序盤はある作品のオマージュをしています。
何かわかるでしょうか……?
東京、神室町。
眠らない街とも呼ばれるその繁華街の、とある雑貨屋で事件は起こった。
「……」
事の発端は、一人の男がその雑貨屋に入店した事から始まる。白いジャケットを着たその男は、どこか緊迫した雰囲気を漂わせていた。
ふと、一人の店員の目にその姿が映る。
(あのお客様、ホストかな?いや、その割には歳いってるし……ヤクザ、なのかな……?)
神室町においてヤクザ者は決して珍しくない。
この雑貨屋も、強面でスーツ姿の男たちが酒やタバコ等を買いによく来ている。
そして、そんなヤクザ相手に商売をする時の暗黙の了解がこの店には存在した。
それは、必要以上の接触は避ける事。
触らぬ神に祟りなし、と言うやつだ。
(でも大事なお客様だし、もしかしたら何か探しているのかも……)
しかしこの店員はここの従業員になってから日が浅く、そういった事情等を把握していなかった。
「あの、何かお探しものですか……?」
「ん?あぁ……そうだ」
そして、良かれと思った店員がカウンター越しに声をかけた。
すると、男は安堵の表情を浮かべる。
どうやら本当に探し物をしているようだ。
「何をお探しで?」
「実は……っ!」
直後、男が弾かれたように横を見る。
それにつられて店員の目が同じ方向に向き始めた瞬間。
「くたばれやぁ!!」
一人のヤクザがドスを突き出してきた。
男はそれを一歩後ろに下がって回避する。
「ひっ!?」
何も知らない店員と男の間に鈍色の刃が突き出され、店員の背筋が完全に凍り付く。
「はっ、でりゃぁ!」
男はドスを持ったヤクザの手首を掴むと、もう片手でヤクザの顔面に裏拳を放って怯ませる。
その後、手首を掴んだまま一本背負いの要領でヤクザを思い切り投げ飛ばした。
「うぉおおあっ!?」
投げ飛ばされたヤクザの身体が陳列棚を押し倒し商品をぶちまけるその様は、さながらアクション映画のワンシーンにすら見えてしまう。
「オラァ!」
しかし、奇襲を仕掛けたヤクザは一人では無かった。
男は、続いて襲いかかって来た二人目のパンチを躱すと返しの右ストレートで叩きのめし、その後に続く三人目のタックルにカウンターの顔面膝蹴りを合わせて一撃で仕留める。
「ぶげっ!?」
「ちっ、場所ぐらい選べっての!」
「ぶち殺したるわァ!」
そして、四人目のヤクザが売り場にあった金属バットを無断で拝借して男に目掛けて振り上げる。
「させるかよっ!」
しかし、男はバットが振り下ろされる前にヤクザとの距離を詰めてバットを握る手首を抑えた。
「はァっ!」
「ぐほっ!?」
バットを両手で持ったがた為にガラ空きになった胴に膝蹴りをねじ込み、バットを手放した瞬間に頭突きをぶち当てる。
「ぶがっ!?」
「オラァ!!」
そして怯んだ瞬間に、男は渾身のハイキックを側頭部に叩き込んだ。
蹴り飛ばされたヤクザは別の陳列棚に突っ込み、商品の箱に埋もれてしまった。
「え……なに……?」
「ひぇ……っ」
ふと、状況に理解が追い付かずに固まっている二人組の男女客と男の視線が交差した。
そして、男は真剣な表情で二人に忠告する。
「お二人さん、そこ危ねぇぞ。早く逃げな」
「えっ?どういう事……?」
未だ状況が分からない客だったが、その理由はすぐに分かった。
「見つけたぞゴラァ!」
「観念しやがれボケェ!」
「親殺しのクソ外道が!」
彼らの背後に、さらに大勢のヤクザがなだれ込んできたからだ。
「「ぎゃああああああああああ!!?」」
恐怖と逃走本能に駆られて男の元へと走り出す男女客。
その合間を抜けるように、男がヤクザに立ち向かっていった。
「だから、場所選べって言ってんだよ!!」
男はそう叫びながら迫り来る五人目のヤクザの顔面に飛び膝蹴りを直撃させた。
「ぶぎゃぁ!?」
五人目を一撃で屠った後、ドスを振りかざしてきた六人目の攻撃を躱してすかさずレバーブローをねじ込む。
「あが、ぁぁぁっ……!?」
「この野郎!」
