「デイジィ、もう少しで森を抜けるよ」
一週間かけてアッサラームの町を散策し終えたあたしたちは、町の東にあるノルド山を登ってみることにした。
港湾都市であるアッサラームからの移動は基本的に船を使うので、険しいノルド山の道はあまり使われていない。坂は急で、道も荒れていたが、遥かに厳しい冒険を続けてきたあたしたちには大した問題ではなかった。
「あれ、道が塞がれてるな」
少し先の道に大きな落石があった。
「はっ!」
アベルは岩に駆け上がり、見上げるあたしに向けて手を差し伸べた。
「デイジィも来なよ」
「ああ」
飛び上がってその手を掴むと、アベルに引き上げられた。岩の上に降り立つ時、アベルはあたしの腰に手を回して支えてくれた。
こんな風にしてもらわなくても、あたしの身軽さなら一人で岩の上に飛び乗ることができたが、甘えさせてもらうことにした。あたしはアベルの腰に手を回し、胸板に頬を付けた。
「一眺めだな。アリアハンより標高は低いと思うけど、遠くまで良く見える」
今日は快晴でカラッとした空気。地平線が良く見える。あたしたちは岩の上に腰を降ろし、持ってきたパンと水で腹ごなしをした。
冷たくて強い風が吹く。あたしがアベルに身を寄せると、アベルは肩を抱いて優しく包み込んでくれた。
「凄い景色だ」
山の麓に小さな集落が見える。
「あの村みたいのは何だ?」
「なんだろう……。アッサラームに戻ったらさ、地図を買って調べてみようよ。場合によっては次の目的地にしてもいいし」
アベルは歯を見せて笑った。あたしもつられて笑った。こうやって、アベルと二人で宛もなく旅するのが楽しかった。
「あんなところに滞在する場所なんてあるか?」
「あるさ。人がいる以上は」
「でも、今さら馬小屋みたいなところに寝泊まりするなんて、あたしは嫌だぞ」
実際に嫌なのだが、あたしは冗談ぽく笑ってアベルを見上げた。
「そ、それもそうだな…伝説」
アベルは顔を赤らめて、そっぽを向いた。
あたしたちはノルド山を降りた。アッサラームに戻る道すがら、森を抜けると広い野原があった。
「デイジィ、ちょうどいい原っぱがあるよ。鈍った身体をほぐしていかないか?」
「鈍った身体であたしの相手をするつもりか? 容赦しないよ」
久しぶりに剣の稽古をすることにした。あたしたちはいつものように剣を向け合って構えた。あたしは隼の剣、アベルは稲妻の剣を持つ。
「たぁっ!」
あたしから斬りかかった。アベルは剣で斬撃を弾く。だが羽のように軽い隼の剣にはほとんど衝撃がない。あたしは矢継ぎ早に斬撃を繰り出し続けた。
「はぁっ! でやぁ!」
アベルはタイミングを合わせ、あたしの斬撃を受けるのと同時に押し返した。
「わっ!」
後ろに跳ね飛ばされたあたしに向かってアベルが突進する。あたしはステップを踏んで衝撃を緩和させながら着地した。そして、剣を振りかぶろうとするアベルの喉元に向けて隼の剣を突きつけた。
「くっ……」
「まだまだだな、アベル」
組み手をすると、簡単にアベルに勝ててしまう。モンスターやエスターク人相手には無敵の強さを見せるアベルも、人間相手ではそこまでの強さではないようだ。もちろん生半可な人間ではアベルにはとても敵わないが、剣の達人であればアベルを倒すこともできる。
「さすがだなデイジィ……」
アベルは悔しそうに眉間に皺を寄せた。
「今度は対人用の剣術も修行すればいいさ。あんたならすぐに強くなれる」
「そういうものかな?」
「人間には、モンスターやエスターク人に扱えないような技があるんだ。人間同士での戦いだって多いんだから、そういう技術も発展してきた」
座り込んで項垂れるアベルの元に歩み寄って、頭の上に手を置いた。
「心配することはない。また、あたしが教えてやるよ……」
「ありがとう、デイジィ。でもオイラ、今までずっとモンスターたちを相手に剣を振るってきたからさ、人間を倒すための剣術なんて何だか上手くイメージできなくて……」
「気持ちはわかるけどさ、人間だって良い奴ばかりじゃない。悪人だっているんだ。町中には荒くれ者が溢れているし、人買いだっているんだ。もしもそんな悪党どもの中に一流の剣術使いなんかがいたら、アベルだって負けてしまうかもしれないんだぞ」
「そうか、そうだな。悪かったよデイジィ……」
アベルは立ち上がり、あたしの両肩に手を置いた。
「バラモスが倒れたとはいっても悪が滅びたわけじゃない。オイラたちが旅を続ける中でも、悪人たちに出くわすかもしれないものな」
アベルは自重気味に笑った。
その時、あたしは遠くからの視線を感じ、周囲を見渡した。
「アベル……」
あたしたちは剣の柄に手をかけた。
「ああ、殺気を感じるな。モンスターか?」
「わからない。だが、凄く狡猾そうな気配だ」
背後から空気を切る音がした。何かが高速で迫って来た。
あたしは振り返って剣を抜いた。
「なにっ!」
炎。
それは閃光のように直進する炎の塊だった。
「デイジィ、避けろ!」
「くっ!」
あたしは跳躍して躱した。これは下位の閃光系呪文、ギラだ。呪文の威力自体は大したことないが、あたしの露出した太腿にでも受けてしまったら、乙女の柔肌に傷がついてしまう。
標的を見失った閃光は虚空へと消えたいった。
「上等じゃないか。行くよ、アベル!」
あたしたちはギラの飛んできた方角に向かって駆け出した。攻撃した奴が誰なのか突き止めてやる。
モンスターか、それとも人間の魔法使いか。まさかヤナックの仕業じゃないだろうな。
また、背後から風を切る高い音が聞こえた。さっきよりも高い音。
「あれは、バギ!」
走り続けるあたしたちに向かって、下位の空烈系呪文が襲いかかる。ギラよりも速い。
「はあっ!」
あたしは隼の剣を振るってバギを掻き消した。
「どういうことだ? ギラとバギ。違う方向から飛んできたぞ!」
立ち止まったあたしと背中合わせにアベルついた。
「デイジィ、オイラはこっちを見張るよ。そっちも頼む!」
アベルに背中を預け、前方を見渡した。しかし何の気配も感じられない。
まさか本当にヤナックの仕業なのか? あたしがアベルと男女の仲かになってしまったことを知って、ヤケクソになって力付くであたしを手籠にしようとしたんじゃ?
しかしヤナックであれば、この一連の所業を一人でできる。まず草むらに潜み、あたしに向かってギラを放つ。それと同時にルーラで背後に回りバギを放つ。
馬鹿馬鹿しい。あたしは頭を振って悪い考えを振り切った。
いくらあのスケベ魔法使いとはいえ、かつての仲間に奇襲をかけるなんてことはないだろう。きっとモンスターの仕業だ。
あたしたちは周囲を見張り続けたが、一向に何も起こらなかった。