手がかりを求めて
近江連合。
関西一円のヤクザ連中を全て束ねた広域指定暴力団で、その勢力は推定3万5000人にも及ぶとされている日本最大規模の極道組織だ。
その歴史は東城会よりも古く、その過程で数多くの血が流れてきた歴史がある事でも有名な組織である。
そんな近江連合の本家の幹部衆に名を連ねる林弘は、自他ともに認める実力者だ。
シノギの上手さも然ることながら、喧嘩の実力も相当なものを持っており、かつては敵対する組織の事務所に鉄パイプ二本でカチコミに行き、構成員全員を叩きのめしたという逸話も持っている。
そんな林に今回下った命令。それは、澤村遥という少女を拉致して連れて来いというものだった。
たかが子供一人拉致する為に自分のような幹部が駆り出されることに憤りを覚えていた林だったが、極道において上の命令は絶対。
与えられた以上、仕事はこなさなければならない。
そして、彼の仕事は完璧だった。
目的の少女が母親を捜し求めて神室町に来ているという事と、その母親がアレスという名前のバーの店主である事を突き止めた林は、飲食店の元締めであるバッカスのマスターからアレスの情報を吐かせた後にその場の全員の"口を封じ"、その後は部下と共にミレニアムタワー近辺を張り込む。
そして彼の想定通り、アレスの場所を知る遥はまんまとアレスへと足を踏み入れた。
後はそこを追いかけて、逃げ場の無くなった店内で遥を捕まえれば仕事は完了。
ここまでの所要時間は約一時間。
彼はその手際の良さでもって、若くして近江連合をのし上がったのだ。
そして今回の仕事も、その持ち前の手際の良さであっさりと片付くはずだった。
そんな林の誤算は二つ。
一つは、目的の少女と共にいたのが数日前に刑務所を出所した元東城会系のチンピラであった事。
そしてもう一つは。
そのチンピラが、想定よりも遥かに強かったという事だ。
「ぐはっ!?」
林の身体が文字通り吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
錦山の放った渾身の前蹴りによって。
「アンタ、だいぶタフな奴だな。さっきから結構痛め付けてるつもりなんだがよ」
「ぐっ……!」
全く嬉しくない賞賛を聞きながら、林は内心で毒づいた。
(なんやコイツ……めっちゃゴツイやないけ……!)
林の喧嘩の腕前は凄腕級だ。
長い手足を使ったリーチのある打撃と恵まれた体格が成せるパワーで、彼はこれまであらゆる敵を屠ってきた。
しかし、今目の前にいる男は更に強かったのだ。
(ボクシングベースの動きでワシの攻撃を躱して、急所にエグいのをぶち込んできよる……かと言って取っ組み合いに持っていったらワシの力でも押し負けてしまう……ホンマにバケモンやでコイツ…………!!)
林以上のパワーと、身軽なフットワークと反射神経。
それらを併せ持つ錦山が、闘いを有利に進めていた。
「だが、俺の方が一枚上手だったみたいだな。で、もう一回言ってみろよ?親殺しがなんだって?粋がってるチンピラがなんだって?あ?」
「おどれ……!」
相手を挑発する錦山だが、彼の方も決して余裕がある訳では無い。
(ちっ、そろそろ倒れてくれよ大仏野郎……こっちも余裕見せんの限界だっつの……!)
東城会本部におけるヤクザ達と乱闘の末に、大幹部である嶋野との一戦。
その後、街のゴロツキやヤクザ達との数多くの喧嘩や揉め事に多く巻き込まれていた錦山は、連戦に次ぐ連戦の影響で体力を著しく消耗していた。
受けたダメージも回復している訳では無い。いわば彼は壮大な"痩せ我慢"をしている状態なのだ。
「舐めおって……ぶち殺したるわ!!」
怒りに身を任せた林が錦山へと走り込む。
勢いに乗せた必殺の一撃を繰り出すつもりだ。
(来る……!)
