錦が如く   作:1UEさん

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久瀬の兄貴の評判がすこぶる良いので投稿しちゃいます
サブタイを見て「おっ!」と思った方、是非同じ名前のサントラを聞きながら楽しんでください
ちなみに私は聞きながら書きました
それではどうぞ


怨魔の契り

錦山と桐生が面会してから数日が経ったある日。

刑務作業後の自由時間に、久瀬の元へ一人の囚人がやって来た。

そしてその囚人の口から、久瀬の耳に気になる噂が舞い込むことになる。

 

「何?錦山の野郎が?」

 

それは同部屋の錦山が、人目のつかない場所で囚人達を痛めつけているという噂だった。

 

「はい。情報通の奴に聞いたんですが、どうも間違いないみたいで」

 

ほんの数日前まで生気のない瞳をしていた錦山。

その無気力な態度から囚人達に甘く見られ、迫害や暴行を受けていたのは有名な話だった。

しかしここに来て、その錦山が囚人達にやり返し始めたという。

一体何がキッカケでそうなったのか、久瀬には一つだけ心当たりがあった。

 

(あの時の面会で、何かを吹き込まれたか……誰に会ったんだ?)

 

錦山の辛気臭い顔を見るのが嫌で、面会を拒否する彼を半ば追い出すように向かわせた久瀬。

あの日はその後に何事も無かったように戻ってきていた錦山だが、彼の心境の変化があったとすればあのタイミングで間違い無いだろう。

 

「久瀬さん、確か錦山の事ぶん殴ったんですよね?もし恨みを持たれていたら、少し面倒な事になるかもしれませんよ?」

「はっ、因縁付けられたら何だってんだ。俺はあんな三下のチンピラなんざ眼中にねぇんだよ」

 

久瀬が目指すのは東城会への復帰。

極道として負けないために、命ある限り何度でも這い上がる。

それが彼の極道としての哲学だった。

 

(だが、あの腑抜けた錦山をその気にさせた奴ってのには興味があるな……)

 

もしもその人物が東城会の関係者なら、復帰した後の自分にとって障害になる可能性が高い。久瀬にとっては知っておいて損がない情報と言えた。

 

「おい、錦山は今どこにいるんだ?」

「はい、さっき運動場の隅にある作業小屋の方へ向かっていきましたけど……」

 

その場所は現在ほとんど使われておらず、人気を阻むのにはうってつけの場所だ。

 

「そうかい、ありがとよ」

 

久瀬は囚人に軽く礼を言うと、直ぐにその作業小屋の方面へと歩を進める。

先程の囚人の話が本当なら、もしかしたら今まさにそこで事が起きているかもしれない。

 

(ここだな)

 

作業小屋を囲むフェンス付きの扉を開き、小屋の戸を開ける。

そこに居たのは四人の囚人達。

その内の三人は床に寝転がって起きる気配が無く、最後の一人が半裸で部屋の中央に立ち尽くしていた。

その背中には、見事なまでの緋鯉の入れ墨が彫られている。

久瀬はその入れ墨に。何よりそれを背負う目の前の男に覚えがあった。

 

「二代目歌彫の緋鯉か。はっ、三下の分際で一丁目前に良い墨を背負ってやがる」

「っ!久瀬の兄貴……」

 

錦山彰は背後を振り返ると、意外な人物が居たことに面食らっていた。

騒ぎを聞き付けた刑務官か野次馬あたりがくると思っていたからだ。

 

「お前がコイツらをやったのか?」

「えぇ。寄って集って迫害してきた連中に"返し"をしてた所です」

 

錦山の足元に転がっている囚人達。

ピクリとも動かず呻き声すら上げないことから、錦山によって気絶させられた事が分かった。

 

「ほう……どうやら噂は本当らしいな」

「噂?」

「いや、なんでもねぇ。そんな事より、お前に聞きたい事があんだ」

「何です?」

 

疑問符を浮かべる錦山に対し、久瀬は本題に入った。

 

「数日前。お前と面会した奴は誰だ?」

「……そんな事知ってどうするんです?」

「聞かれた事だけに答えろや、おう?」

 

声にドスを効かせて答えを迫る久瀬。

彼はこの迫力と喧嘩の腕でのし上がり、恐怖と暴力の象徴として長らく堂島組の幹部に君臨してきたのだ。

 

「……お断りします」

「あ?」

 

しかし、錦山はそれに対して臆すること無く真っ向から答えるのを拒否した。

 

