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2005年12月16日。時刻は午後7時。
神室町の天下一通りからミレニアムタワーに向けて行進する男達の一団があった。
「な、なんだよあれ……?」
全員がスーツを身にまとい、強面の顔と危険な雰囲気をした彼らの姿は見る者に威圧感を与え それを一目見た者は本当的恐怖を覚える。
「やば、ヤクザ……?」
「おい、逃げようぜ……!」
恐れを成した住民達は彼らの前から退き離れていき、東城会の街である神室町は彼らの為に道を空ける。だが、彼らは全員東城会の人間では無い。その名を関東桐生会。"堂島の龍"と称された伝説の男、桐生一馬を担ぐべくその盃を受けた極道集団である。
「フッ、まさかまたこの街に足を踏み入れる日が来るとは……正直思ってもみなかったぜ」
若頭代行。松重。
「俺もですよ松重代行。会長が東城会に弓引いて以来、二度と来る事はないと思ってましたから」
若頭補佐。村瀬。
「戻ってきたと言っても、立場や状況はあの時とは違います。何せ俺たちは今、東城会の敵なんですからね」
直参組長。長濱。
「俺は望む所ですよ。憎き世良の……東城会の膝元で大暴れ出来るってんですから」
そして、舎弟頭補佐の斎藤。
彼らは皆、関東桐生会がまだ前身の桐生組──東城会の一組織であった頃からの古参幹部である。会長である桐生が東城会と袂を分かってから五年。その間決して訪れる事の無かった神室町の景観に、彼らは思い思いの所感を口にした。
(これが、お父さんの部下の人達……なんか、みんなお父さんにそっくりだなぁ……)
そんな彼らに周囲を守られながら歩く澤村遥は関東桐生会の男達に父親の姿を重ねる。義理と人情を重んじ、卑劣な相手に容赦はしないその在り方を貫く生き様。それを守って渡世を生きる彼らの姿は、遥の知る父親と酷似していた。
「おい」
その時。
「──お前ら、お喋りはそこまでだ」
先頭を歩く白いスーツ姿の男がそう告げた瞬間、ただでさえ張り詰めていた空気がより緊張感を帯びた。
「「「「はい、カシラ」」」」
声を揃えて幹部陣達が男に返事をする。彼こそ、今の関東桐生会を纏めあげる実質上のトップ。
「待ってろよ……桐生。優子。」
関東桐生会若頭。錦山彰。
数日前に刑務所から出所したばかりの彼は、出所してからの日々の中幾つもの修羅場を潜り抜けてその強さとカリスマに磨きをかけ、ついには一介のチンピラから極道組織のNo.2までなった。まさに成り上がりの体現者とも言うべき男である。
「着いたぜ……ここだ」
そんな彼が率いていた集団は、神室町の中心部にあるとある建設物の前で立ち止まる。ミレニアムタワー。奇しくも桐生組が関東桐生会となった時と同じくして完成した複合施設だ。
「錦山!」
「あ?」
その声はミレニアムタワーの奥。七福通りの方面から錦山の耳朶を打つ。彼が視線を向けた先ではスーツを着たヤクザ者の一団が関東桐生会へと向かって来ている。
「東城会か……!」
「いや、待て。大丈夫だ」
ナイフを出して警戒態勢を取る斎藤を錦山は手で制す。何故ならその一団の先頭に居たのは、錦山のよく知る人物たちだったからだ。
「待たせたな」
「助太刀に来たぜ!」
「来てくれたんだな……海藤、羽村」
東城会直系風間組内松金組。風間組の片翼を担う極道達が、同盟を結んだ錦山の為に駆け付けてきたのだ。
「松金の叔父貴は?」
「組長はまだ意識が戻ってねぇ。それに埠頭でも大分兵隊がやられちまったからな。これが今のウチの全戦力だ」
羽村の背後にいる松金組の構成員は海藤を含めて約十人前後。いずれもが松金貢を親と仰ぐ極道たちだ。
「風間の親分の事は聞いた。まさか、あの人がな……」
「あぁ……」
「でもよ、そんな今だからこそ俺らも身体の張り時ってワケだ。松金の組長もきっとそう命令する。ですよね、羽村のカシラ」
「フッ、知った風な口をと言いてぇ所だが……今は同じ意見だ」
普段は反りの合わない羽村と海藤だが今の目的は合致していた。
「よし……お前ら、覚悟はいいな?」
それを受けた錦山が関東桐生会、並びに松金組の面々に最後の確認をする。このビルの中に足を踏み入れれば、何が起こるかは分からない。彼らの敵は政治家。裏社会は愚か法の番人である筈の警察にすら圧力をかけられる強大な存在だ。闘いに負ければ命は無く、勝ったとしても法からの追求は免れない。
「「「「押忍!!」」」」
