能力並みにバカ強い。その夜戦に慣れた以上、堕とすどころか不完全燃焼で終わってしまったのだ。
オイゲン曰く「普通より少し大きい位で、早漏で、量はまあまあだけど薄いし、テクも無くて中途半端だったわ」らしい。因みに長嶺の場合は「長くて太く、何度シても先に自分の限界が来ちゃうし、量も濃さも凄くて、テクは極上」らしい。とまあ地位、容姿、資産、人望でも負けているのに、夜戦でも負けてしまった河本では、ぶっちゃけ下手糞としか感じなかったのだと言う。
「.......なぁ、俺はそれに対して何て反応すれば良いんだ?寝取られた事に悲しめば良いのか、自分の方が男として遥かに有能だった事に喜んだら良いのか分からん」
余りに中途半端というか、よく分からん事態になっていて反応の仕方が分からない。恐らく本当に寝取られていたら世界滅ぼす勢いでブチギレて、河本を有らん限りの苦痛を持って殺している。
だが今回は何か、寝取られたかと思いきや長嶺に慣れてしまったオイゲンが堕ちないどころか中途半端の不完全燃焼で帰ってくるという、訳の分からない事態になった以上、河本に怒りが沸きはするが世界滅ぼすレベルでも無いのだ。
「これが私がされた事よ。少し位、興奮した?」
「あのねぇ、愛する人が他の男にレイプまがいで犯された話を聞いて興奮する程、ぶっ飛んだ性癖は持ち合わしてないのよ。
まあ、だが」
次の瞬間、珍しく長嶺からオイゲンを押し倒した。いつもならオイゲンから誘って攻めて最終的に攻められるがパターンなのに、今回は長嶺が最初から攻めるらしい。
「あら、私の指揮官は変態さんだったのかしら♡?」
「寝取られに興奮はしてねぇよ。あくまで他のオスに染められた自分のメスを、自分の色に染め直そうってだけだ」
ここから先はご想像にお任せするが、恐らく過去一激しい夜戦が繰り広げられたのは間違いない。
翌朝 06:30 長嶺自室
「結局一睡も出来ず、か」
月は沈み、朝日が顔を出していて、部屋にも朝日の赤い光が差し込んでいる。横には裸のオイゲンが眠っていて、朝日に白い肌が照らされて何だか神秘的である。
「.......」
長嶺はバスローブを着てリビングルームへと向かう。夜にオイゲンが気にしていた写真立てを手に取って、ひっくり返す。そして後ろのパネルを外した。中には全く同じ場所で撮られた写真が入っているのだが、さらに3人の子供が写っている。長嶺と同じ位の、まだ幼さの残る少年達。さらに写真の下には、3枚のドッグタグも入っている。それを手に取り、朝日へと翳す。
「.......まだ、そっちに逝くには早いとさ。..............なぁ、お前達は今何してるんだ?正直もう、疲れたのかもしれないな。テメェらが生きていれば、世界はもっと輝いて見えただろう。
だが最早、それは叶わず。何をしても楽しくない。何もかも終わりにして、そっちに逝きたいよ.......」
昨日の夜戦でも、正直満たされた気がしなかった。いつもなら欲望の他に何かが、恐らく愛とかそういう類いの物が満たされていた。だが昨日のは欲望しか満たされた気がしない。
だがその理由は分かりきった事だ。長嶺は常に、皆の先頭を歩いてきた。どんなに苦しくとも、どんなに辛くても、それを無視して歩き続けた。いつしか慣れたのか、何も感じなくなった。だがそれは、苦痛から解放される為の防衛本能で感じなく
昔は隣を歩いてくれる友達がいた。だが、その友達は皆死んだ。長嶺自身、自分でも気付かない内に限界が来ていたのだ。若干18歳にして、余りにも失いすぎていたのだ。
「総隊長殿、失礼致します」
「グリム、か。どうした?」
「あ、いえ。諸々の報告に参ったのですが、出直した方が宜しいですか?」
「いや、いい。報告を聞こう」
