横浜といえば、あの男ですよね。
登場します。ご期待ください
神奈川県横浜市。
外国貿易の為に開かれた港町の一つであり、その昔は日本を代表する程の都市として名を馳せるほどに栄えた場所でもある。
中華街や観覧車等と言った観光名所が立ち並び多くの人が往来する大きな街だ。
そんな横浜の地に、ここ数年で根を張った極道組織がある。
その名は"関東桐生会"。
関東一円をその支配下に置く広域指定暴力団"東城会"の中で、"堂島の龍"と呼ばれ恐れられた伝説の男"桐生一馬"が旗揚げした組織で、現在は東城会を離脱して組織を独立。
ここ横浜に本拠地を置き、その裏社会で活動しているヤクザ集団である。
そして、横浜郊外にある関東桐生会の本部は今、例年に無いほどの緊張状態に陥っていた。
「……」
「……」
黒っぽいスーツ姿の集団と白が多いものの様々な色のチャイナ服を着た集団が、関東桐生会の本部前で睨み合っている。
黒服集団が関東桐生会の構成員達で、色服集団がそんな関東桐生会を訪ねて来た集団だ。
色服集団は総勢で約30人に対し関東桐生会の構成員はおよそ100人。
その数の差は火を見るよりも明らかだが、色服集団側は一歩も引く様子を見せない。
それどころか、全員が隙を見せたら一矢報いる気満々の好戦的な目付きをしていた。
「すいません、今大事な客人が来ているんです。また後日にはして頂けませんか……?」
黒服集団の先頭に立つのは関東桐生会の若頭代行を務める松重だ。彼は色服集団の先頭に対してお引き取り願うように投げかける。
口調こそ穏やかだが全身からは気迫が滲み出ており、その目は油断なく相手を見据えている。
「ホウ、大事な客人?アナタ方の存続よりも大事なのですカ?その人物ハ」
しかし、色服集団の先頭の男は恐れ戦くどころか逆にそれを煽ってみせた。
白を基調としたチャイナ服を身に纏い、長い黒髪を後ろで束ね、髭面の顔に傷を付けたその男はこの色服集団のトップであり最強の実力者でもある。
「……そいつぁ、どういう意味ですか?ラウさん」
蛇華は中国に本拠地を置くマフィア組織だが、ここ日本では横浜中華街を中心にシノギを拡大している。そんな蛇華の日本支部における総統を務めるこの男はその圧倒的な強さで組織をのし上がった叩き上げのエリートで、中国武術の達人である。
並のヤクザでは全く歯が立たない所か、たった一人でこの人数差を覆しかねない程の実力を秘めている。
彼はその自信が故に一歩も引きはしないのだ。
「言葉通りの意味だガ?アナタのようなザコに用は無イ。早くキリュウカズマを呼んで来た方が身の為デスヨ?」
「……あんまり、日本のヤクザをナメんなよ?チャイニーズ風情が」
「アナタこそ身の程を知った方がイイ。俺にかかればアナタなど三秒で料理出来マス」
「そいつぁこっちのセリフだぜラウさん。アンタ、日本語は達者だが礼儀がなってねぇらしい……俺がここで教えてやろうか?」
互いに一歩も引かぬ舌戦で、空気が段々と張り詰めていく。
そこへ一人の男が到着した。
「やめろ、お前ら」
ダークグレーのスーツに赤シャツと黒ネクタイ姿のその男こそ、関東桐生会の会長。桐生一馬その人だった。
桐生の一言で松重以外の全員がすぐさま道を開けて、会長である桐生に頭を下げる。
「会長……」
「待っていましたヨ、キリュウサン」
振り返る松重と、ようやく話が出来ると肩を竦めるラウ。
桐生は松重の前に立つと、真っ向からラウを見据えた。
「ラウカーロン。何しに来た?」
「決まっていマス。"最後通告"デス」
対峙した桐生に対し、ラウは堂々とそう言ってのけた。
「最後通告だと?」
「アナタ方がここでシノギをしていられるのハ、ワタシたちが今まで手心を加えてあげていたカラに過ぎナイ。ですが、アナタ方はそれを勘違いしてのさばり始めてイル。アナタ方が新参者の分際デ身を弁えナイからコチラからわざわざ出向いて上げたのデス」
ラウの目的は横浜一帯からの関東桐生会における全組織の撤退。つまりこの地域から彼らを追い出す事にあった。
「こっちはこっちのシマでシノギをしているだけだ。アンタらのシノギを邪魔した覚えはない。因縁を付けられる筋合いは無いんだがな?」
「そういう問題では無いのデスヨ。我々がシノギを広げるのに、アナタ方に居られちゃ迷惑だと言っているのデス。我々の方がこの地で根を張ってイル歴史は長イ。外様の人間は出てイクのが当然だと思いまセンカ?」
あくまでも自分達のシマの中でシノギをしていると主張する桐生だが、ラウの目的は因縁を付けることではなく追放する事にある。
両者の意見は食い違う一方だ。
「勝手な理屈を捏ねられちゃ困るな。シノギが頭打ちなのはそっちの都合だ。俺達が出て行かなきゃならねぇ理由は無ぇ」
「ソウデスカ……キリュウサンとは知らない仲じゃナイ。穏便に済ませている内に決断して欲しかったのデスガ……!」
決着の付かない押し問答に苛ついたラウは、全身から殺気を滲ませる。
その顔は、一秒後にでも"死合う"つもりの顔だ。
「あぁ、確かに知らない仲じゃない。俺が東城会にいた頃、取引に来た俺に毒を盛って拷問した挙句に殺そうとしてくれた仲だ。そう言えば、あの時の借りもまだ返していなかったな……?」
そして桐生もまた全身から闘気を発する。
完全に臨戦態勢に入った二人から迸る殺気と闘気がぶつかり合い、その場の緊張感が更に高まる。
(総統の殺気……凄まじいモノダ。ここまでの殺気を感じたのはいつ以来ダロウ……!)
