世間はクリスマス一色ですので、男くさいクリスマスプレゼントをどうぞ。
「死ねやボケが!」
最初の一手は、先頭のヤクザの右ストレートだった。
ユウヤに因縁を付けていた事から、この男が一番の兄貴分であると錦山はアタリを付ける。
(だったらまずはコイツからだ!)
群衆のボスが殺られればその群れは戦意を失い瓦解する。野生動物でさえそうなのだから、人間もその例に漏れない。
そう踏んだ錦山は襲い来る右ストレートをいなし、そのまま受け流すように回転を加えるとヤクザの顔面に裏拳をぶち当てた。
「ぶぎゃっ!?」
「まだだァ!」
その一撃で鼻が潰れたヤクザがたたらを踏んだ所で、錦山は更にボディに膝蹴りを突き刺すように叩き込む。肝臓の上を叩いたその一撃にヤクザは悶絶しながら床に崩れ落ちた。
「うぎゃ、ぁ……ッ!」
「オラッ、でぇりゃ、はァッ!!」
地獄の苦しみで動けないヤクザの顔面に、錦山はさらに追い討ちでパンチの連打を叩き込む。
先手必勝。それが、刑務所においてやるかやられるかの地獄の十年を過ごした錦山がたどり着いた喧嘩における極意である。
「待っ……!?」
「おぅらァ!!」
投降を示す相手でも容赦はしない。
錦山は相手の制止を無視すると、トドメのサッカーボールキックでヤクザの顔面を思い切り蹴りあげた。
それにより、先頭のヤクザは完全に沈黙した。
「おのれよくも兄貴を!!」
「ぶち殺したるわクソボケ!!」
「死んで詫びんかいコラァ!!」
しかし、錦山の思惑とは裏腹にリーダー格を仕留められた他のヤクザが仇討ちの為に士気を向上させてしまう。
(末端の構成員とはいえ、流石は嶋野組。なかなか良い教育してやがる……!)
東城会の直系組織の中に置いても特に武闘派として名高いのが"嶋野太"が率いる嶋野組である。
そんじょそこらの群れと一緒にした錦山の想定が甘かったのだ。
「くたばれや!!」
怒り狂った二人目のヤクザがドスを持ち、錦山に特攻をしかける。
「くたばんのはテメェだクソヤクザ!!」
しかし横合いからユウヤがドスを持ったヤクザの手を掴み、持ち前の剛腕で顔面に全力のフックを叩き込んだ。
「ぶぎゃァっ!?」
軽く三メートル以上吹き飛ばされたヤクザは、そのまま床に転げ落ちると動かなくなった。
「助かったぜユウヤ。っ!ユウヤ、後ろだ!」
「なにィ!?」
礼を言いながらユウヤの方を向いた錦山は、彼の背後で拳を振り上げる三人目のヤクザの姿を見て思わず叫ぶ。
「でりゃ!」
「オラァ!」
それに気付いたユウヤが振り返りざまにボディブローを繰り出した。
ヤクザの振り抜いた顔面狙いのパンチが空を切り、ユウヤのボディブローだけが綺麗に決まる。
「ぐぼぉっ!?」
「うぉらァ!!」
怯んだヤクザの頭に目掛け錦山は左足のハイキックを振り抜いた。
頭を蹴り抜かれたヤクザが床に転倒し戦線を離脱する。
「ボケがァ!!」
そこに、メリケンサックを握りこんだ四人目のヤクザがすかさず錦山にストレートを繰り出した。ボクシングをかじっていたのか、キレのある一撃が錦山を襲う。
「ふん、オラァ!」
だが、久瀬大作という元プロボクサーの兄貴分に殴り勝った錦山にしてみればこの程度の攻撃など大したことは無い。
その一撃をいとも容易く躱し、アッパーとストレートを難なく返す。
「うぐぁっ!?」
「せいやァ!!」
戦意を喪失し立っているのがやっとの四人目に錦山はトドメの鉄槌を振り下ろした。
鼻が完全に潰れたヤクザが白目を向いて気絶する。
「よし、一輝の方は大丈夫か!?」
残るヤクザは二人。
一輝の加勢に向かおうとした錦山とユウヤだったが、そこにはハンカチで拳を拭う一輝と彼の足元に転がるヤクザの姿があった。
「ご心配なく。こちらはもう済みました」
「流石一輝さん……惚れぼれするッス!」
「本職の極道相手にやるじゃねぇか。ナンバーワンホストは格が違うな」
互いを称え合う三人のカタギ達。
この喧嘩は、錦山達の勝利だった。
「やめてくださいよ。錦山さんこそ、とてもお強いですね」
「フッ……まぁな」
