この章は年内までに完結出来ればいいなぁ
クソヤクザと熱血漢
「……すぐそこじゃねぇか」
若いヤクザ連中を返り討ちにしてセレナの裏路地から出てから、僅か三十秒。
俺は目的の場所であるホストクラブ"スターダスト"の前にたどり着いていた。
(まさかこんなに近くにあるとはな……)
天下一通りにあるという話だけを聞いていたが、かなり立派な店構えをしている。これだけ目立つならわざわざ聞き込み等をする必要も無かった。
(ここに親っさんが……!)
留置所で面会に来てから実に十年振りの再会だ。緊張しない方がおかしい。風間の親っさんは俺に話すべき事が山ほどあると手紙で言っていた。きっと重要な事なのだろう。俺は緊張を解すために襟を正してから、店へと一歩近づいた。
「オイ!お前何してんだ!?」
「あ?」
すると突然、背後から何者かに大声で怒鳴られた。
振り向いた先に居たのは茶髪でスーツを着たガタイのいい男。身につけた装飾品からしてここのホストである事が見て取れる。
「店に何か用があるんですかねぇ……!?」
しかし、類まれなルックスと笑顔で接客するのが仕事のはずのホストとは思えないほどにその顔は憤怒に染まっていた。
無論、俺は何か怒らせるような事をした覚えは無い。
何故なら、この男とは今が初対面だからだ。
「いきなり何だお前?俺はオーナーの一輝に用があるんだ」
「なぁ、アンタ?どこの組の奴だよ、あ?嶋野組だろ?俺らは誰の世話にもならねぇんだよ!」
目の前の男は、どうやら俺をみかじめ料を取りに来たヤクザだと勘違いしているらしい。
確かに服装は当時のままだが、今の俺は組を破門にされて出所したばかりのれっきとしたカタギだ。
ヤクザ呼ばわりされる筋合いはない。
「何か勘違いしてるみてぇだが……俺はヤクザじゃねぇぞ?ただ、一輝って男を探してるだけだ」
「ざけんなよオラァ!!」
怒れるホストが俺の胸ぐらを掴みあげる。
「一目見りゃ分かんだよ!どこをどう見たって極道者だろうが!!テメェ……何を企んでやがる?一輝さんに何しようってんだ!?」
「おいおい……初対面の相手に大声で怒鳴り散らした挙句に、ロクに話も聞かねぇで胸ぐら掴んで因縁付けるとは……随分なご挨拶じゃねぇか?」
堅気であるこの男には悪いが俺は気が長い方じゃない。ここまで礼儀知らずなことをされて黙っていられる程、こっちも大人ではないのだ。
「ぐっ、!?テメェ……!?」
俺は胸ぐらを掴むホストの手首を掴むと、そのまま力任せに握り込む。
みるみる内に胸ぐらを掴むホストの手が緩まっていき、やがて完全に離れるのを確認してから握り込んだ手を離してやる。
「立派な店構えだと思っちゃいたが、どうもキャストの教育は行き届いてねぇみたいだな。一輝って野郎も大した男じゃねぇらしい」
「テメェ……もういっぺん言ってみろゴラァ!!今、一輝さんの事を馬鹿にしやがったか!?あァ!!?」
「お前の態度が悪いせいだぜ?下のやつの粗相のせいで上の人間が恥をかくのは、カタギもヤクザも一緒だろうが」
カタギの世界において部下の失態は上司の監督不行届が原因であるとされるのと同じように、ヤクザの世界でも子分の失態は親の教育の甘さにあると見なされる。
風間の親っさんも、俺のせいで小指を失ってしまった。
ヤクザにとって小指を失うのは罪を償うケジメの証。
それはつまり、自分が失敗をしたという証明でもあるのだ。
ましてやそれが自分の子分の失態で取ったケジメなら、見方によっては立派な恥に他ならない。
それは、カタギの世界じゃ尚更のはずだ。
「テメェ、やっぱりヤクザなんじゃねぇか!!ナメんなよコラァ!!ヤクザって言ゃあなんでも片がつくと思ってんじゃねぇぞ!!この街にはな、ヤクザなんかの言いなりにならないで自分達の力で一生懸命生きてるヤツらも居るんだよ!少なくとも、一輝さんはそうやってのし上がったんだ!お前みたいなクソヤクザに、一輝さんをバカにする資格なんかねぇんだよ!!」
それを伝えたはずだったのだが、ホストの怒りは一向に沈静化しない。
ここまで来ると、よくも怒りが続くものだと感心する程だ。
「だから俺はヤクザじゃねぇって……ったく、ホントに人の話聞かねぇ奴だな」
