後書きに重要な報告がございますので、最後まで見て頂けると幸いです。
関東桐生会 ────"出撃"
2005年12月16日。
風間の親っさんの死から一夜明けた今日。
スターダストのソファで横になっていた俺は、一輝の声掛けで目を覚ました。
「錦山さん、おはようございます」
「おう……おはよう」
店の様子を見に来た一輝が挨拶がてらに渡してきたおしぼりを受け取り 軽く顔を拭ってから一輝に礼を言う。
「店、貸してくれてありがとな」
昨日に発生した抗争事件。風間の親っさんの遺体や負傷した組員らを救急車に運び入れたり、病院に連れて行ったり等の事後処理に追われ、全てがひと段落したのはもう明け方になろうかという時間だった。遥も連れている俺は何処かで安全な場所で休もうと思ったのだが セレナを頼ればまた麗奈に危害が及ぶ可能性がある。賽の河原もカラーギャングの被害による爪痕が未だ残ってる以上頼る訳にはいかない。
そこで俺は、今晩だけと言う条件でスターダストの店舗を間借りして休ませて貰っていたのだ。
「いえ……遥ちゃんは?」
「遥は隣のソファだ。まだ寝てるから起こさないでやってくれ」
「分かりました」
遥も昨日は相当疲れたのだろう。規則正しい寝息を立てる彼女は全く起きる気配が無い。
衝撃の事実を聞かされ、ヤクザの抗争に巻き込まれ、目の前で自分を庇った親っさんが死んだんだ。小学生の女の子が経験していい事じゃないだろう。
「風間さんの事は……残念でした」
ふと、一輝が悲痛な面持ちで口にする。
風間の親っさんは 一輝がスターダストを開業する際に彼からみかじめも取らずに商売のいろはを教えていた。
あの人は一輝にとっても恩人だったのだ。
「あぁ……俺も、受け入れたくねぇよ」
それは紛れもない本心だ。死んで欲しくなかった。生きていて欲しかった。あの人は俺にとって、たった一人の親父だったのだから。
「でも……いつまでも下向いてちゃ居られねぇ」
親っさんから受け取った三代目の遺言状。その重さを懐に感じる。
俺はあの人から東城会の未来を託された。だったらこんな所で腐って居られない。親っさんが命懸けで守ってくれたもの、守りたかったものを守る為に闘うだけだ。
「錦山さん」
「どうした?」
「少し気になったんですが……街の様子がいつもと違うんです」
「どういうこった?」
「ここに来るまでの間、街中でヤクザを見かけませんでした。今までこんな事は無かったんですが……」
神室町にヤクザが見当たらない。天下の東城会の膝元であるこの街でそんな事態になるのは非常に稀な事だ。
現在の時刻は昼の13時。時間帯が夜じゃないと言うのも理由の一つとして挙げられるが、俺はその最大の要因は別にあると考えていた。
「おそらく昨日の抗争が原因だろうな。風間の親っさんに嶋野。今の東城会の柱とも言える二人が同時に居なくなったとありゃ、いよいよ跡目がどうのって言ってられる状況でも無くなってくるだろうからな」
嶋野組の若頭である真島は、劇場前で起きた桐生との闘いの後どうなったか分からない。柏木さんも昨日の抗争で重傷を負ってしまい動けずにいる。その結果 嶋野組と風間組という今の東城会を支える二大勢力が同時に機能不全に陥ったのだ。これにより今の東城会の地盤はかつて無いほどに不安定な状態となってしまっている。下手をすれば組織そのものが崩壊して事実上の解散、なんて事も十分に考えられる事態だ。
この危機を回避すべく組織全体の地盤を固めるか。それともリスクを承知でこの機に乗じて跡目を狙うのか。
今の神室町にヤクザの姿が無いのは、そういった選択を迫られている最中だからなのだろう。
「だが、俺には分かる。今の平穏は……嵐の前の静けさって奴だ」
「嵐の前の静けさ……ですか」
不安げな様子の一輝に俺は確信を持って言った。
「あぁ。きっと神室町は今夜から、かつて無いほどに混沌とするだろうぜ」
十人十色なんて言葉があるように、組織においても全く同じ価値観や考えで行動してる連中など存在しない。今回の事態を受け、各々がそれぞれの行動を取り始める筈だ。風間組や嶋野組が動けないのを良い事に跡目を狙う過激派の台頭もそうだが、それに対し組織を建て直し守ろうとする穏健派や保守派も出てくるだろう。更に言えば、東城会による睨みが鈍くなった事で今までなりを潜めていたギャングやゴロツキ共。果ては近江連合や蛇華と言った敵対勢力が動き出す可能性も大いに有り得る。
