錦、誕生日おめでとう!
本編はもちろん「原作時空」で考えても成立するさくひんになりましたので、ぜひ読んでってください
1994年10月8日。
東堂ビルで起きた堂島組長殺害事件の約一年前。
堂島組若衆である錦山彰は、大きめの鞄を片手にとある場所へと向かっていた。
(そろそろ着くはずだが……どの辺にあるんだ?)
今、彼がいるのはピンク通りと呼ばれる神室町の一角。
主にヘルスやソープ等といった風俗の店舗が軒を連ねる一角だ。
普段から贔屓にしているキャッチや風俗嬢に挨拶をしながら歩を進め、ついに錦山はたどり着いた。
(あった……荒川組事務所)
東城会系荒川組。
業界内で俗に"枝"と呼ばれる三次団体の小さな組。
錦山の所属している堂島組は東城会の直系組織であり、そこの若衆である錦山は極道の世界における"格"がこの荒川組よりも上という事になる。
しかし、だからといって錦山は決して荒川組を侮ることはしていない。
むしろ、緊張のあまり生唾を飲み込んだ程だ。
(ここが……あの"殺しの荒川組"か……!)
東城会でのし上がるべく日々 色々な所から情報を収集している錦山は聞いたことがあったのだ。
"荒川組は末端の組だが、その目立ちにくい立場を利用して本家から殺しの依頼を受けている危険な組織"であると。
(あぁ、おっかねぇ。さっさと済ませちまおう)
背筋に冷たいモノが走った錦山は、さっさと仕事を終わらせようと荒川組の事務所へと近づいた。
「ん……?」
組の事務所の入口付近に人が立っているのを見た錦山は、思わずそんな声を上げた。
と言っても、ヤクザの事務所の入口前に人が立っている事自体は珍しくない。
現に錦山も数年前までは門番として組の事務所前に立たされていたのだから。
(あれ、どう見てもガキだよな……?)
しかしそこに立っているのがヤクザ然とした風貌の男ではなく、まだあどけなさが残る歳若い少年であれば不思議に思うのも無理は無い。
(年頃は……15、6って所か?なんだってこんな所に……?)
スカジャンにジーパン姿のその少年は背筋を伸ばして両手を後ろに回し、事務所の前で静かに立っていた。
まるで組長の帰りを待つ若衆のように。
(まさか、あの歳でヤクザに?いや、俺も似たようなもんだが……)
かつて錦山は、中学卒業と同時に兄弟分である桐生一馬と共に極道になる道を選んだ。
故に自分たち以外にそういう存在がいても不思議な事ではないのだが、実際に目の当たりにするとは思ってもみなかった錦山は思わず面食らっていた。
(とりあえず、声かけてみるか……)
組の関係者であれば用事があると言って通してもらい、違ければ立ち去るように促せばいい。
そう決めた錦山は事務所の前まで向かうと、門の前の少年に話しかけた。
「なぁお前、ちょっといいか?」
「あ?何の用だ……って……!!?」
ガンを飛ばして錦山を睨み付けようとした少年だが、その直後にその顔は一気に青ざめる。
「し、失礼致しました!!」
「は……?」
途端に直角に頭を下げる少年に困惑する錦山だったが、彼はすぐにその原因に思い当たった。
(あぁ、代紋を見たのか……)
錦山の着ているワインレッドのジャケットの胸元にあるのは、堂島組の代紋。
神室町を生きる者達でその名前を知らない者は一人として存在しないと言われる程の影響力を持つ堂島組の構成員である事を証明するその代紋を一目見れば、たとえヤクザでなかったとしても畏怖の念を抱くのは当然の事と言えた。
(とりあえず、話を聞いてみよう)
己の仕事を全うするべく、錦山は少年に質問を投げかける。
「お前、ここの組の関係者か?」
「いえ、違います!」
「は?ならなんでこんな所に突っ立ってんだ?」
「自分、荒川の組長さんに命を救われまして……それから毎日、あの人に盃のお願いをするべく、ここで立って帰りを待たせて貰ってる次第です!!」
