桐生ちゃんは桐生ちゃんのまま、一人の女性の運命を変えるべく足掻きます
命の値段
1995年11月1日。
堂島組長射殺事件から実に一ヶ月が経ったこの日、桐生一馬は東都大学医学部付属病院に足を運んでいた。
と言っても彼自身は至って健康で、怪我や病気等は一切ない。
彼がここに足を運んだ理由はただ一つ。
桐生の渡世の兄弟分、錦山彰の妹の容態について相談を受ける為だった。
「日吉先生……優子の容態はどうなんだ?」
優子の手術を担当していたのは、第一外科の日吉という男だ。
桐生は担当医であるに日吉に率直に問うが、日吉からの返答は歯切れが悪かった。
「正直、芳しくありませんね。手術こそ成功しましたが、あくまでも延命のための治療なので根本的解決には至りません。かくなる上は、臓器移植を施すしか……」
「臓器移植?」
「えぇ。悪くなった優子さんの心臓を、別の健康的な心臓に取り替えるんです」
臓器移植とは、悪くなった部分の臓器を摘出し、ドナーから新しい臓器の提供を受け移植を施す治療法である。
近年注目を集めている最先端医療の一つだ。
「それをすれば、優子は助かるのか?」
「えぇ。ですが、それを実行するには様々な問題がありまして……」
「どういう事だ?」
莫大な治療費がかかる事はもちろん、ドナー提供の順番待ちがある事を日吉は語った。
そもそも臓器提供をしてくれるドナーが健康体である場合は非常に少なく、登録されているドナーのほとんどがもう助からない患者である場合が多い。
自分がもう生きていけないのであれば、せめて臓器を必要としている人間に出回って欲しい。
そういった想いから提供される臓器は大変貴重であり既に予約でいっぱいになっているケースがほとんどであると言う。
「予約をしたとして、移植を受けられるのは何年先になるか……」
「それじゃ、優子には間に合わないって言うのか?」
「……残念ですが、非常に厳しいかと」
桐生は非情な現実に歯噛みをする。
このままでは優子は助からない。
もしも優子が死んでしまったら、錦山はきっと心の支えを失ってしまうだろう。
肉親が無事である事が、獄中にいる彼のせめてもの頼りなのだ。
それを自分の不手際で失わせる訳には行かない。
「日吉先生、何か手は無いのか?このままじゃ、俺は兄弟に会わせる顔が無ぇ」
「…………一つだけ、方法が無いわけではありません」
「本当か?」
日吉が提案してきた"方法"。
それは、確実に裏社会に足を踏み入れたものだった。
「臓器ブローカーをご存知ですか?」
「……聞いた事くらいはある」
臓器ブローカーとは端的に言えば人間の臓器を売買、またはその売買を斡旋する業者及び個人の事を指す。
ドナーを待てない患者のために、そういった者たちから臓器を購入する事で、順番待ちを介さずとも臓器移植を受ける事が出来るという寸法だ。
「私からそういった仕事をしている人間に、連絡を取る事は出来ます」
「なに?」
しかし日本において、臓器売買は法律で禁止されている立派な犯罪行為である。
日吉はそれを介する闇ルートを斡旋しようとしているのだ。
「その場合、手術費用とは別に纏まったお金が必要となります」
「……いくらだ?」
「3000万です。用意出来ますか?」
日吉の提示してきた金額。
それはまさに、優子の命の値段とも言えた。
これを用意出来なければ、優子の命は無い。
「……少し、考えさせてくれ」
「分かりました。ですが桐生さん、優子さんにはもう時間がありません。どうかお早いご決断を」
「あぁ」
桐生は短く答えるとその場を後にした。
ロビーを抜けて正面出入口から外に出ると、来院者用の駐車場へと向かう。
「兄貴、お疲れ様です」
「あぁ」
駐車場では弟分の田中シンジが桐生の帰りを待っていた。
シンジは桐生が車へと乗り込んだのを確認すると、すぐに発進させる。
「兄貴、優子さんの容態はどうだったんですか?」
「……あまり良くないようだ。時間が無いとも言われた」
「そうだったんですか……」
そこで桐生は、日吉から持ちかけられた臓器ブローカーの件をシンジに伝える。
すると、シンジが怪訝な表情を浮かべた。
