女の子を拾ったらなんやかんやで師匠になった 作:ゔぁにたす
本当の悪は討たれず。
人類の希望が、ハクという一人の少女によって齎され、人々の心に明るい光が差し込んできていた矢先の事。夜の天蓋に燦々と輝いていた御見星──地球では月と呼ばれるだろう衛星──が、なんの前触れもなく、突如として一つの町を焦土と化させ、明るいニュースで埋め尽くされていた、この世界のメディアの一面を大きく飾った。それは畏れや恐怖といった感情の衝撃となって大陸全土を駆けまわり、夜の帳のみならず人類の心からも明かりを奪い取った。しかし、夜が明ければ灯るのは太陽。各地で魔物の軍勢が撃破され、いよいよ悲願の勝利が見え、その希望は星の墜落という暗雲を打ち払った。
魔皇の台頭と共に現れた、最も強力といって差し支えない魔物達も相次いで撃破されていき、更に紫桜国でも、英雄──ハクの斡旋した革命によって現体制は打破された。そんなニュースの裏で、魔物の製造に関わっていた者達は王族諸共全員処刑され、数百年に及ぶ人類の大罪の一つを打ち止めとする事に成功した。それにより目に見えて数を減らした魔物を押し切るのは、今の人類にとってそう難しい事ではなかった。
しかし、魔皇は退いていない。それに、今の人類が束になったところで、魔皇を三十秒と足止めする事すら不可能。ハクと同等の人間を百人寄せ集めて漸く二十秒もつかどうか、というのが私の考えである。
私が魔皇と渡り合えているのは、不老不死と、制限なしに『与える』異能の二つのおかげだ。大司教とかいう胡散臭そうな奴の加護魔法など、魔皇の前では紙切れ一枚も同然。宇宙を全て自身の魔力で満たして尚あり余る、魔皇の規格外の、それこそチートとでも呼ぶべきスペックが、人類の勝つ確率をゼロにさせている。逆に、いつの間にか紫桜国についての問題が解決されているらしい今、もしも魔皇さえいなければ、人類の勝利は確定だ。ほぼほぼ人類を超越したハクや、全員が超再生能力を付与されている、万単位の軍などという過剰戦力の前では、魔皇が血を分け与えて生んだ、上位種と呼ぶべき魔物さえも単なる障害物の一つでしかなくなる。というか、ハク一人で魔皇以外の戦力は全て淘汰できてしまうだろう。ハクには、神の力にも等しい、私の『与える』能力で、嘗て読んだ気がするライトノベルの主人公を参考にし、負け無しと言えるだろう魔術の才能と魔力を与えている。
だが、彼女は人の身。当然、限界というものが存在する。私の様に、遺伝子ごと書き換えるような魔改造を施せば、或いは魔皇を打倒する事も可能かもしれないが、それはしてはいけない。
倫理観の問題などではない。倫理を気にするくらいなら、人類滅亡の危機を優先しろと誰もが言うだろう。けれど、やはり私は決断しきれずにいる。一人の少女にそこまで背負わせて掴んだ平和に価値があるのだろうか、と。
改めて自分が不甲斐ないと感じる。常に新品であるはずの私の心も、記憶の積み重ねによってボロボロになってしまっているのだろうか。人の心情としては、あまりに矛盾を孕みすぎている私の心は、疾うに壊れているのだろうか。正常なままに、グチャグチャに破壊されてしまっているのだろうか。答えは分からないが、ただ自分が不安定で矛盾している事だけは確かだった。
『生きていて良かった、と。必ず貴女に言わせてみせますから』
そう言われたのは、ハルと出会ったあの日の夕暮れの事だった。そのあとすぐに、彼女は王都に連絡を取り、ハクと私と、それからハルの三人が会う為の場を設けられないか、と問い合わせてくれた。
しかし、英雄はどうにも多忙なようで、各地を転々と周りながら魔物を殲滅し続けているそうで、合間を縫う事さえ非常に難しいらしい。そんな彼女の邪魔をしてはいけないね、とハルに言いながら、ふと考える。