「死ねやァ!!」
そして林が放ったのは、全力で床を蹴ることで放たれた顔面狙いの飛び膝蹴り。
錦山も多用する、高い威力を持った技だ。
「シッ……!!」
錦山は歯の間から鋭く息を吐き、紙一重でその飛び膝蹴りを回避すると、すれ違いざまに右フックを放った。
「が、っ……!?」
錦山の振り抜いた右フックは見事に林の顎を捉え、軽い脳震盪を起こした林の身体が崩れ落ちる。
そして。
「終わりだこの野郎!!」
林が意識を取り戻す前に彼の背後に回り、錦山はバックチョークを極めた。
頸動脈を締められた林の身体が、急速に力を失っていく。
「か…………………………………………」
やがて、失神したのを確認した錦山がその拘束を解いた。
「はぁ……はぁ……遥、無事か!?」
アレスの広いフロア内に錦山の声が響き渡る。
程なくして、物陰に隠れていた遥が姿を現した。
「おじさん!」
「遥……良かった、怪我は無さそうだな…………」
「おじさんこそ、大丈夫……?」
「あぁ……ちょっと、頑張りすぎちまった。へへっ」
錦山はそう言って軽く笑ってから、重い腰を上げた。
刺客達が目を覚ます前にここを出なければならないからだ。
「さ、行くぞ遥」
「うん……」
エレベーターに乗り込み1階へのボタンを押すと、二人の入った機械仕掛けの箱が駆動音を立てて動き出す。
下降していくエレベーターの中で、遥は不安げな顔で錦山に尋ねた。
「おじさん……なんで私、あの人達から狙われてたの……?」
「さぁな……俺にも分からねぇ……」
「私はただ、お母さんに会いたいだけなのに…………」
悲しい顔をする遥を少しでも励まそうと、錦山は優しく遥の頭に手を置いた。
「おじさん……?」
「安心しろ遥。少なくとも俺は、お前の味方だ。お前の母ちゃん探しも最後まで手伝ってやる。だからそんな顔すんなって、な?」
「うん……ありがとう、おじさん」
遥が少しだけ元気を取り戻し、錦山も静かに頷いた。
時刻は午後11時55分。
彼らがセレナに辿り着いたのは、日付を跨いだ後だった。
2005年。12月7日。時刻は午後14時。
セレナの奥の部屋を借り泥のように眠っていた俺は、麗奈から伊達さんの到着を聞いて目を覚ました。
身支度を済ませて店内に出ると、伊達さんがカウンターに座って俺を待っていた。
「よぉ錦山。随分寝たな?」
「あぁ、何せ大変な一日だったからな。睡眠ぐらいキッチリ取らないと身が持たねぇ」
たっぷり寝たお陰で疲れは取れた。
ダメージもそんなには残っていない。
これでまた活動出来るというものだ。
「さて、なら早速情報を共有しようじゃねぇか」
「あぁ、そうだな」
そして、俺と伊達さんは互いの情報を交換した。
こうして明らかになってみると、伊達さんの言った通り二つのヤマがしっかり繋がっていたのが分かる。刑事の勘というのは馬鹿にならないものだ。
「じゃあ由美の妹がアレスの美月で、おそらくは100億の共犯……」
「で、その娘が遥だ。遥の話じゃ、由美は5年前から行方不明らしい。優子もその後にヒマワリを去ってそれっきりだそうだ」
昨日だけで分かったことは多々あるが、同時に分からない事もある。
5年前のクリスマス、ヒマワリから消えた由美と優子。
そして"遥の父親"だ。
(5年前のクリスマスを境に桐生と由美、そして優子は神室町から姿を消した。そして、時を同じくしてヒマワリに来なくなった遥の父親……)
由美や優子がそのタイミングでいなくなるのは理解出来る。おそらく、2000年のクリスマスに起きた"何か"に巻き込まれたのが原因だろう。
しかし遥の父親に関しては今まで全く情報がなかった。
それに、桐生が神室町から姿を消した理由も。
(まさか……遥って…………)
俺は胸中に湧いた疑問のままに、仔犬と戯れている遥に質問を投げかけようとした矢先。
セレナの電話が鳴った。
「あ、錦山くん。ちょっと電話、お願い出来る?」
「……あぁ、分かった」
店の奥から麗奈の声が聞こえる。
本当は遥への問いを優先したいが、麗奈には助けて貰ってばかりだ。
俺は店の固定電話の受話器を取り、丁寧に電話に出た。
「はい、セレナです」
『あの……錦山の、叔父貴ですか……?』
その声を聞き、俺はすぐに電話の相手を察した。
脳裏には、葬儀会場で俺を逃がそうとしてくれた坊主頭の顔が思い浮かぶ。
「お前、シンジか?」
『はい、連絡取りたくて方々を回ってたんです。良かった、ご無事で何よりです』
「あぁ……そっちは今どんな状況だ?」
葬儀会場から抜けた後、逃げるように横浜へ向かう事になった俺はその後の東城会の動向を全く知らない。