「ん?兄貴……なんか変じゃ無いですか?」
「何がだ?」
シンジは自分の感じた違和感を素直に打ち明けた。
「その"日吉先生"は真っ当なカタギの人間なんですよね?なんでそんな所の繋がりを持ってるんです?」
臓器売買は完全に違法で、一般人は購入するどころか関わる事すら難しい。
それこそ、桐生やシンジといった裏社会に精通した者でなければ関係を持つ事は出来ないのだ。
「なにせ、人間の臓器を扱うようなシノギです。"アシが着く"事になったら大事になっちまうじゃないですか」
「確かにな……」
アシが着く。
つまり証拠が残るような事になれば、臓器ブローカーはもちろん購入した側もタダでは済まない。
警察からの徹底的な追求を受けることになるだろう。
万が一にも秘密が漏れる訳には行かない。
だからこそ、こう言った話が一般人であるはずの日吉側から持ちかけられた事にシンジは強い違和感を覚えていた。
「その日吉先生に繋がってるってそのブローカー、相当アコギな商売してるんじゃないですか……?」
「いや……あるいは、そもそもそんな業者との繋がりは最初から無かったのかもしれねぇ」
日本で臓器ブローカーをやっている人間は十中八九、裏社会の人間だ。そういったリスク管理が出来ていなければすぐに警察に捕まってしまうだろう。
考えられる可能性は二つ。そのブローカーがよっぽど杜撰な"仕事"をする人間なのか、それともそんなブローカーなど最初から居ないのか。
「いずれにせよその"日吉"って先生、俺は信用出来ないと思います」
「そうだな……ありがとうシンジ。お陰で早まらなくて済んだ」
桐生はシンジに感謝を述べる。
何せ親友から託された妹の命なのだ。万が一があってからでは遅い。
今は突発的に動くのではなく、慎重になるべき局面なのだ。
「いえ、自分はそんな……兄貴、この後はどちらに?」
「風間の親っさんの所へ向かってくれ。今回の件、相談する必要がありそうだ」
「分かりました。俺は一応、その"日吉"って先生の事を調べてみます。何か分かったら連絡しますんで」
「あぁ、頼む」
桐生を乗せた車は、神室町へと向かう。
二人は知る由もないが、錦山優子の辿る運命が大きく変わった瞬間であった。
それから更に数日後。
神室町の外れにある桐生組の事務所に、一人の男が気だるそうな態度で現れた。
「失礼しますよ、組長さん……」
男の名は松重。
桐生にシノギを教えるために風間組から送り込まれた極道だ。
「待っていたぞ、松重」
事務所に居るのは組長である桐生、ただ一人だ。
いつもであれば数名の構成員がいるはずだが、今日は桐生の弟分である田中シンジすらもその姿が見えない。
若干の違和感を覚える松重に、桐生は問い掛けた。
「なんで呼ばれたのか分かっているか?松重」
「さぁ、身に覚えがありませんね?」
とぼけた態度を取る松重だが、実際彼に見覚えはなかった。いつも通り馬鹿なカタギからあの手この手で金を搾り取るだけなのだから。
そのふざけた態度を見た桐生は、声音に僅かばかりの怒気を孕ませる。
「……お前、七福通りの廃ビルで裏カジノのシノギをしているな?」
「えぇ、それが何か?」
日本においてのカジノ賭博は風営法によって禁止されている為、本来であれば日本国内でカジノを楽しむ手段は存在しない。
しかし、アジア最大の歓楽街である神室町では数多くの裏カジノが存在しており、警察の目の届かないアンダーグラウンドな場所で日夜違法の賭博が行われている。
「そのカジノでは店側がイカサマとぼったくりをしているって話がある。その上負けて金を払えないカタギには暴利で金を貸している、ともな」
イカサマだと騒ぎ立てればケツ持ちのヤクザに詰め寄られ、金を払えなければ法外な利子を付けた多額の負債を背負わされる。
オマケに客側も違法カジノである事を知った上で入店している以上、警察に泣きつく事は出来ない。
狙われれば最後、骨の髄まで食い物にされてしまう悪質な手法。
まさに"ヤクザ"なやり口だった。
「松重、お前がやったのか?」
「さぁ、一体何のことでしょうか?」