壮絶な痛みで悶絶する六人目を尻目に、後ろから襲い掛かる七人目のヤクザの顔面を裏拳で叩き、そのまま振り返りざまに左フックを拳骨の要領で打ち下ろす。
衝撃とダメージで崩れ落ちるヤクザの顔面に、男は追い討ちの右ストレートを叩き込んでトドメを刺した。
「死に晒せぇ!!」
男は八人目のヤクザの右ストレートをしゃがんで躱すと、左の膝に二発、ボディに一発の打撃を叩き込んだ。
「どりゃァ!」
「おごぁっ!?」
膝のダメージで身動きを封じた上でボディブローで完全に怯んだ所に、男は全力のアッパーをぶちかました。
ヤクザの身体が宙に浮き、一秒後に床に叩き付けられる。
「せいっ!うぉりゃァ!!」
九人目の顔面に鉄槌を繰り出して鼻を潰し、背後の十人目に後ろ回し蹴りを繰り出す。
「げぶぁっ!?」
左頬を蹴り抜かれた、勢い余って後ろへ振り返る形になる十人目。
男はその胴を背後から掴むと、獣のような雄叫びを上げた。
「うおおおおおおおおおっ、らァァ!!」
そしてヤクザの身体を全身の筋肉を総動員して持ち上げると、そのまま後ろへと反り投げた。
背後にあった陳列棚をぶち破って、ヤクザの身体が地面に叩き付けられる。
「あが、っ…………ぅ…………」
お手本のようなジャーマンスープレックスの前に、最後のヤクザは意識を失った。
「はぁ……はぁ……」
男は、僅かに息を切らしながら周囲を見渡すと既に他の客や従業員の姿は無く、めちゃくちゃになった店内には先程の男女客と店員しか残っていなかった。
「……怪我、ねぇか?」
「は、はい……」
「失礼します……」
男女客はそれぞれ恐怖と緊張を顔に張りつけながら、そそくさと店を出ていった。
あれだけ目の前で大暴れされれば当然と言える反応である。
関わらないのが一番だ。
「すまねぇな、アンタ。店、荒らしちまってよ」
「い、いえそんな……」
店員は呆気に取られながらそう返した。
本来は"二度と来るな"くらいは言わなきゃいけない所だが、先程の光景を目の当たりにしてそんな事を言える程店員の肝は座っていない。
もし言った場合、自分が今店内で寝ているヤクザ連中と同じ目に遭う確率は非常に高いのだ。
「そ、それでお客様……お探し物は、何でしたっけ……?」
故に店員は本来の業務を全うすることにした。
男にとっても目当ての商品が手に入れば、それに越したことは無い筈だからだ。
「あ、あぁ……えっとだな……」
この後、少しだけ言い淀んだ後に男が発した"目当ての商品"を聞き、店員は耳を疑う事になった。
「"ドッグフード"を探してんだけどよ……ここにあったりするか?」
「…………へ?」
この一連の騒動は後に"ドッグフードヤクザ事件"として、長年この雑貨屋の黒歴史として刻まれる事になる。
そして店内で暴れたヤクザ数名とそれら全員を返り討ちにした白いジャケットの男は、この店を出禁になったと言う。
数十分後。
目の前で元気に餌を頬張り始める仔犬を見て、遥は満足そうにしていた。
(ふぅ、なんとかなったな)
それを見て俺も安心する。
どうにか目当てのものを手に入れた俺は、遥のいる場所へ戻って来ていたのだ。
「良かったぁ……やっぱりお腹減ってたんだ、この子」
(一応、水と皿も用意しておいて正解だったな)
俺と遥が出会った時にはもう、あの仔犬はかなり衰弱していた。
顎の力が弱まって餌も食べれない可能性があった為、ふやけさせるために水と器になる皿を用意していたのだ。
俺の身を狙うヤクザに襲われながら揃えたので、かなり時間はかかったが。
「なぁ、遥。さっき、孤児院にいるって言ってたよな?」
仔犬を助けるというノルマを達成した俺は、いよいよ遥に声をかけた。
家に帰すにも母親を捜すにも、まずはここから動かなくちゃ話にならない。
それに、俺には疑問もあった。
「ホントに、遥の母ちゃんはこの街に居るのか?」
それは、遥は如何にして母親の所在を知ったのかという事だ。
孤児院というのは基本的に親のいない子供や親と暮らせない子供の面倒を見る施設で、たいていの場合は親と直接会ったり出来ないもの。
大体は本当の親を知らないまま。仮に覚えていても幼少期の記憶しか無い場合も珍しくない。