「うるせぇ!俺はこの店、命懸けで守るんだ!!」
「そうかよ……だったら仕方ねぇ。少し頭冷やしてもらうぜ」
ここまで頭に血が上ったらもう話し合いでは済まない。
彼には申し訳ないが、少しだけ痛い目に遭ってもらう必要があるようだ。
「オラァ!!」
かかってきたホストによって力任せに振るわれた豪快な右フック。
大振りで単調だったので苦もなく躱す事が出来たが、その一撃からは風を切る音が聞こえてきた。
(ガタイが良いからか?一発のパワーがすげぇな、当たればヤバいかも知れねぇ)
「でりゃァ!!」
続く二発目も難なく躱す。
その後の三発目と四発目も同様に回避し、大振りなだけのパンチが虚しく空を切る。
「ちょこまか逃げんなよ腰抜けが!それでもヤクザかコラァ!!」
「だから、ヤクザじゃねぇって……言ってんだろうがッッ!!」
そしてホストが振りかぶった五発目の右フックに合わせ、俺は右の拳でカウンター気味のボディブローを叩き込んだ。
「がはっ!?」
まともに喰らったホストがその場で悶絶し蹲る。
カウンター気味に入る一撃というのは言わば交通事故のようなもので相手の出す力によって破壊力が増す。
彼自身のパワーや体重などパンチに乗せた勢いが強ければ強いほど、その威力は上昇するのだ。
「どうだ?これでちっとは頭冷えたかよ?」
「ふ、ふざけやがって……!!」
しかし、ホストはものの数秒で立ち上がる。
ガタイも良い上にかなり頑丈なようだ。
「ふっ、はっ、でぇりゃァ!!」
俺はホストが戦線復帰するよりも早く、その腹部に三発もの追撃を叩き込んだ。
右拳のストマックブロー。左拳のレバーブロー。
そして鳩尾狙いの右膝蹴りだ。
「ぁが……は……ッッ!!?」
完全に崩れ落ちるホスト。
無理もない。胃と肝臓に加えて最後に鳩尾を打ち抜かれているのだ。
呼吸困難と激痛が同時に襲っているのだろう。
「はァァ!!」
俺は地面に倒れてもがき苦しむホストの顔めがけて右拳を振り上げる。
そして、彼にも分かるように目の前で寸止めしてみせた。
「……顔は殴らねぇでおいてやるよ。お前らの大事な商売道具だもんな」
「て……め、ぇ……!!」
「ユウヤ!」
俺とホストとの決着が付いた途端、一人の男が現れる。
白いスーツに整った顔立ち。俺が相手していたホストとよりも線は細いが、本来その方がホストとしては相応しい。
「何やってんだお前!?」
「す、すんません一輝さん!このヤクザが……!」
ガタイの良い方は名前をユウヤと言うらしい。
そして、もう一人の白いスーツの男が俺の探していた男らしかった。
「……」
「……」
白いスーツの男と目が合う。
自分の後輩が痛めつけられてもなおその目には敵意は感じられない。俺が誰かを見定めているのだろう。
「……堂島の錦山さんですか?」
「あぁ……アンタが一輝だな?やっと会えたぜ」
一輝の理性的な振る舞いに俺は安堵した。
どうやら一輝はこのユウヤというホストと違い、話が分かる男らしい。
「失礼しました。風間さんから話は伺っています。どうぞ中へ……」
そう言われて俺はようやく身体の緊張を解く。
先程と言い今回と言い、今日は揉め事ばかりに巻き込まれてばかりだ。
(ホント、退屈しねぇよな。この街は)
神室町という街が改めてどんな所なのか見せ付けられた所で、俺はスターダストの中へ足を踏み入れる。
そこで俺は、驚愕の真実を聞かされる事になるのだ……。
神室町の天下一通りにあるホストクラブ"スターダスト"。
星屑のように煌びやかな男達が来店した女性に夢のようなひと時を約束する神室町でも指折りのホストクラブだ。一輝オーナーの敏腕経営によって、数年前にオープンしてからあっという間に神室町のホスト情勢を塗り替えたという逸話がある。
そんなホストクラブの店内が一望できるVIPルームに錦山は通されていた。
「スイマセンでした!俺、てっきり……!!」
ユウヤが直角に頭を下げる。
錦山をヤクザと勘違いして、大事な客人であるにも関わず襲いかかってしまったからだ。
「いや、俺のミスだ……本当に、なんとお詫びすれば良いか」
オーナーの一輝も頭を下げる。
部下の失態を受け止め、キッチリと詫びを入れる。
