今回は意外な人物たちが出てきます
それではどうぞ
2005年。12月5日。
堂島組長射殺事件から実に十年の時を経て仮釈放された俺はこの日、ようやく娑婆の空気を吸っていた。
「もう、戻ってくるなよ」
「……お世話になりました」
門番をしている刑務官にお決まりの礼を告げ、俺は刑務所を出る。住めば都なんて言葉があるが、ここでの生活は都とは程遠かった。
「さて、行くか」
刑務所の前には誰もいない。
極道者が出所する時は、大抵何人かの構成員が出迎えてくれるが、役職のないチンピラな上に親殺しという大罪で服役した俺を迎えに来る物好きはいないという事だろう。待ち伏せされて出会い頭に刺されないだけでも幸運とさえ言える
それでも俺には二人、迎えに来てくれるアテがあるはずだった。
(桐生……)
俺の親友にして渡世の兄弟分。
九年前に優子が助かったと報告に来てくれて以来、桐生は一度も面会には訪れなかった。
俺に待っていると言っていたくらいだから、きっと迎えに来るものだと思っていた。
きっと何か深い事情があるのだろう。
そして、もう一人。
(親っさん……)
俺は懐にしまっていた一通の手紙を取り出す。
それは、俺が仮出所する前日に風間の親っさんから届いたものだった。
《 10年……お前のいないこの10年で、東城会はすっかり変わった。一馬の事、由美の事、そして優子の事。お前と会って話したい事が山ほどある。伝えなければならない事も……。神室町にスターダストという店がある。そこのオーナーをしている"一輝"という男に会ってくれ。話は通しておく。 風間新太郎》
どうやら俺のいない間に、様々な事が変化したらしい。
だがそれも仕方無いことだ。人生が八十年あるとすれば、俺の服役した十年はその八分の一なのだ。
(考えてみると、やっぱり長かったよな……この十年って時間は……)
俺は手紙を懐にしまい、神室町へと向かった。
街並みの変化や道行く人の服装に戸惑いながら、電車を乗り継いでいく。
(みんな何かを手に持ってるが、ありゃ何だ?ポケベルとはまた違うみてぇだが……)
電車の中で手のひらサイズの機械を持つ若者たちを見て俺は困惑する。ああいうのもきっと最近の連中はみんな持っているんだろう。
(俺が娑婆に居たのなら、ああいう流行りのものは必ずチェックするんだがな…………これが"ムショぼけ"って奴か?)
私鉄と国鉄を乗り換えていき、やっとの思いで新宿駅にたどり着く。
相変わらずの人の多さに呆れながら、人混みを掻き分けて歩を進める。そしてたどり着いた。
「帰ってきたな……この街に……」
新宿、神室町。
相変わらずの汚い空気と耳を叩く喧騒。
そして眠らない街と言われる所以となった消えないネオンの光。
今となっては、その全てが懐かしく感じた。
(親っさんの言っていた店は確か……スターダストって名前だったな)
今は一刻も早くその店を探して、オーナーの一輝という人物に会う必要がある。
だが十年間もムショにいたせいか、神室町は殆ど様変わりしていた。
元々夜の繁華街は店の入れ替わりが激しいが、なんと言っても神室町はアジア最大の歓楽街。一年経つだけでひとつの通りの中で必ず三店舗は入れ替わってしまう。
それが十年も経てばそこはもう別世界とさえ言えた。
(はっ、気分はまるで浦島太郎だな……)
そんな神室町の中から名前だけを手掛かりに一つの店を探すのは中々に骨が折れる。
故に俺は、手がかりを求める為に馴染みの店へ向かう事にした。
天下一通りのアーケードを抜け、風間組の事務所でもある風堂会館の前に差し掛かる。
(ここはまだあるんだな……)
桐生が組を立ち上げて、きっと今でも親っさんを支えているであろう風間組。その事務所が変わらずずっとあるのもきっと桐生の努力の賜物なのだろう。組を破門された身では入ることなど許されないので、少しだけ視界に入れて足早に通り過ぎる。
(確かこっちに……あった!)
天下一通りのアーケードを入って左側。
その雑居ビル郡の中に、俺が探していた場所があった。
(セレナ……残っていたんだな!)