本来、遥が母親の居場所を知る事はかなり難しいのだ。
「うん……手紙にはそう書いてあったから」
「手紙、か……」
遥の母親は定期的に彼女に手紙を送っていたらしい。
そこで遥は、母親が神室町に居るという情報を手に入れたそうだ。
「でも私、お母さんの顔全然覚えてない……」
寂しそうにそう呟く遥。
この子は、母親に会いたい一心でこんな危険な街をずっと歩き続けていたのだろう。
「これからどうするんだ?この辺で頼れる人とか居るのかよ?」
気付けば俺の中で、この子を孤児院に帰そうと言う選択肢は自然と無くなっていた。
まるで、若人を応援したくなる年上の気分だ。
そんな気分に浸っていたせいなのだろうか。
「ううん……私には、お母さんと"由美お姉ちゃん"だけ……だから……」
俺は、遥の口から発せられた言葉に気付くのが一拍遅れた。
「由美……?遥、今"由美"って言ったのか!?」
「うん。お母さんのお姉ちゃん。お母さんの手紙、持ってきてくれた…………」
その時。
遥の身体が傾き始めた。
「お、おい!」
咄嗟に受け止めた遥の小さな身体はぐったりとしていて、力が入っていないように見える。
手で遥の額を抑えると、手のひらにかなりの熱っぽさを感じた。
「つかれたぁ……」
(…………ずっと歩き回ってたって話だからな。体力の限界が来たのかもしれねぇ……にしても"由美"か……)
全く関係無いと思っていた少女の口から聞いた、由美の名前。
そんな少女の探している行方不明の母親は、少女の言う"由美"という女性の妹。
俺はこれを、単なる偶然で片付ける事は出来なかった。
「伊達さんに連絡するか……」
俺は伊達さんから受けとっていた携帯電話を取り出し、すぐに登録されている番号を呼び出す。
電話はすぐに繋がった。
『伊達だ。そっちの調子はどうだ?セレナには行けたのか?』
「実は、困った事になっちまってよ……情報は全部消されちまってた」
俺は、今まであった事を全て話した。
セレナで情報を得た事、バッカスの店内の人間が全員殺されてた事。
そして、遥という女の子を保護した事。
「って訳なんだ」
『なんだと?じゃあバッカスのマスターも?』
「……あぁ」
『そうか……錦山。とりあえずその女の子はセレナに連れて行け、後で警察が保護する』
「分かった、じゃあな」
俺は電話を切り、具合の悪い遥を抱きかかえた。
ここからセレナまでは、そう遠い距離じゃない。
急いでいけば五分はかからない筈だ。
(よし、すぐに連れてってやるからな……!)
「おい、見つけたぞこの野郎!」
しかし、セレナへ向かおうと振り返った俺の前に二人の男が立ち塞がった。
一人は柄シャツを着た男。そしてもう一人はメガネをかけたスーツ姿の男だ。
「お前らは……!」
二人の姿には見覚えがある。
俺が、最初にセレナへ行こうとしていた時に襲いかかってきた若いヤクザ連中の内の二人だ。
特にメガネをかけている少年ヤクザは良く覚えていた。
「ここで会ったが100年目だ!覚悟してもらうぜ……って、何してんだテメェ?」
柄シャツのヤクザが俺の姿を見て構えを解く。
その顔には困惑の色が浮かんでいた。
すると、その背後にいた少年ヤクザが引き攣った顔で言う。
「あ、兄貴……もしかしてアレ誘拐なんじゃ……?」
「マジか?テメェ、なんてひでぇ事を……」
「おい、変な誤解すんじゃねぇ!俺はただこの子を助けたいだけだ!」
「なんだって?」
更に怪訝な顔をする柄シャツヤクザと少年ヤクザ。
どうやら根っこは悪い連中じゃ無いらしい。
だが、コイツらに事情を説明する義理は無いし、何よりいつまでもこんな所で時間を食う訳には行かない。
「とにかくお前らそこを退け。退かねぇってんなら……こないだのレベルじゃ済まさねぇぞ?」
「っ!」
「ひっ!?」
俺は二人に全力の殺気を放った。
遥を抱きかかえたまま闘う訳にはいかない以上、これで退いてもらうしかない。
息を飲む二人に俺は手応えを感じるが、ここで更なる障害が立ちはだかった。
「あ、兄貴!アイツだよ!」
「あ……?」
