錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

錦にはあの子との邂逅の前に、あの人とも再会してもらいましょう。




来店

神室町天下一通り。

眠らない街と言われる神室町において、大きなアーケードが人目を引くこの通りは言わば神室町の玄関口と言っても過言じゃない。

キャバクラ、ホスト、居酒屋、バー、風俗店、街金やヤクザの事務所等、他のどの通りよりも神室町という街を体現する上で必要なものが全て揃った場所だ。

そんな通りのちょうど真ん中あたりに、その店はあった。

 

(セレナ……いよいよ入る時が来たな)

 

十年前、俺が最後に酒を飲んだ店。

桐生と由美、そしてこの店のママである麗奈と過ごした思い出の場所だ。

本当は真っ先に立ち寄るつもりでいたが、東城会系ヤクザの邪魔が入った影響で後回しにしていた。

 

(ホントは近付かない方が良いのかもしれねぇけどな……)

 

数時間前の騒動の影響で、俺は神室町中のヤクザから目の敵にされている。

風間の親っさんが撃たれて、マル暴の伊達さんまで出張ってきた今回の一連の事件。おそらく相当根が深い。

麗奈を関わらせるのは気が引けるが、流石に東城会も大っぴらにカタギに迷惑をかけはしないだろう。

それに、ホステスの事はホステスに聞くのが一番だ。

 

「行くか……」

 

意を決してエレベーターのボタンを押す。

乗り込んだ機械仕掛けの箱は、程なくして俺をセレナへ連れていく。

見慣れたドアを開けると、入店を知らせるベルが鳴った。

 

「っ……!」

 

十年前と同じ内装と僅かに流れるジャズの音楽。

あの頃と変わらないセレナの姿がそこにあった。

そして、バーカウンターにいた女性と目が合う。

 

「いらっしゃい、ま……せ…………!」

 

白シャツ姿のその女性を、俺は一日たりとも忘れた事は無い。

あれから十年経っているはずなのに、その美貌は少しも変わっていなかった。

 

「錦山、くん……!?」

「あぁ……俺だ、麗奈……!」

 

口許を抑えて驚く麗奈の瞳に涙が溜まっていく。

それを見た俺の目頭にも、段々と熱いものが込み上げてきた。

 

「錦山くん……!!」

 

バーカウンターから出た麗奈が、俺に駆け寄って抱き着いて来た。

 

「錦山くん……帰ってきてたのね……!」

「あぁ……いきなり来ちまって、驚かせちまったな」

「本当よ、全く!いきなり逮捕されて十年も刑務所に行って……私達がどれだけ心配してたか……!!」

 

俺の腕の中で感極まる麗奈を見た俺の視界も、段々と滲んでいく。

刑務所の中では帰る場所などあるわけが無いと腐っていた時期もあったが、決してそんな事は無い。

麗奈はこうして10年もの間、立派にこの店を守り抜いて俺の帰りを待っていてくれたのだ。

 

「心配かけて、ごめんな……麗奈……」

「はぁ……いいわ、許してあげる。さぁ錦山くん、座って座って!」

 

涙を拭った麗奈がバーカウンターへと戻り、俺を席に座るよう促す。

俺はそれに従い、いつも俺が座っていた席へと腰を下ろす。

 

「変わらねぇなこの店は……雰囲気が穏やかで、気兼ねなく落ち着ける」

「錦山くん、何か飲むでしょ?」

「そうだな……本当は飲みに来たわけじゃねぇんだが、十年ぶりのセレナだ。いい酒を頼むぜ」

「分かったわ」

 

麗奈は慣れた手つきでロックグラスとアイスボールを用意すると、未開封のブランデーの封を開けた。

琥珀色の液体がゆっくりとグラスに注がれていく。

 

「お、この銘柄……!」

「そう、錦山くんが好きな銘柄。いつ帰ってきても良いように必ず仕入れてたのよ?」

「気が利くなぁ、麗奈」

「えぇ。十年間も人に心配かけさせる誰かさんと違ってね」

「だから、そりゃ悪かったって……」

「ふふっ、冗談よ。はい、お待ちどうさま」

 

そして俺の前に出されたのは、服役前に愛飲していたブランデーだ。

麗奈もまた、同じ酒を自分のグラスに注いで用意する。

 

「それじゃあ改めて。錦山くん、お帰りなさい!」

「あぁ……ただいま、麗奈!」

 

軽くグラスを合わせて乾杯し、グラスに口を着けた。

華やかで気品のある香りが鼻を抜け、喉と食道がアルコールで熱を帯びる。

 

「はぁ…………っ!」

 

