サブタイトルを見てピンと来た方も居るんじゃないでしょうか?
そう、あの人です。
横浜の関東桐生会本部を出て神室町へと戻ってきた俺は、真っ先にスターダストへ立ち寄った。
一輝に対しての状況報告や整理もそうだが、服を預かって貰ったままと言う訳にも行かないからだ。
俺は店のバックヤードにあるシャワー室を借りて整髪料を落として元の髪型に戻し、預かって貰っていた白いジャケットに袖を通す。
「錦山さんの服は、誠に勝手ながらクリーニングにかけさせて貰いました。肩のあたりも一部破けていたので補修してあります」
「何から何まですまねぇな、一輝」
「いえ、気にしないでください。それよりも……大変でしたね、錦山さん」
一輝には今日起こった大半の出来事を話していた。
葬儀場に潜入したは良いが目の前で風間の親っさんが撃たれた事。犯人扱いされて命からがら脱出した事。
俺を助け出したのが桐生の手下で、その後に横浜で兄弟と再会した事。
一日で起きていい出来事の量と質じゃないのは明白だ。
「全くだよ……そういや、新藤からは何か連絡はあったか?」
「いえ、新藤さんからは何も……どうやら今日の一件でバタついているようですね」
それを聞いて俺は酷く納得した。
何せ東城会三代目の葬儀で大暴れし、東城会系ヤクザをほぼ全て敵に回したのだ。今頃東城会は大騒ぎになっているだろう。
それに新藤は、元堂島組の構成員達で組織された直系任侠堂島一家の若頭だ。
親殺しの俺を血眼になって探さなければならない立場である以上、下手に俺と接触する訳には行かないはずだ。
「そうか……無理もねぇな」
「風間さん……ご無事だと良いんですが……」
一輝は親っさんをすごく心配している。
この店を立ち上げる時から世話になっているのだ、無理も無いだろう。実際の所、俺も心配で仕方が無い。
「親っさんが撃たれたのは肩だった。出血もあったが、少なくとも急所じゃない。救急車が間に合ってれば一命は取り留めてるはずだ」
「そう、ですか……」
だが、いつまでも立ち止まっている訳には行かない。
風間の親っさんは俺に大事なものを託してくれた。
なら俺はそれを守る為に行動するだけだ。
「一輝、この女知ってるか?」
俺は一輝に、桐生から渡された美月の写真を見せた。
「美月って名前のホステスだ。訳あって今、この女を探してる。心当たりは?」
「……いえ、初めて見る方ですね。それに神室町はホステスが沢山いますから、絞り込むのは骨が折れるかと」
どうやら一輝も見た事が無いらしい。
神室町でナンバーワンのホストクラブのオーナーなら知っていると思ったが、どうやら事はそう単純では無いみたいだ。
「そうか……まぁ、当たり前か」
「お力になれずにすみません……一応俺たちの方でも調べてみます。何か分かったらお伝えしますので、定期的に店に顔を出して頂けると嬉しいです」
「分かった。ありがとよ一輝、またな」
「えぇ、いつでもお待ちしています。錦山さん」
俺は一輝に礼を言ってから店を出た。
時刻は既に二十時を過ぎ日は完全に落ちきっている。
神室町が本来の姿を曝け出す時間帯だ。
「っ、………………!」
ふと、俺は誰かの視線を感じて振り向いた。
周囲には人の往来があるばかりで、特に怪しい奴はいない。
だが確かに、俺は誰かの視線を感じていた。
(間違いねぇ……誰かに見られてる…………)
刑務所にいた頃、周囲の受刑者や刑務官からの視線に曝される事が多かった俺は、自然と人に見られる事に敏感になっていた。
横浜を出る時も周囲からの視線を感じた俺は、わざわざ人気のない所へ赴いてその視線の主を誘い出したくらいだ。
(まぁ、観念して出てきたのは桐生が付けてた見張りの構成員達だったんだけどな……)
その時は見張りは要らない旨をその連中に伝えて帰らせた。
つまり、今感じている視線は少なくともその連中では無いという事になる。
(どうする……?)
視線の主が必ずしも友好的である保証は無い。それどころか、俺をマトにかけた東城会の奴らである可能性の方が高いのだ。
わざわざ人気のない場所へ行って危険に曝されれば目も当てられない。
だが、このままでは手がかりを探す所では無いのも事実。向かった先でどんな目に遭うか分かったものじゃないからだ。
(やるしかねぇか……!)
