デイジィとアベル(三)アッサラームの盗賊   作:江崎栄一

2 / 5
二 銀髪の青年

 宿屋に帰る途中。アッサラームの中央広場を横切る時だった。

「デイジィ!」

 雑踏の向こうから、アベルが手を振って走り寄って来た。空は薄暗くなり始めていた。

「アベル……」

 あたしは持っていたバッグを胸元に抱えた。さっき買った下着をいつ着ようかずっと逡巡していたから、アベルの接近に気がつかなかった。

「ちょうど良かった」

「どうしたんだよ」

「あっちに美味しそうなステーキ屋があってさ。食べに行こうよ」

 そう言うや否や、アベルはあたしの手を取ってレストラン街へ引っ張って行った。入った店は、特段豪勢なわけでもお洒落なわけでもない。至って普通の大衆食堂だった。とはいえ、アッサラームには食堂が無数にあって競争が激しいから、どの店も味は申し分ないはず。

 配膳されたステーキを一口食べてみた。

「うまいな」

 特大のステーキにがっつくアベルに言ったが、あたしの声なんて上の空で夢中に食べ続けている。美味いのだろう。それとも毎朝毎晩張り切り過ぎたせいで、身体が栄養を欲しているのだろうか。

 あたしは、ナイフとフォークを動かすアベルの太腕を眺めながら、ステーキを食べ続けた。

「はぁ……うまかったよ。じゃあ、宿屋に帰ろうか」

「もう帰るのか? 一言も話さないで、食べただけじゃないか」

「そうだけどさ。話なら宿屋でもできるだろ。それに、オイラ早くデイジィと二人きりになりたいよ」

 あたしは目を伏せて、真っ直ぐに見つめるアベルの視線から逃げた。

「わかった……帰ろう」

 あたしは席を立った。

 ステーキ屋から出て少し歩くと、怒鳴り声が聞こえた。中央広場のど真ん中に人だかりができている。そこから何人かが逃げ去っていく。

「なにコラ! たこコラァ!」

 喉が潰れたように滑舌の悪い罵声が響いた。十人ほどの荒くれ者たちが向かい合っている。どうやら血の気の多い団体同士が揉めているようだ。

 いくつかのテーブルがひっくり返され、ぶどう酒の瓶やグラスが地面で砕けている。こういった喧嘩はアッサラームのような人の出入りの多い街では日常茶飯事だが、周りへの迷惑が多くて目に余る。