執務室はボロボロだが、幸い長嶺の自室は生き残った。当面はここで仕事になるだろう。
さて、取り敢えずグリムからの報告だが、まず被害状況は以下の通り。
人的損害
・一般職員130名中、53名死亡、16名重症、8名軽症。
・警備の自衛隊員及び海軍軍人400名、全員殉職
・艦娘は矢矧、暁、響、雷、電、浜風、磯風、浦風。KAN-SENはローン、ワシントン、リットリオ、土佐、シェフィールドを除き、全員治療中。
物的損害
・第一、第四格納庫、大破
・滑走路、使用不能
・倉庫群80棟中、34棟全壊ないし全焼。22棟半焼。
・食堂、大破
・艦娘とKAN-SENの宿舎区画、ほぼ全壊
・出撃ドック、大破
・入渠ドック、全焼
・執務室、全焼
・防衛システム、ダウン
といった具合である。幸い地下にある霞桜の本部拠点は生き残っているし、元より緊急時には地下に艦娘とKAN-SENを収容する手筈になっているので問題はない。
だが出撃ドックと入渠ドックが使用不可能な以上、少なくとも江ノ島鎮守府の鎮守府としての機能は喪失したと言える。
「何分余りに被害が大きく、取り敢えずの大まかな物ですが被害はこういう感じです」
「.......そうか。で、収穫はあったのか?」
「はい。襲撃した拠点より発見された物品によりますと、簡単なシリウス戦闘団の組織図が分かりました。シリウス戦闘団には3つのランクがあり3rd、2nd、1stと呼ばれているそうです。
3rdは一般の兵士や例のバーサーカーとかいう生物兵器で構成されており、2ndに髑髏兵が在籍し、1stには『将軍』と呼ばれる3人の人物がいるそうです。またシリウス戦闘団自体の規模こそ不明ですが、何処かの組織の傘下組織である事も新たに分かりました。そして何より重要なのは、その上位組織はURと繋がっている事も判明致しました」
ここに来てシリウス戦闘団の影が、漸くはっきりと見えて来る。これまでシリウス戦闘団はあくまで影の影位しか見えておらず、雲を掴む様な状況であった。上位組織がいて、URにつながってるのが分かっただけでも大進歩といえよう。
「それから例の音声ファイルですが、それに関しても完全版を発見致しました。これがその音声になります」
例によって音声はオール中国語だったので、翻訳したのを載せておこう。どういう事が言われていたかというと『総武高校に暗殺者ドッペルゲンガーを潜ませ、海軍要人を始末する陽動暗殺計画は間も無く始動する。戦闘員は帝国海軍の提督、河本山海の元に集結せよ』という物であった。
計画書の方には、この計画の流れまで書かれていた。まずシリウス戦闘団の戦闘員が佐世保鎮守府に潜伏し、ドッペルゲンガーが総武高校の相模に成り代わる。機を見て海軍の要人の誰かを殺害し、長嶺雷蔵を操作で外に誘き出し、江ノ島鎮守府から長嶺を離した隙に襲撃するという計画であった。
何故相模が選ばれたかはドッペルゲンガーが望んだからとしか書かれてなかったので、ドッペルゲンガーが死んだ今は分からないが恐らく搬送しやすかったのかもしれない。
「総隊長殿、隠さないで言ってください。あなたは何を知っておられるのですか?」
「.......俺自身、何も知らねーよ。これには嘘も偽りもない。シリウス戦闘団?俺を狙う理由?そんなの知るか。まあ理由は、ある程度予想はつく。俺が邪魔か、昔何かを俺に邪魔されたか、そんな所だろう。
それか俺の能力や過去の事か。それはまた、近い内に話そう。今はそれよりも、鎮守府を復旧させる事だ。そうだ、河本は今どうしてる?」
「拘束し地下牢に閉じ込めてあります」
あの後、河本は拘束されて地下牢で尋問を受けている。だが自白剤を投与しようが、痛みを与えようが、「向こうから協力の申し出があっただけだ!」としか言わず、何も知らないらしい。