ため息と同時に思わず涙が零れる。

十年ぶりにセレナで飲むお気に入りの酒と過ぎ行く時間。

俺はここに来て、初めて娑婆に帰って来れた事を実感した。

 

「なに錦山くん?そんなに美味しかった?」

「あぁ……何せ十年ぶりのセレナで飲む酒だ……この旨さ、誰にも分かりゃしねぇ……!!」

「あらあら。錦山くん、ちょっと涙脆くなったんじゃない?」

「否定出来ねぇなぁ、それ」

 

麗奈と軽口を叩き合うその時間すらも、懐かしく尊い。

幸せな時を噛み締めるが、いつまでも浸ってはいられない。

 

「麗奈、今日はお前に聞きたい事があったんだ」

「聞きたい事?」

「あぁ、実は……」

 

そこで俺は、今まで起きたことを簡潔に話した。

そして、風間の親っさんと桐生の事を。

 

「そう、風間さんが……」

「あぁ……親っさんは別れる寸前、俺に"優子"を頼むって言ってたんだ。それに、由美も行方が分からねぇ……二人について何か知らないか?」

 

麗奈は顔を俯かせると、少し言い難そうに話し始めた。

 

「まず、順を追って説明するわね。由美ちゃん、事件があったあの日を境に記憶を失っていたの。自分の名前も思い出せない程にね」

「そう、か……」

「驚かないの?」

「あの時はあまりにもヤバい状況だった。トラウマになっても不思議じゃねぇさ」

 

ある日いきなりヤクザに攫われて強姦されそうになった挙句、拳銃の撃ち合いを伴う殺人事件に巻き込まれたのだ。

きっと、ただのカタギのホステスだった由美にとってその出来事は一生残る心の傷になったに違いない。

 

(思えば、事件のあったあの時も意識が朦朧としていたな……)

 

拳銃の音を聞いたのだって初めてだったハズだ。

あの時のショックが由美の心に強くトラウマを植え付け、それらの記憶を思い出さないために記憶を封じてしまったのだと考えれば辻褄は合う。

 

「そしてその一年後、錦山くんの妹の優子ちゃんが海外での手術に成功する。これは錦山くんも知ってるよね?」

「あぁ。桐生が面会に来て教えてくれたからな」

 

あの時の事は、今でも昨日のように思い出せる。

優子が生きている事を希望とし、俺は十年の刑期を乗り越える事が出来たのだ。

 

「その後の桐生ちゃんはすごく順調そうだった。たまに大きな揉め事はあったみたいだけど、その度に全部を解決させて、自分の組織を大きくしていったの」

 

そこまでは、風間の親っさんに聞いた通りの話だった。

シノギも回って組織も拡大し、全てが順調だったと言う。

 

「事件からしばらくして由美ちゃんの記憶も戻って、優子ちゃんもリハビリを終えて海外から帰国した。本当に何もかもが上手くいっていたの。でも……五年前のクリスマスを境に、桐生ちゃんはぱったりと神室町から姿を消したわ。由美ちゃんと優子ちゃんもね」

「由美と優子も……?」

「うん。そして、そのちょっと後に桐生ちゃんの組が東城会から抜けて分裂したってニュースで見たの。その頃には桐生ちゃんの連絡先も変わってて私から連絡する事は出来なかった。たまにお店の様子を見にシンジくんや風間さんが来てくれた事もあったけど、その件に関しては断固として話してくれなかったのよ」

「そうだったのか……」

 

シンジや親っさんが麗奈に何も打ち明けなかったのは納得が出来る。

麗奈の行動力と性格からして、もし事情を知ってしまえば自ら事件の渦中に飛び込んでしまいかねない。

あの二人はきっと、麗奈を極道のゴタゴタに巻き込まない為に打ち明けなかったのだろう。

 

(五年前のクリスマス……きっとそこで"何か"が起きたんだ。桐生が東城会を裏切って、風間組を割るほどの何かがな……)

 

その真相はきっと、桐生の口から語られる事になるだろう。

俺が桐生から与えられた情報を元に、約束を果たせたのなら。

 

「麗奈。もう一個聞かせてくれ」

「なに?」

「俺は今、この女を探しているんだ。心当たりはあるか?」

 

ここで俺は、桐生から受け取った美月の写真を麗奈に見せる。

すると麗奈の顔が一瞬のうちに驚きに染まった。

 

「これ、美月ちゃんじゃないの……!」

「知ってるのか、麗奈?」

「えぇ。桐生ちゃん達が神室町から居なくなってしばらくした後にこのお店に訪ねて来たの。彼女、"澤村由美"の妹ですって言ってた」

「なんだって!?」

 

