近界の帰還者   作:黒い角持ち

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神崎叶

「はっはっは。凄い目だ、『僕を母親代わりに思いなさい』。この言葉が相当気に入らなかったと見える」

 

 研究者故に『教授』と名乗る女はケラケラ楽しそうに笑う。

 

「だが、顔に出してはいけないよ。あの実験を生き残った稀有な個体でも、けっきょくは攫ってきて洗脳施した奴隷だ。君、洗脳が効かないって解ったら処分されるよ。死にたくないだろう? 残った家族のもとに帰りたいだろう。友達や、その年でも居たかもしれない恋人とか」

「それを俺から奪ったのはお前等だろうが!」

「返す言葉もない。そうだね、恨んで憎んで、何時か僕達の心臓を貫くといい。でも、今は無理だ。研究者の僕にこうして転がされるようでは」

 

 失った手足からトリオンが流出していく。直に戦闘体を維持できなくなる少年に女は笑みを浮かべ続ける。

 

「でも強くなれるよ、君なら。誰だって、戦場で死なずに戻って生き続けていたら強くなる。だから、それまでは笑いなさい。口調も変えると良い。子供だからね、一緒に戦う関係だと君にその気がなくても、そんな体質でも、恨みは薄れていくかもしれない。だから、自分じゃない自分を作ると良い」

 

 緑の瞳を猫のように細め、女は少年の額に指を添える。

 

「君は今のままじゃ直ぐ死ぬ。戦いの勝敗に気持ちの強さは関係なくても、弱さは関わってくるよ。モチベーションの為にもこれから君は本音で誰とも接するな。偽り、欺き、騙された敵を嘲りなさい。決して仲間だと思わぬように、目の前の相手を常にどう殺すか考え続けなさい。そうすれば、もう死にたいとか考えてる君でも生き残れる可能性が上がって、何時か帰れるかもしれないからね」

 

 幸い君の体質は、恨み続けるにはもってこいだ。女は楽しそうに笑い、唇に指を添え言った。

 

──ほら、笑うだけなら結構簡単だろ?

 

 

 

 

「志木君! 日浦君! 無事か!?」

 

 近界民(ネイバー)緊急脱出(ベイルアウト)を行い本部に向かったと聞き、記録(ログ)に2名ほど帰還したとなっている那須隊の隊室に通信を送る忍田。

 

『お、通信来た? 茜ちゃんちょっとこれ持ってて』

『勝手に食べて、後で怒られますよ〜』

 

 と、予想に反して気の抜ける声が聞こえてきた。

 

『カメラの起動は………えっと、これかな?』

 

 ブツッと音を立てて通信が切れる。そして……

 

『すいません忍田本部長!』

 

 那須隊隊室からコールがかかり慌てた様子の日浦茜が映し出される。その後ろで青年が塩昆布を食べていて。

 

『あ、通信繋がった。はじめまして……忍田さんとお呼びしても?』

「………その前に確認させてくれ。現在そちらにいる日浦隊員と志木隊員は無事なんだろうな」

『今の所は。僕も貴方方と敵対する気はありませんので……とはいえ、貴方方は僕を嫌っている様子。身の安全のために人質にさせて貰ってます』

「君は方法は不明だが緊急脱出(ベイルアウト)を使ったと報告を受けているが?」

『トリオンは元々人が誰しも持ってる力だ。トリオン体じゃなければ伝達率で出力は落ちるけど、使用自体はできる。少なくも、僕の持つ技術ならね』

 

 事前に見ていた映像に比べ短い剣を生み出す近界民(ネイバー)。本来より力が出せず、また出血も無視できない生身であるのなら………

 

『因みに剣の2本ぐらいなら余裕で作れる。今はその分を茜ちゃんと志木さんの肺や胃に入れてるから、余計なことを考えたら内から殺す』

「っ!!」

『僕もね、戦士とはいえ子供の命を脅かすのは本意じゃない。少なくとも君達は僕の何かを奪った訳ではないのだし』

『じゃあ今すぐ出してくださいよ〜!』

『それはそれ、これはこれ。僕も自分の身が大事なんでね』

「要求はなんだ」

 

 人質を取るということは、何か要求があるということ。彼の言葉を信じるなら命を奪う気はない筈。

 

近界民(ネイバー)と交渉する気ですか!?」

「何を悠長な!」

 

 根付と鬼怒田が忍田に向かって非難するように叫ぶ。人類の敵である近界民(ネイバー)の要求を聞こうとする消極的な対応に怒りを覚えたのだろう。

 

『なら君達はどうするのかな? 具体案も出さずに口を挟むなよ』

「では、君は私達に何を望む」

「城戸司令!?」

 

 と、交渉に反対する二人に対して最高責任者である城戸が交渉に移る。

 A級三輪隊、なりたてとはいえB級の新規精鋭那須隊を圧倒し、緊急脱出(ベイルアウト)を何らかの方法で妨害し生身を眼前に晒させる近界民(ネイバー)だ、基地内の誰もが危険に晒される。故に時間を稼ぐために会話は使えると判断したのだ。

 

『僕個人に対する攻撃をやめてくれるだけで良いですよ』

「君の行為を見逃せというのかね」

『僕がこの世界の人間に酷い事する前提で話すのやめてくれます? 茜ちゃん、2歩下がって』

『? はい……』

 

 と、茜が2歩下がった瞬間床とベットが光り、ベッドの上の志木が消える。近界民(ネイバー)は短刀を何もない空間に振るうと空間が歪み、少年が現れる。

 

「っ、まだ……!」

「いや、終わりだ」

 

 バチン! と紫電が走りトリオン体が歪み、キューブ状になり床に転がる。

 

『う、歌川先輩!?』

『心配ない、ラービットの捕獲技術の応用だ。容量調整の為にラービット程複雑じゃないから壊すと戻るよ』

『ラビット?』

『君達が近界民(ネイバー)と呼ぶトリオン兵。ぶっちゃけ、安全とか気にするぐらいなら種類にもよるけどトリオン兵量産の方が緊急脱出(ベイルアウト)より安上がりだと思うけどね、一々修復とかしなくて済むし』

 

 天然水を飲みながらそんな説明をする。無警戒に見えて、人質確保と同時に対処に向かった歌川を簡単に対処してみせた。

 

『志木さんの体内のトリガーは健在。茜ちゃんも言わずもがな。あと歌川君だっけ? 彼も新たな人質。半端な実力者なら送らないほうがいい』

「………………」

『別に僕は犯罪行為を見逃せなんて言ってませんよ。警戒区域でしたっけ? そこに無断侵入した罰を受けろと言うなら受けます。ただ、残念ながら記憶処理は効かない体質なので反省文や口外禁止の書類に関する署名などで………』

「ふん、近界民(ネイバー)にこちらの法律を適用しろだとでも」

『ああ、それなら大丈夫です。僕、玄界(ミデン)出身なんで』

 

 鬼怒田の言葉に青年はあっけらかんと言い放つ。

 

『僕の名前は神崎叶、10年ぐらい前に三門市から攫われた日本人です。まあボーダーが出来たのは四年前でしたっけ? 別に、あなた方が怠慢だと言う気はないのでご安心を』

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