──ハクは今のままでいいのだろうか。私からは、魔皇に手を出すなと言ってあるから、利口な彼女の事だ、きっと守ってくれるだろうが……そうともなれば、これから先、彼女に待つのは、延々と、ひたすら魔物を殺すだけの日常であろう。そんなのは、きっと彼女も好む結末ではないだろうし、何より彼女の精神そのものに特別なチカラは無い。魔物とはいえ、命ある生物を延々と作業の様に殺し続ける、だなんて行為に、年頃の彼女の精神は疲弊している事はほぼ間違いないだろう。使命感と正義感の強い彼女とはいえ、まだ齢十五、六の彼女の人生が、そんな殺伐としたものであってはならないと、親心の様な気持ちを覚える。
ハクを鍛え上げたのは私で、その鍛えた目的を、私自身が否定するのは矛盾しているかもしれないが、ここまで使い潰されているような状況を見てしまうと、過去の自分の意見を覆してしまいたくなる。
ならば。私が魔皇を殺せばいいのではないか、と考える。確かに、全霊を以て戦えば、持久戦を経て私が勝利するだろう。しかし、私に戦闘のセンスは無いし、魔皇との戦闘に集中し、周りを省みずに戦ってしまうかもしれない。巻き添えに人を殺して勝利しても、結局過去と同じで、私はバケモノ扱いされるだろう。
それでも、やらなければいけない。ハクも、ハルも、誰も、魔皇に歯が立たないのだから。そして私はほんの少しとはいえ魔皇に加担してしまったのだから、その罪滅ぼしとして。あの時葬った何百という命に償わなければいけない。
拳を天高く上げる。肌を暖かく照らす太陽は、心なしか、それを肯定してくれている様に見えた。
私の前に立つ魔物を全て滅する。潰し、殺していく。自分が自分でなくなっていく事も厭わずに、肉体に力を与え続ける。魔皇を殺す為に。大気の流れに、私と魔力的に直結している『目』を生やし、風に流し、この星の全てを視る。脳が焼ききれそうな程の情報量が流れ込んでも、それに対処できる脳を『与える』。
与えて与えて、そうして見つけたのは、ハクのすぐそばまで迫った、魔皇の姿だった。今度は、逃さない。
点と点を結ぶように、魔皇のすぐ背後へと、能力の応用で回り込む。瞬間移動といっていいその速度に、魔皇は対応も出来ず、私の蹴り一発で消し炭と化した。
「……決心が早いね、ゲツ。ここでボクを殺すのかい」
「そう。今ここでお前を殺す。あの時止められなかった私の代わりに。あの時お前に唆されてしまった償いの為に」
「薄っぺらい後付けの理由を足した所で、ゲツは私を罰するに値する人間なんかじゃないって事、君でも判っている事だろう!」
「ええ。だから、これは私刑。誰かに赦されて行う事ではない」
判っていた。今の魔皇の暴虐は、全て私に起因しているという事なんて。
“あぁ、■■。最高だよ。ボクは今、君を殺したくて殺したくて堪らない。でも、残念な事に今のボクに君を殺す術はない”
古い記憶を思い出しながら、魔皇の猛攻を避ける。彼女の一撃一撃は地面を抉り取り、大気に穴を空け、重力を歪める。その隙間を縫い、私の血を滲ませた拳を彼女の腹部に貫通させる。私の血に、とびきりの呪いを仕込んで。
「これは……呪い、か。ゲツ、そこまでボクを殺したいだなんてね。自分の欲望に打ち克つ、それはとても凄い事だろう。けど、そこまでして君は何を得る? 名声も、栄誉も、君の死も、何も得られはしないさ」
殴る。蹴る。叩き割る。幾度となく彼女の肉体に血を刷り込み、その度に呪いが周りの空間ごと蝕んでいく。
遠くに、こちらに向かってくるハクが見えた。杖を掲げ、今にも魔術を行使しようとしていた。その姿が、嘗て見た魔皇の姿と重なって見えた。