頭を下げたままはっきりとした声でそう話す少年の言葉に、錦山は思わず共感していた。
(恩義のある親分の為に、か……なるほどな)
ふと、錦山の脳裏を過ぎる記憶があった。
それは今から10年前。桐生と共に育ての親である風間新太郎に極道になりたいと嘆願した時の事だ。
それを聞いた風間は烈火の如く怒り、二人を全力で殴り付けた。
汚らしく闇が深い日本の裏社会に、我が子同然に育てて来た二人を関わらせまいとした愛のある拳。
しかし、それでも二人は引かなかった。
親を亡くして孤児となった自分達を拾って育ててくれた風間に、何としても恩を返すと聞いて無理を押し通したのだ。
(だが、今なら親っさんの言ってた事が分かる。ヤクザになんか、進んでなるもんじゃねぇ)
数年前に起きた"カラの一坪"を経て極道の怖さや裏社会の残酷さを見せ付けられた錦山は、このままでは目の前の少年が、いつか自分のように凄惨な現実に直面する事を憂いた。
「そうか…………少年」
「はい!」
「悪ぃ事は言わねぇ。ヤクザなんかやめとけ」
お節介なのを承知の上で、錦山は少年を説得しようと試みた。
「な……なんでですか!?」
思わず顔を上げた少年の顔は困惑と驚きで埋め尽くされていた。
まるで、それ以外の事など考えられないと言わんばかりに。
それを見た錦山は真摯に警告を行った。
「ヤクザってのは過酷な世界だ。いつどこで死ぬか分からねぇ。それに……死に方や死に様すら選べない事だってある」
「し、死に方や死に様……?」
「あぁ。生きたままバラバラにされるような拷問の果てに、死体は人間と呼べない程の有様にされて山に捨てられる。そんな事だってあるんだ」
「────!!」
それを聞いた少年が目を見開く。
まだ10代の少年に聞かせるにはあまりにも惨たらしい話だが、それでも錦山は語った。
"お前が足を踏み入れようとしているのは、そういう世界なんだ"と警鐘を鳴らす為に。
「荒川の組長さんにどうやって助けられたかは知らねぇが……あの人だって、お前にそんな死に方して欲しくて助けた訳じゃねぇ筈だ。そうだろ?」
「…………」
「もしも荒川の組長さんに恩義を感じてるってんなら、真っ当な堅気として懸命に働いて出世しろ。そんでいつか会社の社長にでもなって多くの人間を幸せにしてやりゃいい。それが何よりの恩返しになる筈だ」
表社会で一生懸命働いている堅気がいてこそ、裏社会の男達は生きていける。
それを知っている錦山からの言葉を受けた少年は、僅かに顔を俯かせた。
錦山の言っている事に嘘偽りが無いことが、持ち前の直感で理解出来たからだ。
しかし。
「ほら、分かったらもう帰れ。今ならまだ────」
「……嫌です」
それでも、なお。
少年の決意と覚悟は揺るがなかった。
「俺には両親も居なけりゃ真っ当な仕事をしてる知り合いも居ません。育ててくれた養父は去年死んじまったし、行く宛てなんざ何処にも無いんです」
「お前……」
「それに俺は、本当に殺されそうだった所を荒川の組長に助けられました。一度拾って貰ったこの命。それをあの人の為に使えるってんなら、たとえ俺はどんな最期だろうと……笑って死んでやりますよ」
そう言って真っ直ぐ錦山を見ながら不敵な笑みを浮かべる少年に、錦山はそれ以上何も言えなかった。
錦山の目の前にいる彼は少年である前に、一人の男なのだ。
男がそこまで腹を括ってしまった以上、何を言おうが止まることは無い。
そんな無鉄砲さを持つ男を、錦山は子供の頃から良く知っているからだ。
「そうか……ならもう何も言わねぇ。せいぜい頑張んな」
「はい、ありがとうございます!」
後は荒川組長の判断に任せよう。
そう決めた錦山は話を仕事に戻した。
「それでよ少年。お前ずっとここに立ってんなら組の事も多少は分かるだろ?」
「はい。誰に御用があるんですか?」