あんな騒ぎを起こした上に俺が追っている美月が消えた100億円と絡んでいるとなれば、東城会とはいずれどこかで必ずカチ合う事になる。
今の俺にとって東城会の動向は知っておくべき情報の一つだ。
『実は…………今、風間の親っさんを連れて逃げてます』
「なんだって?東城会からか!?」
衝撃の事実に俺は驚きを隠せなかった。
何故ならシンジのその行動は、親っさんにとっての敵が東城会の内部に居る事の証だったからだ。
「親っさんはどうなった!?」
『あの後病院で手当をしたんですが、意識がまだ……』
「そうか……お前、親っさんを撃った犯人に心当たりは?」
『ありません。ですが、あの状況から見て親っさんを撃ったのは東城会のモンで間違いないかと』
「…………そうかもしれねぇな」
俺は当時の状況を冷静に振り返った。
あの時、部屋にいたのは俺と親っさんだけ。
俺があの場にいることを知っているのは新藤とシンジ。それ以外に居たとしても、極小数と言った所だろう。
そしてシンジの言う通り、あの時のヒットマンのやり口には作為的なものを感じる。
(ヒットマンの居た"狙撃ポイント"……あそこを選べるのは、確かに東城会の人間だけだ)
銃弾の飛んできた方向と角度から察するに、親っさんを撃った弾は本部の周囲にあるビルの窓から撃たれていた筈だ。
そして、あの辺一帯は全て東城会が土地の所有権を持っていると聞いた事がある。
今回のように外部から狙撃される事を防ぐ為だ。
それはつまり、他組織の人間が東城会本部施設内にいる誰かに対して狙撃を行う事は事実上不可能だと言うこと。
となれば、犯人は自ずと東城会内部の人間に絞られる。
『親っさんの居所が知れたら、また狙われるかもしれません……』
「シンジ、お前今どこにいんだ?」
『信頼出来るスジに、隠れ家を頼んでいる所です。落ち着いたらまた連絡します。連絡先はセレナで?』
「いや、携帯を持ってる。番号言うからメモしてくれ」
俺はシンジに伊達さんから預かった携帯の番号を伝えた。
これでシンジ達に何かあれば、向こうから連絡が来るはずだ。
『分かりました。落ち着いたら、この番号にかけます』
「あぁ……なぁ、シンジよ」
『どうかされました?』
俺はシンジに対し、聞こうと思っていた事が一つある。
しかし、それはこの場にいる伊達さんの耳には入れたくない情報。
いや、入れたら不味い情報だった。
(どうする……?)
伊達さんとは一時的に協力関係になったものの、完全に信用しきった訳ではない。
伊達さんと協力し合うという事はつまり、警察の管理下に置かれている事と同じだ。
俺にとって都合の悪いことを暴かれる可能性も有り得るだろう。
かと言って、次にシンジからいつ連絡が来るかは分からない。
親っさんに万が一の事があってからでは遅いのだ。
(……聞いてみるか)
一瞬だけ躊躇い、俺は伊達さんに悟られぬよう遠回しに聞くことにした。
「
『っ!』
俺がシンジに聞こうとしていた事。
それは、シンジの渡世の兄貴分である桐生一馬との今の関係についてだった。
(葬儀での言動や行動、そして松重さんが現れたタイミングの完璧さ……とても偶然とは思えねぇ……!)
拳銃を懐に隠した上であえて自分から人質になったあの行動、そしてそれを狙っていたかのように現れて俺を助け出した松重。
シンジが風間の親っさんの指示で俺を監視していた事を新藤が知らなかった事も、本当は風間の親っさんからではなく桐生からの指示だったと考えれば辻褄は合う。
『……なんで、そんな事を?』
「今は、中々のピンチなんだ。兄貴分だったら、弟分を助けるのは当然だろ?少なくとも、俺は親っさんにそう教わってたぜ?」
『…………』
「連絡が取れるなら取った方がいい。こういう時こそ兄貴分を頼れよ」
『……えぇ、自分もそうしたかったです』
シンジからの回答は、Noだった。
電話越しに聞こえるその声はどこか物悲しく、憂いを帯びている。
『ですが、俺はもう兄貴とは袂を分かちました。頼る事など出来ません』
「そうか…………悪ぃな。野暮な事聞いた」
『いえ……それではまた。叔父貴もどうかお気をつけて』
「おう、またな」
受話器を置いた俺に、麗奈が話しかけてくる。
「誰からだったの?」
「シンジからだった。どうやら、風間の親っさんは一命を取り留めたらしい」
「そう……!風間さん生きてたのね、良かった!」
麗奈が胸を撫で下ろす。
セレナを含めたあの一帯は、10年前から風間組のシマになっていたのだ。