「このままじゃ、文字通りこの街はぶっ壊れる事になる。だが……そんな事にゃさせねぇ」
良くも悪くも、俺の人生はこの神室町っていう街があったからこそだ。この場所が無けりゃ俺も今とは違う人生だったろう。そんな故郷とも言うべき場所が荒らされ崩壊しかけてるって時に指をくわえて見ているだけなんて事はあってはならない。
「ん?」
携帯が震えた。見覚えのある番号からの着信である。
『錦山、俺だ』
「花屋か」
サイの花屋からの電話だった。あの男の事だ、俺が今スターダストに居る事も承知してるんだろう。
『新しい情報が入ってな。今夜、美月が久しぶりに店を開けるそうだ』
「店……アレスをか?」
『あぁ。それ察知したMIAらしき連中が神室町に来ているのをウチのモニターが確認した』
花屋からの情報を聞いた俺はすぐに悟った。これは美月──優子が神宮に向けて送った合図だと。
神宮をアレスに誘い出して復讐を遂げると言う優子の狙いが明らかになった今ならそれが分かる。
(もしも由美がまだ生きていて自分の100億が由美の手にあるのだとしたら……神宮は絶対に部下任せにはしねぇ。確実に自分自身の手で金を取り戻しに来るはず)
MIAが来ているのはその為だ。これまでの状況から美月に東城会の庇護があるのは明白。そして美月が由美であると思ってる神宮は、このアレスの開店そのものが東城会側の罠である事を警戒しなくてはならない。先んじて己の私兵を派遣して伏兵や罠を排除し、安全を確保した上で行動を起こすつもりなのだ。
『俺の読みじゃ神宮は今夜ミレニアムタワーに姿を見せる。おそらく桐生もな』
「桐生も……間違いねぇのか?」
『あぁ。都内の何処かで息を潜めてたんだろうが、つい数分前に神室町でその姿を確認した。アレスが開くのを何処からか聞いたんだろう』
神宮が来る事まで呼んでいるのか純粋に美月を護るために動いているのかは定かじゃないが、花屋の言う通り桐生がタワーに現れるのは間違いない。
『安心しろ、この情報は付けといてやる』
「あぁ……ありがとうな花屋」
『生きて戻ったらキッチリ金払えよ。じゃあな』
電話を終えて決意と覚悟を新たにする。過去の因縁や事件の真相と黒幕。俺は今夜、その全てに決着をつけるのだ。
「……錦山さん」
「ん?」
「実は俺……いや、スターダストから錦山さんに餞別があるんです」
「餞別?」
「えぇ……こちらへ」
一輝はそう言って踵を返すとバックヤードへと歩いていく。俺はソファから立ち上がるとそれについて行った。
「これです」
一輝がスターダストのロッカールームにあるホスト用の姿見がある試着室の前に立ち、閉じられていたカーテンを広げる。
「こいつは……!?」
それを見た時、俺は思わず目を丸くした。
時刻は夕方。夜の帳が降り始め、神室町が本来の姿を見せ始めようとする時。
「ん……」
深い眠りに落ちていた遥がゆっくりと目を覚ます。度重なる事件の連続に心労と体力を消耗していた遥だがそれでもここまで体調を崩す事無く来ているあたり、やはり彼女の肝の座り方は尋常ではないのだろう。
「ふぁ……」
軽く欠伸をした後に周囲を見回す遥。彼女が目を覚ましたのはスターダストのバックヤードであり、最初に横になったソファとは別の場所だった。開店時間の迫る店内の客席のソファにいつまでも遥を寝かせておく訳にいかなかったのだろう。誰かが自分をここまで運んでくれたのだと解釈をする。
「おじさんは……?」
少しだけ目を擦りながらバックヤードを出た遥を出迎えたのは、ミラーボールと大音量BGMで支配された煌びやかな空間。そして、そんな遥の存在にいち早く気付いたのは錦山だ。
「おぉ遥。昨日は寝れたか?」
幾度の窮地に陥り修羅場をくぐり抜けながら遥を護り続けてきた男。遥にとって大切な恩人であり同じ孤児院で育った家族。
「うん……どうしたの、その格好?」
遥はそんな恩義ある錦山に疑問を投げかけた。眠る前までに見た錦山の姿と、今の姿があまりにも違ったからだ。
「あぁ、これか?一輝たちからのプレゼントだ。良いだろ?」
今までの錦山はホスト仕様のスラックスを履き、麗奈から託された革のジャケットを身に纏っていた。
だが今の装いは純白のダブルスーツとスラックスの一張羅。シックな黒のシャツに白ネクタイという、明らかにヤクザ者といったスタイルである。