(会長のあの目……
限界まで張り詰めた空気に息を飲む両陣営の構成員達。
もはや全面戦争は避けられない。数秒後にこの場所は血みどろの戦場に成り果てるだろう。
しかし、そこに待ったをかける者が現れた。
「おいおい!俺を差し置いて何勝手に話を進めてんだよ!!」
重苦しい静けさの中で響いたその声はその場の者全員の耳に届き、その注目を一手に集めた。
声を上げたのは上下を黒スーツで固め、髪をオールバックに撫でつけた一人の男。
「俺にも聞かせろよ」
ほんの数時間前に三代目会長の葬儀中に東城会本部で暴れ回ったその男ーーー錦山彰は、元堂島組の構成員にして桐生一馬の渡世の兄弟分だ。
「錦……!」
「誰ダ、貴様」
会長室で待っているはずの錦山が現れた事に驚愕する桐生とは対照的に、ラウは突如現れた謎の人物に困惑と不快感を隠そうとすらしない。
錦山はそんなラウを無視し、桐生に話しかけた。
「お前の言っていた来客って、コイツらの事か?」
「あぁ、そうだ。危ねぇから離れてろ、錦」
「ほーう……兄弟は、俺との久しぶりの再会よりもこんな中国マフィア共と一緒にいる方を選んだ訳か」
錦山のその発言でラウは合点がいった。
松重や桐生の言っていた大事な来客の正体は、この男なのだと。
「成程、アナタでしたカ。関東桐生会に訪れていタ客人と言うのハ」
「だったら何だって言うんだ?」
「見ての通リ、我々は今大事な話をしてイル。関係の無い奴は引っ込んでもらおうカ」
そう言われた錦は大人しく引っ込むどころか更に二人へ近づくと、桐生とラウの間に割って入ってみせた。
そしてラウの顔を真正面から見据えて言い放つ。
「それはこっちのセリフだ。俺はさっきまで桐生と話してたんだ。分かるか?こっちが先約なんだよ」
「何ダト?」
「テメェらこそお呼びじゃねぇんだ。俺の話が済むまで引っ込んでろよ、弱小マフィアが」
膨れ上がった殺気が充満する中での明らかな侮辱。
堪忍袋の緒が切れたのか、ラウの両隣に側近として控えていた二人の構成員が一斉に錦に襲いかかった。
「錦ぃ!!」
思わず親友の名を叫ぶ桐生。
しかし、その時既に闘いは決着していた。
「シッ、シッ!」
歯の間から息を吐き出し、鋭い呼吸と共に繰り出された左右のフック。
それがそれぞれのマフィアの下顎を的確に撃ち抜いていたのだ。
脳震盪を起こして意識を失い、その場に昏倒する二人の構成員。
「はっ、思った通りの弱小ぶりだな。この程度で桐生に喧嘩売るとは、命知らずもいい所だ」
瞬く間に仲間を無力化された蛇華の構成員達が戦慄する中、錦山は更に煽ってみせる。
ラウは表情を一切変えず、殺気だけを膨らませながら錦山に問いかけた。
「この二人は私の弟子ダ。決して弱くはナイ……貴様、何者ダ?」
「ほう?コイツらがアンタの弟子か。まるで歯応えが無かったぜ?こりゃ師匠も大した事無さそうだな」
「……まあイイ。理由はどうあれ、我々の組織の人間に手を出したのダ。これがアナタ方の答えと言う訳ですネ?」
煽るだけで真っ当に取り合わない錦山を無視し、ラウは桐生に対して意思の確認をする。
しかし、そこで錦山は待ったをかけた。
「おいおい勘違いすんなよ。俺はただの来客として来た勤め上げの堅気だ。関東桐生会の人間は手を出しちゃいねぇよ」
「……そんな言い訳が通用するとデモ?」
「言い訳なんかじゃねぇさ。そもそもな、テメェらなんかわざわざ関東桐生会が相手取るまでもねぇんだよ」
そこで錦山は、今まで表出させていなかった闘気を剥き出しにした。
その眼光を猛禽類のように鋭くさせて、ラウを睨み付けて堂々と言ってのける。
「これ以上俺と桐生の時間を奪うってんなら…………俺一人でお前ら全員潰してやるぞ?それでもいいか?蛇華日本支部総統 ラウカーロンさんよ?」
「ホウ、俺ガ誰だか分かった上デここまで啖呵を切るとハ……面白イ」
錦山の威嚇を受けたラウは不敵に笑うと、漲らせていた殺気を引っ込めた。