今度は俺が驚く番だった。

由美に妹がいた。そんな事実は、昔から一緒に過ごしてきた俺も知らなかった事だ。

 

「その話、本当なのか?」

「うん。でも、妹がいた事は由美ちゃん自身も知らなかったはずよ。由美ちゃんだけ、生まれて直ぐに生き別れになったんですって」

「そうだったのか……」

 

それを聞いて俺は納得した。

俺の知ってる由美は、お茶目な所もあるが基本的に淑やかで清純な女だ。

胸元に花模様の入れ墨を入れるような行動は、由美の妹らしくないと思っていたが、生まれて直ぐに生き別れたのであれば育ってきた環境だって違うハズだ。

決して不思議な事じゃない。

 

「で、その美月は今どうしてるんだ?」

「それが詳しくは分からないの。美月ちゃん、ちょくちょくここに顔出してくれてね。そのうち、由美ちゃんがいたこの店で働きたいって言ったの」

「雇ったのか?」

「えぇ……不器用でおっちょこちょいだったけど、健気で頑張り屋さんだったわ。結構人気だったのよ?」

「ふっ、そうだな。俺も飲んでみたいくらいだ」

 

その時の光景を思い出しているのか、麗奈は薄く笑う。

胸元にある墨とその真面目な姿勢がギャップを生んだのだろう。

もし俺が娑婆に残っていたら、きっと一緒に飲んでいたに違いない。

 

「美月ちゃん、ここで四年くらい働いてたんだけど 去年急に自分のお店を持つ事になったの。お店の名前は……"アレス"」

「アレス……場所は分かるか?」

「オープンしたら知らせてくれることになってたんだけど、まだ連絡無いのよ。こっちから連絡しようにも、連絡先変わっちゃってるみたいで……」

「そうか……」

 

決定的な手がかりは無かったが、多くの情報を得る事が出来た。

これはかなりの進歩と言えるだろう。

 

「ありがとよ、麗奈。おかげで分かった事が増えた」

「ううん、大丈夫…………ねぇ、錦山くん」

「ん?」

 

麗奈の顔が曇る。

その顔には不安と恐怖が見え隠れしていた。

 

「錦山くんは、今回の事件に関わる気なの?」

「……あぁ。美月を連れて桐生の元に行けば、アイツも何があったのか全て話してくれるってよ。五年前のクリスマスに何があったか、麗奈も知りたいだろ?」

「それは、そうだけど……」

 

俯いて口篭る麗奈を見て、俺は思った。

きっと麗奈は、俺を心配してくれているのだ。

十年経ってようやく娑婆に出れた矢先に、危ない目に遭うかもしれない俺の事を。

 

「大丈夫だ、麗奈」

「え……?」

 

俺は麗奈の目を真っ直ぐに見て言った。

心配性な敏腕ママを安心させてやる為に。

 

「俺はこの十年……桐生の隣に立ちたい一心で自分を鍛え続けて来たんだ。そう簡単にくたばりゃしねぇよ」

「でも……!」

「それに、関わりたくなかったとしても東城会は今更俺を放っておかねぇだろう」

 

堂島組長殺害の容疑で逮捕された瞬間から、俺は"親殺し"という決して消えることの無い十字架を背負う羽目になった。

元堂島組を主体にした任侠堂島一家をはじめとした東城会の下部組織の大多数から、俺は決して良く思われていない。

その上、今回の三代目の葬儀で乱闘騒ぎだ。俺はもう、今更どう頑張っても引き返せない所まで来てしまっている。

 

「俺は必ず美月を見つけ出して桐生の所へ行く。そしてアイツから何があったのかを聞き出して、今回の一件にケリを付けてやる」

 

だったら、前に進むしかない。

脇目も振らず我武者羅に。己の信じた道を貫き通す。

 

「そんで全部終わらせた暁には、またここで酒を飲もうぜ。俺と麗奈。そして桐生と、由美。ついでに優子も一緒にな!」

 

生きる事は逃げない事。

逃げずに立ち向かって進んだ先にある幸せを掴み取る為に、俺は前へと進み続ける。

その為の覚悟を、俺は麗奈に態度で示した。

 

「本気、なのね……?」

「あぁ、当たり前だ」

「……分かったわ」

 

俺の覚悟が麗奈に伝わったのか、彼女は更に有益な情報をくれた。

 

「錦山くん、ミレニアムタワーって知ってる?五年前に建てられた……」

「ミレニアムタワー……あぁ、確か昔"カラの一坪"があった場所に建ってた、あのバカでかいビルだよな?」

 

