錦が如く   作:1UEさん

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この作品もついに100話目です。



父として

2005年12月15日。

一人の男が、東都大学医学部附属病院に現れた。

受付で名前を名乗って手続きをし、エントランスからエレベーターへと向かう。

 

「…………」

 

男は今日、一人の少年と面会する為にここを訪れていた。

その少年は男にとってかけがえのない存在。

だが、最後に会った事があるのは五年以上前の事。

 

「……………………」

 

もしかしたら、自分の事など憶えていないかもしれない。そんな不安が男の脳裏を過ぎるが、彼は直ぐにそれを振り払う。

元より自分は忘れられてて当然。ともすれば、憶えていて貰う資格すら無い人間であると男は認知していた。

 

「…………」

 

そして、ついに辿り着いた少年の病室。

軽いノックをし、ゆっくりと引き戸を開いた。

 

「………!」

 

男が訪ねた少年は、ベットの上で上体を起こして本を読んでいた。

 

「ぁ…………」

 

少年が男の存在に気付き視線を向けると、驚いたように目を丸くした。

彼の先にいた男は、ダークグレーのスーツを身に纏った大柄な体格をしており、彫りの深い顔立ちや佇まいもそうだが、そこから発せられるオーラと存在感が 意図せずして少年を圧倒してしまっていたからだ。

 

「……し」

 

少年に対し、男は恐る恐るといった様子でこう口にした。

 

「し……新一……」

 

怖がられないように。萎縮されないように。

そんな願いと共に慎重に、優しく。

男は少年の名前を呼ぶ。そして。

 

「……お……おとう、さん……?」

 

少年──澤村新一は、桐生一馬を父親として認識した。

 

「っ……あぁ。そうだ」

「お父さん……!」

 

目を輝かせ、ベットから動き出す新一。

五年ぶりの再会に辛抱堪らぬといった様子だ。

それに対して桐生はすぐさまベットまで駆け寄ると、新一の両肩にそっと手を置いた。

 

「無理はするな」

「あ、うん……」

 

急激な動きは身体に障る。

新一の病気は、一度 咳の発作が始まってしまえばすぐに呼吸困難に陥ってしまう。そうなれば折角訪れた今の尊い時間も失われてしまうのだ。

 

「新一……俺の事、覚えていてくれたんだな」

「当たり前だよ……親子だもん」

「そうか……すまなかった。お前には苦労をかけちまったし、寂しい思いもさせちまったよな……」

 

悲痛に顔を歪めながらそう口にする桐生。

それはまるで、悩める仔羊が救いを求めて懺悔する様にも見えた。

 

「ううん、お父さんがいそがしくしてたのは知ってたし……ぼくには 遥お姉ちゃんがいたから」

「遥が……」

「うん。お姉ちゃん、ぼくがお父さんとお母さんに会いたいって言ったら "わたしにまかせて"って。だから今日、会いに来てくれたんでしょ?」

「!」

 

澤村遥。桐生にとっては血の繋がらない、それでいてとても大切な愛娘。

たった一人の弟の為、そして自分自身の願いのために。遥は神室町へとやってきた。その後の顛末を親友である錦山から聞かされていた桐生は当然把握している。

だが、こうして新一の口から改めて聞かされた事で 桐生の心には込み上げるものがあった。

 

「っ……!」

「お父さん……?」

「あぁ……すまない。そうだ」

「へへ……うれしいなぁ」

 

そこから二人は、色々な事を話した。

新一は病状の事や日々の生活の事を。桐生はこれまでに会った出来事を、話せる範囲で語った。

そんな中で出てきたのは 遥が両親を探す過程で出会った桐生の親友、錦山の事。

そしてそんな錦山と遥が送ってきた波乱万丈な冒険の数々であった。

 

「それで、錦山のおじさんがその怖い人たちをやっつけちゃったんだって」

「そうか、錦……山のおじさんは、とても強いんだな」

「うん!遥お姉ちゃんも、おじさんが守ってくれるから安心だよって言ってた」

 

新一の口から語られる錦山彰はヒーロー然としていて、憧れの存在を熱を持って語るその姿に桐生は微笑ましさを抱き、同時に錦山への恩義を感じていた。

 

(錦……お前にまた、借りが出来ちまったな)

 

もしも出所した錦山が神室町を訪れなければ。

遥と出会っていなければ。そして遥を守ろうとしていなければ。

桐生は間違いなく、大切な子供達を失っていただろう。

最初は錦山を危険に巻き込ませまいとしていた桐生だったが、実際は事件に首を突っ込もうとし続けた錦山に助けられていたのだから皮肉という他ない。

 