“だから、君の事を殺せる様になるまで、ボクは修行に励むことにするよ。人を殺し、生き物を一から創って。魂について研究して君の呪いを解くためにね”
──瞬間、地面を抉り取る程強烈な暴風が魔皇に向かって吹き荒れる。それを彼女は片手で振り払い、ついでと言わんばかりに極大の魔力光線を放った。
私ではなく、後方のハクへと向けて。
私はそれを受け止めきれなかった。光の速さで放たれたそれに反応する事は敵わず、既に私の横を通過していった光線を、ハクは躱してくれると信じながら掌底を魔皇の鳩尾に叩き込む。臓器を潰す感覚に不快感を覚えながら、突き破った彼女の腹に呪いを垂れ流す。その時の彼女の、狂った様に静かな笑顔が、血にまみれた過去を想起させる。
“ほら、君の手で創り上げた子なんだ、応援してよ? ボクの事を”
歪んだ顔、歪んだ愛。全ては、彼女から注がれた物だった。私は、それを受け止める事なんか出来なかった。自分の罪から目を背け、対して他の者の罪を咎め、恨み、憎しんだ。
地獄の呻き声の如き呪いに満ちた、ドス黒い血に染まる拳が、彼女の脳髄も心臓も纏めて潰していく。白と黒にはっきり分かれた瞳が、彼女の眼孔から飛び出して。か細い声で語り掛けてくる。
「君の育て上げた英雄も、忌子も──君には敵わないね。でもね、ゲツ。忌子は英雄を、妬み僻み憎しみ恨み、そんな悪感情を以て殺す事が出来るのさ」
振り返る。魔皇からブレた視線は、感情は、半身を焼け爛れさせて佇む一人の少女に向かう。『大丈夫』と視線で語る彼女の、生命の灯は消えかかっていた。そんなハクの背後から走り寄るハルを、私は無感情な瞳で見つめていた。
「たった一瞬の余所見も命取り。ハクがああして傷ついてしまったのは、
そんな嘲りが聞こえた瞬間には、私は魔皇の崩れかかった顔面に廻し蹴りを放っていた。
「罪を人に擦り付けるのは簡単だよね。どうしようもないくらい思い込んでしまえばそれは叶う。……もしも、君が月を堕としたあの日。あれこそが君の本性で、それ以外の──ハクを見つけた時、いやそれ以前の──ボクと出会った日からの、大人し気な君は、ボクの洗脳の成果だって言ったらどうしよう? ボクがボク自身の罪の一端を擦り付けているだけだと思うのもいいけどね」
「君が生まれ落ち、育った村が焼き尽くされたのは、魔物のせいって思ってるだろうけどさ。君の殺した悪龍──いや、龍神は、本当にその口から火を吐いたのかな? ──村に火をつけたのは、誰だったんだろうね? ゲツ」
脚を魔皇に掴まれ、その強靭な握力を以て足首を砕かれる。再生しきるまで五秒程度。その間、魔皇は何をするでもなく、ただ語り掛ける。
私の無意識領域の、奥底へと。
「君の希死念慮は、酷く陰鬱に歪んでいる。死にたい。この世から消えてなくなりたい。──そんな願望を、ずーっと昔、それこそ生まれる前から持っていた君を、この世界に『不老不死』なんてチカラを持たせて生まれさせたカミサマはとんだ狂人だね。君がこの世界に抱いていた希望なんてのは、結局すぐに打ち砕かれた。あの村は、部外者にはさぞ厳しかった事だろうね」
足首が再生した瞬間、反撃しようとしたところで首を折られる。脳髄に踵落としを喰らい、陥没した脳に、呪いを詰め込んだ私の腕を突っ込まれる。自分自身の呪いに脳が浸されながらも、魔皇の声は明瞭に届いていた。
「死にたい。死なせてくれない奴は要らない。邪魔。そう言った君の感情は、君を虐め抜きながらも殺すまでに至らなかった者達に向かった。君を捕えた騎士達にもね。それは当然、ハクや君の出会ったハルレインとやらにも向いた事だろう。けれど、ボクを造った後だったからかな、彼女達に向いたのは──それよりも強い、『寂しい』とか『助けて』って感情。そんな感情を、ボクにも向けて欲しかったな」