「今の俺は組を破門にされた人間だ。昔のよしみで兄貴と呼んじゃいますが、本来俺にアンタの言う事を聞く義理はない……違いますか?」

「テメェ……以前に痛い思いしたのをもう忘れやがったのか?」

 

額に血管が浮かび、久瀬の中のボルテージが上がっていく。極道としての血が騒ぎ始めているのだ。

 

「大人しく吐かねぇなら今ここで半殺しにして話す気にさせてやろうか?あぁ!?」

「はっ、面白ぇ……やってみろよ」

 

久瀬の怒鳴り声に対しても萎縮すること無く、真っ向から対峙する錦山。

その瞳には以前のような空虚さはなく、燃え盛る闘志を掲げた男の輝きが宿っていた。

 

「良い機会だ。俺もアンタにあの時の"返し"をしようと思ってたんだ。元ボクサーの極道崩れ一人に手こずってるようじゃ、シャバに出た時兄弟に笑われちまうんでな!」

「言うじゃねぇか、このクソガキが!」

 

完全に沸騰した久瀬は囚人服の上着に手をかけるとそのまま勢いよく脱ぎ捨てた。

胸元に彫られた二つの髑髏と両腕に彫られた牛頭と馬頭。そして、背中に彫られた閻魔大王の姿が顕になる。

こうなってしまえばもう後には退けない。

久瀬大作は錦山彰を徹底的に叩きのめすまで決して止まることは無いだろう。

 

「俺はなぁ、実力もねぇ癖に吼えるだけの三下がこの世で一番嫌いなんだよ……!!」

「だったら黙らせてみろよ……かかって来いや、久瀬ぇ!!」

「上等だぜ、死ねやボケがぁ!!」

 

元東城会直系堂島組若頭補佐。久瀬大作。

極道としての意地を賭けた喧嘩の幕が上がった。

 

「ドラァ!!」

 

先手を取ったのは久瀬だった。

ボクシング仕込みの右ストレートが錦山を襲う。

 

「ちっ!」

 

錦山は風切り音が鳴る程の速度とキレを持ったその一撃を顔一つズラして躱し、そのまま左のアッパーを久瀬の顎をめがけて放った。

しかしボクサーとしての動体視力を持つ久瀬は、僅かに顎を引く事でこれを難なく躱した。

 

「せいッ!」

 

追撃の右パンチを放つ錦山だが、そのまま難なく避けられる。

そして久瀬はもう一度右ストレートを繰り出した。

錦山は再びこれを躱すと、左のボデイブローを久瀬の脇腹に叩き込む。

 

「オラ、でりゃァ!」

 

錦山は左のフックで久瀬の後頭部を叩き、こちら側に引き寄せた所で右のアッパーを当てようとした。

しかし、

 

「分かり易すぎるんだよ!」

 

久瀬は体勢を前のめりに倒して後頭部への一撃を躱し、右のアッパーも難なく回避してみせる。

全盛期の堂島組を拳一つでのし上がった男が為せる技だった。

 

「シッ、シッ、シッ!」

 

久瀬は歯の間から息を吐きながら、鋭さを持ったジャブとワンツーで錦山を追い詰める。

 

(クソっ、ジャブが早すぎて攻撃に移れねぇ!)

 

一発一発の威力は大した事ないが、それらを無視して攻撃に転ずればボクサーお得意のカウンターが待っている為、錦山は攻めあぐねていた。

 

「うぉりゃァ!!」

 

錦山のガードを煩わしく思った久瀬が、右のストレートを全力で叩き込んだ。

 

「ぐぅっ!」

 

拳を受け止めた腕の骨が軋む。

相手が防御に転ずるなら、その防御もろともにぶち砕く。

喧嘩において常に真っ向勝負を挑み続けた久瀬らしい戦法だった。

 

「ふんっ!!」

「ぶっ!?」

 

ガードが崩れた所に久瀬の頭突きが錦山の顔面にぶち当たる。

ボクシングにおいてバッティングは反則行為とみなされるが、喧嘩ではそんなルールはない。

 

「ふっ、はっ、おりゃァ!!」

 

さらに怯んだ所にボデイブロー、アッパー、そしてストレートのコンビネーションが直撃した。

 

「あ、がぁ……くっ!」

 

鼻柱が折れ、決して少なくない流血をする錦山。

しかし、それでもなお錦山は倒れない。

彼は、その胸に抱いた希望がある限り負ける訳には行かないのだ。

 

「くたばれやガキがぁ!!」

 

怨魔の叫びが小屋の中に響き渡ると、久瀬は小さく構えながら両腕を大きく振り回し、左右のフックを交互に連続で繰り出した。

 

(ぐっ、クソッ……?)