「失礼します、間もなくお時間です」

「あぁ……わかった」

 

程なくして、ドアの向こうから看護師の声が響いた。

面会終了の時間が迫っている証だ。

 

「なぁ……新一」

「お父さん……?」

 

桐生は真剣に新一の目を見ると、懐からあるものを取り出した。

 

「今日はお前に、渡したいものがあって来たんだ」

「わたしたいもの?」

「あぁ。クリスマスプレゼント……って言うには、少し早いかもしれないがな」

 

そう言うと桐生は懐から厚紙で出来た長方形の箱を取り出し、新一の手に持たせた。

 

「これ、なに?」

「これはな……お前が大きくなった時に使うものだ」

「大きくなった時?」

「あぁ」

 

桐生が新一に渡したモノ。それは、年頃の少年が喜ぶようなゲームや玩具の類では無い。

新一が将来大人になり、大切な何かが出来た時に必要なモノだ。

 

「こいつは多分、今のお前が喜ぶようなものじゃないかもしれない。だがきっと、お前が大きくなった時にこれが必要になる時が来るはずだ」

 

父親らしい事も出来ず、ほとんどの時間を一緒に過ごす事も出来ず。己の力不足の為に母親を死なせてしまった。

 

「受け取ってくれ、新一」

 

そんな桐生が新一に贈るモノ。それは桐生の祈りそのもの。今は病弱でも 懸命に抗って闘い抜いて病を打破し、元気に健やかに成長して欲しい。

父として我が子に願う愛の形。

 

「……うん」

 

それを新一は静かに頷き 受け取った。桐生の渡したこの品が、新一にとって何か大きな意味を持つものである。

彼は幼いながらにそれを理解した。

 

「ねぇお父さん」

「ん……?」

 

それと同時に。

 

「また……また会いに来てね。僕、待ってるから」

 

新一の胸に嫌な予感が過ぎっていた。

それは、かつて遥がヒマワリで桐生からの手紙を読んだ時に抱いたものと同じ。

もう二度と父親に会えなくなるかもしれない。そんな不安だ。

 

「……」

 

桐生はゆっくりと新一の頭に手を置くと、優しく撫でた。己の中の愛情を、精一杯伝えるために。

 

「あぁ……約束だ」

「……うん!」

 

力強く頷いた桐生を見て、新一もまた元気よく頷き返す。

息子の頭に乗せた手を離し、踵を返した桐生は最後。

 

「元気でな……新一」

 

そんな言葉を残して病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東城会の消えた100億を巡って起きた極道達による跡目争い。その事件の一つとして発生した、風間組対嶋野組の全面戦争。

風間組の勝利で闘いの幕が降りたはずの芝浦埠頭では。

 

「あ、彰……遥は…………無事、だぜ…………」

 

風間の親っさんがが額から血を流しながら俺にそう言ってきた。

覆い被さっていた親っさんの下から傷一つ無い遥が姿を現す。

 

「おじ……さん……」

「う……うぅ……」

 

倒れる。

あの親っさんが、仰向けに。

 

「風間のおじさん!」

「親っさん!」

 

俺はすぐさま駆け寄ると親っさんの身体を抱き上げて傷の具合を見た。

 

(出血がひでぇ……このままじゃ……!)

 

親さんの脇腹から背中にかけて、爆発した手榴弾の破片が突き刺っている。遥を守るために手榴弾の爆風を近距離で受けてしまったからだろう。

更に言えば親っさんは数日前に撃たれた肩の傷だってある。

 

「彰……優子の、話を……」

「寺田さん、救急車だ!急いでくれ!!」

「わかってる!!」

 

俺は寺田さんに叫んだ。

早く処置をしなければ手遅れになってしまう。親っさんを死なす訳には行かない。

 

「親っさん、待っててください。今救急車を……!」

 

直後。

 

「彰……!!」

「っ!?」

 

冷静さを失っていた俺は、親っさんのその一言ではっとした。

 

「今は、聞け……彰……!」

「お……おやっさん……」

 

親っさんが顔に脂汗を浮かばせ、痛みと苦しみに耐えながら俺を真剣に見つめていた。

何がなんでも伝えなきゃならない。

そんな親っさんの意思をその顔に見た俺は、親っさんの言葉に耳を傾けた。

 

「彰……100億の現場に、ネックレスが落ちていたのは……優子の仕業なんだ……」

「え……?優子の……!?」

 

