私はアッサラームの町を駆け抜けた。豪奢な作りのドレスを身につけたままでは動き難いが、こうやって邸宅からの脱走を繰り返したお陰で随分と鍛えられて、慣れてきた。
本当ならこんなドレスは脱ぎ捨てて、町中の娘たちのように動きやすい軽装になりたかった。派手な服ばかり着せられてきた私にとっては、質素な平民の服の方が余程魅力的だった。
豪商ジョージの一人娘に生まれたばかりに、毎日お嬢様として過ごさなければならない運命に嫌気がさす。
召使のメアリーは、お父様の命令とはいえいつもうるさいし、まわりの人たちも皆お父様の顔色ばかりうかがって、誰もあたしとは対等に付き合ってくれない。もう十五歳にもなるのに、恋人どころか友達の一人もいなかった。
そんな憂さを晴らすために、時折私はカジノでギャンブルに興じていた。ポーカー、スロット、スライムレースの刺激が欲しかった。
アッサラームにカジノが開店したのは一年前のことだった。お父様が会長を務めるアッサラーム商工会が手掛けた一大プロジェクト。数多くの娯楽を取り揃え、特にギャンブルが楽しめるように整備した。
計画通りこのカジノによって、世界中から多くの人々が一獲千金を狙ってアッサラームを訪れるようになった。いまやアッサラームの名物として、街に富みをもたらしている。 アッサラームは今後も人口が増え続け、更に発展していくだろう。
お父様の手腕は優れたものだが、まさか自分の一人娘までカジノに入り浸ってしまうとは想定外だっただろう。
私は手持ちの四〇〇ゴールドを、二十ゴールドだけ残して全てメダルに換えた。ちびちびと掛ければ一晩楽しめる。
娯楽場を歩いていると、中央に人だかりができている。
「さあさあ! 皆さんお待ちかね! 今からルーレットが始まるよぉ!」
髭面で細身の男が呼び込むと、男の隣にいるバニーガールたちが紙吹雪を上げる。周囲から歓声があがり、更に人が集まってきた。
そうか。今日は週に二度のルーレットの日だったんだ。五メートル程もある巨大な円盤の周囲に様々な図柄を描き、低い敷居で区切る。円盤を回して玉を入れると、それが図柄の上を移動し、止まったところが当たりとなる。
図柄や色を指定して掛けるだけの単純なゲームだが、演出が派手で楽しい。
白の鷲、青の鼠、黒の犬と次々に掛けていったが当たらない。一点張りでは中々当たらないものだが、この方がレートが高いのでスリルがある。
そうは言っても負けてばかりでは面白くない。一◯◯ゴールド 程すった頃だった。
「はぁ、今日は勝てないなぁ……」
私はため息をついた。
「もっと根気よくやらないと楽しめないよ」
不意に隣の女から声をかけられた。
「え?」
金髪のスレンダーな人だった。身体にフィットした黒い装束を身に纏い、金の指輪や耳飾りを着けている。
その人のテーブルには大量のメダルが積み上げられている。そんな大勝ちしてる人はいなかった気がするが。
「ああ、これね」
私がテーブルの上のメダルを凝視していると、その人は話し始めた。
「ケチな賭け方をしてるのよ。あなたみたいに大穴は狙わないで、特定の色に賭けて勝率をあげてるの。勝ったり負けたりだけど、うまくやれば少しは稼げるのよ」
その人のメダルを換金すれば一千ゴールドくらいになりそう。私なら三日で使い切ってしまうけど、普通の人ならアッサラームで二ヶ月は生活できる。
「へえぇ。それだけ稼げれば十分だわ。大したものねぇ」
その人はにっこりと笑った。余裕のある大人の雰囲気。だけどまだ二十歳くらいだろうか。
「随分と余裕があるのね。あなた、名前は?」
「私は……サマンサだけど」
一瞬、自分の名前を言っていいか迷ったが、こんなところに一人で来ておいて今さら臆することはないだろう。
「そう。あなたのこと気に入ったよ。私はローラ。休憩がてら一杯やらない?」