 その時、小さな女の子が走り出て来て、あたしにぶつかって転んだ。

「うわーん!」

「おい、大丈夫か?」

 五歳にも満たない幼児だ。親とはぐれてしまったのか? 時刻はまだ夕方の六時くらい。小さな子どもも食事をしている時間だ。

「大丈夫か?」

 あたしが声をかけても、女の子は泣き叫ぶばかりだ。

「アベル、この子を頼む!」

「あ、おい。デイジィ!」

 あたしは駆け出して、荒くれ者たちが向かい合う間に割って入った。

「お前たち、いいかげんにしな! 周りの迷惑も考えろ!」

 颯爽と現れた美女の姿を前に、荒くれ者たちは一瞬驚いた顔をした。しかし、驚きにかっぴらいた目が、すぐに下卑た細めに変わる。

「なんだぁ、姉ちゃん! 俺たちは忙しいんだ。すっこんでろ!」

 不細工面が唾を飛ばしながら怒鳴った。そして目を細めながら、ワンピースから覗くあたしの脚を眺めると、顔を更に汚く歪めた。

「へへへ。いい女じゃねぇか。姉ちゃんが俺たち全員の相手をしてくれるってんなら、この場は納まるかもしれねえなぁ……」

「へぇ、何の相手だ?」

「決まってんだろぉが! この場で俺たち全員で輪姦してやるんだよ!」

 そう言って不細工面が両手を広げて突進して来た。赤ら顔を歪め、口の周りが唾液で汚れている。

「たぁっ!」

 正面から顔面を蹴り上げてやろうかと思ったが、靴が汚れるのが嫌だった。あたしは跳躍して不細工面の頭上に舞い、後頭部を靴底で蹴った。

 不細工面は棒のように脚の動きを止め、顔面から地面に突っ伏した。

「て、てめぇ!」

 周りの荒くれ者どもが後退りした。

「女一人に何を臆病風吹かしてるんだ? まとめてかかってきな!」

「構うことねぇ! とっとと叩き潰して後で楽しませてもらおうじゃねぇか!」

 でくのぼうが汚い言葉を吐いてから、さっきの不細工面と同じようにあたしに向かって突進した。この手の連中は、下品な言葉をわざわざ吐かないと行動できないのだろうか。

 スローモーションのような突進を軽くいなす。すれ違いざまに、脇腹へ肘を打ち付けた。

「ぐぅっ!」

 でくのぼうは悶絶し、地面に転がった。 そのまま呻いてのたうち回る。

「あぐぅ……あぁ!」

「悪いな。顎に一発入れてやれば、気持ちよく眠れたんだろうけどねぇ。お前の脂ぎった顔には触りたくなかったんだよ……」

「てめぇ……」

 太った男もあたしに向かって突進した。間合いに入る直前に右の拳を振り上げ、見え見えの軌道で乱暴に振り回す。向かってくる右の拳をかわして、太った男の懐に潜り込んだ。左手で男の右手首の袖を取った。そして右手で左襟を掴み、肘を男の右脇に入れた。一瞬脱力した後、右前方へ身体を捻る。太った男の身体があたしの背中で浮き、腰から地面に落ちた。

「ぐふぅ!」

 太った男は受け身も取れず、その全体重の衝撃を腰で受けた。直後に白目を剥いてピクリとも動かなくなった。

「おいおい……少しは骨のある奴はいないのかい?」

「このクソ女! やりやがったな」

「女だと思って優しくしてりゃ、付け上がりやがって!」

「もう許さねぇぞ!」

 優しくされた覚えはないが、どうやら連中も本気になったようだ。お決まりの罵声を上げて、鋭い眼つきで睨んだ。まだ十人程は残っている荒くれ者から殺気が放たれた。相手は素手だ。あたし一人でも、一分はかからないだろう。

 その時、背後に人の気配があった。

 アベルか?

「お嬢さん、さすがに多勢に無勢だ。オレが助太刀しよう」

 一人の男が、あたしと荒くれ者集団の間に割って入った。

 タイトな黒装束に身を包んだ銀髪の青年。筋骨隆々で、背格好はアベルと同じくらい。鋭い眼光と立ち居ぶるまいからは、只者ではないことをうかがわせた。

「おいおい、兄ちゃんよぉ……。俺たちは仲間を三人もそのクソ女にやられてるんだ。邪魔するもんじゃねぇぜ。なんなら、てめぇから先にぶっ潰してやってもいいんだぞ!」

 荒くれ者の大男が叫んだ。こいつがどちらかのグループのボスなのだろうか。

 銀髪の青年は、クスクスと笑い出した。

「何がおかしい!」

「いや、なに。やられたのは仲間だったとはな。てっきり集団同士で喧嘩でもしているかと思ったのだが……」

「てめぇ……」

「おおかた、周りの連中に絡んで金でも巻き上げようと、争い事を仕組んだんだろう」

「舐めやがって……。覚悟はできてるんだろうな」

「ああ」

「おい、てめぇら! こいつは殺していいぞ! 畳んじまえ!」

 その声を聞いた周囲の男たちは、一斉に懐からナイフを抜いた。

「そんなもの、何の足しにもならないさ」

 銀髪の青年が剣を抜いた。

 刀身が妖しい青に輝いた。そんじょそこらの剣ではない。古代エスターク人の作った代物だろうか?