 

まさに拳の嵐としか形容出来ない猛攻の中で、錦山は一つの違和感に気付いた。

一発一発が驚異的な威力を持つ中で、威力が弱い一撃が混ざっているのだ。

 

(なんだ、この違和感は……?)

 

しかし、その思考は途中で中断される。

 

「はァァ!!」

 

絶え間ない連続フックの中、錦山は突然に襲い来た久瀬の前蹴りに対応が出来ず、その一撃が腹部に直撃した。

 

「ごはっ!?」

「ふんッ、うォりゃァッ!!」

 

たたらを踏んだ所にすかさず左アッパーと右ストレートをぶちかまし、錦山の身体を文字通りぶっ飛ばす久瀬。

 

「ぐふ、っ、ぅ……!」

「おら、どうした?そんなもんじゃねぇだろ!!」

 

壁に叩き付けられてもたれ掛かる錦山に、久瀬は激を飛ばす。

すかさず立ち上がりファイティングポーズを取る錦山は、思考を巡らせていた。

 

(間違いねぇ……さっきもアッパーは弱かったが、右のストレートでぶちかまされた……)

 

錦山の中で疑問は確信に変わり始める。

それと同時に、それに基づく作戦が錦山の中で構築されていく。

 

「当たり前だぜ……闘いはこっからだろうが」

「死ねやぁ!錦山ぁ!!」

 

猛然と襲い掛かる久瀬に対し、錦山はもう一度防御の体勢を整える。

再び久瀬から連続フックの嵐が襲い掛かるが、それこそが彼の狙いだった。

 

(今だ!)

 

錦山はタイミングを見計らうと久瀬の左フックを手首を掴んで止めた。

連続で攻撃を受け続けた事で久瀬の素早いパンチに目が慣れたのだ。

 

「オラァ!」

 

久瀬はそのまま右の拳を振り抜こうとするが、それよりも先に錦山の左ストレートが顔面に決まった。

 

「ぶは、っ!?」

 

初めてまともな一撃をもらい久瀬が明確な隙を晒す。

その瞬間に、錦山は全体重を乗せた右拳の一撃で追い打ちをかけた。

 

「でぇぇやァ!!」

 

本来は難なく避けられてしまうような力任せで大振りな一撃は隙を晒した久瀬に直撃し、その身体を大きく吹き飛ばして地面に叩きつけた。

 

「く、クソが……!」

 

悪態を付きながらもすぐに起き上がる久瀬。

ここで錦山は看破した。堂島組内で喧嘩最強と謳われた久瀬大作の弱点を。

 

(久瀬は左からのパンチに威力が乗らない。エンコを詰めてるから拳を握りこめねぇんだ……!)

 

極道における指詰めは約定や謝罪の意を示すものとして古くから存在しているが、一説によればその起源は江戸時代にまで遡るという。日本人がまだ刀を帯刀していたその時代において指を切り落とす行為は刀を握るための握力の低下。すなわち戦闘力そのものの低下に他ならない。これは"それくらいの大切なものを落としてお詫びしますから許してください"という所から来ており、極道社会においてもドスや拳銃といった武器を扱いにくくなるデメリットが存在する。

久瀬は過去に起きた"カラの一坪"の事件において左の小指を失った事で握力が極端に低下していた。

故に左の拳を使った攻撃には右の一撃程の脅威はなく、それは錦山にとって重要な突破口になりうる。

 

「ナメてんじゃねえぞ……本気で来いコラァ!!」

 

これ以上無いほどの怒気と殺意を漲らせて迫り来る久瀬に、錦山は真っ向から立ち向かった。

左のジャブを右手で受け止める錦山だが、久瀬にしてみればそれは最初から"捨て"の一撃。

この後に続く右フックを確実にぶち当てる為の囮だった。

 

「ぐ、ぅらァ!」

 

しかしその右フックを喰らいながらもすかさず左フックを当てる錦山。

すぐさま久瀬が左のストレートを繰り出そうとするが、錦山はその一撃に威力が乗り切るよりも前に難なく右手で受け止めて、そのまま拳を作って振り下ろす。

そのまま左のボデイブローを叩き込む錦山だが、久瀬はそれをものともせずに返しのアッパーを繰り出してくる。

 