「荒川の組長さん、もしくは若頭の沢城さんに会いてぇんだが、事務所に居るか?」
その名を聞いた少年は僅かに顔を顰めた後、すぐに返答をする。
「荒川の組長さんはまだ帰ってません。沢城のカシラは……あっ。」
「ん?」
少年が声を上げたのと、一台の車が事務所の前に停車するのはほぼ同時だった。
助手席から黒服の男が降りて来て、後部座席に回り込むとそのドアを開ける。
「…………。」
中から出てきたのは灰色がかったスーツを着た一人の男。年齢は三十代。
オールバックに纏めた黒髪と鋭い眼光が特徴的なこの男こそ、錦山の探していた人物。
「お疲れ様です!!」
「…………。」
東城会系荒川組若頭。沢城丈。
"殺しの荒川組"のNo.2を務めるこの男は 頭を下げて挨拶する少年を無視すると錦山に声をかけた。
「堂島組の錦山さんですね?お持たせして申し訳ありません。荒川組若頭の沢城です」
「いえ、お気になさらず。改めて、堂島組の錦山です。本日はよろしくお願いします」
そう言って錦山は頭を下げた。
錦山よりは年齢が上の沢城だが、直系組織の堂島組所属という事もあって礼節を弁えた態度で錦山に接して来る。
しかし、それで気を許して無礼を働くほど錦山は愚かでは無い。
何せ今、彼の目の前にいるのは"殺しの荒川組"の若頭なのだから。
「……その手に持っているのが?」
「えぇ。例の"ブツ"です」
錦山が今日ここを訪れた理由。
それは堂島組からの命令で荒川組にある物を渡すためだった。
詳しくは聞かないまま、錦山はそれを届けに来たという訳だ。
「早速、確認及びお受け渡しをしたいのですが……事務所にお邪魔してもよろしいですか?」
「もちろんです。ですが、少しお時間を頂けますか?"掃除"をしなければならないもので」
「掃除……?」
沢城がそう言った次の瞬間。
「ぐぶっ!!?」
頭を下げていた少年の顔面に、沢城が強烈なアッパーを振り抜いた。
「な、っ!?」
突然の事に驚く錦山の前で、文字通り殴り飛ばされた少年が無様に地面を転がる。
そんな少年の元まで歩み寄ると、沢城は仰向けに倒れた少年の胸ぐらを掴み上げた。
「おうコラァ!!テメェみてぇなガキにやる盃はねぇって何度言ったら分かるんだ?あぁ!?」
「ぅ、ぐ……さ、沢城の、カシラ…………」
「気安く呼んでんじゃねぇぞクソガキが!!」
叫ぶが早いか、沢城は少年の顔面に右の拳を叩き込んだ。
手加減などは一切無し。肉を叩いて骨まで軋むほどの打撃音が錦山の耳にも届いた。
「ぐ、ぼぁ……っ、ぅ…………」
「いい機会だ。口で言っても分からねぇなら身体で教えてやらねぇとな……もう二度とここに立てねぇようにしてやるよ!!」
意識も朦朧とし、碌な抵抗も出来ない状態の少年にトドメを刺すべく、沢城は更に拳を振り上げた。
しかし。
「────あ?」
その拳は、沢城の背後から拳を掴んだ錦山の手によって止められた。
「沢城さん、どうかその辺で。そいつ……もう半分意識がトンじまってます。それ以上やったら死にますよ」
「……錦山さん、お言葉ですがこれはウチの組の問題です。手出しは無用に願います」
暗に"邪魔するな"と錦山に告げる沢城。
しかし、ここで退いてこの少年を見殺しにする事は錦山のポリシーが許さなかった。
「申し訳ありませんが、そういう訳には行きませんよ。目の前で堅気の……ましてや十代の少年を殺すなんてこと、同じ代紋を背負った極道として見過ごせません」
「…………」
「それと、先程"ウチの組の問題"と仰ってましたが……このガキ、荒川組とは何の関係も無いんですよね?なら、そんな少年を殴り殺すのはなおさら筋が通らないんじゃないですか?それとも……」
そこで錦山は言葉を切り、沢城の発言の矛盾を突く。