覚悟を決めた俺は天下一通りを右に曲がった裏通りへと入っていく。
中道通りへ続くこの道のちょうど真ん中には、児童公園がある。よく焚き火をしたホームレスがたまり場に使っている場所だ。
しかし、俺の目的地はそこじゃない。
(ここだ)
そのちょうど向かい側に一つの空き地がある。
人目が無いこの場所は、多くのヤクザが裏取引やヤキ入れ等に使う穴場スポットなのだ。
俺はその空き地へと足を踏み入れ、視線の主に対して呼びかけるように言った。
「出てこいよ!尾けて来てんのは分かってるんだぜ……!」
四方をビルに囲まれたこの空き地は、出入口が俺の入ってきた路地しかない。
つまり俺がここにいる以上、俺を監視して尾行して来た奴は追跡を諦めない限りはそこから姿を現すしかないのだ。
「ほう……俺の尾行に勘づくとは大したもんだ」
そして程なくしてその人物は姿を現した。
「あ、アンタは……!?」
ベージュのロングコートに、少しだけ白髪の混じった頭髪。
歳を喰った感じはあるものの、桐生に似た真っ直ぐな瞳はあの時と変わらない。
「出所二日目にして東城会本部で大乱闘……中々派手にやるじゃねぇか?」
「伊達さん!」
伊達真。
十年前の堂島殺しを担当していた、俺にとって因縁浅からぬ刑事がそこに居た。
神室町はアジア最大の歓楽街として世界的に有名な場所だ。賑やかな人々に、街を彩るネオン街。
欲望剥き出しの人間達が集うこの場所は基本的に活気に満ち溢れている。
だが、そんな場所でも静かに酒を飲める場所はある。
それが神室町の中央近くに存在するバー"バッカス"だ。
今日この日、"酒の神"の意味を持つこの店を貸切にし、二人の男が密談を交わしていた。
「風間が?」
「あぁ……無事かどうかもまだ分からねぇ……」
10年前に堂島組長殺害の容疑で逮捕され殺人の罪で服役していた元極道。錦山彰。
そんな錦山の起こした事件を担当していた刑事。伊達真。
社会的に相反する二人が同じ店で酒を飲む。異様とさえ言える光景だった。
「だが、その"100億"と"優子"……奴はお前に何を伝えようとしていた?」
「……それが分かってたらここまで苦労しちゃいねぇよ」
「ふん、確かにな」
伊達は錦山と合流した後、詳しく話を聞かせるよう言ってきた。
仮出所して早々に警察の世話になる訳には行かない錦山はこれを一度は拒絶したが、署への任意同行を迫られてしまい従わざるを得なくなり、現在に至る。
「伊達さん……なんで俺からこんな話を聞くんだ?こう言うヤクザ絡みってマル暴の仕事だろ?捜査一課のアンタが出る幕じゃねぇハズだが……」
そう聞かれた伊達は嘆息すると、懐から一枚の名刺を取り出して錦山に見せてきた。
【警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策第四課 警部補 伊達真】と記載されている。
「俺がその"マル暴"……第四課の人間だからだよ」
「なんだって?」
十年前に伊達が所属していた警視庁捜査一課は、殺人や強盗等といった緊急性の高い強行犯罪を担当する部署だ。凶悪犯罪と直に接触することが多い為、よくドラマや映画の題材にも使われている。言わば刑事にとっての"花形"。エリート集団と言っても良いだろう。
対して第四課……通称"マル暴"が担当するのは組織犯罪。つまり極道を相手にした仕事をする警察官達の事で、ニュース等でヤクザの事務所を家宅捜索する姿などが一般的と言えるだろう。
元極道関係者で東城会本部で大立ち回りをした錦山は、今の伊達にとって最優先で接触するべき人物だったのだ。
「10年前の堂島殺し……俺ぁ、上の意向を無視して突っ走って……結果、今は一課を下ろされてつまらねぇヤクザの相手してる。お前と同じ、今じゃ組織の鼻つまみ者だ」
「そうだったのか……」
伊達真と言う男は真実を追わなければ気が済まない人間だ。
神室町で起こる殺人事件がいかに多くとも、彼はその正義感が故に目の前で事件が適当に処理されるのを黙っていられなかったのだろう。
「娘と女房も愛想を尽かして出ていった。お前に関わったおかげで、人生が狂ったんだ」
「……恨み言なら聞かねぇぞ?事件を追っかけたのはアンタの意思だ」
「そうかい……っ」
伊達はグラスに注がれた酒を一息に呷ると、錦山の目を見て問いかけた。
「だったら答えろ。10年前のあの事件……本当はあの場にもう一人誰か居たんだろう?」
「!」
核心を突かれて一瞬動揺する錦山だったが、すぐに表情を正す。今更になって桐生に疑いの目を向けさせる訳にはいかないからだ。