桐生と由美。そして敏腕ママの麗奈と四人で過ごした思い出の場所。十年前のあの日の前夜もここで俺たちは飲んでいた。
(麗奈ならきっと何かを知っているかもしれない……いきなり顔見せたら、ビックリさせちまうかもな)
麗奈には悪いかもしれないが今は急ぎだ。
俺は雑居ビルの中のエレベーターに入り2階のボタンを押す。
しかし、何度押してもボタンに反応は無かった。
(なに……?まだ店が開いてないのか……?)
時刻は午後5時。
俺が娑婆にいた時の開店時刻は午後6時からだったはずだから、営業時間が変わっていなければ少し早く着いてしまった事になる。
(なら、今は開店準備中の筈だ。裏口から尋ねれば入れるかもしれないな)
そう考えた俺はセレナのある雑居ビル郡の裏手に回った。自動販売機以外には何も無い、小さな空き地。
そこの階段を登って上に行けば、セレナの裏口へと行く事が出来る。
しかし、俺の足が階段を登り始めることは無かった。
「おい」
背後からの声に振り向くと、そこには四人ほどの男達がいた。
全員が如何にもな柄シャツやジャージ。スーツ等を着ていている。顔つきからして全員がまだ歳若いが明らかにカタギじゃないのは見て取れた。
スーツを着た男の胸元に代紋がある事から、神室町のヤクザなのだろうと俺はアタリを付ける。
「お前、錦山彰だな?元堂島組の」
「……だったらなんだって言うんだ?」
俺の名前を確認した途端、ヤクザたちの雰囲気がガラリと変わる。
俺に対する敵意を剥き出しにしているのが感覚で分かった。
「なら、俺達が誰かも検討が付いてるんじゃねぇのか?"親殺し"さんよ」
「……さぁな。」
思わずとぼけたが、男の言う通り大体の検討は付く。
俺がそろそろ出所するという情報をどこからか掴み、俺の馴染みの店であるセレナに俺が現れると踏んで、こうしてここで張っていたのだろう。
俺に恨みを持つ元堂島組の連中か、はたまた別の組織か。
いずれにせよ、穏やかに話が済む気配では無かった。
(そう言えば、俺に恨みを持つ奴が多いって親っさんも言ってたな……)
俺の為にケジメをつけてくれた風間の親っさん。
しかし、東城会の伝説とも言うべき極道の小指でさえ、俺をこうした悪意から守ることは出来ない。
それほどまでに俺の背負った親殺しという罪は重いという事なのか。
「すっとぼけやがって……覚悟は出来てんだろうな……?」
「ごちゃごちゃうるせぇな……御託ばっか並べてねぇでやるならさっさとかかって来いや!!」
「いい度胸じゃねぇか!行くぜおらぁ!!」
完全に臨戦態勢に入った四人の若いヤクザ達が怒号と共に押し寄せてくる。
俺は先頭にいた柄シャツのヤクザのパンチを躱すと、カウンターのフックを顎に直撃させた。
「が……ぁっ……?」
気絶して全身から力の抜けたヤクザが顔面から地面に倒れ込む。
「おらよっ!」
「ぶげっ!?」
俺はすぐ近くにいたジャージ姿の二人目の胸ぐらを掴むと鼻柱に頭突きを叩き込んだ。
後ろに大きく仰け反ったヤクザをそのまま離さず引き寄せて、それと同時に右ストレートを顔面にぶち込む。
「ぶぎゃぁっ!?」
文字通りぶっ飛ばされたヤクザは自動販売機に背中をぶつけてもたれ掛かると、そのまま動かなくなった。
「この野郎!」
スーツ姿の三人目が背後から何かで殴りかかって来るのを難なく躱して、俺は正面を見据える。
男が手に持って居たのは空になったビール瓶だった。
(ゴミ捨て場かにあったものか……即席の凶器にしちゃ上等だ)
「くたばれやボケェ!」
俺はビール瓶を乱雑に振り上げて襲い掛かる三人目の攻撃を手首を掴んで止めた。
「い、いでででで!?」
そのまま全力で手首を握り込んで、敵のビール瓶の握りを弱めてから凶器を奪い取る。
そしてそのまま自分の手に持ち替えると、敵の頭目掛けて全力で振り抜いた。
「オラァ!」
「うぎゃぁあああっ!!?」
甲高い音と共に爆ぜるように割れたビール瓶。
その破片がヤクザの頭を傷つけて血だらけにする。
俺は割れたビール瓶を投げ捨てると、パニックになっているヤクザの腹に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐほっ!?」