とぼけた発言をする松重を、桐生は鋭い眼光で睨み付けた。
桐生の纏う空気が徐々に張り詰めていく。
「スジの通らねぇシノギからは手を引け。俺は前にそう言ったな?」
「えぇ。ですから俺のシノギはスジを外しちゃいませんよ」
「なに?」
しかし、怒れる"堂島の龍"を前にしても松重は余裕の態度を崩さなかった。度胸が無くてはヤクザは務まらない。
ましてや風間組の稼ぎ頭にまで上り詰めるには尚更だ。
「こっちは日本国内じゃどうあっても遊ぶ事の出来ないカジノを提供してるんだ。なのにイカサマだと騒がれちゃ敵わねぇ。だから俺たちは
自分達ヤクザはあくまでもオーナー兼ケツ持ちであり、運営しているのはカタギの人間だと松重は主張した。
「その上で賭博で金が無くなった客に、俺達は"善意"で金融会社の融資を紹介しているだけです。しかも"その場で勝てば利子無しで返済出来る"って条件でね。どうです?破格でしょう?」
負けたままでは終われない。
松重はそういったギャンブルをする者の心理を巧みに利用し、一見して良い条件をチラつかせて融資に踏み込ませるよう誘導していたのだ。
「だが実際には一向にギャンブルに勝てず、借金だけが膨れ上がっていく……それを切り取ろうって魂胆か」
「そいつらはたまたま運が無かっただけです。それをイカサマだなんだと言われるのは心外ですね。負け犬の遠吠えって奴ですよ」
「つまりお前は、今回のイカサマ騒ぎは運営側と客側が勝手にやった事で、ケツ持ちの自分は関係ない……そう言いてぇんだな?」
「えぇ、その通りです」
「そうか……」
桐生は松重の答えを聞くと自分のデスクから立ち上がり、事務所の奥に続く扉を開ける。そこは本来桐生がいるべき組長室のドアだった。
「おい、出て来い」
桐生が短くそう言うと、組長室の中から二人の男が出てきた。一人は地味な色のジャケット姿で、もう一人は白シャツと黒ベストに赤い蝶ネクタイを着けた特徴のある格好をしていた。
その二人を見た途端、余裕のあった松重の態度が崩れる。
「な……っ!?」
「ほう。どうやら松重は、コイツらを知ってるみてぇだな?」
組長室から出てきた二人の男達はどちらも恐怖で震えている。
直接的な暴力こそ振るわれていないが、並のカタギであれば失神してしまう程の威圧感を持つ桐生に詰め寄られれば震えが止まらなくなるのは当然の事だ。
「お前ら。松重から何を言われた?」
「は、はい!自分は松重さんの指示でイカサマをしていました!」
「じ、自分は松重さんの指示で客に融資をしました……!」
彼らはそれぞれ裏カジノのディーラーと金融会社の社長である。
一般人ではあるものの二人共に松重の息がかかっており、今回の一件を桐生に問い詰められて白状したのだ。
「松重。これでもまだ、言い逃れしようってのか?」
「…………ちっ」
裏を取られ、逃げ場のなくなった松重は忌々しげに舌打ちをする。
それを答えと受け取った桐生はゆっくりと松重に歩み寄った。
「松重、裏カジノは撤去だ。コイツらとも今日限り縁を切れ」
「……正気ですか?あのカジノが無くなればシノギの四割がーーー」
次の瞬間。
桐生の拳が松重の腹部に叩き込まれていた。
「ぐぼ、ぉ、ぁっ……!!?」
その一撃があまりにも速かったためか、松重は自分が殴られた事を一拍遅れて知覚する。
衝撃が腹部を撹拌して彼の体を突き抜けて、壮絶な痛みが後から一気に襲い来る。
「おい松重」
「ぐ、っ、ぅ……!?」
桐生は膝を着いて腹部を抑える松重の髪を掴んで持ち上げると、これ以上無いほどの殺気を至近距離でぶつけた。
「俺はお願いしているんじゃねぇ……"命令"しているんだ……!」
「!!」
心胆が震え上がり、背筋が凍り付く。
ここに来て松重はようやく理解した。理解させられた。
自分が甘く見ていた男が、一体どんな人間だったのか。
(な、なんなんだコイツ……!)
この局面において松重の心は未だに折れていない。
しかし、松重の肉体がコイツには逆らうなと警告を発していた。
最上級の殺気と先の一撃をモロに浴び、桐生一馬の脅威を完全に刻み込まれたからだ。
(か、身体が言う事を聞かねぇ……!!)