先程までよく思わなかった錦山だったが、ユウヤに悪気が無いのは十分伝わっていた。
「気にしないでくれ。ユウヤっつったか?こっちこそ、オーナーを悪く言っちまって悪かったな。俺、お前みたいな熱い奴は嫌いじゃねぇよ。ただ、次からもうちょっと人の話聞かねぇとな?オーナーの顔に泥塗らねぇ為にもよ」
「錦山さん……はい、肝に銘じます!」
「おう。それより一輝さんよ。アンタ……風間の親っさんとはどういう関係なんだ?」
「はい……ユウヤ、少し外してくれるか?」
ユウヤが言われた通りに席を外し、VIPルームには錦山と一輝の二人だけになる。
どうやら彼は込み入った話をするつもりらしい。
「風間さんは、俺がこの店を開いた時からお世話になってる人です。みかじめ料も取らず、商売のイロハも分からなかった俺に色々と教えてくれたんです。」
「そっか……親っさんらしいな」
「えぇ、本当に頭が上がりません」
風間組という組織は今どきの極道にしては珍しく、義理と人情に重きを置いた穏健派の組織だ。
シマの店からのみかじめは一切取らず、揉め事があったら一番に駆け付ける。そんな庶民に寄り添った運営を続けているお陰で、街の住民からも評価が高い。
こうした堅気の商売のタニマチ(無償でのスポンサー。支援)を買って出るのも、錦山がよく知る昔からの方針の一つだった。
「そんな風間さんが先日店にいらっしゃったんです。大事な人を迎えたいからこの店を使わせて欲しいと。何か組の方には秘密ということで」
「そうだったのか……」
結果、こうして風間を慕う堅気の人間が有事の際に力を貸してくれるのだ。情けは人の為ならずとは、よく言ったものである。
「それで、親っさんは?」
「先程連絡をしたんですが、例の"会長"の件で身動きが取れないと……」
「会長の件?何かあったのか?」
そこで錦山は、驚愕の真実を知る事になる。
「えぇ……東城会の三代目 世良会長が……殺されたんです」
「何……!?」
東城会三代目会長、世良勝。
今から十七年前に起きた"カラの一坪"の一件で一気に本家若頭に登り詰め、その後は三代目会長として長期に渡る支配体制を敷いてきた凄腕の極道だった。
錦山にとっては、風間のケジメを伴った直談判によって彼の処分を破門に押しとどめた人物でもあり、同時に刑務所の中に刺客を放った張本人でもある。
「昨日の深夜の事です。詳しくは分からないんですが、ニュースでもさっき……」
「一体、何が起きてるって言うんだ……?」
「分かりません……ですが、堂島組長が亡くなって10年。今じゃ同じ東城会の組同士が、水面下で街の利権食い争ってるんです。」
錦山は酷く納得した。
利権の食い争いという事はみかじめ料の取り合い。
ヤクザに対して過剰な反応を示していたユウヤの先程の態度にも説明が付く。しかし同時に新たな疑問も湧いて出た。
「だが、堂島組は風間の親っさんが引き継いだんだろう?あそこは一大組織だ。そこのトップに座った風間の親っさんが睨み効かせてるんなら他の組もそんな真似出来ないはずだが……」
堂島組と言えば、かつては東城会ごと下に収めるのではないかと言われていた一強時代が存在していた程の一大勢力だ。
その時代と比べれば弱体化したものの、豊富な傘下を従えた大組織である事には変わらない。
「えぇ。一部離反する者こそ現れてはいましたが、錦山さんの仰る通り堂島組を引き継いだ"風間組"は一時期大きな力を持ってました。ですが数年前、内部から組を割って組織を独立させた人が居たんです。そのせいで風間組の勢力は弱体化して、このような結果に……」
「なんだと……?何処のどいつがそんなふざけた真似を……!!」
風間組の世話になっておきながら恩を仇で返すような真似をしたその人物に怒りを隠せない錦山。
だが彼は同時に困惑もしていた。次々と明かされていく自分の居ない十年の間に起きた出来事が現実に起きている事が信じられない。
こんな事態になどなる訳が無い。
何故なら、こんな状況を看過する筈がない男を錦山は知っているからだ。
「桐生は?桐生はどこで何してるんだ!?こんな状態の神室町をほったらかして、アイツがどこかに行くはずがねぇ!」