かつて、その一坪を巡って地上げの争奪戦が堂島組内部で起きるほどの価値を持っていた"カラの一坪"。

最終的にその土地は先日亡くなってしまった三代目の世良会長が率いていた日侠連の手に渡り、世良会長主導の元に大規模な再開発が行われた。

その結果建てられたのが、あの大きなビルという訳だ。

 

「そのタワーの裏に、小さなバーがあるの。マスターは飲食店の元締めみたいな人よ。新しい店が出来たら、必ずマスターに連絡が行くわ。"アレス"の場所も、きっとね」

「そのバーの名前は?」

「"バッカス"よ」

 

それを聞いた俺はすぐに思い立った。

何故ならその店は、先程まで伊達さんといた店だったからだ。

あそこのマスターなら、アレスの場所を知っているかもしれない。

 

「分かった、恩に着るぜ」

「また来てね錦山くん!私に出来ることなら、いくらでも協力するから!」

「おう、またな麗奈!」

 

俺は麗奈に礼を言うと、足早にセレナを出た。

手繰り寄せた手がかりを、自分のものにする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錦山が再びバッカスの前に戻ってきたのは、およそ30分経った後だった。

ここのマスターが、由美の妹の店である"アレス"の場所を知っているかもしれない。

入り口のドアノブに手をかける錦山だが、ここである違和感に気づいた。

 

(ん……?なんか、静か過ぎねぇか……?)

 

キャバクラや居酒屋と違い、バーは静かに酒を飲む場所である。故に、本来であれば静かな事は別におかしい事では無い。

だが店の前に立ってもなお、客の僅かな話し声はおろか店内の音楽すら聞こえて来ないのは異常と言える。

 

(貸切は解除して普通に営業をしているはず……なのに、なんでBGMすら聞こえて来ねぇんだ……?)

 

何やらきな臭い雰囲気を感じた錦山は、静かにドアを開けて店内に足を踏み入れる。

直後、錦山は息を飲んだ。

 

「な…………っ!?」

 

人が、死んでいた。

カウンターに突っ伏した女性。

テーブルにもたれかかった男性。

そして、先程まで伊達さんと話をしていたマスター。

三人のいずれもが、物言わぬ死体と成り果てていたのだ。

 

(なんなんだよ、これ……何が起こってんだ……!?)

 

血の匂いが充満する店内を、細心の注意と最大の警戒を以てゆっくりと進んでいく。

生存者、もしくはこの事態を引き起こした犯人がまだ店内に潜んでいるかもしれないからだ。

 

(銃創……ここにいる連中は全員、チャカで殺されてる……!!)

 

そして、不幸な事にその犯人は拳銃を所持している可能性が非常に高い。

もしも丸腰の錦山が狭い店内で犯人と鉢合わせた場合、彼に生き残る術は無いだろう。

 

「ぁ………………」

「っ!?」

 

そして、錦山の耳に僅かに人の声が聞こえた。

店内の一番奥。カウンターの下が発生源だった。

 

(誰だ…………?)

 

生存者か、それとも犯人か。

いずれにせよ、迅速に行動出来るように身構えながら、錦山は更にゆっくり奥へと進んだ。

そして、ついに声の主をその視界に捉える。

 

(子供……!?)

 

白いパーカーを着た、10代にも満たない年頃の幼い少女。

その身体は恐怖で震え、少女の小さな手には似つかわしくない一丁の拳銃が握られていた。

 

「あ……あ……あっ!」

 

錦山はすかさず拳銃の銃身を上から掴んで、自らに銃口が向かないようにする。

少女の目を真っ直ぐに見つめ、錦山は問いかけた。

 

「何が、あったんだ?」

「わ、私が来たら……みんな……みんな……もう……」

 

少女は今にも泣きそうな顔をしてそう答えた。

 

「何しに、ここへ?」

 

錦山は内心でパニックになっている少女を刺激しないよう、ゆっくりと短い言葉で質問する。

 

「お母さん、探して……私 色んなとこで、聞いて……」

「そっか…………俺は、錦山。錦山彰だ。君の名前は?」

 

名前を聞かれた少女は、恐る恐るそれに答えた。

 

「は……遥……」

「遥ちゃんだな。よし、とりあえずここを出よう。話はそれからだ」

「うん……」

 

錦山は少女の名前を聞くと、手を差し伸べた。

しかし、遥と名乗ったこの少女が錦山が関わろうとしている一連の事件の鍵を握っている事を、この時の彼はまだ知らなかった。

 

 




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お楽しみに
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