鳩尾に入ったその一撃に堪らず倒れ込こんだヤクザの顔面を、最後に思い切り踏み抜いてとどめを刺す。
「な、なんなんだよコイツは……!」
最後に残ったのはメガネをかけたヤクザだった。
おそらくこの中で一番年若く、完全に俺に対して恐れ戦いている。
時間にしておそらく一分もかからずに仲間たちがたった一人の為に全滅したのであれば無理もないが。
「……まだやんのか?」
「く、クソっ!」
ヤケになった最後の一人が、懐から白鞘のドスを取り出して刃を抜き放つ。
ヤクザが携帯する武器の中で最もポピュラーで取り回しの良い刃物だ。
しかし、持ち主のその手は恐怖と緊張でガタガタに震えている。
「う、うわあああああ!!」
絶叫をあげながら最後の一人がドスを持って特攻してくる。
俺はその特攻を躱してそいつのドスを持った右の手首と肩を掴むと、その真ん中。つまり肘関節の上に膝蹴りを叩き込んだ。
「せぇりゃァ!」
「ぎゃあああああああああッッ!!?」
腕の関節が逆向きにへし折れたヤクザは当然ドスから手を離す。
俺はその手に刃物が無くなったことを確認し、トドメに右のストレートで顔面をぶち抜く。
かけていたメガネが粉々に砕け散り、最後のヤクザが無様に地面に転がってこの喧嘩は俺の勝ちで幕を閉じた。
俺は倒れたヤクザの胸ぐらを掴み上げて情報を聞き出す。
「お前ら、東城会のモンか?」
「は、はいそうです……カシラからの命令で、貴方を痛め付けて連れて来いって言われて……!」
涙ぐみながら話すヤクザはどうやらまだ駆け出しのチンピラらしい。
この様子じゃ十年前に起きた出来事も知らないまま、ただ命令を受けて襲いかかって来たのだろう。
(つくづく極道ってのは、下の奴らばっか割を食うよなぁ)
少しだけこの男に同情しつつも、俺は聞きたい事を聞き出す事にした。
「お、お願いします!殺さないでください!」
「殺しはしねぇよ。ただ俺の質問には答えてもらうぜ」
「わ、分かりました!」
「俺は今、スターダストって店を探してる。心あたりはあるか?」
それを聞いた途端、男の表情の中に恐怖以外の感情が見えた。
それは僅かな困惑。何故そこに?といった様子の表情。
「スターダストって……あのホストクラブのですか……?」
「なに?ホストクラブだと?」
それは、親っさんの手紙には書いてないかった情報だった。
そして、この男の困惑にも合点が行く。
いい歳した三十過ぎのおっさんが探している店が、キャバクラじゃなくてホストクラブなのだ。
特別な用事でもない限り足を運ぶ筈がない。
「え、えぇ……数年前に天下一通りにオープンしたホストクラブの名前が、スターダストです。その、貴方が探している店かは分かりませんが……」
「そうか……ありがとよ。ちょっと腕出しな」
「へっ?いっ、ぎゃああああああああ!?」
俺は先程折ってしまった男の右腕を掴んで逆側に戻した。
並々ならぬ激痛が男を襲うが、いつまでも折れ曲がったままでいるよりはマシだ。
「腕、悪かったな。俺もムショから勤め上げたばかりで喧嘩になると加減が効かねぇもんでよ」
「ひ、ひぃ……!」
痛みと恐怖で完全に萎縮する男。
間近で顔を見るとやはりまだ歳若く、その顔には少年のようなあどけなさが残ってた。
「お前、随分若いな?幾つだ?」
「じゅ、19歳です……」
十九歳と言えば、俺や桐生がカラの一坪に巻き込まれた頃と同じくらいの年代だ。駆け出しなのも頷ける。今回受けた命令だって、きっと初めての出来事なんだろう。
「まだハタチにもなってねぇのか……若いモンがもったいねぇ。悪いことは言わねぇよ、ヤクザなんざ辞めた方がいい。今日痛い思いして分かったろ?」
「で、でも……」
言い淀む少年ヤクザ。
彼もまた、極道の盃を受けた者の一人なのだ。
一度渡世に足を踏み入れた者は、時間を巻き戻せない。
それこそ大量の金か指を犠牲にする必要がある。
「はぁ……ま、無理だろうな。ならせめて、もう俺には関わらねぇこった。長生きしたけりゃな」