「痛ぶり続けろ。最悪、胸と頭が生き残って、喋りさえ出来ればそれで良い」
「了解しました。では、私はこれで」
そう言って、グリムは下がった。1人部屋に残った長嶺はシャワーを浴びて、簡単に着替えだけ済まして、マーリンにメールで指示を出す。今後の事も鑑みて、この辺りで彼らを正式にスカウトしておいた方がいいかもしれない。
数時間後 千葉市内ホテル
「これ、いつまで続くんだ.......」
比企ヶ谷を含む、総武高校の全校生徒と教職員は千葉市内のホテルに軟禁状態にある。ニュースではテロリストが総武高校に乱入したものの、何故か姿を眩ました謎の事件として報道されている。
名目上は「再びテロリストが襲撃してくる可能性もあるので、一塊になってもらう」という物らしい。だが全員が外部からの連絡を遮断され、スマホ含む電子機器は没収。家族と連絡を取りたい際やスマホを使いたい場合は、ラウンジなどで警察か何かの監視下で使う事になる。一応各部屋にはパソコンとタブレットがあるが、SNSにはロックが掛けられている状況だ。
「取り敢えず、ゲームでもするか.......」
比企ヶ谷がベッドからむくりと起き上がり、部屋の外へと出ようとした時だった。呼び鈴が鳴った。
「はい?」
「比企ヶ谷八幡様、会議室にお越しください。お客様がお待ちです」
「お客様?」
ホテルマンに連れられて、会議室へと向かう。会議室には生徒会のメンバーが揃っており、それとは別にもう1人、スーツを着た中年の男性が座っていた。
「比企ヶ谷くんも呼ばれたんだべ?」
「あ、あぁ」
「全員揃いましたね。まずは自己紹介を。と言いたいのですが、ここは人の目がある。私の事は適当に、おじさんとでも呼んでください。まずは、場所を変えましょう」
自称「おじさん」に連れられて、ホテルを出る。そのままマイクロバスに乗って、何故か高速に乗り東京へと走る。
「えっと、おじさん?俺達を何処に連れて行くんですか?」
「そうですねぇ。まあ、君の家ですよ」
比企ヶ谷の質問に答えた瞬間、おじさんの顔が黒いゴム製の皮膜に覆われた物になる。
「!?」
「この辺りなら、もう良いでしょう」
おじさんはその顔のまま立ち上がる。比企ヶ谷も含めて、全員が見覚えがあった。つい昨日、桑田が装着していたマスクと全く同じゴムの様な材質で顔と頭を覆うマスクだったのだ。
おじさんはマスクを引っ掴み、少し荒めに引き剥がす。中から出てきたのも中年男性なのだが、その見た目はさっきの何処にでもいるおじさんではなく、より紳士的で所謂『イケオジ』というヤツの顔であった。
「私の名はマーリン。桑田真也、いえ。長嶺雷蔵の部下です」
「ま、マーリンさん!?」
「驚かせてしまったかな?比企ヶ谷くん」
「八幡!貴様、その御仁と知り合いかぁ!?」
材木座の叫びにも似た質問に、比企ヶ谷はこれまでの事を答えた。修学旅行での一件とか諸々の出来事の裏で起きていた長嶺の暗躍と、今自分がどういう経緯で何処に住んでいるのかを。全てを聞いた時、車内は一気に静まり返った。
「アンタ、そんな経験をしてたんだね.......」
「ヒキオ、本当にごめん.......」
「三浦が謝る事ないだろ?悪いのは俺の家族とかアイツらだ」
三浦の謝罪に比企ヶ谷はあっけらかんと答えるが、三浦自身は気にしてるらしい。こんな空気になってしまった以上、早々変わる事もない。
暫くすると、江ノ島鎮守府が見えてきた。だが…
「あ、アレが鎮守府ですか?」
「ボロボロっしょ.......」
「昨日まであんな風じゃなかったのに、一体何が!?」
皆驚いている。特に比企ヶ谷は昨日の朝、学校に登校する時は普通のあの堂々とした建物があった。なのに今はまるで、廃墟の様に見える。