それでも彼らの心に迷いは無かった。己の利益や損得などは頭に無い。組の為。仲間の為。そして敬愛する会長とその家族の為ならば、懲役はおろか死ぬ覚悟すらもとうに出来ている。それが関東桐生会の男達が掲げた仁義なのだから。
「「「「「応!!」」」」」
そしてそれは松金組も同じ。亡き風間新太郎が託した東城会の未来の為。彼らの親である松金が錦山と交わした同盟を守る為に闘う決意を固める。
「よっしゃ……行くぜ!」
男達の覚悟を確かめた錦山が意を決してタワーに足を踏み入れる。その直前。
「錦山!!」
「あ……?」
自身の名を背後から呼ばれ、彼は振り返る。
「なに……?」
関東桐生会のさらに後方。
中道通りを曲がった角から現れた一団。その先頭に居る男が声の主だった。
「来ると思ってたぜ……やはり寄せ集めのチンピラじゃ勝負にならなかったようだな」
東城会直系任侠堂島一家総長。堂島大吾。風間と嶋野を失った東城会の中で今現状最も跡目に近い人物である。
さらにその背後には武装した東城会のヤクザ達が大勢ついてきていた。
「カシラ……あっちからも敵が」
「なんだと?」
松重が示した方向に錦山が視線を向けると、泰平通りの前 ピンク通りのある方面からも武装したヤクザ達が群をなして迫っている。
(この規模……任侠堂島一家だけじゃねぇな)
麗奈を拉致した一件や先日の桐生一馬の襲撃により、任侠堂島一家は構成員数の半分以上が戦闘不能になる程の甚大な被害を被っていた。しかし今 錦山達へと迫るヤクザ達の総数は二百人をゆうに越えていた。
(なるほど、あのガキ共と同じ……いや、それだけでも無ぇみたいだ)
錦山はつい先程蹴散らした名も無きチンピラ達のことを思い出す。彼らのようにボスの居なくなった群れを統一する新たな長を求めて堂島大吾を担ぎ始めた男達。
今武装をしているヤクザの中にはそう言った手合いも居る
のだろう。だが錦山は気付いていた。彼らの狙いがそれだけじゃない事に。
「カシラ、奴らみんな東城会です。東京中……いえ関東中から親父のタマを狙いに来てるんでしょう」
「……だろうな」
東城会を相手に真っ向から戦争を仕掛けた"堂島の龍"。関東中にその名を知らぬ者は居ないとされた伝説の男。桐生一馬。もしその首を獲る事が出来るのなら ヤクザにとってこれ以上の勲章は無い。
伝説を超えた者としてその男の名は永遠に語り継がれ 組には箔が付く。立身出世は思いのまま。そんな絶好のチャンスを逃したくない野心家が 彼らの中で高い割合を占めているのは想像に難くない。
「──東城会を、ナメるなよ?」
堂島大吾の宣言と同時に包囲網が完成し、関東桐生会と松金組の兵隊はミレニアムタワーごと東城会の極道達に囲まれてしまった。
「ほう……こりゃ相当だな」
その人数差、およそ三倍以上。増援が来る事も想定すればその差は更に広がる事になる。錦山達が圧倒的に不利な状況だ。
「フッ、面白ぇ……!」
しかし錦山を始め関東桐生会の面々に一切怖気付いた様子は無い。それどころかこれから起こりうる一大抗争を楽しみにしている節すらある。
「松金組!……それがお前らの答えか?」
「っ!」
羽村達の存在を認めた大吾が声を上げる。根っからの風間派である松金組が風間の身内である錦山の味方をする道理はあるが、松金組は東城会の組織だ。敵対関係であるはずの関東桐生会に味方をするのがどういう意味を持つか。問われた羽村は思わず声を詰まらせる。
「おうよ!」
「海藤!?」
それに間髪入れず答えたのは海藤だった。
「今まで散々っぱら俺らのシマ荒らしやがって!お陰でこっちはずっと商売あがったりだったんだよ!!」
「海藤テメェ!?」
「良いじゃないスかカシラ。どの道もう、俺らはやるしかねぇんですから!」
頭を抱える羽村だが実際に海藤の言葉は松金組としては筋が通っている。松金組は風間組の二次団体であるが故に錦山の一件でずっと因縁を付けられ、ずっとシノギを回すのに苦しんできたのだ。
「クソッ……あぁそうだよ!若ボンの分際で俺らをナメやがって!松金組の意地見せてやろうじゃねぇか!」
「ハハッ、良いじゃねぇか羽村。その意気だ!」
半ばヤケになった羽村もまた覚悟を決める。今は後先を考えて立ち回る場面では無い。極道の意地を見せる大喧嘩の場なのだから。
「上等だ……!」
それを返答と受け取った大吾をはじめ東城会の面々が闘志を漲らせる。外様の組織と三次団体の裏切りで自分達の膝元を荒らされたとあれば他に示しがつかない。
組のメンツに関わるのだ。互いが一歩も退かない睨み合いの緊張状態。戦いの火蓋が切って落とされる。その寸前。