勝利の余韻に浸る三人達だったが、そこへ乾いた破裂音が鳴り響く。銃声だった。
「「「!!?」」」
一斉に音の発生源に振り向くと、そこには錦山が倒した筈のヤクザが立っていた。
そして、その手には一丁の拳銃が握られている。
「思い出した……アンタ、堂島の親父殺してムショに行った錦山やろ」
「……しぶとい野郎だぜ」
先程までの状況から一転、この場における力関係が拳銃を持ったヤクザに傾く。
「くっくっく……こりゃ嶋野の親父に最高の"土産"が出来たわ!!」
「ちっ……!」
銃口を向けられ、全身に緊張が走る錦山。
こうなってしまえばもう逃げ場は無い。
錦山はせめてユウヤ達を巻き込むまいと動こうとするが、どう足掻いても引き金を引く方が早い。
「死ねや!」
そして引き金は引かれた。
乾いた銃声が一発だけ響き渡る。
しかし、弾丸は錦山の身体を貫いていなかった。
「うぎゃあああああああ!?」
「なに!?」
先程まで力関係のトップにいた筈のヤクザが、拳銃を取り落として蹲っている。
その右手には真っ赤な風穴が開いていた。
つまり、横合いからヤクザの手を撃ち抜いた何者かがいるという事だった。
「誰だ……!?」
錦山が横合いに視線を向けると、一人の男が立っていた。白いスーツ姿の髪をショートリーゼントに纏めたその男の手には拳銃が握られている。ヤクザの手を狙撃したのは間違いなくこの男だろう。そしてその男は、錦山もよく知る人物だった。
「し、新藤のカシラ……!」
「新藤だと……!?」
東城会直系任侠堂島一家 若頭。新藤浩二。
錦山にとっては十年前、最後にケツ持ちのシノギをこなして以来会っていなかった弟分だった。
その顔からは若さが消え、極道としての凄みが滲み出ている。
「何やってんだテメェ?嶋野組のシマじゃねぇだろ……?」
完全に戦意を失ったヤクザの頭に銃口を突き付ける。
その動作には迷いがなく、必要であれば本気で撃つつもりである事が見て取れる。
「三下がチャカなんざ見せびらかしやがって……はしゃいでんじゃねぇぞ、チンピラ」
「ぐ、っ……」
「部下連れてさっさと消えろ……次はねぇからな?」
警告を受けた嶋野組の連中が、急いで逃げ支度を始める。ものの数秒でその場から立ち去ったヤクザ達を見届けると、一輝がユウヤに指示を出す。
「ユウヤ、今から通常営業だ。お客様への謝罪と店内の清掃をするぞ。」
「はい、一輝さん!」
一輝達が慌ただしく準備を始める。
そんな中、錦山は新藤と目が合った。
新藤は錦山の下に駆け寄り、すぐさま頭を下げた。
「兄貴、お久しぶりです!十年間のお勤め、ご苦労様でした!!」
「あぁ……久しぶりだな。新藤。お陰で助かったよ」
「いえ、自分は当然の事をしたまでです。……準備が出来るまで、上で待っていましょう」
「おう、お互い積もる話もあるだろうからな」
そう言って階段を上がる錦山と新藤。
十年来の弟分との再会に、錦山の胸には熱いものが込み上げていた。
「久瀬って……あの久瀬の兄貴ですか!?」
「あぁ。久瀬拳王会の会長だ。生きた心地がしなかったぜ」
「大変だったんですね……本当に、お疲れ様です。」
嶋野組の連中を退けた数分後、俺は十年ぶりの再会を果たした新藤と積もる話を消化していた。
それによると新藤は、この十年の間に新たに立ち上がった直系団体"任侠堂島一家"の若頭にまで上り詰めていたらしい。本当に浦島太郎になった気分だ。
「すみません錦山さん、お待たせしました」
「おう一輝。コイツと積もる話もあったから、そんなに気にすんなよ。な?」
「はい、兄貴」
「それは良かったです。……それで、さっきの話の続きなんですが」
それを聞いた俺は思い出す。
嶋野組と揉める前、一輝から桐生の事を聞き出そうとしていたのだ。
「内部から風間組を割って組織を独立させたのは……」
「いや、俺が聞きたいのはそれじゃ」
「桐生さんなんです」
「…………は?」
俺は自分の耳を疑った。
一輝の口から発せられた言葉が理解できない。
「今、なんて……?」