「……知った口を、きくな」
「ボクは全て知っているから、ね。知った口も何もないさ。捏造も思い込みも含まれない記憶を覗くのなんてボクにはお茶の子さいさい。そうあれと造ったのはゲツじゃないか。死にたいのに死ねない君は、自分を殺し得る存在を造った。それがボク。そんな事は君も覚えているよね。ボクは君を殺す為に、君から全てを与えられた。君が思いつく限りの最高であり至上であるのがボク。失敗だったのは、ボクに自由な心を与えた事だろうね」
「……………………」
「そら、君の大切なお友達が近づいてくるよ。君の呪いに完全に浸ったボクを殺すのは、ハクなら簡単に出来るだろうね。それこそ何の力も持たないハルレインにだって可能さ。そしてそれが、本当の本当に最後の、ラストチャンス。君の『死にたい』、その欲求を満たす最後のチャンス。イイコトを教えてあげようか。もしこれでボクが死んで君が生き残ったとしても、帰還を喜ばれるのはハクだけ。ゲツ、君はあの時の様に『化物』と言われてハクの弁護も虚しく、一生の責め苦を味合わせられる事になるよ。今度は森の中に閉じ込められるだけじゃない。良くて魔法や薬の実験台。最悪なら、呪いを何重にも掛けられて封印される。死んだ方がマシだよ」
だから、と。
「ボクの手を取りなよ、お母さん?」
甘ったるい声で、魔皇は囁くのだ。
「……拒否する」
「んー、残念。まぁ、いいか。苦しんで苦しんで、それでボクを思い出して後悔すればいい。永遠の責め苦を味わえばいい。君の矛盾したみたいな、唐突に始まって唐突に終わった殺戮劇を、忘れず語り継ぐ奴は絶対に居るから、ね。一生、罪の意識に苛まれながら終わりのない苦しみを享受したいなら、まぁ、ボクは止めないさ。……じゃあね」
魔皇の身体を、噴煙が、濁流が、突風が──あらゆる災害が貫いていく。狂気的な笑顔と、冷徹な瞳が、私を最期まで捕えて離さなかった。私に駆け寄るハクと、朽ちていく魔皇。ハクは重傷を負いながらも、ハルがどうにか治療してくれたようで、何事もなかったようだ。
そして私は、残酷なくらい無傷だった。
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物語とすらも呼べぬ、破綻した生き様。壊れきった本性と、それを治さず送り出した存在。邂逅する事は無い。喜劇、或いは悲劇。観客は、狂いに狂った脚本を嘲り、役者は嘲笑を受けながら退場していく。
幕は降ろされた。脚本家は、独り残った主役を、決して主役の手の届かぬ天幕の遥か彼方から見下ろす。その顔に、笑みも涙も浮かんでいない。だってそれは、舞台を整える為の前日譚なのだから。
魔皇の死んだあの日から、私は何もする気が起きなかった。きっと、忘れ去っていた罪を思い出したからだろう。
右手に灯る微かな炎を、複製した自分の肉体に全てを与えた事を、それまでに数えきれない程の人を殺した事を。
一人称で進む物語の語り部は嘘を吐いた。羊皮紙に書き留めた私の物語は、その殆どに於いて私が語り部となった。神の見下ろす視点では、私という異常性は伝わらない。といっても、これを誰かに読ませるつもりは、全くもってないが。
あの日から、ハクともハルとも会う事をやめ、私すらも場所が良く判らない、どこかの地底に身を潜め、ただ筆を走らせていた。
私の脳裏には、今でも魔皇の顔がちらつく。死んだ筈の彼女の顔と声が、今でも見え聞こえてくる。彼女が死の間際に言った事は正しかったのだろう。けれど私は、ひたすら逃げるという選択肢を取り、実験台にされる事も、苦痛を受け続ける事も無くなった。或いはこれからやってくるのかもしれないけれども、その時は、きっと享受しなければならないのだろう。私の罪を清算する事は出来ずとも、罰を受ける事は出来るのだから。
