明けない夜を希う。   作:write0108

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「あ、巫女の説明をしていませんでしたね」

 

女性は多分、俺の気持ちが分かっている。分かっているのに見ない振りをして、説明を続けている。

全く話が入ってこないまま、ただ立ち尽くしている。

 

俺は、帰らなきゃいけないんだろうか。少女は、終わるまでここにいようと言った。…終わる?

言葉の意味を考える。女性はそれを待っていたかのように、俺の頭の中の疑問に答えた。

 

「…貴方は、ここにいるべきではありません」

 

こいしからは何も聞いていないと思いますが、と続いた話は、今までの話の比ではないほどに、耳を疑うものだった。

 

「このままここに留まり続ければ、貴方は人ではなくなってしまう。思考や感情のない、本能のまま生きる低級妖怪として、その人生を終えることになってしまうんです」

 

低級妖怪…?聞いたこともない言葉だ。

 

「人間、というより全ての生物の根源は魂です。魂の力によって、生を得ているんです」

 

女性は窓際に移動して、話を続ける。

 

「生物としての人間は、魂の力が強い。それが執着や根気の元になっています。…ここまで言えば分かると思いますが、貴方はその力が弱い」

 

思い当たる節があった。頑張ることや耐えることから逃げ続けた人生。それが俺の魂の弱さという訳なのだろう。

 

「だから貴方はこいしに惹かれた。そしてここで…人生を終えようとしている」

 

俺の中に、嫌悪感は沸かなかった。ここで妖怪になって、知性や理性を失ってしまうことに。

 

「私は今まで、それでもいいと思っていました。本人がそれでいいなら、ここで果てさせてあげてもいいんじゃないかと」

 

女性は俯いて、絞り出すように呟いた。

 

「でも、あの子は…こいしはそうじゃない。受け入れたという顔をして、その実悲しみを覚えている。だからこそ、他の人で埋めようとするのでしょう」

 

慰めの言葉は、一つも浮かばなかった。俺の一生より長い時間を悩んで、それでも解決しないものなんだろうから。俺に言えることなんて、何もないと思えてしまう。

 

「…すみません。とにかく、私は貴方を帰さなくてはいけない」

 

女性は胸に手を当てて、落ち着きを取り戻そうとする。

俺も何となく、女性が背負っているものの大きさを理解できたような気がする。

 

確かに成り行きでここまで来たのだし、俺は別にこのまま帰ってしまってもよかった。寧ろそうするべきなのは理解できたし、そうした方がいいとも思う。

 

「…分かりました。俺、帰ります」

 

思えばこの女性の前で声を出したのは、これが初めてだ。心を読まれるというのは会話の必要がなくて楽だ、くらいに捉えていたから。

 

「……ありがとう、ございます」

 

女性は俺に深々と礼をした。きっと伝わってしまったんだと思う。その言葉を、わざわざ口にした意味が。俺は何も言わず、ただ今日を終えることにした。

 

寝室に戻ると、そこには誰もいなかった。…当たり前の風景だ。これまでだって、いつもそうだった。それなのに、寂しさを感じてしまう自分がいる。

 

俺はあと何日、ここにいられるのだろうか。そんなことを考え始めると、眠れなくなってしまった。なんとなく、窓から外を眺める。日が昇らないこの世界には、時間感覚は存在しないのかもしれない。昼も夜も誰かが騒いでいたり、誰かが働いていたりする。…蚊帳の外にいる気分だ。

 

俺がもし、あの人達だったら。そんなことを考えずにはいられない。考えた所で、何の意味もないのに。

 

煙草を吸おうとして、ポケットに手を入れてから気付く。そういえば、この世界には俺の吸っている銘柄はない。諦めて寝ようと振り向く。

 

「ばぁ!」

 

目の前に少女が現れて、俺は飛び上がりそうな程に驚いた。いい加減慣れたらいいと思うのだが、こういうものは慣れでどうにかなるものではない。

 

けらけらと笑う少女を眺める。この表情が見れるのも、あと幾度かしかチャンスはない。…帰ったらあの家も引き払ってしまうし、少女との繋がりが一つ一つ絶たれていくのを感じる。

 

「…どうしたの?浮かない顔して」

 

何でもない、と首を振る。少女は納得せず、さらに問い詰めてくる。…伝えるべきなのは分かる。けれど俺の口からは、その言葉は出てきそうになかった。

 

いつ以来なんだろう。別れが辛くなってしまうのは。俺はこの気持ちをどんな風に発散すればいいのか、その方法を知らなかった。

 

さようならの伝え方を、俺は学んでこなかった。

 

「まぁ何でもいいや。じゃあ、また明日ね」

 

そう言って、少女は消えていった。俺はただ立ち尽くしたまま、今まで少女がいた空間を眺めている。…あと何度、こんなに辛い思いをしなきゃいけないんだろう。そう思うと少しだけ、早く帰りたいと思うことができそうだ。

 

「…おやすみ」

 

何もない空間にそう告げて、俺は眠りについた。

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