「その辺りも全て、総隊長が教えてくださいますよ。さぁ、もう着きますよ」
マイクロバスが鎮守府の敷地に入ると、更に奥の方へと進んで止まった。そこは校庭のような広い場所なのだが、周囲にはテントが無数に並び、中から車椅子やストレッチャーで艦娘と思しき女性達が運ばれてきたり、何処かへ運ばれていったりしている。まるで、映画に出てくる野戦病院の様だ。
「戦闘があったんですか.......?」
「まあ、そんな所かな。だけど彼女達の傷は、戦闘で負った物ではないよ」
比企ヶ谷の質問にマーリンはそう答える。少しの間テントを眺めていると、その中の1つから白衣を着た長嶺が出てきた。
「総隊長!」
「.......マーリンか。アイツらを連れてきたんだな?」
「はい」
「分かった。後は引き継ぐ。この後は部隊を率いて、バルクの哨戒任務を引き継いでくれ」
「了解」
マーリンと長嶺が入れ替わり、比企ヶ谷達を自室へと連れて行く。初めて見る鎮守府の施設を眺めながら、廃墟となった鎮守府の中を進む。
「ここが俺の部屋だ。好きに座ってくれ」
適当に座らせて、冷蔵庫で冷やしてあるジュースと適当な菓子類を出す。
「さーて、それじゃあ本題に入るか。お前達をここに呼んだ理由だが、お前ら俺の部下にならないか?」
長嶺の思いもよらない発言に、全員が驚いた。比企ヶ谷もまさかここにいる全員がスカウトされるとは思ってなかった様で、同じ様に驚いている。
「ちょ、ちょっと待つし!!一体何がどうなってる訳!?!?」
「正直、僕も話がよく分からないよ.......」
「桑田くん、話の順序が飛んでるべ!」
「そうですよ先輩!!」
「アンタ、馬鹿なの?」
「そうであるぞ桑田よ!!」
みんなからボロクソに言われる長嶺。まあ確かに話が飛びすぎているが、長嶺自身、何処から話せばいいか分からないのだ。
「そうは言うがなぁ。俺自身、どっから話せば良いやら。取り敢えず、俺が何故総武高校にいるかを話しておくか。
比企ヶ谷には前にも話したが、俺の仕事は知っているか?」
「聨合艦隊の司令であるな!」
「その通り。だが、俺にはもう1つの顔がある。海上機動歩兵軍団『霞桜』と呼ばれる、極秘特殊部隊のリーダーをやっている。昨日、銃持った一団が来ただろ?アイツらとか、今日ここまで案内しねきたマーリンも霞桜の大隊長だ。
今回俺は、ある任務で総武高校に潜入したんだ。これを聞いてみてくれ」
そう言って長嶺はあの音声ではなく、朝にグリムから提出されたデータを聴かせた。勿論中国語なので、翻訳文も口頭で伝えている。
「これは昨日手に入った物で、最初は辛うじて単語がいくつか聞き取れる状態だった。だが何かしらの問題が起きると考え、俺は総武高校に生徒として潜入したんだ。
とは言え相手が何を目的に何処でどの規模の事をしでかそうとしているのか。そもそも相手が何者なのか。全くのノーヒントでな。取り敢えず普通に学校生活を送っていた訳だ」
「ならもしかして、昨日のテロリストの襲撃も関係があるのか?」
比企ヶ谷の問いに、長嶺は静かに頷いた。それを見て皆、息を呑む。
「襲撃だけじゃない。この鎮守府がこんな廃墟になったのも、俺の大事な仲間達があんな状態になったのも、全部今回の事が原因だ。この鎮守府のありようは深海棲艦による仕業、という風に表向きというか記録にはそう記載される。だが、真実は違う。今回の事は佐世保鎮守府提督、河本山海が仕組んだ事だ。簡単に言えば、一種のクーデターだ。
奴はシリウス戦闘団と呼ばれる謎の武装組織、ないしその上位組織と手を組み、まずは相模南に変装したドッペルゲンガーという殺し屋を使って舞鶴鎮守府提督の山本権三を襲撃した。そして昨日、艦娘とそれに似た存在であるKAN-SENを拉致。さらに鎮守府を破壊した。同時に総武高校では何故か雇ったドッペルゲンガーを排除し、エミリアを攫ったわけだ」