「うーん……イマイチ」
「ハッ、厳しいなぁ……」
遥からの評価に苦笑いをする錦山だが、直ぐに表情を引き締める。彼は何も気分転換がしたかった訳では無い。これから覚悟を決めて決戦に挑むのだ。
「遥……いよいよだな」
「……うん」
今日ここに至るまでの数日間。二人はとても濃い時間を共に過ごして来た。錦山は妹に。遥は母──今は父に会うために。
「今日まで、本当に良く頑張ったな……遥」
「ううん……私、おじさんに助けられてばっかりで……」
「そんな事ねぇ。俺はよ……お前が親に会いてぇって一心でここまで歯ぁ食いしばってんの見て思えたんだ。負けてらんねぇってよ。お前が居たから 俺はここまで強くなれた」
母を探して街を訪れ、裏社会や実の父親から命を狙われる。年端もいかない少女に降りかかるにはあまりにも残酷すぎる運命。だがそんな運命とも逃げずに闘う遥の姿は錦山の心を打った。彼が自分の命を張ろうと思える程に。
「だから俺は 最後までお前を守る。必ず桐生に……お前の父ちゃんに会わせてやるからな」
「うん……!」
互いの決意に曇りはない。両者の覚悟に揺らぎは無い。それを確かめ終えた二人にはもう、やり残した事など無かった。
「錦山さん……もう準備は良いんですか?」
「あぁ」
一輝の問い掛けに対して、錦山は迷いなく頷いた。
「分かりました……錦山さん。もう俺達に出来ることはありません。月並みな事しか言えませんが 頑張ってください」
「あぁ……最後まで、この店にゃ世話になりっぱなしだった。本当にありがとうな」
頭を下げる一輝に対し、錦山は心からの感謝を述べる。
ホストとしての仕事。食事。一夜の寝床。そして、今纏う服装。風間新太郎の息のかかった店として訪れたここで、錦山は何かと助けられ続けていた。もしもスターダストが無ければ、きっと錦山はどこかで躓いていただろう。
「錦山さん!絶対……絶対生きて帰って来てくださいね!」
「おう……ちょっくら決着つけてくるからよ。終わったらパーッとやろうぜ!」
心根の熱いユウヤの激励を受けて錦山も笑みを返す。最悪の出会い方をした二人だったが、今では立派な仲間と言える関係性である。
「よし……行くぞ、遥」
「うん、行こう おじさん」
一輝とユウヤ。スターダストのホスト達に見送られながら俺と遥は店を出る。
「!」
そして直ぐにその違和感に気づいた。時は既に夜。神室町が本来の顔を現し、ありとあらゆる人間がそこに集う時間帯。
「なんだこりゃ……」
にも関わらず、錦山たちの周囲には人っ子一人存在しない。サラリーマンや大学生。OLやキャバ嬢。ホストやキャッチ、観光客の外国人。本来居るべきはずの人間たちが誰一人として存在しないのだ。
「おじさん……!」
異変を感じた遥が視線を中道通りの方へと向ける。それを追うように振り向く錦山の視界に映ったのは、数十人の男たち。
「くっくっく……」
不気味な笑みを浮かべる男たちの手には金属バットや鉄パイプ等と言った物騒な得物が握られている。この状況下であれば素人であっても容易に想像が着くだろう。彼らが敵意を持った存在であると。
「錦山……アンタ殺りゃ、東城会の"四代目"から直々の褒美が出る」
「あ?四代目だと?」
先頭にいるチンピラの発言に引っ掛かりを覚えた錦山は堪らず聞き返した。東城会は三代目が死亡し、跡目争いの只中。その最有力候補であった風間 嶋野の両名も命を落としている。現在、誰もその跡目を穫れないままで居るはずなのだ。
「あぁ褒美さ!金も地位も女もな!」
「何年ぶち込まれても釣りが来るぜ!」
「今夜は熱いぜ……何せ、殺しのお墨付きだ!次期会長……堂島さんのなぁ!」
集まったチンピラ達の人数は、約五十人。その全員が武器を持っている状況の中で、錦山は至極冷静にそれを整理した。
(堂島……なるほど、大吾か)
東城会直系任侠堂島一家。堂島崇兵が殺された事をキッカケに生まれた新世代の堂島組。先代組長の敵討ちと称して幾度となく錦山や桐生の命を狙って来た組織。
目の前のチンピラ達はその組の長である堂島大吾に唆された連中であると錦山は結論づけた。
(嶋野と風間の親っさんが居なくなって身の振り方を考えたチンピラ共が大吾についた……って所か)