「……東城会を裏切り、風間組から組を割って独立させたのは、桐生一馬さん。あの"堂島の龍"なんですよ」
「ふざけんな!!」
気付けば俺は一輝に掴みかかっていた。
いくら風間の親っさんに世話になっている奴とは言え、これ以上のふざけた発言を許す訳にはいかない。
「兄貴、落ち着いてください!」
「テメェ……冗談でも言って良い事と悪い事があんだろうが!!兄弟がそんな真似する訳ねぇだろ!表出るか!?あぁ、コラァ!!?」
「……残念ですが、事実なんです」
「この野郎、まだ言いやがんのか!!」
「落ち着いて下さい!!」
俺は割って入った新藤によって一輝から引き剥がされた。
新藤と一輝の真剣な目は、とても嘘を吐いているようには見えない。俺からしたら、その光景そのものが信じられない。
「……新藤。今の話、マジなのか?」
「……はい、一輝の言う通りです。桐生の叔父貴が率いていた桐生組は直系昇格を目前にしたある日、突然に東城会と風間組からの独立を宣言しました。今、東城会と一触即発の状態になっています」
「なんだよ……それ……」
「噂じゃ東城会内部のある組織と揉めたのが原因だとか……でも、詳しいことは今もなお分かっていません」
全身から力が抜けていくのを感じる。
受け入れ難い現実に、俺は頭がどうにかなりそうだった。
(だって……あの桐生だぞ?馬鹿みたいに義理堅くて、どこまでも真っ直ぐなアイツが東城会を……ましてや風間の親っさんを裏切った?有り得ねぇ、絶対に何かの間違いだ!!)
俺は桐生一馬という男をよく知っている。
だからこそそれは有り得ない。あってはならない事だった。もしそれが現実なのだとすれば、俺は桐生一馬という人間を根本から勘違いしていた事になる。
それだけは認める訳にはいかない。
「新藤……親っさんは、俺に話があると言ってたんだ」
「話、ですか?」
「あぁ、こいつを見てくれ」
俺は懐から封筒を取り出した。
風間の親っさんからの手紙が入った封筒だった。
「俺が出所する直前、風間の親っさんから送られて来たものだ。そこにはスターダスト……つまり、ここに来てくれって言う指示が書かれていた。親っさんは多分、ここで俺にそれを打ち明けるつもりだったんだと思う」
「そうだったんですか……」
「俺はまだこの話を認めちゃいねぇ。この件は俺が直接親っさんに確認を取る。すぐにでも会えないか?」
この件は確かめなくちゃならない。
人がなんと言おうが、自分の目で見て自分の耳で聞かなくちゃならない。それまで俺は、絶対に信じる訳にも認める訳にもいかないのだ。
「……明日は本部で三代目の葬儀があります。親っさんもその場を離れる事は出来ません。それに"100億の件"もあって……」
「100億?一体何の話だ?」
ここに来て更に俺の知らない話が飛び出して来る。
「東城会の金庫から100億、抜かれていたそうなんです。緊急幹部会でその話が出た直後に、三代目が殺されました」
「クソっ!もう、何が何だか分かりゃしねぇ……!」
俺は思わず頭を抱えた。
東城会を裏切った桐生。殺された世良会長。そして姿を消した組の金、百億円。
色々な事で頭がこんがらがってしまい、冷静に考える事など出来はしない。
そして。
「……親っさん、明日は葬儀場に居るんだな?」
俺は考えるのをやめた。
いずれにせよ、親っさんは俺に話があると言っていた。
おそらく今回の件のいくつかに関わっているのは間違いないだろう。だったらまずは、風間の親っさんに話を聞くのが先決だ。
「まさか、行く気ですか?でももしまた嶋野組の連中に見つかったら……!」
「それに、兄貴を狙ってるのは嶋野組の奴らだけじゃありません。今の俺がいる"任侠堂島一家"って組織は元々、兄貴に堂島の親父を殺された恨みを持った元堂島組の連中が徒党を組んで出来た組織なんです。もし見つかりでもしたら若頭の俺の命令でも奴らは止められません。完全に八方塞がりですよ……!?」
二人が真剣な顔で俺を止めようとしてくる。
きっと俺の身を案じての事なのだろう。
「んな事ぁ分かってる。ここに来る前も元堂島組の息のかかったヤクザ達とやりあったばかりだ。それに……」