堂島の龍、桐生一馬。
風間組の下で組織を旗揚げしたはずの、錦山の兄弟分。
義理と人情に厚く、スジの通らないことを容認しないあの男がこの事態を指をくわえて見ているというのは考えられない。
「なぁ一輝、教えてくれ!桐生の奴はどこで何してるんだ!?」
「それは……っ!?」
一輝が答えを言いかけた時、二人のいる下の空間からガラスが割れる音が聞こえた。
「おい、オーナー出さんかい!」
錦山が下を覗き見ると、そこにはスーツ姿の男達がユウヤに因縁を付けていた。
人数は六人。全員の胸元に光る代紋が、彼らがカタギでない事を証明していた。
「何だアイツら?」
「嶋野組の連中です。みかじめ目的の嫌がらせです。すみません錦山さん。すぐに戻りますので、ここでお待ちを」
一輝はそう言うと階段を降りてユウヤ達の所へと向かう。
「なんや、ようやくオーナーさんのお出ましかい」
「嶋野さんの所の方ですよね?」
「まぁねぇ……」
周囲のホストや客が凍り付く中、決して臆せず毅然とした態度でヤクザと向かい合う一輝。
ナメられたら最後、骨の髄までみかじめを搾り取られてしまうからだ。
「ウチらちょーっと飲ませて貰おうと思ってただけやねんけど……そこの兄ちゃんが"帰れ〜!"なんか言うもんやから」
そう言ってヤクザはユウヤを指差す。
おそらくユウヤが先程の錦山の時のように喧嘩を吹っかけたのだろう。
「テメェら……"みかじめ"せびりに来たんだろう!?」
「いいやぁ?今日は飲みに来ただけやから」
「ウソだ!!」
「……酒 飲ませろって言うとるだけやろがっ!!」
ヤクザの本気の脅しに対しても決して怯まずに真っ向から睨み返すユウヤ。
強靭な胆力と店を守ろうとする熱い正義感が為せる行動だった。
「……すみません、大事な客人が来ているんです」
一輝は一触即発の状態の中でも顔色ひとつ変えずに常に冷静だった。そして懐から一枚の封筒を取り出すと、掲げるようにヤクザに見せつける。もしもの為の詫び代として懐に忍ばせていた金だった。
「今日の所は、これで」
「……参ったなぁ、ホンマそんなつもりやなかったんやけどねぇ」
そう言いつつもヤクザは目元に下卑た喜びを隠しきれずにいる。一度でも妥協を許せば、そこを突破口に延々と金を搾り取れる。そんな薄汚い魂胆が見え透いていた。
「一輝さん……何やってんスか!?俺ぁやっぱり納得出来ません!こんなクソみたいな連中に金払うなんて!」
「ユウヤ!」
その瞬間、ヤクザの纏う雰囲気が明らかに変わる。
今の言葉はヤクザにとって完全に聞き捨てならないものだった。
「クソやと?おいコラガキ……今ワシらの事"クソ"言うたんか!?」
「言葉が足らなかったぜ……クソ以下だ!!」
啖呵をきったユウヤの背後に別のヤクザが迫る。
その手には、逆手に持たれて鈍器と化した酒瓶があった。
「ナメんなクソガキ!」
「ユウヤ!」
酒瓶を振り上げたヤクザの怒号と一輝の叫びが重なり合う。
ユウヤの頭に酒瓶が振り下ろされる。
その直前。
「オラァ!!」
いつの間にか一階に降りてきていた錦山の拳が、真横からヤクザの顔面をぶち抜いた。
店の床に崩れ落ちたヤクザはそのまま動かなくなる。
「よく言ったユウヤ。やっぱり俺ぁ、お前の事嫌いになれねぇよ」
「何者やお前……?」
ヤクザの問いかけを無視し、錦山は一輝に語りかけた。
「一輝。ユウヤの言う通りだ。こんなクソヤクザに金を払う事はねぇよ!」
「……はい!」
ここまで来てしまえばもう後には退けない。
覚悟を決めた一輝もまた、懐に封筒をしまい込んだ。
「ふざけとんのかお前ら……オイ、店ごとぶっ潰せぇ!!」
「「「「へい!!」」」」
臨戦態勢に入ったヤクザ達が懐から続々と得物を取り出す。
完全に錦山達を潰すつもりだった
「さぁユウヤ、一輝!俺と一緒にクソ掃除と行こうぜ!!」
「うっす!!」
「もう……どうなっても知りませんよ!!」
錦山達もまた、各々の構えを取る。
今ここに、三人のカタギと現役ヤクザ達による闘いの幕が切って落とされた。
スターダスト組、初登場です
結構シリーズ通して重要な役回りの人達ですが、この世界線ではどうなるのか
次回もお楽しみに