「……兄貴」
東城会側の群衆から一人の極道がゆっくりと錦山の元へと歩み寄って来る。奇しくも錦山と同じ白いスーツに身を包んだショートリーゼントの男。新藤だった。
「……なんだ?」
「兄貴は……本気で殺り合うつもりですか?東城会を相手に」
新藤は問いかける。彼我の戦力差が明らかになってもなお闘う選択を取るのか、と。
「あぁ……当然だ」
「何故です?この人数差だ。勝ち目がある闘いじゃない事は、兄貴にだって分かるでしょう?」
新藤の知る錦山は聡い男だ。現実的な観点から物事を見定め、自分の有利な方向へと事を運ばせようとする。シノギであっても交渉であっても。喧嘩であってもそうだ。己の感情や意思だけでどうにもならない事態というものもよく理解している。
「ハッ、テメェの物差しで測るんじゃねぇよ。俺達ゃこの喧嘩……本気で勝ちに来てんだぜ?」
それでもそう告げる錦山は、無謀と勇気を履き違えている訳でも無ければ玉砕を覚悟している訳でも無い。関東桐生会に対する絶大な信頼と 今の己が──錦山彰がこの場に居ると言う絶対的な自信が、彼にそう確信させているのだ。
「お前ぇはどうなんだよ新藤。この喧嘩、勝ちに来てんじゃねぇのか?」
「…………」
錦山の問いに対して新藤は真っ直ぐに錦山の目を見る事で応えた。それの意味するところは一つ。彼にもまた覚悟があると言う事だ。
「えぇ……そうですね」
新藤は徐ろに手にしていた日本刀をその場に捨てた。
「新藤……?」
そうして彼は踵を返すと東城会の軍勢を相手に向かい合い、関東桐生会の男達に背中を向ける。数日前の錦山が墓地で桐生の味方をすると決めた時と同じように。
「新藤……どういうつもりだ」
「見たまんまですよ、総長」
大吾の問いに対して迷う無く返答した新藤は己の手をジャケットにかけると、勢いよく脱ぎ捨てた。
「!」
上裸を曝した新藤の肉体。その背中を見た錦山は驚愕する。そこに彫られていた新藤の墨は──白の鯉。
十年以上前に錦山の背中に憧れてこの世界に足を踏み入れた彼自身の想いをその墨は体現していた。
「新藤、お前それ……!」
「俺はずっと待ってました。どんな形であれ、兄貴が覚悟を決めてくれるこの瞬間を」
錦山の出所後、新藤は自分の立場と己の感情との間で葛藤し続けていた。
堂島組長の仇を取るのは任侠堂島一家の悲願。その若頭である彼に"錦山を殺せ"と命令が下るのは当然の事。
しかし、敬愛する兄貴分に弓を引かなければならないその命令は彼にとってあまりにも残酷だった。
「今の俺は、任侠堂島のカシラじゃねぇ」
だがそれはもう過去の話。関東桐生会の若頭として闘う覚悟を決めた錦山を目にした事で、彼の中での迷いは完全に消え去った。
「俺は、錦山彰の弟分だ!!」
「新藤……!」
そこに居るのは東城会の極道では無い。己の覚悟を貫くべく親の命令と立場をかなぐり捨てた一人の男だった。
「か、カシラ……!?」
「そんな、嘘だろ……?」
あまりに突然の事に戸惑いを隠せないでいる任侠堂島一家の構成員たち。
「新藤、貴様……!」
目を釣りあげて激高する大吾。十年前に親殺しの裏切りで父を亡くし、今は己の部下からの裏切りに遭う。あってはならないはずの"親への反逆"に二度も見舞われた大吾の怒りは計り知れない。
「フッ……気合いの入った野郎だぜ」
松重はそう言って薄く笑うとサングラスを外して新藤の隣に立った。
「カシラ、ここは俺らが引き受けます。カシラはお嬢を連れてタワーに急いで下さい」
その言葉に呼応するかのように、関東桐生会と松金組の面々が次々と拳や肩を鳴らし始める。この期に及んで怯えて竦む者など一人として居なかった。
「良いのか?」
「えぇ。こっから先、奴らは一歩たりとも通しません。親父の事……よろしく頼みます」
「行ってください、兄貴!」
「……分かった、ここは任せたぜ。行くぞ遥!」
「うん!」
心強い味方達にその場を任せ、錦山は遥と共にタワーへと走る。
「殺れ!一人残らず殲滅しろ!!」
「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」
「テメェら、気合い入れて行くぞぉ!」
「「「「「押忍!!」」」」」
その背後では、東城会と関東桐生会による大戦争が幕を開けたのだった。
今回の投稿をもってストック分が尽きました。
前述の通り『錦が如く』の更新を無期限休止とさせていただきます。
出来る限りの早い再開を目指しますので、気長に待っていただけると幸いです。