「それに……?」
「……俺はあの"堂島の龍"の兄弟分だ。この程度の修羅場も潜れねぇようじゃ、俺は兄弟の隣には立てやしねぇ!」
だが、ここで退く訳にはいかない。
もしここで退いてしまえば、俺の十年間は無駄なものになる。無茶でもなんでも、己の信じた道をバカ正直に突き進む。それが桐生一馬の極道であり、その先を目指す俺の極道でもあるのだ。
「……止めても、無駄ですね」
「あぁ、今の俺を止めたきゃ殺すしかねぇぞ……?」
「フッ……負けましたよ。兄貴。まるで昔の桐生さんを見ているみたいだ」
「昔のは余計だ。俺はアイツの心変わりを認めた訳じゃねぇ。……だが、褒め言葉として受け取っとくぜ」
観念したように笑う新藤を見て俺は安心する。
もし止めに来るのであれば俺は新藤を殴らなきゃいけなかったからだ。十年ぶりに再会した弟分にそんな事はしたくない。
「分かりました。俺は事務所に戻って本部の見取り図を持ってきます。俺が戻ったら、ここで作戦会議をしましょう」
「あぁ」
「一輝。お前は兄貴のスーツを一着見繕ってくれ。極道の葬儀に出ても恥ずかしくない、立派な奴をな」
「……分かりました。錦山さん、採寸をしますのでこちらへ」
「おう、頼んだぜ」
話がまとまり、新藤と一輝のが協力のために動いてくれる。二人には悪いがここだけは譲る訳にはいかないのだ。
「それでは錦山さん、両手を広げてください」
「あぁ……これでいいか?」
「はい。では失礼します」
バックヤードに通された俺が一輝の指示に従って両手を広げると、一輝は慣れた手付きでメジャーを当てて俺の身体を採寸していく。
「それにしても錦山さん、お話で聞いていたよりも良い体つきをしていらっしゃいますね……」
「まぁ、ムショで鍛えてたからな」
久瀬の兄貴との一件があって以降、俺にムショで因縁を付けて来る者は居なくなった。俺はそれからの九年間、桐生に追いつく事だけを考えてひたすら自分を鍛え続けたのだ。
「ただ鍛えているだけじゃこうはなりません。ヤクザの方々は身体を大きく見せる為に無駄な筋肉や脂肪を付けがちなのですが、錦山さんの身体には無駄な筋肉が一つもない」
「ほぉ……そんなもん採寸してるだけで分かるもんなのか?」
「えぇ。それはどの部位にどんな風に筋肉が付いているかで判断出来ます。錦山さんのそれは徹底的に無駄な部分を省かれる事によって均整のとれた、それでいてアスリートのようなしなやかで強靭な身体だ。」
「そ、そうか?何だか小っ恥ずかしいな……」
冷静に語る一輝の言葉から嘘は感じられない。という事は、お世辞という訳でも無いのだろう。シャバに出るまでの十年間で長らく人に褒められていなかった俺は、一輝のストレートな賞賛にむず痒さを感じていた。
「それにその整った顔立ち……ヤクザなんてやっていたのが不思議なくらいです。錦山さんだったらきっと、うちの店でナンバーワン目指せますよ」
「おいおい冗談はよしてくれよ。俺ぁ今年で37だぜ?こんなオッサンの出る幕なんかねぇよ」
「そんな事はありませんよ?今どきの女の子は年上のカッコいい男性に憧れる傾向が多いですし、何より俺は冗談があまり好きじゃありません。どうです?このゴタゴタが片付いたら検討だけでもしてみませんか?」
「……まぁ、考えておくよ」
その後、服の採寸を終えた俺はバックヤードから店に戻る。
一輝の褒め殺しと共に始まったあの時間が出所してから今まで一番キツかった時間かもしれない。
「兄貴。お待ちしていました。」
「おう」
俺が戻った二階の席には新藤がいた。どうやら事務所から戻っていたらしい。大きめの地図らしきものがテーブルに広げられている所を見ると、アレが東城会本部の見取り図だろう。
「兄貴、準備は宜しいですか?」
「あぁ、始めてくれ」
進藤が見取り図と共にどのようにすれば目立たず潜入出来るかを話し始める。俺はそれを一言一句逃さぬよう集中して聞き取るのだった。
今度こそ親っさんに会うために。
次回はいよいよ葬儀に突入です
お楽しみに