「その少年は"荒川組の預り"って事なんですか?であれば確かに俺が口出しする理由はありません。ただ……その場合だとその少年は立派な組の関係者。準構成員って事になります。それをガキだからって理由で盃もやらず足蹴にした挙句殺したとあっちゃ……本家からの評判も下がっちまいますよ?」
「……………………」
沢城は少年の胸ぐらから手を離して解放すると、己の手首を掴む錦山の手を振り払った。
そして。
「────ハッ、チンピラ風情が。堂島組だからと下手に出てりゃいい気になりやがって」
「!!」
沢城は初めて、錦山に対して明確な殺意を向けた。
その鋭利な殺気は、荒川組が"殺しの荒川組"と呼ばれるようになった所以を体現していた。
「そんなくだらねぇ理屈をゴネて筋を通したつもりか?三下の分際で一丁前に任侠道のご指導とは、笑わせてくれる」
「沢城さん…………」
「ヤクザなんてもんは結局は暴力。強ぇ奴に弱ぇ奴が従う世界だ。俺はな……テメェみたいに筋だの仁義だの綺麗事ばっか並べて碌に喧嘩も出来ねぇような腑抜けた野郎が大嫌いなんだよ」
「────なんだと?」
威圧感と殺気に押され気味だった錦山だが、その発言で火がついた。
彼の中に眠る荒くれ者の血が、売られた喧嘩を買えと騒ぎ立てている。
「……聞き捨てならねぇな。もういっぺん言ってみろ」
「聞こえなかったか?御託ばっか並べるだけの腑抜け野郎って言ったんだよ」
「テメェ……!!」
ヒートアップしていく両者。
数秒後には確実にどちらかの顔面にどちらかの拳が炸裂しているだろう。
もはや開戦は時間の問題。
そう思われた矢先だった。
「止めねぇか、丈。客人相手にみっともねぇ」
殺意を剥き出しにしていた沢城が一瞬でファイティングポーズを解き、声のした方向へ頭を下げる。
「お疲れ様です、親父」
「なっ……!?」
錦山は突如として現れた人物に驚愕した。
何せ彼は沢城の態度が急変するまで、すぐ近くまで来ていたその存在に気付かなかったのだから。
(嘘だろ、いつの間に来てたんだ!?全く気配を感じなかったぞ……!?)
「荒川真澄だ。すまねぇな、錦山さん。ウチのモンが迷惑かけちまってよ」
東城会系荒川組組長。荒川真澄。
"殺しの荒川組"を束ねる親分である。
「い、いえ。自分は大丈夫です。どうかお気になさらず……」
「そうか?寛大なお心遣い、痛み入るぜ。……丈」
「へい」
荒川が悠々と煙草を咥えると、沢城がすかさず火を付ける。
ゆっくりと紫煙を燻らせた後、荒川は沢城に指示を出した。
「丈。そのガキはお前が病院に連れて行け」
「親父……ですが」
「お前が撒いた種だろう?ブツは俺が受け取っとくから、お前は自分のケツ拭いてこい」
「……分かりました」
沢城はそう言って顔を顰めると、意識を失った少年を担いで街へと消えていった。
いくら沢城と言えど、荒川組長の命令には逆らえなかったのだろう。
「さ、立ち話もなんだ。上がってくれ」
「は、はい!失礼します!!」
物静かながらも気さくに声を掛けてくれた荒川の後を、錦山は若干の畏怖と緊張が拭えないままついて行くのだった。
「だぁっはぁー……疲れたぁー…………」
夕方。
どうにか組の言いつけをこなした俺は、公園のベンチに背中を預けて脱力していた。
(荒川組の事務所……二度と行きたかねぇ……)
喧嘩になりかけた沢城の殺気とプレッシャーは未だに思い出すだけで肝が冷えるし、荒川組長は気さくな良い人だったが事務所の雰囲気はどこかピリピリしていて終始落ち着かなかった。
そして何より。俺が持っていった"ブツ"の正体。
(結局ブツはチャカだったしよ…………それも一丁じゃ済まねぇ)
リボルバー式が二丁。オートマチック式が三丁。
それらの弾丸に使う九ミリ口径の弾丸が全部で三十六発。
これから戦争でも始めようかと言わんばかりの品々ばかりだった。
(荒川組長も全部分かってる雰囲気だったし……やっぱりアレ、そういう"仕事用"だよな?)