「取り調べの時にお前も聞いていたハズだが、現場からは複数の拳銃の弾丸が確認されている。だが線状痕を確認出来たのはお前の持っていた拳銃の弾だけだ。上はそれだけでお前を犯人だと断定し事件を処理したが……お前が真犯人の持っていた拳銃を持って自首したと考えれば辻褄は合う。となれば、真犯人を知ってるのはソイツを庇ったお前だけだ」
伊達の言う通り、結果的に本当に堂島組長を殺したのが誰かを知っているのは錦山だけだ。
しかし、錦山は当然それを喋るつもりは無い。
「……その事件はもう終わった事だろう?俺はその実刑を受けてこうして出所してきた。仮に伊達さんの言うように真犯人が本当に居たとして、今更そいつを暴いた所で何になる?」
「あの事件は俺の中で終わっちゃいねぇんだ!俺は納得出来ねぇ……当時何の役職も持っちゃいなかったお前が、いきなり組長殺しなんぞする訳ねぇ!」
「…………何度聞かれても答えは同じだ。あの時堂島組長を殺ったのは、この俺だ。何があってもこの事実は揺るがねぇよ」
「…………はぁ」
頑なに認めない錦山の態度に、伊達はため息をついた。
「まぁいい。どの道、今の一件を追ってればお前が庇ってる"真犯人"にも行き着くかもしれんからな」
「は?どういうこった?」
伊達はボトルに入った酒をグラスに注ぎ、錦山をここまで連れて来た"本題"に入る。
「俺は今、三代目の世良の殺しを追っている。そして、今俺たちの捜査線上に浮上してきたのが、コイツだ」
「っ!?これって、まさか……!」
差し出された写真を見て錦山は驚愕した。
そこに映っていたのは、数時間前まで自分が顔を合わせていた兄弟分。桐生一馬の写真だったからだ。
「関東桐生会初代会長、桐生一馬。お前の兄弟分だ、知らない訳じゃねぇだろう?」
「兄弟が……世良会長を……?」
「今、桐生は世良殺しの最重要人物だ。なにせ東城会と関東桐生会は一触即発の冷戦状態だ。何があってもおかしくねぇ」
「嘘だ、絶対に有り得ねぇ!兄弟が……桐生がそんなことする筈ねぇ!」
否定する錦山だが、伊達は狼狽えた錦山の隙を見逃さない。
「何故そう言い切れる?東城会から分裂するように組織を独立させた男だぞ?」
「アンタらこそ考えが甘過ぎるんじゃねぇのか?敵対してる組織の親玉の所に直接向かって殺しに行くなんて、そんなもん鉄砲玉の仕事だろうが!トップがやる事じゃねぇだろう!」
「だからそれを確かめる為にお前から話を聞こうとしたんだ。お前が葬儀での騒ぎの後に関東桐生会に行って桐生と接触してたのは裏が取れてる」
そこで伊達はもう二枚の写真を取り出す。
東城会本部前で錦山が車に乗り込む瞬間の写真と、関東桐生会の本部前でその車から錦山が降りる写真だ。
「これは……!?」
「本来、あの葬儀の時にお前に助け舟を出そうとしてたのは俺だった。だが、どこぞの極道者に先を越されてな。咄嗟に写真を撮った後にふと思ったよ。"この状況でお前に助け舟を出そうとする組織はどこのどいつだ?"ってな」
そして伊達はその組織を風間組か関東桐生会のどちらかに絞った。
すぐにその写真を元に神奈川県警に協力を仰いで関東桐生会の本部前にカメラを構えた捜査員を配備させ、自分は風間組事務所付近を張り込んだのだ。
結果、伊達の張り込んだ風間組事務所は予想が外れ、神奈川県警の捜査員が張り込んだ関東桐生会本部前で二枚目の写真が撮れたと言う寸法なのだ。
「喋って貰うぞ錦山。俺たち第四課が追っている重要人物とほんの数時間前に会っていたお前なら何か有力な情報を持っている。必ずな」
「そうかよ…………だったらその目論見は見当違いだぜ」
「なに?」
錦山はそう言うと慣れた手つきでタバコに火を付ける。10年ぶりに娑婆に出てきて最初のタバコだが、話が話だけに錦山はそれを酷く不味く感じていた。
「桐生は確かに組を割って組織を独立させた。だが、その本質は十年前と何も変わっちゃいねぇ。あいつは今でも、義理堅くて真っ直ぐな目をした……俺が憧れた極道そのものだった」
「……」
「それに、伊達さんが今言ったように関東桐生会は東城会と事を構えてる。今のアイツやアイツの部下達は世良会長を殺すどころか神室町に足を踏み入れる事すら出来ねぇ」
情報を欲する錦山に桐生が美月の情報を与えたのも、自分達の代わりに見つけて欲しいからだ。
もし桐生が神室町に入ることが出来るのであれば回りくどい事をする必要は無い。
故に、桐生が世良を殺すのは逆説的に不可能という事になる。