親っさんから語られた真実に面食らう。

100億の盗まれた現場に落ちていた由美の形見であるネックレス。それは偶然ではなく必然。優子がある意図を持って起こした行動だったと言うのだ。

 

「あぁ……優子の目的は、神宮への復讐……だが神宮は、政治家だ。真っ当な手段じゃ、近づくことは出来ない……」

 

親っさんの言葉が最後のピースとなって埋まったことで、今までの情報が繋がっていく。

 

(神宮が狙っていたのは由美と遥の命だった。由美を始末した神宮だが、その後世良会長が神宮と手を切り親っさんと協力し、徹底して護っていた事で遥への手出し出来なくなっていた……)

 

裏社会の強固な護りに囲まれた遥への干渉は不可能に近く、神宮は遥の処遇を後回しにせざるを得ない状況にあった。だが。もしそんな時"死んだはずの由美が生きている"となればどうなるか。

 

「まさか……ネックレスを落としたのは、神宮に行動を起こさせる為に……!?」

「そうだ……」

 

由美の遺品であるネックレスをわざと現場に残す事で、死んでいるはずの由美に100億事件の犯人の疑惑を持たせる。更に由美が死んだすぐ後に"由美の妹・美月"の存在を匂わせたり、ミレニアムタワーに美月の名前でアレスって店を構える事で"由美が偽名だけではなく、顔をも変えて生きている可能性"を示唆する。

 

(そうなれば、神宮は嫌でも動くしかねぇ……由美の生死を明らかにするのもそうだが同じタイミングで神室町に遥が来てるとなりゃ、あの子が神宮に狙われたのも納得だ。遥を人質に取って由美……美月となった優子を誘き出す事だって出来たはずだからな)

 

由美が生きているのなら始末し、何の因果か東城会の庇護を離れて神室町に来ていた遥にも干渉する事が出来る。神宮にとってこの状況は自分を破滅させかねない過去のスキャンダルを一気に払拭する最大の好機に他ならない。

 

「それでMIAが動き出した……」

「そうだ……だが、痺れを切らした神宮は、いよいよ表に、姿を現すはずだ……100億を、自分の力を取り戻しに、な……」

 

そして、優子の目論見は成功した。神宮が表に出てくるタイミング。その一瞬こそ優子が復讐の為に待ち望んでいた時間なんだ。

 

「あ、アレスへ行くんだ、彰……優子が、危ねぇ……!」

「アレス……アレスに優子が……!?」

「あぁ……そこであの子は……復讐を、遂げるつもり、なんだ……」

 

ネックレスを通して由美の生存を匂わせ、由美の偽名であった美月の名前で"由美の妹"を名乗り、その名前でアレスを出店して一気に噂を広める。

それを察知した神宮をミレニアムタワーに引きずり出し報復を遂げる。これが優子の企てた復讐劇の全貌。

 

「分かりました……神宮は俺が、必ずなんとかします……!」

 

止めなきゃならない。神宮の暴走も、優子の復讐も。

俺が必ず、全てに決着を付けてやる。

これ以上 優子を裏社会に関わらせる訳には行かない。

 

「あぁ……それから……」

 

ふと、親っさんが懐から一枚の封筒を取り出す。

 

「これは……?」

「三代目の……"遺言状"だ……」

「遺言状……!」

 

俺はその存在に直ぐ思い当たった。

 

(確かシンジが言ってたって奴だ。風間の親っさんが持ってるって話だったが……マジだったんだな)

 

その三代目の遺言状には次の四代目会長となるべき男の名前が記されていると言う。今回の消えた100億の事件で跡目争いの勃発した東城会だが、そんなものが存在するのであればいくら金を取り戻した所でその組が跡目を獲る事は出来なくなってしまう。故に跡目争いに参加している組は100億とは別に、その遺言状を握り潰す必要があるのだ。

 

「東城会の……未来が、そこにある……」

 

親っさんが俺に差し出した封筒。

俺はその光景が信じられなかった。

 

(親っさん……そんな大事なもんを俺に……?)