額には脂汗が滲み、全身が震えを発し、肌が粟立つ。
その様はまさに蛇に睨まれた蛙。
否、"龍に睨まれた生贄"と呼ぶに相応しい光景だった。
「今週中にカジノは撤去だ。今後取り扱うシノギについては必ず俺を通してからにしろ」
「…………っ!」
「今回はそれで不問にしてやる。だが次は無ぇぞ……いいな?」
「…………はい」
そして。
松重自身も自覚しないままに、彼の口から自然とその言葉は出ていた。
「よし…………話は終わりだ。お前らも帰っていいぞ」
「「はい、失礼します!!」」
解散を命じられた二人の男達は我先に事務所を出ていった。桐生と松重の先程のやり取りを見て戦々恐々としていたに違いない。
「ぐ、ぅ、くっ……!」
「…………」
痛みとショックで蹲るしかない松重を一瞥し、桐生は無言のまま事務所を出た。
後に残ったのは、松重ただ一人だけだ。
(なんて野郎だ……身体が、まるで動かなかった……)
冷や汗は未だ止まらず、動悸は収まる気配がない。
松重の身体は、過去に類を見ないほどの緊張状態にあった。
(この俺がまるで口答え出来ず、無条件で要求を呑まされるとは……)
松重の口から先程漏れ出た"はい"という返事。
あれは反省したが故の言葉ではなく、松重の身体に備わった生存本能が生き残る為の手段として行った生命活動の一環に等しかった。
これが"堂島の龍"。
東城会の内外にその名を轟かせる"伝説の極道"
「桐生、一馬ぁ……!!」
松重は一人、忌々しげに唇を噛む。
このままでは済まさないと、持ち前の反骨心を燃やしながら。
松重に灸を据えた後、桐生は風堂会館に足を運んでいた。
育てと渡世の親、風間新太郎に会うためだ。
「失礼します」
「来たか、一馬」
桐生が足を踏み入れた組長室には風間しかおらず、他の構成員の姿は無い。
故に風間も、組長としてでは無く父として振舞っていた。
「調子はどうだ?一馬」
「はい。正直かなり手を焼いていますが、その分勉強になる事も多いです」
「そうか……松重はプライドが高いからな。手懐けるのも簡単じゃねぇだろう?」
「えぇ……ですがあの男は今後の桐生組にとって欠かせない存在です。錦の為にも、奴は必ず自分のモノにしてみせます」
「フッ……変わらねぇな、一馬は」
自分の為でなく、大切な誰かの為に動く事を厭わない。
その精神から来る行動には華があり、人を惹きつけ魅了する。
桐生は紛れもなく、組を率いるに足る器だった。
「それで親っさん……例の件ですが…………」
「あぁ……優子についての事だったな」
桐生がここに足を運んだのは世間話をするためではない。
錦山の妹、優子について桐生は風間にある頼み事をしていたのだ。
「どう、でしたか……?」
「どうにか、約束を取り付けることは出来た。上手く行けば、優子は海外で手術を受けられるだろう」
「本当ですか!?」
それは、優子の手術の事だった。
日吉との会話の後に病院から出て風間と合流した桐生は、すぐに日吉から言われた件を打ち明けた上で風間の助力を乞うたのだ。
それを聞きいれた風間は海外にある伝手を辿り、入院先の病院と臓器提供、並びに医者の手術の約束までを取り付けたのだ。
「だが一馬。そう喜んでもいられねぇんだ」
「……どういう事ですか?」
問いかける桐生に、風間は俯きながら答える。
「俺が取り付けたのは約束まででな。期限までに費用を用意出来なきゃ手術は受けられないとの事だ。流石の俺でも費用まで面倒見る事は出来なかったんだ」
「費用……いくらかかるんですか?」
恐る恐る聞いた桐生に対し、風間は必要な金額を返答した。
「日本円で……約7000万だ」
「な……7000万……!」
それが優子の命を救う為に必要な金額だった。
しかも、それを指定された期間までに揃えなければならない。
「親っさん、支払いの期限はいつまでですか?」
「来年の三月末だ。それまでに7000万円を用意出来なければ、優子の手術は他の患者に回されてしまうそうだ」
「三月、末…………」
今から数えて、残された時間は約4ヶ月。
それまで7000万円の金を用意する事が、優子が手術を受けられる条件。
「一馬……お前がスジを大事にしたいのは分かる。だからこそ、松重のやり方が受け入れられないんだろう?だから手を焼いている。違うか?」
「っ、親っさん……どうしてそれを?」