「キリュウサン。この男に免じて今日はこれで失礼するヨ。だが……次にカチ合った時ハ、容赦はしなイ。覚えておくんだナ」
「……望む所だ」
ラウはそれだけを告げて踵を返すと、関東桐生会の本部から離れていった。
後ろの構成員達も、昏倒したマフィア二人を担ぎあげてそれに続く形で去っていく。
「ふぅ……何とかなったぜ」
「錦……お前、なんて無茶をしやがる……!」
闘気を収めて肩の力を抜く錦山に桐生は詰め寄った。
そのあまりの無謀さに一言物申す為だ。
「これで分かっただろう?俺が相手にしているのは東城会だけじゃない。今の俺達に関わったらお前も……!」
「無茶ぁ?お前今無茶っつったのか?」
「え?あ、あぁ…………」
桐生が頷いた直後、錦山は腹を抱えて笑い出した。
錦山にとってその発言があまりにも可笑しかったからだ。
「ぷっ、くくっ、くははっ、あっはっはっはっは!!」
「何がおかしい……!?」
「だ、だってよぉ……お前が人に対して"無茶"ってか!?くっ、くくっ……!」
そこで錦山は関東桐生会の構成員達に向き直り、彼らに大声でこれを共有する。
「なぁ、聞いたかよ!?よりにもよって桐生は!お前らのボスは人に対して"無茶すんな"って言いてぇんだとよ!全く、どの口が言ってんだって話だよなァ!?」
そして。
先程まで殺し合い寸前の只中にいた構成員達は錦山のその一言で緊張が途切れた。
その途端。
「「「「「あっはっはっはっはっは!!」」」」」
構成員達はタガが外れたように一斉に笑い出した。
瞬く間に周囲が爆笑の渦に包まれる。
「こいつぁ傑作だぜ錦山さん!間違いねぇ!」
「誰よりも真っ先に突っ込む会長の方がよっぽど無茶してますよ!」
「さっすが会長の兄弟分だ!よく分かっていらっしゃる!」
構成員達が一斉に会長の発言の揚げ足を取って笑うこの光景。本来の極道組織としては有り得ない状況だ。
上の人間を絶対のルールとし、それに従う事で統制が取れるのが本来のヤクザ集団。
跳ねっ返りの多い極道を束ねるのには威厳を持って押さえ付けなければならないのが常だが、関東桐生会の場合はそうじゃない。
関東桐生会における正義とは力ある者よりも、道理や筋を通す者なのだ。
故に、いちばん無茶なことをするはずの桐生が人に対して無茶をするなと言う道理の通らない発言をしたら、揚げ足を取られても仕方が無い事になる。
「お、お前ら……!」
それでも本来は組長にそんな事など言えるわけが無い。
筋や道理が通ってなかろうが、上の言ったことが絶対。
それが極道社会における本来のルールだ。
しかし、桐生はそう言った筋の通らない理不尽を何よりも許さない。
故に彼は"筋を通す事"を尊ぶルールを定め、力と同じくらい道理が優先される組織を作った。
その結果、部下と幹部の間における上下関係を維持したままの円滑な交流が可能となるコミュニティを形成する事に成功し、部下から絶大な支持を受けているのだ。
これは関東桐生会の人間が皆、桐生一馬の強さよりも人柄に惚れているという事に他ならない。
「やっぱりな。桐生の部下なら分かってると思ったぜ」
「錦、お前なんで……?」
「言っただろ?俺はお前って男を間近で見てきたってな。組織のトップに立ったお前は"上にふんぞり返るのでは無く他の誰よりも身体を張るべきだ"なんて思ったんだろ?結果、誰よりも先頭で突っ走る暴走組長の出来上がりって訳だ」
自分が殺られた瞬間に組織が瓦解する。
そんなリスクなど知ったことかと言わんばかりに誰よりも身体を張り、先陣を切って突っ走る。
馬鹿正直で義理堅く、ひたすら真っ直ぐ突き進むしか能がない。だが、その行動全てに"華"がある。
それこそが桐生一馬。東城会の中で伝説とまで呼ばれた男の生き様なのだ。
「自分らのトップが誰よりも大暴れしてるんだ、下の奴らはきっと気が気じゃ無かっただろうと踏んでみた訳が……結果はご覧の通りだな」