殺しの荒川組は伊達じゃない。
それを肌で感じていた俺は、やっとの思いでそこから解放された。
しかし、エラく神経を使った反動からかしばらく動けないでいた。
(とにかく疲れた……ちょっと休んだら家に帰ろう)
本当は行きつけの店に顔を出したりする所だが、そんな元気も無い。
とにかく休みたい一心で俺はベンチの背もたれに背中を預け続けた。
するとそこへ、一人の男が近付いてくる。
「お前……こんな所にいたのか」
「あ?」
グレーのスーツにワインレッドのYシャツ。
彫りの深い顔立ちと、ショートリーゼント風の髪型。
如何にもヤクザ然としたその格好の男は、聞き馴染みのある低い声で話しかけてきた。
「探したぜ、錦」
東城会直系堂島組舎弟頭補佐。桐生一馬。
俺がガキの頃から一緒にいる親友にして、渡世の兄弟分。
どうやら俺の事を探していたらしい。
「よう桐生。悪ぃが今俺は疲れてんだ、そっとしといてくれ」
「喧嘩でもしたのか?」
「いや、組からのお使いみたいなもんだ……生きた心地はしなかったけどな」
今思い出すだけでも寒気で鳥肌が立つ。
やはりすぐ帰った方がいいだろうか?
「? よく分からんが、とりあえず来てくれ。セレナでみんなが待ってる」
「あ?セレナで?」
セレナとは天下一通りで店を構えている俺たちの行きつけの店だ。
みんなの都合が着く時はシノギ終わりに大体そこで酒を飲むが、今はなんだかそんな元気も無い。
「いや、せっかくだが遠慮させてくれ」
「何言ってんだお前。いつもは頼まれなくたって来るじゃねぇか」
「うるせぇ。今日はホントに疲れてんだよ、勘弁してくれ」
「良いから来い、俺の奢りだ」
「しつけぇな、良いって言ってるだろ?」
いつになくしつこい桐生に嫌気が差すが、同時に疑問も抱く。
大抵は俺が飲みに誘って桐生がそれに乗るってパターンがほとんどだ。
こうして桐生の方から声を掛けてくるのは非常に珍しい。
「うーむ…………あ」
「あ?」
「いや、実はな……由美がお前に、渡したい物があるって言ってたぞ」
「は?渡したい物?」
「あぁ。俺も詳しくは聞いてないんだが、どうしても今日渡さなきゃ行けないらしい」
正直、桐生の言う事は胡散臭いが由美が関わっているのであれば話は別だ。
もしもこれが俺を誘い出すための嘘だったら後で桐生をぶん殴れば済む話。
「仕方ねぇ……分かったよ」
「よし。行こうぜ、錦」
どこか満足気に頷く桐生。
表情筋がほとんど動かないコイツだが、態度や仕草が素直だから非常にわかりやすい。
(結局流されて来ちまったが……一体なんなんだ?)
困惑するままエレベーターに押し込まれ、二階へとたどり着く。
そしてセレナのドアを開いた瞬間。
「「錦山くん!お誕生日おめでとーっ!!」」
由美と麗奈の声が響き、クラッカーの鳴る音が鼓膜を叩く。
そこで俺は全てを悟った。
「そうか……今日、俺、誕生日だったな…………」
日々のシノギや組の仕事に追われて忘れていたが、今日は10月8日。
俺がこの世に生を受けた日に他ならない。
「え?お前自分の誕生日忘れてたのか?」
「あぁ……何かと忙しくてな……」
「物覚えの悪い俺でも、自分の誕生日くらいは言えるぞ?」
そう言ってよく分からないマウントを取ってくる桐生。
さっきから思ってたがさてはコイツもう酔ってやがるな?
