近界の帰還者 作:黒い角持ち
元々は『僕』で、何時の間にか『俺』になる。特にこれといった理由はない。単純な子供らしく、テレビのヒーローにでも憧れていたのだ。幼馴染には戻した方がいいと言われた。でもその時自分は子供で、かっこいいと思っていたことを否定されるのが嫌で、初めて言い合いになった。
喧嘩したまま、仲直りせず両親と祖父の下に帰郷した。毎年の事だ。だから、帰ってから謝ろうと思っていた。
帰りの山道。自分達以外車も人影もないその道に突如現れたそれは、車を容易く吹き飛ばし崖から落とす。そこまで高い訳じゃない。全員生きていた。
母が自分を引っ張り出してくれて、父も助けようとした時降ってきたそいつが車ごと父を潰した。自分を抱えて逃げようとした母は、それが放った光線で頭が跡形もなく吹っ飛んだ。
母の死体を食らったそれは、無力だった自分を飲み込み、腹の中で見せつけるように母だった肉の塊の胸から何かを取り出した。
全て覚えている。思い出そうとすれば、踏み潰された父の血の広がり方も、切り開かれた母の胸の骨の数も。その死の光景、感じた絶望、怒り。同時に、両親の死の記憶とともについてくる幸せだった頃の記憶。
呪いのようだ、とある女は言った。
『人は別離を過去にする事で漸く死者と生者を分けられる。なのに君は、それこそ何十年と生きようと共に過ごした誰かの記憶を薄めさせる事が出来ない。たった今体験したかのように、思い出す』
うん、ようじゃなくて間違いなく呪いだったわ、ととある女は笑っていた。
その笑い方を昨日どころかさっきのように思い出せる。その時感じていた感情も含めて。過去の別離など、最後に会ってからの間などなんの意味もなく、生者も死者も等しくたった今まで関わっていた存在。違いなど、情報の更新があるかないか。
『記憶を思い出さないのは不可能だ。だけど、そもそも人間の記憶にデリートはない。管理が出来てないだけだからね。君は記憶の引き出しが簡単に開く。近くの引き出しが勝手に開くほどに………必要なぶんだけ引き出せるようになりなさい。親との幸せを思い出す時、親の死が出てこないように。僕がコツを教えてあげよう。ま、僕は君と違うから、記憶力強化の応用訓練させ続けるしかないけどね』
何が楽しいのかヘラヘラと何時も笑みを浮かべている女。少し考えると何時も何かを喋っている光景が脳裏に過ぎる女。
だけど、誰よりも知識を与えてくれた。トリガーの使い方、プログラミング、遠征艇の操作方法。他の国に何度か連れて行かれて、その国の情報を教えられた。必要のない名産品とかも。
何れ交渉に使うと良い。君の未来に役に立つ。僕が言うのだから間違いないよ。
何もかも見通す女は、自分を唯一止めることが出来たであろう、それをしなかった女は自分の前で笑み以外の表情を見せることはなかった。
ふと、そんな事を思い出す叶。目の前のディスプレイには微かに目を見開く傷のある男と虎のような印象を受ける男に何処か胡散臭げな男。狸と狐の様な男達は解りやすく動揺していた。
『少し、待っていてくれ』
傷の男、城戸はそう言うと周りの者に指示を出す。その間、叶は胸に突き刺していた金属の筒を抜く。
「もう大丈夫だよ茜ちゃん。息を吸って」
「……?」
「吐いて」
「はあ〜………わあ!?」
叶の言うとおりに息を吸って吐く日浦茜。その口から青い煙が出て来る。
「こ、これ……トリガーですか? あ、じゃあ小夜子先輩は」
「気絶してるから、咳き込んでるんじゃないかな」
トリオン体は回復した。とはいえ僅か一瞬でもトリガーを消す気はない。なので極めて物理的な手段で取り出させてもらった。
「で、でも大丈夫なんですか?」
「暫定敵の心配? 君、軍人に向いてないね」
「うっ。で、でも皆を危険な目に遭わせるなら戦えますよ!」
軍人、というよりは自警団的な側面が強いのだろうか。あくまで防衛目的。
(あの城戸って人としゅうちゃんを見る限りは、
それでも秀次と城戸ではだいぶ差があるようにも見えた。
『確認が取れた。あくまで、君の名前は……詳しく調べたい』
「良いですよ。では、案内は外の人に頼めば?」
『ああ……』
扉のロックを解除し部屋の外に出ると二十代後半の男性が壁に寄りかかって座っていた。その横には気絶した小夜子。
「こんにちは」
「どーも。上から司令が来たので、案内するよ。日浦ちゃんは志岐ちゃんを見てあげてね」
「あ、はい!」
「日本人で間違いないようです」
血を取ったり粘膜を取ったりして得たDNA情報を下に、自称神崎叶は間違いなく日本人である事が解った。
「そうか…………」
「だから何だというのです。10年以上も前の話だ!