「……ちっ」
軽く舌打ちをする桐生だったがその態度には先程までの必死さはない。兄弟に一本取られてぐうの音も出ない男の、せめてもの抵抗でしか無かった。
「桐生、もう一度言うぜ。この一件、俺は絶対に降りねぇ。お前がスジを通さずに我を通すって言うなら、俺も我を通させてもらう。だが、お前がスジを通すならこっちも考えてやってもいい。手始めに……コイツだ」
そう言って錦山は懐から一枚の封筒を取り出した。
何も書かれていない無地の封筒は、一見しただけでは何なのか分からない。
「これは?」
「風間の親っさんからの預かりもんだ。あの人はお前が組を割った後もずっと、お前の事を考えてたんだよ」
「親っさん……」
桐生は錦山からその封筒を受け取り、中身を確認する。
そこにあったのは一枚の書状。
「これは……」
「なんて書いてあるんだ?」
達筆な文字で書かれたその内容は、東城会との盃事の提案が書かれた嘆願書だった。
詳しい日付と日時と場所が記されており、東城会側の媒酌人や見届け人の名前までもが指定してある。
「親っさんは……関東桐生会と手打ち盃を交わしたいらしい」
手打ち盃とは、極道同士の抗争がこれ以上激化し双方に甚大な被害が出ないために行われる盃の事だ。
その盃を以て双方の争いを決着させ、抗争を終わらせる。いわゆる終戦協定である。
「ほう。お前が腹に何を抱えてるかは知らねぇが……少なくともそれが、親っさんの意思って事だな」
「…………」
「どうする気だ?桐生」
長い沈黙の末、桐生は答えを出した。
「……断る。俺達は東城会と袂を分かったんだ。今更後には退けねぇ」
桐生の出した決断は否だった。
今の桐生は東城会に対する強い拒絶感があり、それは関東桐生会の面々も同じなのだろう。
言葉にこそしないが、皆が皆無言で頷いている。
「……そうか、そっちの事情は分かった。でもよ、風間の親っさんから託されたこれを命懸けで守り抜いてここまで持ってきた俺には何にも無しなのか?」
目の前で育ての親が撃たれた挙句に犯人扱いを受けて東城会中の極道から目の敵にされる中、錦山は決死の覚悟で葬儀場から脱出してこれを桐生に届けたのだ。
自分にここまでさせておいて何の見返りも無いのは筋が通らないと錦山は主張する。
「これは親っさんの意思に従ってお前が勝手に持ってきたもんだ。俺が望んだわけじゃねぇ」
「いいや?俺はその書状を"風間の親っさんのからの預かり物"とは言ったがお前に渡す為に持ってきたとは言ってねぇぞ?それをさも当然のように受け取って中を確認したのは桐生じゃねぇか?それはお前が中身を見たいと望んだからなんじゃねぇのか?」
「……だとしても、それを持ってきたからと言って俺に有利に働きはしない」
「そんな事はねぇだろ?その盃を受けるにしても蹴るにしても、相手方が関東桐生会をどう思っているかは伝わったんだ。お前の打つ次の一手が何であれ、決断を下すための立派な判断材料にはなったんじゃねぇのか?」
「…………」
言い負かされた桐生が押し黙ってしまう。
彼はこういった交渉事には非常に疎く、現在に至るまでそう言った交渉事は若頭代行の松重に任せていたのだ。
「お前が俺を関わらせたくねぇのはよく分かった。だがそうなると俺としても自分とは関わりのねぇ関東桐生会にとって有益な情報を、わざわざタダでは提供する訳にはいかねぇんだがな?」
「……いくらだ?」
「俺が欲しいのは金じゃねぇ……それくらい分かるだろ?兄弟」
「くっ……」
(会長……やはり交渉事にあの人は立たせちゃダメだな……)
内心で頭を抱える松重をよそに、錦山は交渉を有利に進めていった。
「ガッツリ全部に関わらせろとは言わねぇ。ただ俺にも、これに見合った情報があっても良いんじゃねぇか?」
「……分かった。なんの情報が欲しいんだ?」
観念した桐生がそう言うと、錦山は真剣な顔で答えた。
「親っさんと別れる寸前、あの人は俺にこう言ってた。優子と100億を頼むってな」