声のした方を振り返ると、様々な服に身を包んだ若者達が徒党を組んでこちらに迫ってきていた。
その数、おそらく十人は下らないだろう。
そしてその若者達の中には、先程俺がぶちのめした不良の姿があった。
「アイツ……!」
「おうテメェか?俺の弟を可愛がってくれたって言う輩は……」
ガタイの良い男が先頭に立ち、その後ろを例の不良が歩いている。どうやら自分の兄貴を頼ったらしい。
事態がかなり厄介な事になってきた。
「楽には殺さねぇぞ?おっさん」
「くそっ……」
流石にこの人数を相手に殺気だけで乗り切る事は恐らく無理だろう。
し
何より、遥を危険な目に遭わせる訳には行かない。
俺が内心で頭を抱えていた時、迫ってきた不良達に立ちはだかった男がいた。
「おいガキ共。ちょっと待て」
柄シャツのヤクザだった。
「あ?なんだテメェ」
「俺は松金組の海藤ってモンだ。このおっさんは俺の先約なんでね、悪ぃがこっちの用事が終わるまで待ってちゃくれねぇか?」
「松金組……!」
その名前を聞いた俺は直ぐに思い至った。
松金組と言えば、かつて風間組の傘下に名を連ねていた組織である。
親分である松金貢組長は、堂島組の若頭だった風間の親っさんを尊敬していて、カタギに寄り添ったシノギをする事でも有名な人だ。
(あの柄シャツ、松金の親分さんの若衆だったのか……!)
もしも松金組が十年前と変わらず風間組の傘下に居るのなら、松金の親分さんが尊敬する風間の親っさんの秘蔵っ子であるはずの俺を襲うような命令は下さないはずだが、もしも松金組の中で情勢の変化があればそれも変わってくるだろう。
(松金組は風間の親っさんと同様の穏健派だったはずだが……)
十年も経っていれば組織内の勢力図が変わっていても不思議は無い。
ゆくゆくはそちらの情報も調べる必要がありそうだ。
「は?松金組ィ?知らねぇよそんな組。つくならもうちっとマシな嘘つけや、インチキヤクザが」
「……言ってくれやがったなガキ共。吐いた唾は呑ませねぇぞコラァ!!」
直後、海藤と名乗った柄シャツの男が先頭の不良の顔面に右ストレートを叩き込んだ。
たたらを踏む先頭の男を見て、背後の不良達が殺気立つ。
「あ、兄貴!いくらなんでもその人数は無茶じゃ……」
「うるせぇぞ東!お前も極道なら気合い入れろ!」
「そ、そんなぁ……」
東と呼ばれた少年ヤクザが泣きそうな顔を浮かべる。
どうやらこいつらは渡世の兄弟の間柄らしい。
「錦山さんよぉ!」
「っ、なんだ?」
ファイティングポーズを取った海藤が、俺に背中を向けながら叫んだ。
「今は一時休戦だ。アンタはそのガキを連れてけ!」
「なんだと?」
「俺ぁカシラからアンタを痛め付けて連れて来いって命令をされてる!だがカタギを……ましてや年端もいかないガキを巻き込むのは俺の流儀に反するんでな!今だけは見逃してやるって言ってんだ!」
「お前…………!」
その言葉と行動、何よりその若い背中に俺は既視感を覚えていた。
義理堅くて真っ直ぐな、それでいて何処か華がある生き様。
(コイツ……桐生にそっくりだ……!)
それが分かった途端、俺は全面的にこの男を信頼する事に決めた。
俺はこの手の男をよく知っている。
こういうタイプは決して、できない約束はしないものなのだ。
「……海藤と東って言ったな?」
「おう、そうだ!近々お前をぶっ倒す男の名前だ、ちゃぁんと覚えとけよ!」
「じ、自分はどっちかって言うと忘れて欲しいですが……!」
やる気満々の海藤に、涙目の東。
正反対な二人の背中がやけに頼りに見えた。
「お前ら……恩に着るぜ!」
俺はそう告げると遥を抱えてその場から駆け出した。
決して背後を振り返らず、セレナへの最短距離をひた走る。
「あ、待てやテメェ!」
「テメェらの相手はこっちだガキ共!かかってこいやぁ!」
「くそっ、こうなったらヤケだ!」
背後から聞こえる怒号と喧騒が聞こえなくなるまで、そう時間はかからなかった。
如何でしたか?
ジャッジアイズ組、前回意外にも反響があったので再登場しました。
今後もちょいちょい出すかもしれません。
次回もお楽しみに