そう叫ぶのは三輪秀次。他にも、A級隊員である二宮や太刀川、加古など実力者が揃っている。
秀次の言った『2年前の侵攻に関わった人間』という言葉は彼が日本人である事を差し引いても警戒するには十分過ぎた。
「2年前、あの国は別の国々と争っていたから
「ならば何故姉さんと俺のことを知っている!?」
「攫われる前から知ってたからね。君に至っては、君が生まれる前から。彼奴が今度弟が生まれるって自慢してたからね」
「……………何だと?」
「君のお姉さんと僕は幼馴染だったんだよ。小さい頃からのご近所さん、年も近かったし父親が同じ仕事場で、お互い預けたり預かったり。まだ赤ちゃんだった君のおむつを二人で取り替えたこともある」
「そんな話を信じろと!?」
「仇の情報を得たかも、と必死になるのはわかるけど、本当さ」
「っ!!」
「そこまでだ、三輪隊員………君の両親に確認は取れないか?」
「…………少々お待ちを」
秀次はそう言うと携帯を取り出し、電話を掛ける。
「母さん? 少し聞きたいことが………神崎叶………え? ああ………そ、う………いや、少し、その………うん。大丈夫」
電話を切り、苦虫を噛み潰したような顔をする秀次は叶を睨みつける。
「確認が、取れました。かなちゃ………神崎叶は、過去俺の家族と交流がありました」
「そうか………では、神崎君」
「はい?」
「申し訳ない」
「…………? 先程も言ったように、対抗策がなかったんですから別に……」
「存在した」
「……………」
「12年前、規模こそ違えどボーダーはすでに存在し、トリガーを保有していた」
黙っていれば良いのに、そんな事を正直に言う城戸。
「出来たばかり、存在を知ったばかり、そんな言葉は言い訳にもならない。気づかなかった事、救えなかった事、本当に申し訳ない」
「………気にしないでください」
別に、だからといって気にしていない。人が救える数には限度がある。
「救えなかった事を責める気はありません。助けを求めたなら救われるべきだ、などと考えられる環境でもありませんでしたから」
「…………そうか」
その言葉に顔を上げる城戸。その目は真っ直ぐに、そらすことなく叶に向けられていた。
「では、話を変えよう。君はどうやって脱出したのか教えてくれないか」
「国の王族貴族が集まる催しがあったので、衛兵皆殺しにしたあと王族一人残して王族、貴族を皆殺しにして遠征艇を盗みました」
「…………では、その国はどうなった」
目を見開き動揺しながらも質問を続ける。太刀川などは強いのか、と何処か楽しそうだ。
「
「……………そうか」
城戸は頭痛でもするのか頭を押さえた。
「それと、君のトリガー……渡してもらえないだろうか」
「無理です」
「無理だと!?」
「何か手放せない事情でもあるんですかねえ? それこそ、また暴れるとか」
「いえ、僕のトリガー……心臓付近の血管に絡みつくように体内に埋め込まれてるので取ったら死にます。まあ殺しても情報が欲しいなら抵抗しますけど」
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