「100億?何の話だ?」
聞きなれない単語に桐生が首を傾げる。
数年前ならともかく、現在は東城会の関係者でない桐生が知らないのは当然と言えた。
「東城会の金庫から100億が抜かれていたらしい。知ってたか?」
「いや、初耳だ」
「そうか……なら、優子の事を教えてくれ」
錦山優子。
桐生の手によって心臓の病から救われた錦山の妹。
錦山が出所してからというもの、彼は妹が何処にいるかも分からず連絡する手段も持ち合わせていなかった。
「お前が助けた女だ。どこで何してるかくらい知ってるだろ?」
そして今、その妹が東城会の消えた100億と関係している可能性がある。誰よりも妹の幸せを願っていた錦山としては、この事態をそのままにする訳にはいかないのだ。
「……すまん、錦。実は俺も優子の行方を探していたんだ。どこにいるかはまだ分かってねぇ」
「なんだと?」
「だが、手掛かりはある」
そう言うと桐生は胸ポケットから一枚の写真を取りだした。
そこには一人の女が映っている。
「コイツは?」
「神室町でホステスをやっている女だ。名前は美月。この女がお前の妹……優子の居場所を知っているって情報が入ったんだ」
「なんだって!?」
映っているのは銀髪のショートヘアと胸元にある花の刺青が特徴の女性。
繁華街である神室町においてホステスはそれこそ星の数ほどいるが、これ程特徴的であれば探しようはあると言える。
「俺やウチの連中は、今や神室町に入ることは許されねぇ。だから錦。お前はその写真の女を探してここに連れて来てくれ。その時は俺も腹を括って全てをお前に打ち明ける。どうだ?」
「……分かった。約束だぜ?」
「あぁ」
錦山は桐生の手から写真を受け取るとポケットにしまい込み、そのまま関東桐生会の門を出た。
「見送りは結構だ。女の居所が掴めたら連絡するよ」
「あぁ……またな、錦」
「おう、またな桐生」
短く告げ、錦山は関東桐生会本部から去っていった。
錦山の小さくなっていく背中を見て、桐生はそばに居る松重に声を掛ける。
「一応、錦が横浜を出るまでは人を付けて見張っておいてくれ。蛇華相手にあれだけの啖呵を切ったんだ、何が起きてもおかしくねぇ」
「分かりました会長。おう、お前ら解散だ!持ち場に戻れ!!」
「「「「「はい!!」」」」」
松重の号令と共に黒服の構成員達がそれぞれ散り散りになっていく。松重が監視の手配を電話でするのを横目に、桐生は既に見えなくなりそうな錦山の背中を見つめる。
(お前も変わったんだな……錦)
十年という時間は非常に長く、色々な事に変化を及ぼす。文化や常識、法律などもそうだが人もまた同じだ。
この十年間で自分自身に大きな変化を感じていた桐生だったが、自分の親友もまた同じだと実感した。
(あの蛇華を相手に真っ向から喧嘩を吹っかけるなんて……昔の錦なら絶対にやらなかったはずだ)
己の信念と感情に素直に動く桐生に対し、常に慎重で冷静な立ち回りを重視していた錦山。
先程の行為はそんな昔の彼からは想像も出来ないほど好戦的で、ともすれば無謀とすら言える程の暴挙だ。
しかし、彼はそれを見事にやってのける所か、蛇華のリーダーであるラウの直属の兵隊を瞬く間に打ち倒してみせたのだ。
あの啖呵は決してただの大口では無い。
自信と経験に裏打ちされた、純然たる彼の実力そのものなのだ。
(もしかしたら……)
危険な目に巻き込むまいと彼を遠ざけようとした桐生だったが、その心配も無いのかもしれない。
そして、もしかしたらもう一度。
あの頃のように二人で一緒に出来るかもしれない。
しばしの間そんな事を考えながら、桐生は錦山が向かっていった方向を見つめ続けるのだった。
如何でしたか?
横浜でシノギをする以上、蛇華との接触は避けられません。
この一悶着が果たして今後どのように影響するのか……
次回はついにあの男が登場します。お楽しみに