「はァァァァッ!!」

「うらァァァッ!!」

 

ゼロ距離での攻防の中で二人の男の叫びが重なり合い、互いの鼓膜を叩いた。

錦山の気合と共に放たれた右の一撃は確実に久瀬の右脇腹を捉えた。

肝臓の上を叩く"レバーブロー"という技で、これを効かされたボクシングの選手は地獄の苦しみで立てなくなり、そのままダウンを奪われる。

 

「うぉらァ!」

 

しかし久瀬はその耐え難き一撃を意に介さずに左フックを錦山の側頭部にぶち当てた。

元ボクサーの久瀬にとってレバーブローなどは日常茶飯事。それでもなお地獄であるはずの一撃を持ち前の根性と強靭な精神力で無理やり捩じ伏せ、反撃したのだ。

 

「くっ!」

 

そのフックを歯を食いしばって耐え抜く錦山。

彼の想定通り握力の低い左の一撃は威力が低く、決して耐えられない程のダメージではない。

それでも錦山は少しだけ(・・・・)ふら付いた。蓄積されたダメージがここに来て響いたのだろうか。

 

(ぶち殺す!!)

 

それを隙と捉えた久瀬はここで確実に仕留めると決議した。

確実に威力が乗る右の拳を全力で握り固め、限界まで腕を引き絞る。

目の前の男を葬り去る為に。

 

(来る……!)

 

錦山は揺れ動く視界の中で久瀬が必殺の一撃を繰り出そうとしているのを確かに捉えた。ふら付くのを止め、相手を見据える。

一か八か。ほとんど賭けに近い作戦に錦山は臨みをかけた。

 

「死ねやゴラァァァッ!!」

 

猛り狂う怨魔の咆哮と共に最強最速の威力と速度を持った渾身の右ストレートが空気を引き裂きながら錦山へと迫る。

 

「うおおおおおおおッッ!!」

 

その一撃を待っていた錦山は、その右ストレートに合わせて左のストレートを繰り出した。

そして、衝突。

 

「ぐ、ぁ……?」

「っ……!」

 

久瀬の放った必殺の一撃はあらかじめ顔一つズラしていた錦山によって避けられ、彼の頬を僅かに切り裂くだけに終わる。しかし、錦山の放ったストレートは確実に久瀬の顔面を捉えていた。

クロスカウンター。

相手の一撃を誘い出し、それを狙って繰り出される相打ち覚悟のカウンターパンチ。

先程、錦山は耐えられる一撃でありながらもあえて少しだけふら付いたのだ。

久瀬にそれを好機と捉えさせ、必殺の一撃を誘い出すために。

 

「ぅ、が、ぁっ……!!」

 

脳震盪を起こし、ダウン寸前の状態になりながらもファイティングポーズを解かない久瀬。

あと数秒もすればこの状態を解消し、直ぐにでも戦闘に復帰するだろう。錦山はそれを決して許さない。

今こそ怨魔の息の根を止める最大の勝機。

逃す訳には行かない。

 

「久瀬ぇぇぇええええええええッッッ!!!」

 

錦山は雄叫びと共に地面を強く蹴ると、無防備な久瀬の顔面に全力の飛び膝蹴りを放った。

 

「ぶぐぁっ!?……が、ぁ……っ!!」

 

顔面を抉るその一撃をまともに喰らった久瀬の身体は大きく吹き飛ばされると、倉庫小屋の壁に背中から叩き付けられた。

その後、力の抜けた身体が前のめりに倒れ込む。

 

「ハァ……ハァ……ぐ、クソ、が……!」

 

その闘志は衰えずとも、身体は決して言う事を聞かない。

この喧嘩は、錦山彰の勝利だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やった……久瀬の兄貴に……勝った…………!」

 

確かな手応えと達成感が錦山の身を包み、同時に緊張の糸が切れた身体から力が抜ける。

錦山はその場に座りこんで荒い息を整えていた。

 

「……ちっ、こんなチンピラに遅れを取っちまうとはなぁ……歳は取りたくねぇもんだ」

 

久瀬は体勢を変えて大の字に寝転がりながらため息を吐く。

だが、その態度に先日までの落胆や怒りはない。

そこにあるのは一人の男と拳を交えた後の充実感だった。

 

「なぁ……桐生なんだろ?あの時お前に会ってたのは」

「……気付いてたんですか」

「はっ、親父を殺してムショに入ったお前を娑婆に出た時に迎え入れようとする兄弟分なんざ、アイツしかいねぇだろうが」

 