「賭けてもいい。アイツは殺ってねぇよ」
「……そうか。随分と桐生を庇うんだな?」
「兄弟が殺しの濡れ衣を着せられるかもしれねぇってのに黙ってられる訳ねぇだろう」
「なるほど、それじゃお前は十年前もそうやって桐生の事を庇ったのか?」
伊達の真っ直ぐな瞳が錦山を射抜く。
その瞳は、10年前に錦山が桐生に似ていると称していた輝きを宿していた。
「…………何が言いてぇんだ?」
「10年前の堂島殺しの真犯人は、お前の兄弟分。桐生一馬なんじゃねぇかと俺は踏んでいるって事だ。あの時、桐生は組を立ち上げる寸前だった。"堂島の龍"の異名を持ち、堂島組を支える大幹部になる男の未来を、自分から罪を被って庇ったとすれば辻褄は合う。今のお前みたいにな」
「ふん……くだらねぇ想像だ。付き合ってられねぇぜ」
嫌気が差した錦山はタバコの火を消し、席を立った。
踵を返して店を出ようとする錦山を伊達が止める。
「待てよ錦山。俺の意見に賛同しろとは言わねぇが、俺が追ってる三代目の事件には手を貸してもらうぜ」
「は?なんで俺がアンタなんかと手を組まなきゃいけねぇんだ?」
苛つきを隠さずに言う錦山に対し、伊達は毅然とした態度で返す。
「東城会の100億が消え、三代目会長が殺された。そして、葬儀での騒ぎの中心に居たのはお前……事件は動き出したんだ。錦山彰の出所を待っていたようにな」
「……」
「風間が言っていた"100億"と"優子"……このヤマは必ず何処かで繋がっている。お互い、協力した方が良いんじゃねぇか?」
伊達の提案に戸惑う錦山。
当然だが、勤め上げのチンピラよりも現役警官の方が捜査能力は上だ。錦山一人では届かない部分にも手が届くかもしれない。
だが同時に錦山が今回の騒動の関係者である以上、錦山にとって都合の悪い部分への追求もあるだろう。
一長一短。錦山にとってこの申し出は素直に了承しかねる提案だった。
しかし、ここで伊達はダメ押しをしてきた。
「もしお前がここで断るのなら、捜査四課は神奈川県警と連携して桐生の逮捕に動かさせてもらう。桐生が犯人にしろそうじゃないにしろ、奴の身柄を抑えて吐かせりゃ済む話だからな」
「俺がそんな事を許すと思うか……?」
「それが嫌なら協力しろ。お前の協力の結果、桐生が犯人じゃねぇ事が分かれば俺らもそんな事をする必要は無くなる。他県の警察に頼むのも楽じゃねぇんだ」
「……ちっ、仕方ねぇ。わーったよ」
乗せられたのが癪に障る錦山だが、桐生の為に要求を飲み込む。
協力を取り付けた伊達は不敵に笑うと、錦山にあるものを渡してきた。
「よし、交渉成立だな。ほら、これ持ってろ」
「あ?なんだこれ……!?」
錦山は受け取った"それ"を見て驚愕する。
掌に収まる程の大きさの機械で、小さい画面とアンテナ。そして複数の記号や番号が記されたボタンが羅列している。
錦山はその番号の羅列に見覚えがあった。
「これって……もしかして"電話"か!?」
「あぁ。今じゃガキでも持ってるんだぜ?」
それを聞いて錦山は思い出す。
出所したばかりの頃、神室町に向かう道中の電車内でポケベルに似た機械を手に持っていた人々がいた事を。
(これがあの時の……まさか電話が持ち歩けるようになってるなんて……!)
今までのポケベルによる連絡方法が嘘のような、革命的発明。
錦山は改めて自分が10年前に取り残された人間であることを思い知らされた。
「使い方は分かるか?」
「あ、あぁ……なんとなくな」
「よし、俺は100億を探ってみる。お前は優子の方の調査だ。何かアテはあるのか?」
「とりあえず、馴染みの店に行ってみる。天下一通りのセレナって店だ」
「そうか……何かわかったことがあったら連絡しろ。俺の番号はその携帯に入ってる」
「……分かった」
「それじゃあ頼むぜ。ありがとなマスター、もう店開けていいぜ」
貸切にして貰っていたマスターに礼を告げ、伊達は店を出る。
取り残された錦山は手に残った携帯電話を見つめながら独りごちた。
「やれやれ……妙な事になっちまったな……」
出所したての元ヤクザとマル暴の現役刑事。
まるで正反対なこの二人は後に神室町で名の通ったコンビになるのだが、この時の錦山は知る由もなかった。
という訳で、如くシリーズの影のヒロインでお馴染みの伊達さんでした。
桐生の相棒ポジションとして長年様々な事件に関わっていく彼ですが、今回も例に漏れず関わって頂きます。
次回はいよいよ"あの子"が出てきます。
お楽しみに