一度だけ、ハクと会った。その時に、私と出会った辺りの記憶を覗かせてもらった。随分、好意的に見てくれていたのだな、と少しだけ感動した。ハクは、一緒に暮らしましょう、と言ってくれたけど、私は拒否した。もう、幸せを享受する事はしたくなかったのだ。
それに、今となっては、なぜ私がハクを拾い、鍛えたのかが良く判る。都合よく私の前に現れたハクの能力を限界まで育て上げ、私を殺す事が出来ないかどうか試す──実験の様なものだった。あの時の私は、『欲』が封印されていた。けれど、奥底では静かに欲の炎は燃え続け、それを満たす為の道具としてハクの事を見ていたのだろう。死んでほしくなかったのも、結局魔皇が裏切った時の保険として保持していたかっただけにすぎなかった。
『死』という逃げ道を、魔皇は結局遺してくれていた様にも思える。彼女の死後、何とか探し出した彼女の拠点からは、数千年分もの研究内容がそのまま見つかった。彼女の至った、私を殺す方法は、時間を掛ければ私にも可能なものだった。けれど、それを私が行うのは、私以外の何もかもが全て終わってしまった後。
……月を堕として以降、いやそれ以前から。そして今でも、私は死にたいという欲求を抑えきれていないし、そして死にゆく事のできる存在を恨んでいる。殺してしまいたい。負の感情は私の内にずっと燻ぶり続けている。魔皇が死んでから、それは更に増幅していった。魔皇が言った、静かな私は実は洗脳の結果であるというのも、間違っていないのかもしれない。それを確かめる術は無いけれど、少なくとも──魔皇が嘘を吐いていたようには思えない。
きっと、紙にすら書いていない、こんな取り留めのない思考さえも、あの女神は覗いているのだろう。アレの嘲りが幻聴として聞こえてきそうだ。
結局のところ、私は何だったのだろう。あの女神の余興なのだろうか。それとも、イレギュラーなのか。私が凄惨ともいえる生を送る事になったのは、女神のせいなのか、そうではないのか。はたまた、私は舞台の脇の、小道具程度なのだろうか。これから始まる物語の引き立て役なのだろうか。
地上に残した『目』と『耳』。聞こえてくるのは、私を恐れる声。魔皇の言う通り、月を堕としたのは私であると広まっていた。それは真実であるし、受け入れるべき罪だ。
私は未だ生きていると、第二の魔皇であると言われているのも、きっと罰なのだろう。だがそれが、私にはこう思える。何かの物語を始める為の布石と。私という存在を悪と置き──テンプレ的な『勇者』がいずれ私の元にやってくるのではないか、と。前世の知識があるせいか、それとも私の脳が
結局、女神の掌の上。不老不死で、人類を大量に殺した私は、悪役として最適だろう。誰が見ても悪。許されざる罪を重ねてきた者。ああ、それも罰として受け入れねばなるまいか。どうせなら、そういった勇者に殺されてしまった方がいいな、と思いながら、もう一度筆を持った。
少しの手紙と、先程までの思考を大雑把に書き記した紙。それから今まで書いた物語を虚空から出現させた小さな瓶に全て詰め込む。
絶大な魔力を滾らせ、空を切れば、ぽっかりと空く穴。その中に瓶を流す。どこかに流れ着くかも判らぬが、願わくば、誰かの元へ届きますように、と願掛けをした。
次元の狭間、黒く染みわたる海を揺蕩う瓶の反射する光が、どこかへ深く吸い込まれて行く。深き、深き黒色の中で、一筋に光る白色。船の様に揺れ動く瓶と私の心。どこまでも沈んでいく真ッ黒な海は。
「きっと──────
────全てを運んで、流れゆく。
………………
…………
大罪を背負った彼女は、討たれるその時まで赦されない。心の矛盾が解消された時には、もう遅かったのだ。
罪だけは、流されず。