錦山は総長の堂島大吾の事を幼少期の頃からよく知っており、元からカリスマ性が高く若い人間からの人望が厚い事も把握していた。加えて今の大吾は現在最も勢いのある新進気鋭のヤクザ。指針を失った神室町の不良達が新たに担ぐ神輿として大吾を選ぶのは想像に難くない。
「……ナメられたもんだぜ」
「あ?」
「テメェら如きで、俺を止められるとでも思ってんのか?笑わせんな」
だが、錦山はため息混じりにそんな言葉を吐くと ポケットからヘアゴムを取り出した。彼のトレードマークでもあるワンレングスのロングヘアを両手でかきあげ、後頭部で結び付ける。
「さっさと道開けな、雑魚共」
簡易的なポニーテールを作った錦山がチンピラ達にそう口にし、チンピラ達が怒号をあげる。
「ナメやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
「フッ、そうかよ……!」
殺意を漲らせるチンピラ達。臨戦態勢へと移る錦山。数秒後には大乱闘が始まり天下一通りは騒然となる。その直前。
「──その喧嘩、ちょっと待ってもらおうか!!」
錦山の背後。天下一通りの方面から轟いた声が開戦を押し留める。
「「「「!!?」」」」
「なに……っ!?」
チンピラ達の動きが硬直し、錦山もまたその声の正体を知るべく後ろを向いて 表情に驚愕を浮かべた。
「お、お前ら……!?」
その視線の先に居たのは、黒いスーツを着た男達だった。天下一通りのアーケードを堂々と潜って歩を進める彼らの正体は"龍"を担ぐ為に一枚岩となった屈強なる仁侠集団。
「──ウチのカシラに、随分な事してくれるじゃねぇか?」
その名も、関東桐生会。
わずか五百人規模の組織でありながら東城会と一触即発の状態になっても潰されない精強さを誇る、仁義を重んじる極道達だ。
やがて彼らは錦山の背後に控えるように立ち止まると、その圧倒的な威圧感でチンピラ達を睨み付けた。
「錦山さん、到着が遅れて申し訳ありません」
「松重さんアンタ……どうして……!?」
若頭代行の松重が頭を下げるのに対し、錦山は疑問をぶつけた。先述の通り関東桐生会と東城会は一触即発の状態にある。そんな中で彼らが神室町に足を踏み入れるという事は即ち、敵の膝元に土足で上がり込んだに等しいのだ。
「決まってるじゃないですか。親父とお嬢……そして貴方の助太刀に来たんですよ。錦山さん」
だがそれがどんな意味を持つのかが分からない程彼らは愚かでは無い。敬愛する親分とその娘を助けるために。そして彼らの未来を担う錦山の力となる為に、彼らは馳せ参じたのだ。
「親父にばかり暴れせたんじゃ、俺ら子分の立つ瀬がありませんから」
「もっとも、こっちは元々カチ込む気満々だったんです……親父に先越されちまいましたが」
「もうとっくに戦争は始まってる……なら、自分も腹ァ括ってやると決めました」
若頭補佐の村瀬。舎弟頭補佐の齋藤。そして直参組長の長濱。今の関東桐生会の中核を担う幹部が全員勢揃いし、その後ろには大勢の関東桐生会の構成員達が待ち構えている。
「ハッ、全く。親が親なら子も子だな。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ……」
思わず笑みを隠せない錦山。何故なら彼は今文字通り百人の味方を付けたような気分なのだから。
「──最高だぜ、お前ら!!」
「「「「「押忍!!」」」」」
「すごい……」
圧倒された様子の遥がそんな言葉を漏らす。だが怯えたり怖がる素振りが無いあたり、やはり彼女もまた"龍"の娘なのだ。
「遥、お前は大船に乗ったつもりでいろ。コイツらが一緒なら……誰が来ようと負ける訳ねぇ」
「うん……やっつけて、おじさん」
遥はそう言ってから関東桐生会の男たちにも軽く頭を下げると、巻き込まれない位置に避難する。それが乱闘幕開けの合図となる。
「さぁ……行くぞテメェら!!」
否。
これより始まるは乱闘に非ず。
「────関東桐生会、出撃だ!!」
「「「「「押忍!!」」」」」
龍を担ぎし男達による、蹂躙である。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
今後の『錦が如く』の更新ですが、ストック分である次話を投稿した後、無期限休止という形で一度更新をストップいたします。
詳細は活動報告にてご報告させていただきましたので、是非そちらも見て頂けると幸いです。