「おらぁ!」

 三人の男が一斉に青年に向かって斬りかかった。青年は移動することもなく、剣を振って三人のナイフを叩き落とした。続け様に三人の腹部に平打ちにした。

 続けて飛び掛かる残りの連中も同じだった。素人の荒くれ者集団はナイフを振ることもできない間に素早い平打ちを受けて失神した。

 気がつけば、十人ほどの荒くれ者たちが、銀髪の青年の前に転がっていた。全員気を失っているだけだ。

「なかなかやるじゃないか」

 銀髪の青年は無表情にあたしを振り返り、剣を腰の鞘に収めた。

「危ないところだったな。女子供はケンカに首を突っ込まない方がいい」

「別に、この程度の連中なんて、あんたの助けはいらなかったさ」

 銀髪の青年は無言で背を向けて歩き出した。

 その瞬間、倒れていた荒くれ者の一人が立ち上がり、背後から銀髪の青年に向かってナイフを振り上げた。

 危ない。

 あたしは近くのテーブルに置いてあったフォークを掴み、荒くれ者に向かって投げつけた。

 そのフォークは、ナイフを掴む荒くれ者の手に突き刺さった。それと同時に、銀髪の青年は振り向きざまに荒くれ者を蹴り飛ばしてた。

「ぐふっ」

 荒くれ者は腹に足刀蹴りを受け、身体をくの字に曲げて倒れた。その手からナイフがこぼれ落ちた。

「助けはいらなかったみたいだな」

 銀髪の青年はあたしを一瞥した。その表情には、さっきまでの人を舐めた態度はなかった。

 その後、銀髪の青年はあたしの後方に視線を送った。

 そこには、痩身の長身で、ターバンを巻いた男がいた。髭はないが、どこかヤナックに似ている気がした。不思議な男だった。

「マイク、遊んでいる時間はない。行くぞ」

 ターバンの男が低い声で言い、あたしに鋭い視線を送ると、マイクと呼ばれた銀髪の青年と一緒に夜の闇に消えて行った。あのターバンの男も只者ではないようだった。

「デイジィ、大丈夫か?」

 背後からアベルの声がした。

「ああ。あの銀髪の奴が片付けてくれたからな」

 世の中にはまだ見ぬ強い剣士がいるのかもしれない。

 あたしはアベルと一緒に宿屋へ帰った。

「アベル……」

 あたしは仰向けに寝そべるアベルの右腕を枕に、脚を絡めて横から抱き着いていた。

 呼吸の落ち着いてきたアベルは、あたしの肩を抱いて引き寄せた。

「デイジィ、あんまり無茶なことするなよ……」

「あのマイクってやつ、中々の男だった。剣の心得があるようだ」

「格好つけてて、いけ好かない奴だったけどな。剣術の腕はあるみたいだ。あいつも剣で金を稼ぐような、賞金稼ぎか傭兵でもしているのかもしれないな。昔のあたしみたいに」

「そうだな。初めて出会った時のデイジィに少し似てたかもしれない」

「一緒にいたターバンの男はどう思う?」

「不思議な感じだったよ。ヤナックによく似た格好をしていた。もしかしてあいつは……」

 アベルは少し言い淀んだ。

「魔法使いかもしれない」

「ああ、でも世界中を旅してきたあたしですら、魔法を使いこなす人間はヤナック以外にほとんど見たことがないんだ」

「そうだな。魔法は古代エスターク人と、奴らが作り出したモンスター、そして古代エスターク人の末裔であるザナック様が直々に指導した一部の人間にしか使えないはずだ」

 だったらあの男はヤナックの同門の一人なのだろうか? ザナックはヤナックのことを出来の悪い弟子だと言っていたから、他の弟子もいるのだろう。だが、他の弟子達はバラモス討伐の戦いには加わらなかった。

 あたしは言い知れぬ不気味さを感じていた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。