 

俺は桐生と違ってカリスマも無けりゃ名も挙げてない。どこにでも居るしがないチンピラだった。今だってそれは変わらない。

そんな俺に対して親っさんは"東城会の未来を託す"と言っているのだ。

 

「いいんですか……?俺が、これを……」

 

戸惑いを隠せない俺に、親っさんは力強く頷いた。

 

「あぁ……これを、託せるのは……お前しか、いない……」

「!!」

 

お前しか居ない。その言葉は俺の胸に深く刺さった。

桐生一馬が居なければ極道としては愚か人間として生きる事も出来なかった半端者の俺に、親っさんはそう言った。言ってくれた。ならば俺の答えは一つしかない。

 

「……はい!」

 

覚悟を決めて封筒を手に取った瞬間、俺はその封筒にとんでもない重さを感じた。

今、俺の手の中に東城会の──2万5000人もの極道達の命運がある。堂島殺しの時の拳銃や新藤と戦った時の日本刀を持った時とは比べ物にならない程の重圧。

 

「う……ぅ……」

「っ!親っさん!」

 

だがそんなものは直ぐに何処かに消え去った。

親っさんの目の焦点が合ってない事に気付いたからだ。

 

「親っさん……しっかりしてください親っさん!!」

「あ……彰ぁ…………」

 

その時、親っさんの目に光るものが垣間見えた。

瞳が潤んでいる。決して人前で涙を見せなかったあの親っさんが、心を震わせて何かを告ようとしている。

 

「俺はお前に……謝らなきゃならない事がある……」

「え……?」

「許してくれ……彰……」

「な、何を……?」

 

それは。風間のおやっさんが。風間新太郎が心の中で抱え続けていた大きな闇。

 

「お前らの……肉親(おや)ぁ殺したのは……俺なんだ……!」

「え……!?」

 

俺は今日、何度目かも分からない驚愕に遭遇した。

親っさんが俺と優子──俺たち兄弟にとって家族の仇だと、親っさんは言ったのだ。

 

「ひ……ひまわりは……俺が、肉親殺した……子供の為の……し、施設…………」

「!!」

 

風間の親っさん。

物心着く前に親を亡くした俺と優子をここまで育ててくれた恩人であり、育ての父。だがそれは親っさんが手にかけてきた標的達への罪滅ぼしだった。

その事への許しを、親っさんは最後に願ったのだ。

 

「だ、だから……」

「───それがなんだってんだ!!」

 

俺は吠えた。もう我慢の限界だ。今は聞け?ふざけるな。今度はアンタが聞く番だ。

 

「あき、ら……?」

 

ほとんど吐息に近い親っさんの声を聞き、沸騰寸前の思考が最後にこう認識した。もう、長くない。

 

「俺や優子!桐生に由美!みんな……ひまわりのみんなにとっちゃ、アンタが本当の親父だったんだ!!」

「……!」

「ここまで俺たちを育ててくれて……ヤクザになろうとした俺と桐生を受け入れてくれて……十年前に俺なんかの為に指まで詰めて……!!」

 

そう理解した頭の意見を感情でねじ伏せる。

嫌だ。ふざけるな。死んで欲しくない。死なせたくない。生きててもらわなきゃ困る。何故なら。

 

「そんなアンタに俺ぁ、何一つ返せちゃいねぇんだよ!!」

 

確かに、もしも親っさんが俺と優子の親を殺してなければ。もしかしたら違った未来があったのかもしれない。今よりも幸せな未来があったのかもしれない。でも、親っさんが作ってくれたひまわりという場所で俺と優子は家族というものを知れた。桐生という親友と巡り会えた。由美という好きな女も出来た。風間の親っさんの子として育てられて俺達は間違いなく幸せだった。だから。

 

「俺だけじゃねぇ……桐生も優子も、みんなきっと同じことを言うはずだ……だから……だからまだ……死ぬんじゃねぇよ、"親父"ィ!!」

 

俺が親孝行するまで。俺がもっとデカい男になるまで。俺を育てて来て良かったって思えるようになるまで。

生きてて欲しい。傍で見ていて欲しい。

今この場に居ないみんなの想いと一緒に、俺は精一杯の我儘をぶつけた。

 

「──ぁ……」

 

それを聞いた親っさんの手が、ゆっくりと俺に伸ばされる。

 

「!」

 

ポン、と軽く。それでいて力強く。

俺の頭にその手が置かれる。

 

「ぉ……大き、く……なった、な…………あき……ら…………───────────」

 

それが。

この世でたった一人の俺の親父。風間新太郎の。

最期の言葉だった。

 

「ぉ……お……!!」

 

力の抜けた手が俺の頭から滑り落ちる。

血で真っ赤に染まったその手はもう、二度と動かない。

 

 

 

 

 

「──親っさぁぁぁぁあああああん!!!!」

 

 

 

 

 

2005年12月15日。

 

この日、俺は。

父を亡くした。

 

 

 





東城会直系 風間組組長 風間新太郎

死亡

享年60歳





次回。



錦が如く。




最終章、突入。

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