俺はそれだけ言って、セレナの路地裏から出る事にした。
スターダストの場所は聞き出せた。
ならば今無理にセレナへ立ち寄る必要は無い。
またさっきの連中に襲われでもしたら、麗奈に迷惑がかかってしまう。
(まぁ、タイミングが合えばまた寄ることになるだろう。)
裏路地を出て、ふと空を見上げる。
この季節になると、午後の5時頃にはもう空は完全に暗い。昼間はアジア最大の歓楽街だが、夜になれば欲望の巣窟である神室町がその本来の姿を曝け出す。
そこら中にスリルが転がっている危険な街になるのだ。
「こういう街だったよな、神室町って」
思い出したかのように一言呟いてから、俺はスターダストへ向かうのだった。
もう一度、風間の親さんに会うために。
今回の標的とされた白いジャケットの男に返り討ちを喰らった少年ヤクザ。
彼は未だに痛む右腕を抑えながら、地面に倒れた仲間たちへと駆け寄る。
しかし全員が深刻なダメージを負っており、起き上がるどころかピクリとすらしない。
少年ヤクザは最後の望みを賭けて柄シャツの男の側へと駆け寄った。
「あ、兄貴!しっかりしてください、兄貴!」
「あ……?はっ!」
兄貴と呼ばれた柄シャツのヤクザが意識を取り戻し、すぐさま跳ね起きて状況を確認する。
「アイツは、例の野郎はどうした!?」
「いえ……あっという間に俺ら全員を片付けて……」
「クソっ、まんまとしてやられたって訳か……!」
柄シャツの兄貴分が悔しさのあまり悪態を付く。
自分達の仕事をこなせないばかりか、全く歯が立たなかったのだ。
「兄貴、ちょっと話が違くありませんか?例の野郎、めちゃくちゃ強かったですよ……?」
今回、彼らが受けた命令は錦山の確保にあった。
十年前に自分の渡世の親を殺したチンピラがもうすぐ出所してくると聞き、そいつを捕まえて差し出せば元堂島組の古参連中からの覚えが良くなると踏んだ彼らの上の人間は、その確保と連行を彼らに任せたのだ。
事件当時はなんの役職もないチンピラで、大して喧嘩が強いわけでも無い。本来であれば十分彼らでこなせる仕事だった。
「あぁ……俺のパンチを的確に避けて顎にカウンター合わせてきやがった……ありゃ、相当出来る奴だぜ。」
彼らは知る由もない事だが、錦山は刑務所にいる間に己を鍛え上げていた。
刑務作業を誰よりも多くこなし、自由時間はひたすらランニング。
そして余暇時間は全て筋トレに当てて、徹底的に肉体改造を施していたのだ。
いつか、"堂島の龍"と謳われた兄弟分を越える男になる為に。
「他の連中は……?」
「みんな、意識を失って起き上がれません。気付いてくれたのは兄貴だけです」
「そうか……ひとまずアイツらを病院に連れてくぞ。報告はそれからだ」
柄シャツの兄貴はそう言うと、その場で立ち上がった。
脳震盪で気絶しただけの彼はこの中で一番ダメージが少なく、非常に健康的だった。
「わ、分かりました……」
まだ恐怖と緊張が冷めやらぬ少年ヤクザも、それについては一切反対しない。
そして願わくば二度とさっきの男に関わりたくないのが本当の所だった。
柄シャツの兄貴は気絶したスーツのヤクザとジャージのヤクザを背中に担いだ。
「あ、兄貴?よくそんなに持てますね……」
「俺が一番痛手を負ってないからな。お前もその腕じゃあ運んだり出来ねぇだろ?」
「す、すんません……」
申し訳無さそうに目を伏せる少年ヤクザ。
気にすんなよと軽く笑う柄シャツの兄貴。
二人の間には、絶大な信頼関係があった。
「だが、この状態じゃあ前に進むのも一苦労でな。病院までの先導は頼むぜ?東」
「分かりました、海藤の兄貴」
東城会系松金組若衆。柄シャツの海藤正治と少年ヤクザの東 徹。
まだ年若く半人前の彼らはこれから先、どのような極道を往く事になるのか。
今はまだ、誰も知らない。
という訳でジャッジアイズシリーズから海藤さんと東さんでした。
この頃の二人はまだ歳若い駆け出しのチンピラですが、良い関係値は既に築けていたんでしょうね……
次回は桐生編ですが、私事ながらワクチン二回目を接種したばかりで遅れるやもしれません。ご了承ください
それではまた