「ちょっと待ってよ。なら、本物の相模は何処にいるわけ?」
「本物は既に殺されていたよ。それも死体を細かく裁断して、下水に流してな。記録上は昨日のテロ事件による哀れな被害者、という事になるがな」
全員の血の気がサーッと引いていった。何せこれまで『殺す』という単語を聞いたことがあっても、間近に感じた事はなかったのだ。それに縁遠い物だとも考えていた。
だが蓋を開けてみれば、その死という概念や殺しという世界は自分のすぐ近くで起こっていたのだ。恐怖もする。
「この事件は俺達でも謎が多い。シリウス戦闘団、雇った筈のドッペルゲンガーをあのタイミングでの排除、河本がシリウス戦闘団と繋がっていた理由、そもそもの目的。基本的に根幹の部分が分かってない。というか情報が無さすぎて、推理する材料に乏しいというのが現状だ」
「それ、僕達が聞いてもいいの?」
戸塚の問いに、長嶺は豪快に笑いながら答えた。「別に問題ない」と。
「確かに一般人なら問題だが、お前達はスカウトしようとしてるんだ。別に聞いたっていい。
それじゃ、スカウトの話をしようか。まず俺が率いる霞桜という組織だが、簡単に言えば日本という『国家』を護る組織だ。自衛隊や海軍の様に国民の生命と財産ではなく、国家という規範を護る。だから簡単言えば少々の国民の犠牲で国が存続するなら、国民の犠牲を選ぶ組織だ。だから任務の内容も汚れ仕事が多い。暗殺、誘拐、拉致、監禁、拷問、爆破、その他諸々etc。
だが霞桜本来の目的は、あくまで深海棲艦と戦うことと各鎮守府への憲兵任務だ。そこに何だかんだで国家を護る組織へと形態が変化していったにすぎない。お前達には、俺の直下でこの憲兵業務や深海棲艦との戦闘に従事して貰いたい」
「あの、それって私達に拒否権はあるんですか?」
「勿論あるぞ。別にやりたく無いのに強制はさせない。裏で工作して、こっちに入らざるを得ない状況に持っていったりとかもしない。あくまで個人的に、お前達に来て欲しいってだけだ。
2年生は前、ここに見学に来ただろ?その時にお前達の才能を見極めさせてもらった。その結果、お前達には類い稀なる才能がある事が分かった」
全員が顔を見合わせる。長嶺はタブレットを起動して、あの見学の時に記録したデータを呼び出す。
「比企ヶ谷は射撃、諜報、ネットに於ける知識に強い。三浦は飛行のテクニックがある。戸塚はスナイパー、戸部はマシンガンナー、川崎には格闘、材木座には格闘、正確には剣の才能がある。そして一色にはデータ分析に秀でていると、俺がこの目で判断した。
お前達は充分に、ここでもやっていけるだろう。とは言え、だ。こんな特殊部隊なんて、恐らく怖いと思う筈だ。だからここからは、金やここだから出来る話をしよう」
今度は全員にタブレットを配り、資料を使って説明していく。さながら、保険の勧誘である。
「基本給は月収で80万だな。幹部になればランクアップもするし、ボーナスも年二回ある。更にここから色々な手当がつくし、引かれる税金も少なくなるようになるから、大体手取りが100万位だろう。無論、変なカラクリは無しだ。そこから天引きとかな。
住居は寮というか、ここの地下に住んでもらうが部屋は快適な物になっている。後で見ていくといい。鎮守府では様々な飯がタダで食えるし、そもそも色々と施設が充実してるから楽しめる筈だ。その辺も見ていけ」
「くわ、長嶺さん?これって入っても、ぶっちゃけ退職ってできる感じなん?」
戸部の質問に、神谷はニッコリ笑って「勿論」と答えた。
「一応秘密組織だから、ここの情報を喋れなくなる特殊な薬品を飲んでもらった上で退職して貰う事にはなるが自由だ。それに仮に任務で負傷しての病気除隊の場合は、色々手当を付けて出て行けるぞ。