私はローラという人を一瞬で気に入っていた。あけすけで嫌味がない。それでいてお洒落で格好いい自立した大人の女性。まさしく私の憧れる女性像。
「いいわ。飲みましょう」
「酒はイケるの?」
「ええ、いつもここで飲んでるわ」
私たちが適当なテーブルに着くと、早速ウェイターが注文を取りに来た。紳士的で、馴れ馴れしくない対応。さすがによく教育されている。
私はウォッカをオレンジジュースで割ったカクテルを頼んだ。ローラはアリアハンという田舎にある酒造で作られたウィスキーのロック。
「アリアハンは標高四千メートル近くもある高原にある城下町なの。涼しい気候で、空気も水も綺麗だから、美味しいお酒が作れるんだってさ」
「ローラはお酒に詳しいの?」
「いいえ。アッサラームには世界中から美味しいものが入ってくるでしょう。そのお陰で知っただけ」
アッサラームは貿易で栄えた町。世界中を旅してきたと言うローラにとっても、やはり魅力的な町なのだろうか。
「ねぇ、ローラは今までにどんなところ行ったの? さっき言ってたアリアハンってところも?」
「アリアハンには行ったことがない。私が行くのは、都会ばかりさ。ドラン、サマンオサ、ポルトガ、ロマリアやラダトームなんかさ」
「一人で旅してきたの?」
「仲間たちと。私の仕事はトレジャーハンターって言ってね。未踏のダンジョンから古代の秘宝を探し出して、金持ちに売るのさ。同じ生業の連中を集めて一緒に行動するのさ。ここにも仲間たちと来たけど、夜は別行動してる」
「ローラが羨ましいわぁ。私なんてアッサラームから一歩も出たことがないのよ。だから私にとっての世界はここだけ。ねぇ、他の町と比べてアッサラームはどう?」
他の町のことは一応お父様から聞かされてはいたが、いつも自分のアッサラームが一番だと言っているので、ローラのような中立的な視点の意見を聞いてみたい。
「アッサラームはいいところだ。今、世界で一番勢いのある町かもしれない」
「どうして?」
「さっき私が挙げた町は、全て個々の国王に統治されてる。町の運営も商業も人の出入りも、何もかも全てね。だけどこのアッハラームに王様はいないだろう? ここに来たい人は誰でも来れるし、商売を始めるのも自由だ。私みたいな風来坊には過ごしやすいよ」
「へぇ」
私はアッサラームに退屈していたが、慣れ親しんだ唯一の町だ。そこまで褒められると悪い気はしない。
「ところで、サマンサはどうして一人でカジノに来てるの? 随分と綺麗な身なりをしてるから、良いところのお嬢様なんじゃないかな?」
「うん。家を抜け出してきた身だから詳しくは言えないけど、それなりにお金のある家の者なの。家の人はいつも私に厳しくて、決まり事も多くて、家からもあまり出させてもらえなくて。もう退屈しちゃって、こうして遊びまわってみたくなったのよ」
「何不自由なく暮らせるのなら、それもいいじゃないの」
「そんなのつまらないわよ。だったらローラは十分なお金を貯めたら、もう旅をやめるの?」
「わからない……。でも、トレジャーハンターで一攫千金を手に入れた奴らの中には、足を洗うのもいたかな」
その返答には少しがっかりしたが、そんなものだろうか。
「そう言えば、今日は他の旅人にも会ったわ。私の店にたくさん宝石を売りに来てた」
「宝石?」
「ええ。随分と大きな宝石をたくさん持ってきたみたい」
ローラはウィスキーを一口飲んで、考え込むように顎に手を当てた。
「モンスターハンターかな? どんな人だった?」
私はさっき邸宅で会った二人のことを思い返した。特徴的な二人だった。
「若い男女の二人組だったわ。女の方は確かルナという名で、特徴的な赤茶色のロングヘアー。青い軽装の鎧を着てた。男の方はトビーだったかしら。背が高くて良く日に焼けていたわ」
「ルナとトビーね……」
「知ってるの?」
「いいえ、聞いたことのない名前。でも、赤茶色の髪に青い鎧の女なら、どこかで聞いた記憶がある」