「松重は元々ウチで稼ぎ頭だった男だ。アイツが、ある程度汚いシノギに手を染めている事は分かっていた。一馬。俺が松重をお前に預けたのはシノギについて勉強させる事もそうだが、アイツに義理人情の大切さを知ってもらう為でもあったんだ」
風間組は穏健派であり、裏稼業はおろかみかじめを取ることすら禁ずるほど義理人情を大事にする組織だ。
すると、組織全体の
しかし、そんな中で莫大なアガリを献上する人間がいれば裏があるのは当然の事。
風間はそれを把握した上で、彼とは正反対の桐生を引き合わせたのだ。
桐生は松重から"ヤクザ"としてのやり口を。
松重は桐生から"極道"としての生き方を、それぞれ学ばせる為に。
「そうだったんですか……」
「一馬。お前には常日頃から"義理と人情を誇りに生きろ"と教えて来た。そうだな?」
「はい。親っさんの教えがなければ、今の俺はありません」
「あぁ……だが、だからこそお前はこれから辛い選択を迫られる事になっちまう」
「え……?」
風間は桐生を真っ直ぐに見つめて、こう言った。
「"松重のやっていた汚いシノギを容認する"。四ヶ月で7000万円を集めるには、それしかない」
「!!」
それは桐生にとって、とてもショッキングな出来事だった。
桐生にとって、尊敬する風間の授けたその教えは、今の自分を形成すると言っても過言ではない生き方の指針。それを曲げなければならない。
そして何より、その風間の教えを破れと他ならぬ風間本人が言ったのだ。
筋が通らない所の騒ぎではない。盛大なちゃぶ台返しである。
「親っさん……それは……!」
「おかしな事を言っているだろう?一馬。だが、これが"ヤクザ"だ。どんな綺麗事やお題目を並べようが、結局は誰かを泣かせる事でしか物事を成せない。それが俺達の生き方なんだ」
「親っさん……」
「だが、その罪の意識は忘れちゃいけねぇ。それを忘れてカタギを食い物にし始めたら、それはただの外道だ。だから俺はこれまでお前や彰に義理人情を説いてきたんだ」
カタギを泣かせる事に、罪の意識を持つ。
そして、泣かせたからには必ず成し遂げる。
それが風間新太郎の言う"極道"だった。
「優子の手術費用を間に合わせる為には今までのやり方じゃダメだ。風間組で容認する訳にはいかなかったが、今の松重は桐生組の人間だ。お前が一言命令すれば奴はきっと7000万円を用意するだろう」
「…………」
「覚悟を決めろ、一馬。己の成す目的の為に信念を曲げる事も、ヤクザにとっては重要な事なんだ」
スジの通らない事象を、認める。
それは、桐生の掲げた極道を真っ向から否定するものだった。決して譲る訳には行かない。
かと言って、風間の言うことは限りなく真実に近い。
たったの四ヶ月で7000万円もの大金を手に入れるためには、それこそなりふり構ってなど居られない。
もしも手術が間に合わなければ優子は助からず、獄中の錦山もまた心の支えを失ってしまうだろう。
汚いシノギに手を染める以外の方法は、もはや無いのだ。
「……親っさん」
「なんだ?」
重い沈黙の後、桐生は風間の目を真っ直ぐに見つめ返して答えを出した。
「俺は……俺の極道を往きます。親っさんとは違う、俺だけの極道を」
「一馬……?」
怪訝な顔をする風間だが、その直後に桐生は己の意見を真っ向から述べる。
「三月末までに7000万円、キッチリ用意します。ですが、スジの通らないシノギを認める訳にはいきません」
「一馬……!」
「親っさんは、俺を通じて松重に義理人情の大切さを教えようとしたんですよね?そんな俺が汚いシノギを認めたら本末転倒になっちまいます……!」
桐生は踵を返して、組長室のドアノブに手をかける。
そして、振り返らぬまま彼は宣言した。
たとえどんな現実が待っていようとも、自分の信じた道を貫く事を。
「俺は必ず、親っさんの期待に応えてみせます!見ててください、これが俺の極道です……!!」
「待て、一馬!」
風間の静止を振り切り、桐生は風間組事務所を飛び出していった。
「一馬…………」
風間は、桐生の頑固さを侮っていた。
自分の事を半端者と称していた桐生に対して響く言葉を投げかけた筈が、逆に意地を張らせる結果となってしまったのだ。
(半端者なりの意地、か…………)
ふと風間が窓の外を覗く。
走って事務所を飛び出していった桐生の姿が見える。
彼の身に纏うグレーのスーツが、黒にも染まらず白にもなり切れないその不器用な生き方を表していた。
如何でしたか?
次回の断章では意外な場所を登場させる予定です。
お楽しみに