闘いが始まる直前、錦山の言った"娑婆に出た時兄弟に笑われる"という発言。

それを聞いた時に久瀬はほぼ確信していた。

錦山をその気にさせたのは、風間の意志を継ぐ本物の極道として目覚めたあの男。桐生一馬に違いないと。

 

「なんで、そんなに俺の面会した相手を知りたがってたんですか?」

「……ついこの間まで生きた死体みたいな有様だったテメェを、ちょっと面会しただけで俺に上等ぶっこくような男に変えちまうような奴だ。そんな奴は、俺が極道に復帰した時に真っ先に障害になりかねねぇ。だから知っておこうと思ったんだよ……俺が次に殴る事になる相手をな」

 

久瀬大作は、自分より強いと思える奴を殴るためにずっと極道を張ってきた男だ。

再び自分が渡世というリングでのし上がる為には、目の上のたんこぶになるであろうその相手との因縁は避けては通れない。どんな相手だろうと喧嘩上等。

それが久瀬大作の生き方だった。

 

「錦山。お前……娑婆に出た時は桐生の所に行くのか?」

「……えぇ。俺はアイツに命を救われました。だから今度は、俺が側でアイツを支える番です。そしていつか……俺は兄弟を超える男になりたい。」

「ほう、随分大きく出たな?お前が目指すのは、あの風間のカシラがずっと抑え込み続けるような本物の極道だぞ?」

「そんな事分かってますよ。言っときますが、俺は兄貴よりずっと桐生の事を見てきたんです。アイツがどれだけ凄い男なのかは俺が一番よく知ってる」

 

幼い頃から一緒にいて、深い友好と競争心と共に過ごした桐生と錦山。

故に桐生と比べられ、下に見られる事を何よりも嫌い、恐れ、怒っていた。

それは桐生に対する嫉妬心。持たざる者が抱く卑しい感情。

しかし、それは裏を返せば向上心の表れに他ならない。

自分には届かないと分かっていながらも足掻いて藻掻いて手を伸ばす。そこに辿り着く時を夢見て、己を磨いて高めようとする意志。

 

「それでも……それを目指して進むのが、俺の極道です」

 

生きる事は逃げない事。

兄弟から教えて貰ったそれが胸にある限り、錦山は前に進み続けるだろう。

風間新太郎でも、桐生一馬でも無い。

"堂島の龍"を超えた先にある、錦山彰の極道を。

 

「……フッ。良い目をするようになったじゃねえか。男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったもんだなぁ」

 

その揺るぎない瞳を見た久瀬は、錦山への考えを大きく改めた。

この男もまた、風間新太郎が認めた本物の極道であると。

 

「錦山。お前も桐生の野郎に迫りたいって思ってんなら覚えとけ。極道の世界にKOは無ぇ。張り続けられる限り勝負は続くってな。」

「はい、覚えておきます。久瀬の兄貴」

 

錦山は立ち上がると、倒れる久瀬に手を差し伸べた。

しかし、久瀬はそれを拒むと一人でボロボロの身体を押して立ち上がる。

 

「勘違いすんなよ錦山。俺とお前の喧嘩はまだ終わっちゃいねぇんだ……馴れ合うつもりはねぇ」

「久瀬の兄貴……」

「……だが、お前のその覚悟に免じてムショではもう殺らないでいてやる」

 

誇り高き閻魔は情に流される事は決してない。

彼が下す地獄の沙汰は、彼の中の法則に基づいて平等で無ければならないからだ。

 

「これの続きは、お互い娑婆に出てからにしようや。……その時は覚悟してもらうぜ、錦山」

「フッ……その言葉、そっくりそのまま返しますよ。久瀬の兄貴」

 

不敵に笑い合う二人の男。

放つ言葉は物騒でも、そこに無粋ないがみ合いは無く。

互いに認め高め合う、一つの絆が存在していた。

 

 

 

 

 

 

この三年後。刑期を終えた久瀬は出所して一足先に東城会へと合流。

そして東城会二代目代行の二井原隆からある仕事を任されて、後に伝説となる二匹の"龍"と関わりを持つことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

そして時は流れ、2005年。

堂島組長射殺事件から実に10年の時を経て、錦山彰の仮出所が決まるのだった。





次回はいよいよ錦山がシャバに出ます
意外なキャラも登場予定ですので、お楽しみに
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