「ささっ、錦山くん!座って座って!」
「そうそう。今日は一馬が奢ってくれるって言うから、朝まで楽しもうよ。ねぇ一馬?」
「あぁ、俺に任せておけ!」
「フッ……分かったよ」
ついさっきまでの疲れが嘘のように吹き飛んだ。
今日はもう仕事やシノギのことは考えなくていい。
今、この場における主役は間違いなく俺なのだから。
「まずは私からね、はい。錦山くんにプレゼント」
そう言って麗奈が取り出したのは、一本のワインボトル。
でも、それはただのワインボトルじゃなかった。
「麗奈、お前これ……!?」
そのボトルのラベルには1964年と書かれている。
麗奈が用意した贈り物は、俺の生まれ年ワイン。
クラブのママらしい粋な贈り物だった。
「今日はこれをみんなで飲んでお祝いしましょ!」
「麗奈……!」
「はいはーい!次は私ね!」
華のような笑顔を浮かべながら手を挙げたのは由美。
由美は用意していた紙袋を手渡してきた。
「はい、錦山くん!お誕生日おめでと!」
「おう!開けていいか?由美」
「もちろん!」
元気よく頷く由美。
彼女から受け取った紙袋を慎重に開けて中身を取り出す。
「こ、これは……!!」
そこにあったのは、純白のジャケット。
最高品質の生地を惜しげも無く使い、プロの手でオーダーメイドされた紛れもない高級品だった。
「ふふ、驚いた?」
「由美、お前これ……どうしたんだ!?」
「実はね、錦山くんが行き着けの仕立て屋さんにお願いして、内緒で作って貰ってたの!私が生地から選んだ自信作だよ?」
ヤクザという裏稼業において見栄を張るのは重要だ。
それが極道にとって欠かせない"箔"となって、やがては"華"となる。
由美の贈り物は、それらを満たす上でも十分過ぎるほどの仕上がりだった。
「由美……ありがとな!明日から早速着ていくぜ!」
「うん!」
惚れた女からの贈り物のジャケット。これを喜ばない男などいる訳がない。
こいつは俺にとって、特別な普段着になるだろう。
「錦!酒の用意が出来たぞ、グラスを持て!」
「おうおう、お前だいぶ出来上がってんな?主役を差し置いてよ」
「桐生ちゃん、錦山くんの誕生日を祝えるのが嬉しいみたいよ?」
「そうそう。それで我慢出来ずに先に飲んじゃったんだって」
いつになくテンションが高い桐生に言われるがままグラスを持ち、乾杯の体制に入る。
ここは俺が音頭を取らせてもらうとしよう。
「なんだか小っ恥ずかしい気もするが……俺の誕生日、祝ってくれてありがとう。今日は朝まで楽しもうぜ!それじゃ……乾杯!」
「「カンパーイ!」」
「乾杯!めでたいなぁ、錦!」
東城会の極道になってからというもの、辛い事や苦しい事ばかりだ。
時折この世界に入ったことを後悔しそうになる日もある。
それでも、俺にはこうして共に誕生日を祝ってくれる仲間がいる。共に騒いでくれる親友がいる。
そして、共に笑ってくれる惚れた女がいる。
それだけで、この厳しい渡世を生きていられる気がした。
(来年もまた、こうしていたいな……)
酒でも回ったのだろうか。
柄にもなくそんな事を想いながら、俺はセレナでのひとときを過ごすのだった。
錦山「そういや桐生。お前は俺に何かくれないのか?」
桐生「フッ、よく聞いてくれたな錦!俺がお前に渡すのは……コレだ!!」
ー ゴーレムタイガー リミテッドエディション ー
「……………………………………おい、これ」
麗奈「あぁ……(桐生ちゃん、ホントにそれ渡すんだって顔)」
由美「ぷっ、くくくっ……!(面白すぎて笑い堪えてる)」
「フッ、驚いて言葉も出ないようだな。ポケサーマシン。ゴーレムタイガーのリミテッドエディションだ。比較的パーツ数が少ない初心者用のマシンでありながら、改造の幅は非常に広く設定されている。しかもリミテッドエディションは全国のおもちゃ屋で売り切れが続出した幻のバージョンなんだ。手に入れるのに苦労したぜ…………」
「………………………………………………」
「さぁ錦!そいつを組み立てて早速明日ポケサースタジアムに行こう!そして俺と一緒に神室町最速を目指────」
「いや、いらねぇし行かねぇよ?」
「──────な、ん……だと……………………?」
後日、一人でしょぼくれながらゴーレムタイガーリミテッドエディションを走らせる"堂島の龍"がポケサースタジアムで目撃され組中で話題になったのだが、それは別のお話。
Happy birthday!!錦山彰!!!!