少なくとも、映画とかである様な「お前は知りすぎたんだ。じゃあな?」とか言われて殺される、なんて事はない」
それ以外にも色々説明していると、急に電話が鳴った。レーダーサイトからの報告で、どうやらこちらに深海棲艦の偵察機が向かっているらしい。
今のこの状況を知られでもしたら、まず間違いなく好機と言わんばかりに攻め込んでくるだろう。それを防ぐ為にも撃墜したいのだが、防衛システムがダウンし滑走路も破壊された現状では、迎撃の手法が限られる。そこで長嶺の射撃能力を使う事にしたのだ。
「了解した。こちらで片付ける」
すぐ長嶺は桜吹雪SRを持ってきて、狙撃の準備に入る。流石に距離があるので、八咫烏にスポッターを任せて窓を開けて構える。
「どうしたんだべ桑田くん!?」
「敵が来た」
部屋からスナイパーライフルを引っ張り出してきた姿を見て、皆驚いているし戸部は呼び方が「桑田くん」に戻っている。
「そ、それは大丈夫なわけ!?!?」
「偵察機だ。今すぐ攻撃はしてこない。だが、放っておくと厄介だ。迎撃する」
さっきから長嶺は、窓に桜吹雪を固定させてピタリと動かない。まるで像になってしまったようだ。
しかも纏っている雰囲気も全くの別物であった。皆『オーラ』というのを間近で見たことが無いので、それがオーラとは分からない。だが恐らく、そうである事を本能で理解したのだ。
「距離11,000。方位95。風向き、問題ない」
スコープ上でも最早点にしか見えない距離の偵察機を正確に捉えて、タイミングを見極める。必ず当たるコースに機体が入った瞬間、トリガーを引いた。
ズドォォン!!
巨大な爆音が鳴り響き、大きな薬莢が地面へと転がる。放たれた20mm徹甲弾は正確に偵察機に命中し、火だるまになって海へと墜落したと八咫烏から報告があった。
「クリア」
そうあっさり言うが、普通に考えて化け物である。11km先の相手を捉えて、射程限界の10kmで狙撃して倒す。そもそも10kmなんて、狙撃できる距離じゃない。
無論そんな事を知る由もない比企ヶ谷達だが、少なくとも長嶺が人間離れている事だけは何故か理解できた。
「まあ、これが俺達の仕事だ。どうだ、やってみないか?」
そう勧誘したが答えは全員『保留』であった。長嶺の姿を見て恐怖を感じたが、一方でかっこいいとも思った。だが同時に、自分達に務まるとも思わなかったのだ。
「そうか。なら、週一や暇な時、ストレスが溜まった時に来い。訓練代わりに銃撃ったり、兵器に乗せてやる。そこから自分がどうしたいか決めたら良いさ。
高校卒業後に来るもよし、大学や専門学校に進学してから来るもよしだ。無論、そのまま就職して普通に生きる道を選んで貰っても構わない」
長嶺としては正直来て欲しいが、彼らがどんな道を選んでも強制はしない。それは自分が出来ない特権なのだから、思う存分それを味わって欲しいのだ。
この後、簡単に施設を見学してホテルへと帰っていった。そのままオイゲンの検査もしたが特段異常もなく、艦娘とKAN-SEN達も無事に治療が完了し、随時復興作業の手伝いをしていた。
その日の夜 長嶺自室
「総隊長殿、失礼します」
1人海を眺めていた長嶺の元に、グリムがオイゲンを連れてやってきた。
「何の用だ?」
「総隊長殿、どうか私達に教えてください。昔、何があったのかを」
グリムはこれまで気になっていた事を、艦娘とKAN-SENの代表を連れて聞きにきたのだ。長嶺は深くため息を吐くと、3人に向き直って言った。
「.......いいだろう。俺が何者で、何を成し、何を経験したのか。俺の全てを」
今宵語られるのは、表の記録には残らない世界の歴史。今の長嶺が作られた原点でもある。だがそれは、次回に語るとしよう。