それからというものの風間組はみかじめを取らないばかりか、その経営を陰ながら支えたりもしてくれていたと言う。
風間の親っさんは麗奈にとっても、大切な恩人なのだ。
「シンジ?誰だそいつは」
「風間組の人間だ。どうやら、撃たれた親っさんを匿って逃げているらしい」
「逃げている?」
「あぁ。親っさんが撃たれた場に俺もいたが、狙撃出来るのは東城会の人間である可能性が非常に高い。生きてる事が分かればその組織の連中はトドメを刺しに来るだろうからな」
「なるほどな…………」
伊達はそれ以上の追求はしなかった。
親っさんを連れて逃げている事に意識を割いた事で、シンジについては特に気にも留めなかったらしい。
内心で一安心する俺に、伊達は今後の動向を尋ねてきた。
「お前、この後はどうする気だ?何かアテはあるのか?」
「いや……正直思い当たらねぇな。現状としては足を使って情報を集めるしかねぇが、それじゃ効率的とは言えねぇ…………どうしたもんか」
事態は刻一刻と動き始めている。
余計な事で時間を喰う訳にはいかないのだ。
「仕方ねぇ……例の情報屋の所にでも行くしかねぇか」
すると伊達さんが気になる単語を口にした。
「情報屋?」
「あぁ。そいつは"サイの花屋"なんて呼ばれててな。この街の事ならなんでも知ってるって噂の情報屋だ」
「ほう……?そりゃ大層な触れ込みだな」
神室町という街は決して広大では無いが、とにかく入り組んでいる。
人気のない路地裏や、どこへ繋がってるかも分からない地下空間など、探索しようものならキリがない。
そんな神室町の事をなんでも知ってると豪語するからには相当のやり手に違いない。
「で、その情報屋は何処にいるんだ?」
「あぁ……厄介な事に、花屋のヤサは西公園の中だ」
西公園といえば神室町に昔からある公園で、今はホームレス達のたまり場になっている場所だ。
"カラの一坪"の一件で追い込みをかけられた桐生が、一時的に身を寄せていた場所でもある。
「西公園か……」
「通称"賽の河原"。噂によるとそこの公衆便所から入る事が出来るらしい。だが気を付けろよ?あそこは警察も不介入の危険地帯だ。一度入ったら最後、出てこれないかもしれない」
「でも行くしかねぇだろ。それに、問題はそれだけじゃねぇ」
「なに?」
今の伊達さんの話を聞いて、俺にとって懸念すべき点がもう一つあった。それは、情報を持ったやつを相手にする時に必ず必要になるものだ。
「金だよ、金。情報屋って事は情報を売ってる訳だろ?ならソイツを買うための金がいるじゃねぇか」
俺達の世界において、情報というのはそれだけで武器になるほどの影響力を持つ。
正確な情報をより多く取り揃えていれば居るほど、打てる手や回せるシノギが増えるというもの。
かつて俺が所属していた堂島組にも類まれなる情報収集能力を駆使した結果、組における渉外(脅し)の全てを担う程の幹部にのし上がった兄貴分がいた程だ。
裏社会において情報とはそれだけの価値を産む代物だ。
であればこそ、それを買うからにはそれなりの金が必要不可欠。
ましてや、相手が神室町の事をなんでも知っていると謳う程の情報屋であれば尚更だ。
「伊達さん、いくらか金を借りれねぇか?」
「無理だ、貸せるほど持っちゃいねぇ。それにあったとしても俺がお前に金を貸すのは色々と問題だ」
「それもそうか……仕方ねぇ、そっちも自分で何とかするか」
当面の目的は決まった。
となれば、あとは行動するのみだ。
「伊達さん、遥の事頼んだぜ」
「あぁ。ここも安全とは限らねぇからな。こっちで保護しよう」
伊達さんが力強く頷く。
遥の身柄が警察の管理下にあれば、流石の東城会と言えど手は出せないはずだ。
「遥、俺はお前の母ちゃん探しのために少し出かけてくる。伊達さんの傍を離れるなよ?」
「うん、分かった。気を付けてね、おじさん」
「おう。麗奈、また来るぜ」
「いってらっしゃい、頑張ってね」
麗奈のエールを背中に受けながら、俺はセレナを出た。
街が夕焼けに照らされ始め、夜がすぐそこまで迫って来ている。
神室町が、アジア最大の歓楽街から東洋一の危険地帯になり始めているということだ。
(さて……どうしたもんかね…………)
出所してからはや3日。
今日も俺は危険な闇との戦いに身を投じていく。
その果てに、何が待っているかも知らぬまま。
如何でしたか?
活動報告にてちょっとした意見募集を行っています。
ぜひご一読頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに